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第二部 公爵家と新生活

57.貴き血

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「最悪は回避しました。調べれば関与につながるだろう証拠も掴んでいる。モンフォールは私と全面戦争でもする気でない限り手は出さない。いえ、出せない」

 父様を促すようにルイが畳み掛けるのを、あの、とわたしは遮った。 

「証拠って、さっきのメダルですよね?」
「ええ、そうですよ」

 わたしの問いかけに応じたルイに、胸を過った不安で眉をひそめる。
 それはオドレイさんが持ってきた。
 ということはオドレイさんは実行犯と相対したことになる。

「どうやって……まさか」
「まさか、オドレイに奪わせたとでも? 私もオドレイも賊でも盗人でもないのですよ」
「それはもちろん! だけど……」
「こちらの意向をお伝えし、解除することを条件に先方から譲ってもらってきています。あちらもあまり気が進まなかったようで」

 北部貴族と賊と、一体どちらと交渉して譲ってもらったのか。
 あるいは両方? メダルは一枚しか目にしていないけれどそれもありえる。
 ユニ領へ向かうにあたって、近道で馬車にとっても走りやすく道が整えられてる北部は避けて東部を進むと言ったのはルイだ。
 
「本当に本当?」
「本当に本当です。貴女という人は……もう少し夫である私を信用してくださいませんか」
「だって……」

 わたしがそう呟いたのに、ルイは軽く咳払いした。 

「……話が横道にそれました。モンフォールにとって、たしかにユニ領は旨味がある取り戻したい地かもしれません。それにマリーベルを手に入れれば必然的にジュリアン殿も手に入るも同然、ユニ家の財も臨時収入としては魅力的でしょう」

 それに、同じ穀倉地帯を有する大領地の領主として目障りなトゥール家を追い落とす機会でもある。
 しかしだからといって、公爵家に対してこのような画策するのは少々度が過ぎるのでは?

 ルイの問いかけに、父様が困ったようにルイやわたしが向けた視線からも目を逸らして、弱ったようにお祖母様へと目を向ける。
 お祖母様も難しい顔をして父様を見た。

「……貴方、どう説明したの?」
「モンフォール家とユニ家のはじまりと確執を」
「ええ、あちらから見ればかつて独立を許した後に再び繋がった、影響下にある成功している他領。そしてマリーベルは後継者でない息子が懸想して縁を結べば利益がある娘。そのあたりの事情はお聞きしました。しかし、すべてに納得しているわけではありません」

 口調こそは丁寧だったけれど、彼にしては強い口調できっぱりと父様とお祖母様に言ったルイにわたしは瞬きした。

 なんだか、ひどく……怒ってる?

「しかし深い事情があるのなら、昨日今日会ったばかりのただの求婚者に話すことはないだろうと、私はジュリアン殿に結婚を認めてもらう条件として約束しました。望み通り、必ずマリーベルをモンフォール家から守ると」

 約束を果たした暁には、真に彼女の夫としても認める。
 クロディーヌは私の問いかけにいいでしょうと答えましたが――そうちらりとお祖母様を見て、ルイは父様に視線を戻す。
 わたしの身にもしかするととんでもない危険が降りかかっていたかもしれない話をしているのに、彼の切れ長な眼差しに不謹慎にもどきりとしてしまったのはきっと彼の言葉のせいだ。
 そんな約束を、ルイが父様としていたなんて。

「貴方はどうなのですか、ジュリアン殿」

 射抜くようなルイの眼差しが父様に向けられている。
 父様……と、わたしが声をかければ肩を支えてくれていた手が外れて、父様は両膝に肘を立てて組んだ手に額を乗せて項垂れた。
 しばらくそのまま、わたしにとってはとても長く感じる間、沈黙が書斎を満たす。

「――マリアンヌは……」

 はあっ……と、俯いたまま、お腹の底に溜めていたものを吐き出すように父様が母様の名前を口にした。

「“緑の指”を持っていた」
「緑の指?」

 話の流れとしては突飛な言葉に、思わず父様の言葉を繰り返して首を傾げる。
 緑の指。
 植物をうまく育てられたり世話が上手かったりすることをそう呼ぶ。
 そういえば、わたしも一度王宮でルイにそうほめられたことがある。

