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企み

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 王都の屋敷に帰還したジョシュア。
 彼はマイアを早々に休ませ、いつも通り執務室へ向かった。

 ちょうど仕事を始めようとしたとき、アランが入ってくる。

 「失礼します、ジョシュア様。面会希望者が」
 「誰だ」

 面会を希望する者は珍しくない。
 公爵ともなれば、他の貴族や商人がしきりにやってくるものだ。

 しかし、今回の訪問者は異質なものだった。

 「商人なのですが……ハベリア伯爵領からの商人ですね」
 「デナリス・マードックか?」
 「おや、ご存知なのですね」
 「斥候からハベリア家ご用達の商人は聞いている。通せ」

 まだアランに支度金を払わない旨は伝えていない。
 ゆえに門前払いすることなく、面会を伺ってきたのだろう。
 むしろ好都合だ。

 支度金を催促しにきたのであれば、上手いこと利用してやろう。
 ジョシュアはそう考え、商人を面会に通した。



 「お初にお目にかかります、ジョシュア公爵閣下!
 わたくし、商人のデナリス・マードックと申します。以後お見知りおきを!」

 デナリスは中年の小太りの男だった。
 愛想よく見える笑顔を貼り付け、うやうやしくジョシュアに礼する。

 「座れ」
 「はっ、失礼いたします」

 背後にはアランが控えている。
 アランは主人が外向けの態度であることに気がついていた。

 噂通り、他人に容赦なく冷徹な性格をした……よそ行きの姿だ。
 ジョシュアはぴしゃりと問う。

 「何用だ」
 「はい。今回は新たな交易ルートを紹介させていただこうかと」
 「ほう……」

 そうきたか、とジョシュアは内心で思う。
 本題は支度金の催促なのだろうが、建前として交易ルートの紹介をしようという魂胆だ。何百人もの商人を相手にしてきたジョシュアからすれば、デナリスの思惑は透けて見えた。

 「話を聞こう。ただし、我が領地を利用しようとすれば……わかっているな?」
 「り、利用しようなどと恐れ多いです! 公爵様の利益になるお話ですとも!」

 最初に圧をかけておくことにより、デナリスの行動を制限する。
 ジョシュアの覇気にあてられたデナリス。
 彼は恐る恐る商談を進め始めた。

 ***

 商談はひと区切りついた。
 悪くない話だ。

 商談でまともな利益をジョシュアに提示することにより、本命の支度金の提案を通すつもりだろう。

 「……いかがですかな?」
 「悪くないな。検討しておこう。他の交易ルートとの兼ね合いもあるので、即答はしかねるが……優先度は高い」
 「おお、さすが閣下! お目が高い!」

 デナリスは媚びるように手を揉む。
 そして、さりげなく話題をジョシュアの婚約に近づけた。

 「そういえば、ハベリア家から閣下の奥様が決まったとお聞きしました。聞けば伯爵令嬢のマイア様だとか」
 「そうだ。耳が早いな」
 「どうです、マイア様は?」

 ジョシュアは考え込む。
 ここは本音を話してもいいが。

 デナリスの反応を見るために、あえて嘘を吐いてみる。

 「ダメだな、あの令嬢は。どんくさい、田舎くさい、マナーがなっていない、無礼。欠点を上げればキリがない。もっとも、仕事の邪魔をされないための契約結婚だ。別に構わないが」

 後ろで話を聞いていたアランは吹き出しそうになった。
 おそらくジョシュアが言っていることはすべて本心と真逆だ。

 しかし、デナリスの反応は嬉しそうなものだった。

 「はっはっ! そうでしょうとも! あの令嬢様は、向こうでも評判が悪くて仕方ありませんでした。妹のコルディア様と比べて、なんと情けないことかと……ご両親も嘆いていらっしゃいました。
 そんな娘を引き取ってくださった閣下には、ハベリア伯爵も頭が上がらないでしょうねえ」

 そう言われても、まったくジョシュアはマイアを迷惑だと感じていない。
 むしろ絶対に返してやるものかと思っているのだ。

 「わたくしはハベリア領とも商談を結んでいるのですが。なかなか財政が逼迫しているとも聞きましたな」
 「そういえば、支度金を送っていなかったな」
 「……! それはいけません! 公爵家の沽券に関わりますよ」

 いち伯爵に送金しなかったところで、理由を説明すれば公爵家の格は落ちない。どうやらデナリスは公爵という位の規模を見誤っているらしい。

 「そうだな。妻をくれた恩返し・・・をしなければな」
 「ええ。契りを結ばれたのですから、ハベリア家をお支えになってあげてください。その方が我ら商人も助かります!」
 「ああ。今度の王城で開かれる夜会が終わったら、折を見て送らせてもらおう」

 支度金を送るつもりは毛頭ない。
 しかし、マイアが受けた仕打ちに対してを返すつもりはあった。

 ジョシュアが冷める一方、デナリスは安堵していた。
 これでハベリア伯爵からの命令を遂行できると。

 「それでは、わたくしは失礼いたします。閣下の益々のご活躍をお祈りします」
 「去る前に、ひとつ。デナリス商人よ。俺は受けた恩を返し、受けた仇も返す。……万が一、君に連なる者が無礼を働けば、相応の罰を受けてもらうぞ」
 「い、いえいえ……間違いなく今回の商談は、閣下のためになるものです! ご安心を!」

 ジョシュアはマイアの件について言及したのだが、デナリスは商談についての警告だと思ったらしい。冷酷な視線を受けたデナリスは後退る。

 「し、失礼いたします!」

 冷や汗をかきながら退室するデナリス。
 彼を見送ったアランは愉快そうに笑う。

 「ジョシュア様も意地が悪いですね」
 「意地が悪いのはあの商人だろう?」
 「まあ、そうですけど……例の心にもない罵倒をマイア様が聞いたら、どう思われるでしょうかね?」
 「そ、それは……あれは建前だ。まさか聞かれてないよな?」

 ジョシュアは珍しく焦り顔になる。
 そんな主人を眺めつつ、アランは頷いた。

 「マイア様はぐっすりお休みです。ジョシュア様も早くお休みになられますよう」
 「ああ。さて……今後、どうするか」

 窓から去って行くデナリスの馬車を見下ろし、ジョシュアは思案した。
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