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3、優しいあなた

琥珀色の夜

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 貴広が狭い階段を登っていくと、二階の居住スペースからはキーボードを叩く音がカチャカチャと聞こえた。

「ただいまー」

 軽い音が止まった。

「……おかえり」

 低めの声で良平が答えた。マウスの横には、琥珀色の液体が数センチ入ったグラスがある。ウイスキーだなんて珍しい。良平はPCをのぞき込んだまま振り返らない。

「早かったな」
「えぇ? こんなもんじゃない? 札駅でメシ食って、そのまま電車に乗ったらさ」
「『電車』じゃない。汽車だから」

 そうだった。北海道は広すぎて、路線は電化していない。田舎で都会風を吹かせると、地元民の反感を買ってしまうものだ。

 良平は、グラスに残ったウイスキーをチビリと舐めた。

 貴広は小さなキッチンで水を飲み、良平を置いて寝室へ入った。

 良平のPCには、最近彼がよく見ている就職サイトが映っていた。今夜も情報収集だろう。なるべく邪魔はしたくない。

「ゆっくり飲んでくるのかと思ってた」

 良平の声がした。貴広は脱いだジャケットをハンガーにかけ、腕時計を外した。

「まさかぁ。今さらあいつと何話せって言うんだよ」
「昼間の、金の話……とか?」

 貴広がリビングに戻ると、良平は手にしたグラスをクイとあおった。

「もしかして……良」

 貴広は良平の後ろに腰を下ろした。

「心配してた?」
「はぁ?」

 貴広は背後から抱きかかえるように腕を回した。

「珍しいじゃん、ウイスキーなんて」

 良平は返事をせず、PCのモニターに視線を戻した。貴広は構わずその耳に吹きこんだ。

「素面じゃいられなくなるくらい、俺のこと心配だったの?」
「別に」
「俺があいつと浮気するんじゃないかって」

「そんなこと思ってない」
「嘘」

 貴広の指が、良平の腹を探っていた。良平はぐっと唇をかんだ。

「気になって気になって、就職活動も捗らなかったんじゃない?」
「ん……っ」

「だってそれ、いつも見てるサイトのトップページじゃん。そんなとこ、何時間見てたって、情報は一個も増えやしないよ」
「あ」

 良平はその身体をピクリと震わせた。まだクリティカルなところはどこにも触れていないのに。
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