「マリアンヌは……その、それが単に育てるのが上手いといった範疇を超えていた。茎が折れたり、萎れかけたりして色が変わりつつあるような花や苗や蔓まで、彼女が手当てをするとよみがえる。公爵様なら“貴き血”の迷信はご存知でしょう?」

 父様の言葉に、ルイがええと答える。

「かつてのいにしえの貴族は不思議な力を持ち、その力でもって領主として人々を従え導いた……私の先祖であるというヴァンサン王の精霊博士を超えるような王の才が本当の話であったなら、もしかするとそれもその一種なのかもしれません」
 
 父様がルイの言葉に頷いたのに、ちょっと待ってと思う。

「父様は、ルイの……フォート家のこと知っていたのっ!?」
「すべて結婚前にお話ししています。結婚の申し入れなのですから、不都合を伝えた上で判断いただくのは当然です」
「そんな……」
「お父上殿を責めないであげてください。貴女の性格を考えたら無駄に悩ませるだけと、私が口止めしました」

 愕然とするわたしに、ルイは彼には珍しく若干申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言った。
 たしかに、そうかもしれないけれど。
 でも、だからってと……父様ぐるみで隠し事をされていたことを知って胸の奥がもやもやする。

「それにフォート家の“祝福”のことも度外視するくらい、娘の貴女を守ることを優先させた。そこに私もずっと引っかかっていました」
「ルイ?」
「マリーベルの母親の実家であるドルー家はモンフォールの遠戚。一族に生まれた娘を政略の道具にすることはよくあることです」
「ええそう。はじめは私もアルテュールがそのつもりでモンフォールへ預けるよう言ってきたのだと思っていました。思惑は癪でも、よい嫁ぎ先を見つけてくれるのならと行儀見習いに出したのです」

 お祖母様がルイの言葉を補足するように、モンフォールの当主様に言われて母様をモンフォール家に出したことを説明する。
 王都進学のために居候していた父様と行儀見習いだった母様が、モンフォールのお屋敷ので出会ったことは知っていたけれど、そんな背景があったことは知らなかった。
 
「ですが先ほどのジュリアン殿の言葉で納得しました……モンフォール伯は、マリーベルの母親であるマリアンヌに“貴き血”を見出したのですね?」
「そうです……ただ人より少しばかり植物の扱いが上手いというだけのことを。表向き迷信と一笑に付しますが、西部の貴族にとって“貴き血”は信仰に近いものがある。年輩の、高位の貴族は特にその傾向が強い」

 気を取り直したように顔を上げて姿勢を直し、父様はルイの問いかけに答える。
 母様に、“貴き血”?
 わたしには、ばかばかしい話にしか聞こえない。
 けれど、父様もお祖母様は沈鬱な面持ちで、ルイも大真面目でいる。

「あの子がそのように思われていたなんて、まともな政略結婚ではなくなる恐れがありました。運良く王都の伯爵家の跡取りが興味を持ってくださり縁談探しが止まってほっとしたものです……この人の仕組んだ狂言だと知った時は呆れ返りましたけれど」

 お祖母様がそうぎろりと父様を睨んで、結果的には良い事でしたとため息を吐く。

「あの、お祖母様?」
「なんです、マリーベル」
「母様に“貴き血”を見出したとして、どうしてまともな政略結婚ではなくなるの?」

 むしろ父様の話だと、より高位の貴族がとびつきそうに思える。
 ドルー家には爵位がないから、母様にとっては悪い話にはなりそうにないのだけれど。
 下位でも貴族の娘のお祖母様が嫁いだ頃は、高位な貴族の遠い親戚のお金持ちの家だったけれど、父様と母様が結婚した頃には没落しかかっていたと聞いているし、結婚してから父様は母様の実家だからとドルー家を支援している。
 
「“貴き血”は受け継がれるとされるからですよ」
「それなら余計に、いい条件の家から声がかかりそうに思うのですけど」
「……貴女のような貞淑な方にこういった話をするのは気が引けますが、血を入れるだけなら子さえ成してくれれば、正妻でなくても構いません」
「もっと言えば、譲り渡……」
「ヴェルレーヌ様っ!」

