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第三話 未来の夫との初対面
しおりを挟む翌日、和葉が神谷に連絡すると、義父、義兄、夫が上手い事昼から仕事を休むことになっているとのことで、憂葉は、一日有給を取り、和葉の運転で神谷一族直系一家、神谷家の邸宅に向かうことになった。
しかし、そんな上等な洋服など持っておらず、和葉に相談すると、「大丈夫よ、そんなこと気にしない人たちだから」とクローゼットを勝手に開けて、初夏らしい真っ白なワンピースとサマーニットカーディガンを憂葉に着せた。
梅雨空が続いていたが、その日は憂葉の門出を祝ってなのか、燦々と太陽がさしていた。
「き、き、き……緊張してきた……」
和葉が運転する車の助手席で憂葉は緊張でぐったりしていた。
「名家だしね~。私も流石に初めて家に行ったときは吐きそうになったわよ。まあ、でも、そんなお堅い考えの人はいないから大丈夫!」
車は、郊外をも外れ、どんどん山を登っていく。
「山奥にあるの?」
「山奥、っていうか、ちょっとした丘の上っていうか」
しばらく竹林の真ん中を塗装したような道を進んでいくと、竹林が一気に開けた場所に出て、そこに豪華な邸宅があった。
和洋折衷という表現がしっくりくるような外装だった。
「着いたわよ」
「わぁ!」
和葉が邸宅前に車を止めると、玄関で、七十代ほどの執事服の男と、三十代ほどのメイド服の女が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、和葉様。そして、いらっしゃいませ、憂葉様」
「憂葉様、こちらが執事で伊織様の腹心の山中(やまなか)、そして、憂葉様専属の使用人になる予定のメイド次長の躑躅森(つつじもり)と申します」
穏やかな表情の執事の山中と、凛とした表情のメイドの躑躅森。
どうやら神谷の一部の人間には専属の使用人が付くらしい。
「あ……よろしくおねがいします、って、え? 私専属?」
「貴方は次期当主のお義兄さんの妻になるんだから、専属の使用人もつくわよ」
「なんだかテレビでしか見た事ない世界だ……」
ちなみに、和葉にはメイド次長の躑躅森の次位のメイドが専属としてついていて、メイド長は現当主奥方の神谷さゆりについているらしい。
現当主源十郎、次期当主伊織、その弟理人にもそれぞれ専属の執事がいる。
専属の使用人とはこれ如何に、と一般庶民の憂葉はくらっと眩暈がした。
しかも、今日初めて顔合わせをするのにもう自分の専属使用人が決まっているとは、と困惑すらした。
和葉の話が本当なら、『神谷』の人間になるのは、喜ばしいことだ。
でも、それが現実からの浅はかな『逃げ』になる気がして、素直に喜べない。
「旦那様方が、応接室にてお待ちで……」
執事の山中がそう言いかけたところでどこからともなくバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「和葉ちゃーーーん!!」
「ぐえ」
現当主源十郎の次男で和葉の夫である、神谷理人である。
和葉と比べると、二十センチほど上背のある男が、自身の嫁目掛け走ってきて、その勢いのまま和葉に抱き着く。
抱き着かれた和葉からは、潰されたカエルのような声が出た。
とても名家に嫁いだ女の声ではないが、これは神谷では当たり前だった。
「和葉ちゃん!! おかえり!!」
憂葉は目を擦った。
目の前で従姉に抱き着き頬擦りしている男に犬耳と尻尾が見えた。
そう、ゴールデンレトリーバー的な、耳と、ブンブン振り回された尻尾が。
「はいはい、ただいま、理人くん。春(しゅん)と秋(しゅう)は?」
さながらご主人様の帰宅で大興奮な大型犬のような夫の頭をひと撫でして、息子たちを探す母、和葉。
和葉と理人の子ども、一卵性双生児のそれぞれの名前は、正確には兄が春矢(しゅんや)、弟が秋矢(しゅうや)という。
すると、パタパタパタ!! と二人分の可愛らしい足音が聞こえてきた。
「「ママーーー!!」」
走ってきた小さいものは、理人を三歳児に戻したらこんな感じなんだろうな、という風貌だった。
流石に、父、理人は落ち着きを取り戻したのか(否、和葉に引き剝がされた)、和葉から離れる。
そして、母、和葉は幼い自身の息子たちをしゃがみこんで抱きしめる。
「「おかえり!!」」
「はいはい、ただいま。お迎えありがとうね」
「「えへへ~。ママかえってきたの、ぼくたちわかったの!!」」
「俺の方が先に分かったし」
「あんたは子どもと張り合わないの」
子どもたちと、理人が『わかった』と言っているのは、『能力』のためだろうか? と、従姉家族のやり取りをぼぅっと見つめる憂葉。
すると、一卵性双生児の兄の方、春矢が憂葉を見て、「あーーー!!」と叫ぶ。そして、秋矢が「パパ、ほら!! おっぱいのひと!!」と憂葉を指さす。
「「「おっぱいのひと?」」」
憂葉、和葉、理人は一瞬ぽかんとするが、小柄なのに豊満なお胸を持つ憂葉を見て、理人が「ああ、なるほど」と言ってしまい、その発言を聞いた憂葉が赤面、和葉が理人を殴り、憂葉を守るように抱きしめる。
「和葉様。お子様の発言なので、お気になさらず」
「なにやら昨日、予知なさったようで」
「理人くんのすけべ」
「俺は和葉ちゃんだけだって~」
「知らん。憂葉、応接間行くわよ」
従姉夫婦は、理人からの一方通行かとも思っていたが、この従姉の表情は嫉妬に近いと感じ、ちゃんと従姉も夫を思っているんだなぁと思いながら、憂葉は使用人たちと和葉に連れられて、未来の夫とその父の待つ応接間へと向かう。
理人と子どもたちは、理人の母で子どもたちの祖母であるさゆりの部屋で大人しく遊ばせるらしい。
さゆりはさゆりで後で女三人で話をする機会を作りましょうと言っていたと躑躅森が言っていた。
立派な扉を、山中が開く。
そこにはこれまた立派な革のソファーに厳格そうな初老の男と、穏やかな微笑みを浮かべた三十路手前ほどの男が並んで座っていた。
「やぁ。お主が来るのは『悟って』いたよ」
穏やかな微笑みの男から、優しいテノールで囁かれる。
決して、耳元ではなかったはずなのに、『囁かれた』と思った。
そして、これが憂葉の未来の夫、神谷一族の直系神谷家次期当主の神谷伊織、その人と憂葉の邂逅だった。
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