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第2章 聖女と護衛騎士、そして進展する関係
聖女としての初仕事 4
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それから、一体どれだけの時間を走ったのだろうか。
途方もない時間を走ったような気もするし、ほんの数分しか走っていないような気もする。
だが、いつまでも走っていてはじり貧になるだけだ。それがわかっていたので、セレーナとアッシュは近くの森に身を隠すことにした。
空は徐々に暗くなり始め、これは日が暮れて来たということだろう。
……もしかしたら、今夜は野宿になるかもしれない。
そんな一抹の不安をセレーナが抱いていれば、アッシュが顔をしかめたのがわかった。
「……アッシュ、さん?」
怪訝に思い、セレーナが彼の顔を覗き込む。
すると、彼の額には冷や汗が浮かんでいる。驚いて、彼の身体を見つめる。……彼のスラックスが切れており、さらには血のようなものがにじみ出ていた。
「……あ、あのっ!」
慌てて怪我の場所であろう太ももに触れれば、そこには血がべっとりとついている。
……彼は、この状態で走っていたのか。
そう思いセレーナが目の奥を揺らしていれば、彼はセレーナを安心させるように笑いかけてくる。
「大丈夫です。……ちょっと、刃が当たっただけなので」
「大丈夫には見えません!」
彼は我慢強い。
そんな彼が、こんなにも痛そうにしているのだ。それすなわち、相当痛いということだろう。
そう考え、セレーナは彼の太ももに治癒魔法をかけようとした。が、ほかでもないアッシュに手で制された。
彼はセレーナの手首を掴むと、ゆるゆると首を横に振る。
「今は、俺を治療しないほうがいいです」
「で、でも……」
「セレーナさまの魔力が、尽きてしまいますから」
彼の言っていることは、一理ある。
だけど、彼の痛々しい傷が視界に入るたびに、セレーナまで痛みを感じてしまうかのような感覚だった。
彼はセレーナを庇って、こんな傷を負ったのだ。騎士でいえば、名誉の負傷なのだろう。けど、生憎と言っていいのかセレーナはそう考えられるほど出来た人間じゃない。
それに、このまま血を流し続けていれば、いずれ彼は死んでしまう。
容易に想像がつくからこそ、セレーナは自身の衣服の端を千切って、彼の傷がある場所を縛る。
これくらいならば、してもいいだろう。
「……セレーナさま」
「アッシュさんに、死んでほしくないのです」
はっきりと、しっかりと。彼の目を見てそう伝える。
そうすれば、彼が大きく息を呑んだのがわかった。
もしかしたら、どうしてセレーナがそう言うのかがわかっていないのかもしれない。
彼は、いわば鈍感なのだ。特に恋に関しては。
「いざとなったら、治癒魔法をかけますから。……とりあえずは、助けが来るまで頑張りましょう」
一応ロロが援軍を呼んでくれている。つまり、援軍が来るまでは時間の問題ということだ。
それに、あの場にセレーナとアッシュがいないことを知れば、捜してくれるはずだ。今日は無理でも、明日には見つかると願いたい。
「……えぇ」
セレーナの言葉に、アッシュが大きく頷いた。
それに一安心するものの、ふとアッシュの身体が傾いていく。
慌てて彼の身体を支えれば、アッシュは息を荒くしていた。やはり、相当傷が深いようだ。出血量も、多いのだろう。
(こんな応急手当じゃ、助からないわ……! もう、この際治癒魔法をかけるしか……!)
そもそも、セレーナ一人のところを襲われたらどうすることもできない。
ならば、セレーナの魔力を使って彼を助けたほうが、二人ともが助かる確率は高いだろう。
アッシュの考えは、セレーナ一人が助かるようなものだった。いざとなったら自分を見捨てて逃げろ。彼はそう言うに決まっている。
(そんなの、いや、いやよ!)