 怒鳴りつける剣幕で父様が声を上げてお祖母様の言葉を途中で遮ったのに、わたしは驚いて頭が真っ白になってしまった。

「貴方を前に、娘のことだというのに余りの言い方ね。ごめんなさい、ジュリアン」
「いえ。私も……ヴェルレーヌ様がそんなつもりでないことは……」
 
 言葉を濁しながら父様が腰を落とし、マリアンヌはともかくマリーベルは本当に普通の娘だと呟くのを聞きながら、頭の中ではぐるぐるとルイとお祖母様の言葉が回っていた。
 その意味を深く考えたくない抵抗でじんと痺れるような痛みがこめかみに疼いている。
 
 血を入れるだけなら……子さえ成してくれれば、正妻でなくても構わない……。
 譲り渡し、お祖母様はたしかにそう言いかけた。
 それってつまり……子供さえ産めばいいだけの――。
 どうして母様が、わたしががそんな……。
 
「それでも“貴き血”を継ぐ娘であるなら、その子や孫はわからない。そう考えたのでしょうね」
「正気じゃないっ」
「ええ、正気の沙汰ではありません。マリーベルから王都に向かう際の話を聞いて確信しました。モンフォール伯には普通ではない執着があるそれが不可解だった」

 自分の娘でも、騎士団に護衛を要請するなどあり得ない。
 対外的にマリーべルを送り出したことを隠そうとしていたのは明らかであるとルイは言った。
 あれではお忍びで西部に遊びにでも来た王族でもモンフォールから王都へ送ったようにしか見えない、と。

「王族……」
「他領の、平民の娘さんを自分の一族よりも優先させるなんて、明らかになにかあると思われるでしょう? 王都に辿りつくまでになにが起きるかわかりません」
「でも……」
「そうなると貴女から聞いた、ジュリアン殿が頼み込んで紹介状を書いてもらったという話に違和感を覚える。紹介しても道中のことまで責任は持てない。義理なら他領の娘がどうなろうが気の毒だったで済む話です」
「それは、心配したお祖母様が掛け合ってくれたからで」
「ドルー家はジュリアン殿から経済的支援を受けていますよね」
「え? ええ、まあ……母様の実家だから」
「モンフォールの一族なら面子の問題でジュリアン殿よりあちらの支援が先に入るはずです。ドルー家はモンフォール家に冷遇されている」

 そんな……と、お祖母様をわたしが見れば片方の眉の先を軽く吊り上げて、アルテュールは意地の悪い男なの、と言った。

「マリアンヌをジュリアンに取られた腹いせに、少しでもユニ家を困らせるつもりなのでしょう。元々周囲に圧力をかけ困窮させたのも彼だもの。マリアンヌの嫁ぎ先に困るように仕向けたのも」
「だとしたら尚更、後に手駒にするつもりの一族の末端の娘と考えても、モンフォール伯のマリーベルへの思い入れは過剰です」
「そうね」
「ジュリアン殿から聞いた話にも、マリーベルから聞いた話にも、明らかに単なる領地や両家利害だけではなさそうな部分があるのに調べてもはっきりしない。まさか“緑の指”が“貴き血”などと結びいついての妄執だったとは……」

 まあ、西部は“王国の穀物庫”とも呼ばれるような地ですから、領地に益をもたらす才能をそのように捉えるというのはないことではないのかもしれませんが……はた迷惑では済まない話とルイは首を横に振った。
 
「おそらくジュリアン殿は王宮勤めとなれば箔がつくとモンフォール伯を丸め込んだのでしょう。成人した貴女の結婚時期を引き伸ばすために」

 ルイの言葉に父様が頷く。

「結婚時期を引き伸ばす?」
「あの父親に似ない三男が伯爵家を出て、騎士団へ行ってしまったため防波堤がなくなった。西部にいるよりは手が出しにくいだろうと、王都のグレゴリーを頼りました」
「防波堤……って」
「折り合いが悪くても彼は当主の実の息子です。その彼がああも大ぴらに求婚を口にし釣り合いも取れないわけでもない。モンフォール伯は実の息子の振る舞いに苛立つと同時にあの無思慮ではあるが正義漢ではある息子に思惑を悟られたくなかったのか放置していた」

 あの坊ちゃまは性根は悪くない。
 娘の夫となれば酷くは扱わないだろうし、父親に抵抗もするでしょうが……モンフォール家に入ることには変わりありません。
 モンフォール伯は計算高い。他の息子達や他の一族の者達にそれらしいことを言って実質的にマリーベルを支配する可能性もある。幸い、娘自身が彼の求婚は幼なじみの悪ふざけと捉えて人に聞かれればそう答え、取り合わないでいたので私も静観の構えでいたのです。

