モブな私は猫と暮らす～婚約破棄されたモブなので猫と静かに暮らしていくはずが大変なことになりそうです～

貴族令嬢と魔女？

　ハーブは村の人達に愛用されている。
　風邪や胃痛、頭痛等々。軽い病なら効果を発揮してるし、料理に使ってもらったりもしてる。
　女の子たちはこぞって恋愛用に買いに来るようになってしまったけど。

　一度、父親に頼まれて胃痛に効くハーブを買いに来た女の子が暗い顔をしてた。
「どうかしたの？」
　ついつい気になって聞いてみると、
「え？　うん、何でもない」
　と言いつつも顔は暗いまま。

「お腹痛いとか？　あ、友達と喧嘩したとか？」
　私はカモミールを手にすると、
「この花言葉って仲直りなのよ」
　女の子は「へええ」と感心したように目を丸くしたが、
「友達のことじゃないの」
　と床に視線を落とす。

「好きな人がいるの」
　と話し始めた。
　つまりは、好きな人を目の前にするとまともに話せず、果ては嫌ってるように振る舞ってしまうらしい。

　うーん、恋愛で悩むのはどこの世界でも一緒なんだなあ。
　おせっかいを発動した私は恋愛に効くハーブの匂い袋やお茶を渡した。

「話すときに身に着けて、会う前にはお茶を飲んで気持ちを落ち着かせて」
　とアドバイス。

　それがうまくいったらしく、このことを聞いた他の子たちが次々にと買いに来始めたというわけ。
　ハーブに魔法の成分なんてないけど。ローズマリーは恋の媚薬と呼ばれてるしラベンダーの香りも恋人を惹きつけるって言われてる。女の子たちにはそんなおまじないのようなハーブがお気に入りのようだ。

　てっきり、そんな女の子たちが来たのかな、と思っていたのだが。

「はーい」と返事をしつつドアを開けると、濃紺の長いケープを身に着けた女性とお付きのメイドさんらしき人が立っていた。後ろには護衛の騎士みたいな人や馬車の姿も見える。
　
　貴族の令嬢？　のようだけど。一体どこから？　こんなとこに何の用で？

「あの、どちらさまで」
　私の言葉に返事をするように、女性がケープを取ろうとし、メイドさんがそれを手伝い、ケープを手早くまとめた。
　
　目の前には艶やかな長い黒髪に高そうな深い緋色のドレス。黒い瞳は青みを帯びて月夜の海のようだ。

　見るからにどこかのご令嬢。しかもとびきりの美人。こんな綺麗で身分の高そうな令嬢がうちに用があるはずもなく。ハッとした私は、
「あ、もしかして道に迷われたとか？亅
　だったら話は早い。
「ここから南に行けば亅と指し示そうとした私に被せるように令嬢は、

「あなたがノームの森の魔女さんですよね亅

　……魔女？

「どんな頼みも聞いてくれるって聞きました。今日はお願いがあってきたんです亅
　私の手を取ってぐいぐい来る美女にのけぞって倒れそうだ。
　というか、魔女って誰が！？

「失礼しました。私、ヴェルミリオ侯爵家から参りました亅
　黒髪の令嬢はそう言うとちょっとばかりうつむいた。
「ここに来ましたのはお願いしたいことがありまして亅

「はあ、えーっと、お願い、というのは亅
「あの……ある人の……を………に……してほし……亅
　視線を床に落とした令嬢の声は今にも消え入りそうだ。

「はい？亅
　消え入りそうどころか消えていく言葉にでかい声で聞き返してしまった。
　途端、そばにいたメイドさんが
「お嬢様、あとは私が亅
　とキッとこちらを睨みつけてきた。
　いやいやいや、そんな顔されても。

「いいのよ、メイベル亅
　お嬢さまは、ふうっと息を吐き出すと、
「あるお方の」
「あるお方の？」
「お気持ちを亅
　こちらをじっと見つめてくる黒い宝石のような瞳に圧倒される。

「お気持ちを？亅
　ゴクリと息を呑む私。
　お嬢様は、すうっと息を吸い込むと、
「こちらに向けてほしいんです！亅
　
　思わず顔を見つめてしまってたようで。途端にお嬢様は頬を真っ赤にさせてうつむいてしまった。

　やだ、かわいい。

　ついにやけていたのか、メイベルと呼ばれたメイドさんがお嬢様と私の間に割って入る。
「で？　できるんでしょうね」
　完全に胡散臭げにこっちを見てる。何かあれば許しませんよ、お嬢様は私が守るとオーラまで出てるみたいだ。

　だけど、これは困った。
　村娘たちに売っているのは、ハーブのにおい袋にハーブティー、どれも恋愛を後押しするというか応援するようなおまじない的要素のみ。確かにいい香りがするから、あれ？　って思わせることぐらいはできるかもだけど。魔法の媚薬みたいな力は毛頭ない。