上 下
123 / 134
【番外】キューピッドの小噺

黒幕はきみか ③

しおりを挟む
 コップにお茶を入れて喉を潤し、改めて雅樹さんの前に原稿を置いた。

「まず、文章内に濡れ場の割合が多く、性描写が生々しすぎます。これだと、どちらかというと……官能小説ですね」

「リアルな性描写なくしてボーイズラブが成立するのか?」

「ボーイズラブは『男性同士の恋愛モノ』であって、セックスなく成立する作品もあるんですよ」

「セックスがなくても成立する……?」

「BLも、主人公たちが出会い、恋をし、困難を乗り越え、恋愛成就するまでのドラマや過程がある点では、恋愛ジャンルや他のヒューマンドラマと変わらないんです。商業出版では、それらの過程のうち無駄な部分を極力排除しています。最短でキュンを供給する感じです」

 僕は原稿の表紙を開いた。主人公の職業について説明をしている文章を指で囲む。

「雅樹さんは作中の主人公を男娼にしている。それは全然OKです。語弊を恐れずに申し上げるなら、むしろBLジャンルでは人気の職業と言えます」

「BLの世界は世知辛いんだな」

「しかし、主人公とお相手とのやりとりに起伏、つまりドラマがない。相手役はこの場合男娼を使う客ですが、セックスをして終わり、ではキャラクター二人の今後の展開を追いかけようとは、誰も思いません」

「なるほど……」

「言うなれば、現実世界の男娼も男娼になるまでの人生がありましたし、相手のお客様にも、それぞれ人生や背景があったはずです。僕らが恋人になるまでの心理過程についてもそうでしょう」

「だが風俗を使う客には、性欲を発散するためだけに男娼を頼む人間が圧倒的に多いんじゃないか?」

「現実ではそうでしょうが、これはボーイズラブ、フィクションです。愛のないセックスは『彼らの間に愛がない』という描写の一手段として有効ですが、やはり18禁BLでは、最終的に愛なくしてセックスはありません」

「名言だ」

「性描写が生々しいと感じるのは、この場合濡れ場そのものが悪いのではなく、キャラクターが薄いのに性描写だけは抜きん出てリアルであり、セックスとそれ以外のエピソードが地続きにならず、ほとんど乖離してしまっていることが主原因であると考えます」

「もしかして今、真也に褒められているのか? おれの書く性描写がうまいということ?」

「ええ。性描写はやはり作家の皆様も苦心なさるところです。雅樹さんの文は、部分部分をBL作品でよく使う隠語に置き換えてしまえば、全体の流れもよく、考証としても正しいと思うので、そのままでいいと思います」

「おお……」

 実際は、考証を無視してファンタジーを優先する場合もBLでは多々、多々、あるのだが、今それを雅樹さんに言わなくてもいいだろう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

できそこないの幸せ

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:208

首輪のわ

66
BL / 完結 24h.ポイント:284pt お気に入り:1,002

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:639pt お気に入り:134

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28,252pt お気に入り:1,877

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,187pt お気に入り:281

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:94,380pt お気に入り:3,181

リセットしてもヤンデレに犯される俺の話

BL / 連載中 24h.ポイント:781pt お気に入り:4,357

処理中です...