 ルイに説明する父様の話は、モンフォールの当主様と話していた時と同じくわたしが見ていたものとはまるで違った周囲の話だった。
 父様は……お祖母様も、ずっとそれをわたしに悟らせないように振る舞って。
 それはそうだ、わたしがあの大領地を治める当主様に方々へ“貴き血”を入れられるかもしれない子供を産むためだけの道具として見られていたなんて、言える訳がない。
 
 はっきりとそう言葉にして考えるだけでも、そのおぞましさに震えと吐き気がくる。
 大丈夫、父様がそうならないようにずっと守ってくれて、ルイが解決してくれた……心の中で自分に言い聞かせながら、それでも唾を飲み込み、自分自身を守るように腕を交差させて抱きしめずにはいられなかった。

「まさか家を飛び出すとは……本当に中途半端な坊っちゃまだ。もう少し見込みがあると思っていた」
「彼を見込んでいたとは、それはなかなか危ないところでした」

 暢気で自分勝手なことを言うルイに、この人はと自分の周囲にあった理不尽さへの憤りを彼にぶつけるように睨みつければ、それで気が済むならどうぞとでも言うような平然とした表情に、なんだか泣き出したくなる。
 
「殿方の狭量は見苦しいですよ、ルイ殿」
「なんとでも仰ってください」

 開きかけた扇で口元を覆うようにしてのお祖母様の呟きに、ルイは肩を竦めて足を組むと膝の上に組んだ両手を置いた。
 お祖母様もルイも、わたし自身のためにもあまり深く考えずに聞き流して終わりにしなさい、実害なく済んだのだからとでも言っているようだった。

「とにかく、マリーベルは彼女の母親の“貴き血”を繋ぐ娘として、まずはモンフォールの一族内、おそらくその後は血を入れたい者の願いを叶える道具として利用されようとしていた。それでよろしいですか?」
「……ええ」
「でしたら今後その心配はありません。ジュリアン殿をフォート家に迎え入れる話は通しました。ユニ家はその領地も含め、西部にありながら実質的に東部ロタール公爵領の影響下に置かれます。もちろんユニ家との契約があるドルー家も」

 手紙に書いた通り、彼の北部系貴族との人脈の中継を潰し、モンフォール伯にも失点が及ぶことになるでしょうから当面そちらで手一杯になるはずでしょうと、モンフォールの城館で領主様と交わした会話について説明した。

「三日の内にユニ家とフォート家の屋敷を繋げます。念のため二階より上には護りも施すつもりです。もうご老体ですから、序列一位の公爵家に直に喧嘩を売るほどの体力はお持ちではないようです」
「近隣は大丈夫かしら?」
「貴族社会の噂はあっという間に回ることは貴女もご存知でしょう、クロディーヌ。東部の騎士団が越境捜査なんて噂にならないはずがない。公爵家や王都のある北部も絡むとなればそんな面倒な力関係の渦中にあるユニ領にあえて触れようとはしませんよ」
「なにやら私の領地が、西部の厄介者のようだ……」
「裏の話で表向きにはなにも変わりません。モンフォール領はもちろん近隣他領との関わりも。西部の法務案件はフォート家を通してもらうことになるため、これまでのようにはいきませんが二十年以上お試し価格なら十分でしょう」

 我が家の家令はそういった厄介な案件を丸く収めるのに慣れてますのでご心配なく、と微笑んだルイに、なんだかフェリシアンさんに申し訳なくなる。
 どうかフェリシアンさんにこそ、四季の女神様と命運の女神様の御加護を……。

「片付いた話よりも。私が気になるのはマリーベルのお母上に何故モンフォール伯がそこまでのものを見出したかですね」
「それは……まだ幼かった頃のあの子が妙な事を言ったのが発端です」
「妙な事?」
「心優しい子でしたし子供特有の気遣いです。それを……馬鹿馬鹿しいにも程がありますよ、一度そう見てしまえばなんでもかんでもそれに結びつけて。貴方の仰る通りまさに妄執です」

