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3、優しいあなた

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「俺の前の札幌営業所長がさ」
「ふん」

 白身魚をパクと口に放りこみ、貴広はうなずいた。

 生駒は周囲にチラと視線を走らせ、気持ち前屈みになってささやいた。

「不正をしてたらしくって」
「ほぉ」

 まあ、ある話だ。貴広は驚かない。

「証拠は出てんのか」
「ビミョー。アヤシイ取引が数件ある。監査部で裏取り中」
「ふぅん」

 生駒は前所長の名前を出したが、貴広はそのひとを知らなかった。貴広のM商事勤務歴で、一度もニアミスしたことがない。

「そんで?」
「俺の『栄転』はさ、それを調査してこいって、さる方面からの指示なのよ」
「はあぁ?」

 食べ終わった魚料理の皿をギャルソンが下げに来た。貴広は口をつぐんだ。

 口直しの後の次の皿に備え、生駒は新たにワインを注文した。生駒らしい重めの赤だ。貴広も割と嫌いじゃない。

「『さる方面』ねえ。相変わらず、会社員してんなあ。社内政治に巻き込まれて」

 ギャルソンが下がったのを確認して、貴広は生駒に気の毒そうな目を向けた。

 生駒はふっと目を伏せた。

「それはもう、仕方ねえよ。そういう生き方を選んじまったんだから」

 赤ワインがやって来た。ギャルソンの勧めるテイスティングを鷹揚に断って、生駒はふたつのグラスに等しくワインを注がせた。

 生駒はグラスを手に取り、深紅の液体をゆらりと揺らめかせた。

 いい男だ。

 三六歳。高給取り。顔の造作も悪くないが、キレイにカットされ、自然に上げた髪、仕立てのいい淡ブルーのシャツ、手荒れと無縁な指、そうしたどれもから富の匂いがする。惚れ惚れするようないい男だ。

 独身の頃は女性にもそれなりにモテていた。ゲイであるのが残念なほどに。

 貴広が半ば呆れて生駒を眺めていると、肉料理がやって来た。

「俺への指令はさ、『半年で全部解明して来い』っての」
「半年? 短いな」

「んで、前所長を解雇まで持っていけって。依願退職じゃダメだって。何だかんだ辞められないよう引っ張ってるから、そいつの裏にいる誰かがもう復活できないように息の根を止めろって」

「何それぇ。取締役クラスの誰かの裏金作りのために、汚れ仕事してたのか、そいつ」
「まだ分からん。少なくとも俺のスポンサーとは、つるんでない」

「『スポンサー』?」
「ああ、ウチの『お嬢』のパパさ。お義父とうサマだよ」

 うわあ、ヤダ。

 肉がマズくなるような話だ。せっかくの牛ヒレなのに。
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