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毛玉を拾いました。
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春の終わり。
エイダの墓参りを終え、毎年泊まるいつもの宿で迎えた朝。
リオンが寝たあとも、いつものようにアルオとモンタギューは夜遅くまでエイダのことを語り合っていたので、一番先に目を覚ましたのはリオンだった。
眠気眼で、同じ寝台で背を向け眠るアルオをじっとみる。熟睡しているようで、目を覚ます気配はない。隣の寝台で眠るモンタギューも同じようだ。
もうねむくないし、ひまだな。
リオンは寝台からそっと抜け出し、部屋の窓のそばに椅子を引っ張っていった。そこに膝立ちし、三階の窓から外を眺めた。
しばらくして、リオンは目を輝かせた。
「…………朝か」
ぼんやり目を覚ましたアルオは、窓から射し込む光に目を細めた。その窓のそばで、リオンとモンタギューがなにやら楽しそうにしているのが見てとれた。
「何をしている」
「ああ、おはようございます。アルオ様。いえね、私もついさっき目を覚ましたところなのですが」
モンタギューが答えていると、リオンはアルオの元に駆け寄り、両手に抱えた四つ足の生き物をアルオに近付けて見せてきた。その目はいつになく、キラキラと輝いている。
「……何だこの毛玉は」
その真っ白な毛に覆われた生き物は、リオンの顔ほどの体躯をしている。犬や猫ではない。他のどの生き物とも違う。耳はその体躯ほどに長く、大きい。
「何でしょうね。はじめて見る生き物です」
モンタギューも、同じことを思ったようだ。その謎の生き物は耳を大きく上下に揺らしだし、まるで鳥の羽のような動きをしたかと思うと、リオンの手からはなれ、浮いた。
「……耳で飛ぶのか」
ますますわからん。思っていると、リオンの頭頂部にちょこんとのり、身体を丸めて寝てしまった。
「随分と懐かれているようですね」
「だな。リオン。いったいその毛玉を、何処から連れてきたんだ」
アルオが問うと、リオンは窓を指差した。
「あそこから入ってきたのか?」
リオンがこくりと頷く。頭からその生き物をそっとおろし、ぎゅっと抱き締めている。リオンも随分と気に入ったようだ。
支度を終え、宿を出立しようとしたとき、当然のように謎の生き物を連れて行こうとしたリオンに「駄目だ。ここに置いていけ」とアルオが言うと、リオンはしょぼんと寝台に謎の生き物を置いた。だが、諦めきれないのか。リオンは再び謎の生き物を抱きあげ、アルオにうったえかけるような双眸を向けてきた。
(……ここまで強情なのは珍しいな)
アルオが顎に手を当てる。その決意の背を押すように、モンタギューは口を開いた。
「よいではないですか。その子がいれば、アルオ様がそばにいられないときでも、寂しくなくなるのでは?」
なるほど。一理あるな。
アルオは妙に納得し、リオンに一つの条件をつきつけた。
「リオン。そいつを飼うことを認めるかわりに、これから朝の会議は一人で部屋で待っていろ。いいな?」
それだけでいいんだ。と、考えていたよりずっと甘い条件にモンタギューは笑いそうになったが、むろん口には出さない。リオンはあきらかに少し迷う素振りを見せたものの、やがて小さく頷いた。
「良かったですね、リオン様」
モンタギューが頬を緩める。リオンはこくこくと頷くと、謎の生き物を頭にのせ、紙になにやら文字を書き始めた。
「「……?」」
アルオとモンタギューが黙って見守っていると、リオンは紙に『アリ』の二文字を書き、どやっと二人を見上げてきた。
「……昆虫がどうした」
意味がわからず眉を潜めるアルオ。リオンが否定するように首を左右にふり、紙に『なまえ』と書き足した。モンタギューが、ああ、と口を開いた。
「アリ、とはその子の名前ですか?」
リオンが正解、というようにぱちぱちと拍手する。アルオは、変な名前だなとますます眉を深く潜めた。が。
「もしかして、アルオ様とリオン様の頭文字を合わせたのですか?」