 ぴしっと開きかけた扇を閉じて、再びその先で掌を打ってそれを握り憤るお祖母様に、具体的にどのようなことだったのですかとルイは尋ねる。

「あの子が十歳になった頃、とても激しい防雨風の嵐がこの一帯に吹き荒れました。一族の女子供や老いた者は堅牢なモンフォールの城館で過ごすことになり、それはひどい嵐に皆が伸びかけたばかりの穀物の苗は全滅になるかもしれないと不安がっていました」

 お祖母様の話を聞きながら、ルイが口元に手を当てて目を閉じる。
 なにか思い出しているような様子だった。

「三十年程前の話ですね。私も子供でしたが、父が慌てていたので覚えています。その年は西部は不作で南部も天候不順で厳しい状況で、国境の争いは激化し、王国の備蓄が回らないかもしれないと」
「そうでしたわね」
「それで?」
「不安がる大人達の中で、あの子は何故か落ち着いていて……昔からそういったところがあったのです。おっとりとしているというか、ぼんやりと空想の世界に耽るような。だから、“大丈夫よお母様、そんなことにはならないわ”とにこにこしながら言ったあの子に、なんて不謹慎なと」

 お祖母様はその時、そんな気休めは口にするものではないと母様を叱ったらしい。
 ところが、嵐が去った後、モンフォール領の穀物畑の大半が助かった。

「いえ、助かったというのは語弊がありますね。たしかに土は荒れ、苗は倒れ、水浸しになったのです。けれど普通ならだめになるはずの苗が、手を入れた途端に生き返るように成長しました。他領は手を尽くしてもどうしようもなかったところが多かったというのに……」
「その話なら結婚後に私もマリアンヌから聞いたことがある。それでモンフォール伯が誤解してしまったと。マリアンヌは皆を気遣っただけで、馬鹿馬鹿しいほどなんの関係もない」

 たしかに。
 ちょっと不思議な話ではあるけれど、まだ子供の母様が大丈夫といっただけで何の関係もない。母様は苗の世話すらしていないもの。
 ちょっとは手伝ったかもしれないけれど、いくらなんでも領内の穀物畑を回るなんてことはない。

「穀物に関してはモンフォール領は大きな割合を占めていました。アルテュールは三十代の領主になったばかりの頃で、随分とご自分の立場を高めるため精力的に色々と動いて」
「そういえば、王宮で西部系貴族の勢力が強くなってきたのもその頃でしたね」
「ええ。南部も不作だからと領内の備蓄も上乗せて王家に恩を売ったのです。そしてあの時近くにいた一族の誰かからマリアンヌの話を聞いて、それまで見向きもしなかった遠戚のドルー家に近づいてきた……その後は先ほどまで話していた通りです。アルテュールのあの子への思惑に気がついたのは随分後になるけれど」

 お祖母様の言葉に、成程とルイは相槌を打つ。
 たしかにそれは範疇外だと呟いた。

「偶然です。嵐は西から来て、西部では東の端にあたるモンフォール領に来たときには他領よりいくらか勢いが弱まっていたとしか……」
「たしかに、その可能性も。ですがジュリアン殿が仰っていた彼女の植物に関する才能は、マリーベルのそれと比べても別格と言わざるをえません」
「どういうことです、ルイ殿」

 問いかけたお祖母様には応えず、マリーベルと突然ルイはわたしに声をかけてきた。

「は、はいっ、なに?」
「お尋ねしますが、茎が折れて萎れた花を貴女は手当て出来ますか?」
「それは……折れてる程度にもよりますけど、すでに萎れているならわたしには無理です」
「でしょうね。王宮の温室やフォート家の屋敷で貴女の世話した植物を見ていますが、たしかに貴女は普通よりは植物の世話に長けている。しかし庭師のエンゾを越えるほどではない」
「そりゃそうです」
「まさか公爵様まで……あの当主と同じことを」
「いえ、そうではありません」

 父様が訝しんだのを否定して、けれどと少し考え込むようにルイは黙った。
 彼の頭のなかで、父様やお祖母様の話やこれまでの出来事などを整理するような時間を置いて、お亡くなりになっているためあくまで推測でしかありませんがと再び口を開く。

「“祝福持ち”だったのではないかと……」

 ルイの言葉に、まさかと下位でも貴族の家に生まれたお祖母様が息を飲んだ。
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