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ゲーム終了後編
130、最推しは無事だろうか。
しおりを挟む二日経っても、家には帰れなかった。
部屋に来てくれるのはリコル先生と義父だけ。お世話をしてくれる人は来るけれど、会話はないのでカウントしない。
兄様もブルーノ君も部屋には来ないし、俺が移動しようとしても、まだ寝ていて下さいと部屋付きと思われるメイドさんに止められる。
何より、寝巻のような服しか用意されていなくて、不用意に王宮内を歩くこともできない。今俺がどこに寝かされているかもわからないからね。
でも義父とリコル先生が来てくれるから、まだ王宮に軟禁されて命を搾り取るように使われるわけではないというのが分かってホッとした。
それよりも何よりも、兄様たちはどうなっているんだろう。
ちゃんと家に帰ることは出来たのかと義父に聞いてもはぐらかされてしまう。
体調も復活して来て、歩いても食べても不調じゃなくなった俺は、今度は手持ち無沙汰になってしまった。
そして王宮暮らし五日目。やって来た義父に俺はおねだりを敢行した。
「父様。ここは衣食住はばっちりですけれど、どうしても娯楽に飢えてしまいます。体調も万全になったのに帰して貰えないのなら、せめて紙とペンをください」
何せここは、本の一冊もない。
紙もなく、勉強用品も何一つない。
せめて本の一冊くらいは欲しいとメイドさんに頼んでも、断られてしまったんだ。
だったら、義父に頼むしかないだろう。
流石にここで魔術陣を大量生産してはいけないのはわかっているけれど、絵くらいは書いていいんじゃないか。それか、中等学園の勉強とか。教科書が欲しいと思う日が来るとは思わなかった。
「紙とペンくらいなら大丈夫か。けれどアルバ。ここで絵を描くことはやめておいた方がいい」
「どうしてですか?」
「持ち帰れないからだ。オルシスを描いたとして、取り上げられたら悲しいだろう」
「ああ、そういう……」
確かに、兄様の姿を描いたものを取り上げられて王宮で焼かれたりしたら後悔しかしない。だったら落書もダメか。でもだからと言って何もしないのは辛い。
「それでもいいです。紙とペンが欲しいです。せめて中等学園の勉強をしたいです。そうでなくても休みがちで遅れているので、勉強くらいはしたいです。家に帰れるのであれば何ひとついらないのですが」
「それはまだ難しいんだ。ごめんね。もう少しだけ我慢していて。わかった。紙とペンだね。家庭教師を派遣してもらおうか?」
「そんなに長くここに居るつもりはないですよ。ただ、暇なんです」
どうしても暇なんです、と力強く訴えると、義父は苦笑して、すぐに持ってくると約束してくれた。
何かをしたかった。何かをしていないと、兄様と会えない寂しさに発狂したくなるから。
どうして兄様と、皆と合わせてくれないのか。兄様たちは無事家に帰れたのか。多分あの義父の様子から、兄様たちも王宮に留め置かれているんだと思う。兄様と同室にして貰えたら、我が儘なんて言わないのに。
小さくなってフワフワ極上のソファに座っていると、義父がすぐに紙とペンを差し入れてくれた。
「教科書は持ってくることが出来なかったけれど、許可が出る様掛け合ってみるよ。それと、これ」
義父はそっとポケットから小さな氷の蝶を取り出して、俺の手に乗せてくれた。
風が囁くように、『アルバ、僕は大丈夫だよ。アルバは元気?』という兄様の声が耳に届き、俺は思わず義父に抱き着いて目から汗を流してしまった。
次の日、俺は紙とペンを目の前に、腕を組んだ。
絵を描くのはよくない。史上最高にいい出来の兄様が描けたとしても家に持って帰れないとなると後悔しかしないから。
だったら、この紙に何を書こうか。
それを腕組して考えていた。ペンを持ったままだと無意識に兄様を描いてしまうから。そして拝んで崇めてしまうから。圧倒的兄様不足でどうにかなりそうなのだ。
相変わらず護衛的な人とメイドさんは部屋の隅で立っている。あれが仕事だと思うと大変そうだ。俺には絶対出来ない仕事だと思う。
部屋の隅なので、俺が何を書こうとも気にはしないと思うけれど、そちらに背中を向けるような位置取りでペンを手にした。
王国は無事魔力補填されて危機回避された。
きっと大型の魔物もでなくなるだろう。
でも、あの宝石に魔力を注入する方法があまりにも曖昧過ぎるし、殿下たちから聞いた文献内容がいい加減すぎる。
だったら、次からはそうならないように攻略方法を書いておいた方がいいんじゃないだろうか。これを残せというのではなく、ちゃんと清書する人とかは介して欲しいけれど。
とても装飾の綺麗な高そうな紙に、ペンを走らせる。
『守護宝石の魔力補填の正しい方法』。