続けられたモンタギューの科白に満足気に頷くリオンを見て、アルオはそれ以上なにも言えなくなった。
エイダの墓参りを終え、毎年泊まるいつもの宿で迎えた朝。
リオンが寝たあとも、いつものようにアルオとモンタギューは夜遅くまでエイダのことを語り合っていたので、一番先に目を覚ましたのはリオンだった。
眠気眼で、同じ寝台で背を向け眠るアルオをじっとみる。熟睡しているようで、目を覚ます気配はない。隣の寝台で眠るモンタギューも同じようだ。
もうねむくないし、ひまだな。
リオンは寝台からそっと抜け出し、部屋の窓のそばに椅子を引っ張っていった。そこに膝立ちし、三階の窓から外を眺めた。
しばらくして、リオンは目を輝かせた。
「…………朝か」
ぼんやり目を覚ましたアルオは、窓から射し込む光に目を細めた。その窓のそばで、リオンとモンタギューがなにやら楽しそうにしているのが見てとれた。
「何をしている」
「ああ、おはようございます。アルオ様。いえね、私もついさっき目を覚ましたところなのですが」
モンタギューが答えていると、リオンはアルオの元に駆け寄り、両手に抱えた四つ足の生き物をアルオに近付けて見せてきた。その目はいつになく、キラキラと輝いている。
「……何だこの毛玉は」
その真っ白な毛に覆われた生き物は、リオンの顔ほどの体躯をしている。犬や猫ではない。他のどの生き物とも違う。耳はその体躯ほどに長く、大きい。
「何でしょうね。はじめて見る生き物です」
モンタギューも、同じことを思ったようだ。その謎の生き物は耳を大きく上下に揺らしだし、まるで鳥の羽のような動きをしたかと思うと、リオンの手からはなれ、浮いた。
「……耳で飛ぶのか」
ますますわからん。思っていると、リオンの頭頂部にちょこんとのり、身体を丸めて寝てしまった。
「随分と懐かれているようですね」
「だな。リオン。いったいその毛玉を、何処から連れてきたんだ」
アルオが問うと、リオンは窓を指差した。
「あそこから入ってきたのか?」
リオンがこくりと頷く。頭からその生き物をそっとおろし、ぎゅっと抱き締めている。リオンも随分と気に入ったようだ。
支度を終え、宿を出立しようとしたとき、当然のように謎の生き物を連れて行こうとしたリオンに「駄目だ。ここに置いていけ」とアルオが言うと、リオンはしょぼんと寝台に謎の生き物を置いた。だが、諦めきれないのか。リオンは再び謎の生き物を抱きあげ、アルオにうったえかけるような双眸を向けてきた。
(……ここまで強情なのは珍しいな)
アルオが顎に手を当てる。その決意の背を押すように、モンタギューは口を開いた。
「よいではないですか。その子がいれば、アルオ様がそばにいられないときでも、寂しくなくなるのでは?」
なるほど。一理あるな。
アルオは妙に納得し、リオンに一つの条件をつきつけた。
「リオン。そいつを飼うことを認めるかわりに、これから朝の会議は一人で部屋で待っていろ。いいな?」
それだけでいいんだ。と、考えていたよりずっと甘い条件にモンタギューは笑いそうになったが、むろん口には出さない。リオンはあきらかに少し迷う素振りを見せたものの、やがて小さく頷いた。
「良かったですね、リオン様」
モンタギューが頬を緩める。リオンはこくこくと頷くと、謎の生き物を頭にのせ、紙になにやら文字を書き始めた。
「「……?」」
アルオとモンタギューが黙って見守っていると、リオンは紙に『アリ』の二文字を書き、どやっと二人を見上げてきた。
「……昆虫がどうした」
意味がわからず眉を潜めるアルオ。リオンが否定するように首を左右にふり、紙に『なまえ』と書き足した。モンタギューが、ああ、と口を開いた。
「アリ、とはその子の名前ですか?」
リオンが正解、というようにぱちぱちと拍手する。アルオは、変な名前だなとますます眉を深く潜めた。が。
「もしかして、アルオ様とリオン様の頭文字を合わせたのですか?」
続けられたモンタギューの科白に満足気に頷くリオンを見て、アルオはそれ以上なにも言えなくなった。
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