どうして特定の人にしかこのことを伝えないのかはわからない。あの部屋には規定量以上の魔力を持つ者しか入れないんだから、そうそう盗難は起きないと思うし、まず盗もうとしても手を触れた瞬間魔力を吸われてしまうから、そういった問題はまずないはずだ。かといって、ごくまれにしか現れない魔力の大きな人が二人そろって宝石を盗もうとする偶然なんて、万にひとつもないと思う。っていうかあの宝石は、台座にしっかり嵌め込まれていて、抜けるということはまずなさそうだった。
必ず用意すること。魔力が空になるので、魔力回復薬を飲ませてくれる人にそばにいてもらう。
触れられるのは二人まで。二人が触れたら周りと隔離される。
それ以外にも数人配置が望ましい。
一人では絶対に触れてはいけない。もし触れてしまったときに、ブルーノ君飴を用意すること。魔力の放出が止まると手が離れる。
次々書き込んでいってみる。
触れている時は魔力が吸われていることは自覚出来ないことや、周りの声が聞こえなくなることも注釈として付け加えておく。
アプリの時は攻略方法なんてサイトを開けばすぐに調べることが出来たけれども、ここではそんなものは存在しないから、攻略方法をメモするのは大事なのだ。たとえ取り上げられたとしても、中身を読めばここで保管くらいはしてくれるだろう。
あの時の感覚を思い出しながらメモしていると、部屋の扉がノックされた。
メイドさんが対応してくれるのでそのまま書き洩らしがないか調べていると、義父が俺の服を持って来てくれた。
久し振りにちゃんとした服に手を通した俺は、義父から衝撃の言葉を頂いた。
「これから陛下と謁見ですか」
「謁見と言っても、小さな部屋でお茶に誘われる、という形をとるからそこまでかしこまらなくても大丈夫だよ。私も一緒に行くからね」
「父様が一緒なんですか。よかった。でも、陛下って鑑定魔法が出来るって」
「ああ。そうだね。必ずアルバのことを調べられるだろうね。大丈夫。堂々としていなさい」
「このまま家に帰れなかったりしないでしょうか」
「大丈夫だよ。私がそんなことをさせないから」
力強い義父の言葉に、俺は久し振りに顔が緩んだ。
「あ、ちょっと待ってください」
さっきまで書いていた攻略方法の紙を、たたんで服のポケットにねじ込む。
もしかしたら兄様たちも呼ばれているかもしれない。兄様不足が深刻過ぎるから会えるならチラ見程度でもいいから絶対に兄様を視界に入れたい。
義父の横を歩きながら、わくわくした気分が止められなかった。
「父様は兄様とお話したり出来るんですか?」
「ああ。様子を見に行っているよ。オルシスもすっかり魔力が回復して、元気そうだよ」
「そうですか。よかった。あの時本当に兄様も僕も魔力がスッカラカンでしたから、心配していたんです」
「オルシスも全く同じことを言っていたよ。私にはアルバの魔力がどれほど回復しているのか見れないけれど、後ほどリコルに見て貰おうか」
「はい。リコル先生も顔を出すんですか? 陛下とのお茶会」
「いや、陛下とのお茶会は陛下と私と王弟殿下とアルバだけだよ」
義父に衝撃の事実を告げられて、俺の足は止まった。
兄様が、来ない。
兄様に会えないなんて。
「兄様は、今どこに……?」
「今は王宮の一部屋に滞在しているよ」
「兄様も家に帰れていないんですね……」
「それは、オルシスはとても大変なことをやり遂げたからね。それの対処で今は王宮がてんやわんやだ」
「父様は……どこまでお話を聞きましたか」
兄様たちは、第二王子殿下と兄様が魔力を注いだことにすると言っていた。多分俺のことを気遣ってくれたから。だから俺は単なる傍観者という立場になっているんだと思うんだけれど。兄様たちと連絡を取れないから、話がどうまとまっているのか全くわからないのが辛い。
今日は俺だけということは、もしかして、陛下は何かに気付いたか鑑定で何かを知ったんだろう。
何より、陛下がどこまで事細かに鑑定できるのかがわからないのが怖い。
全てを見透かされたらどうしようか。そして嘘を吐いた兄様たちは隔離された、とかだったら。
でも答え合わせも出来ないので、どうしようもない。発作を起こしたからわかりませんとだけ答えておこうか。ああ、でも、鑑定で確実にバレるのは、病を既に克服していたこと。
「父様……もし、僕が家に帰れなくなったら、兄様をお願いします」
「そんなお願いは聞けないから、アルバもちゃんと希望を持ちなさい。ちゃんと私が家に帰ることが出来るように頑張るからね。安心して」
「父様……父様、大好きです」
「私もアルバを愛しているよ、我が息子」
義父を見上げると、義父は、とても安心する、頼りになるいつもの笑顔を浮かべていた。
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