これはいわば勝手な行動だ。それはわかっている。
しかし、やっぱり――アッシュと一緒に、助かりたい。
その気持ちが強くなって、セレーナはその場にアッシュを寝かせた。
その後、自身が護身用に持っていた短剣で、彼のスラックスの太もも部分の布地を切っていく。そうすれば、傷が見えた。
……セレーナでさえ、顔をしかめてしまうような傷だ。
「アッシュさん。……大丈夫、ですから」
そう呟いて、セレーナは全神経を集中させ、傷を塞ぐために治癒魔法をかけていく。
治癒魔法といっても、それは修復魔法の一種である。それすなわち、身体の構造などを知っていないと、行えない。
(……元を、イメージして)
必死に治癒魔法を使う。
もちろん、まだまだ未熟ということもあり、無駄に魔力を消費しているだろう。
その所為なのか、セレーナの額にも冷や汗が浮かんできた。徐々に息が荒くなり、セレーナ自身も苦しくなってしまう。
……魔力不足のサインだ。
「ダメ、ダメよ。……頑張って、私」
ぎゅっと目を瞑って、セレーナは自分自身を鼓舞する。
そして、次に目を開けると――アッシュの太ももにあった傷は、きれいさっぱりなくなっていた。
「……セレーナ、さま?」
アッシュがゆっくりと目を開けた。
それから、自身の太ももとセレーナの様子を見て、目を大きく見開く。
それとほぼ同時に、セレーナはその場に倒れこんだ。
「セレーナさま!」
セレーナの身体を受け留め、アッシュがそう声を上げた。
その声を最後に、セレーナの意識は途絶えてしまった。
途方もない時間を走ったような気もするし、ほんの数分しか走っていないような気もする。
だが、いつまでも走っていてはじり貧になるだけだ。それがわかっていたので、セレーナとアッシュは近くの森に身を隠すことにした。
空は徐々に暗くなり始め、これは日が暮れて来たということだろう。
……もしかしたら、今夜は野宿になるかもしれない。
そんな一抹の不安をセレーナが抱いていれば、アッシュが顔をしかめたのがわかった。
「……アッシュ、さん?」
怪訝に思い、セレーナが彼の顔を覗き込む。
すると、彼の額には冷や汗が浮かんでいる。驚いて、彼の身体を見つめる。……彼のスラックスが切れており、さらには血のようなものがにじみ出ていた。
「……あ、あのっ!」
慌てて怪我の場所であろう太ももに触れれば、そこには血がべっとりとついている。
……彼は、この状態で走っていたのか。
そう思いセレーナが目の奥を揺らしていれば、彼はセレーナを安心させるように笑いかけてくる。
「大丈夫です。……ちょっと、刃が当たっただけなので」
「大丈夫には見えません!」
彼は我慢強い。
そんな彼が、こんなにも痛そうにしているのだ。それすなわち、相当痛いということだろう。
そう考え、セレーナは彼の太ももに治癒魔法をかけようとした。が、ほかでもないアッシュに手で制された。
彼はセレーナの手首を掴むと、ゆるゆると首を横に振る。
「今は、俺を治療しないほうがいいです」
「で、でも……」
「セレーナさまの魔力が、尽きてしまいますから」
彼の言っていることは、一理ある。
だけど、彼の痛々しい傷が視界に入るたびに、セレーナまで痛みを感じてしまうかのような感覚だった。
彼はセレーナを庇って、こんな傷を負ったのだ。騎士でいえば、名誉の負傷なのだろう。けど、生憎と言っていいのかセレーナはそう考えられるほど出来た人間じゃない。
それに、このまま血を流し続けていれば、いずれ彼は死んでしまう。
容易に想像がつくからこそ、セレーナは自身の衣服の端を千切って、彼の傷がある場所を縛る。
これくらいならば、してもいいだろう。
「……セレーナさま」
「アッシュさんに、死んでほしくないのです」
はっきりと、しっかりと。彼の目を見てそう伝える。
そうすれば、彼が大きく息を呑んだのがわかった。
もしかしたら、どうしてセレーナがそう言うのかがわかっていないのかもしれない。
彼は、いわば鈍感なのだ。特に恋に関しては。
「いざとなったら、治癒魔法をかけますから。……とりあえずは、助けが来るまで頑張りましょう」
一応ロロが援軍を呼んでくれている。つまり、援軍が来るまでは時間の問題ということだ。
それに、あの場にセレーナとアッシュがいないことを知れば、捜してくれるはずだ。今日は無理でも、明日には見つかると願いたい。
「……えぇ」
セレーナの言葉に、アッシュが大きく頷いた。
それに一安心するものの、ふとアッシュの身体が傾いていく。
慌てて彼の身体を支えれば、アッシュは息を荒くしていた。やはり、相当傷が深いようだ。出血量も、多いのだろう。
(こんな応急手当じゃ、助からないわ……! もう、この際治癒魔法をかけるしか……!)
そもそも、セレーナ一人のところを襲われたらどうすることもできない。
ならば、セレーナの魔力を使って彼を助けたほうが、二人ともが助かる確率は高いだろう。
アッシュの考えは、セレーナ一人が助かるようなものだった。いざとなったら自分を見捨てて逃げろ。彼はそう言うに決まっている。
(そんなの、いや、いやよ!)
これはいわば勝手な行動だ。それはわかっている。
しかし、やっぱり――アッシュと一緒に、助かりたい。
その気持ちが強くなって、セレーナはその場にアッシュを寝かせた。
その後、自身が護身用に持っていた短剣で、彼のスラックスの太もも部分の布地を切っていく。そうすれば、傷が見えた。
……セレーナでさえ、顔をしかめてしまうような傷だ。
「アッシュさん。……大丈夫、ですから」
そう呟いて、セレーナは全神経を集中させ、傷を塞ぐために治癒魔法をかけていく。
治癒魔法といっても、それは修復魔法の一種である。それすなわち、身体の構造などを知っていないと、行えない。
(……元を、イメージして)
必死に治癒魔法を使う。
もちろん、まだまだ未熟ということもあり、無駄に魔力を消費しているだろう。
その所為なのか、セレーナの額にも冷や汗が浮かんできた。徐々に息が荒くなり、セレーナ自身も苦しくなってしまう。
……魔力不足のサインだ。
「ダメ、ダメよ。……頑張って、私」
ぎゅっと目を瞑って、セレーナは自分自身を鼓舞する。
そして、次に目を開けると――アッシュの太ももにあった傷は、きれいさっぱりなくなっていた。
「……セレーナ、さま?」
アッシュがゆっくりと目を開けた。
それから、自身の太ももとセレーナの様子を見て、目を大きく見開く。
それとほぼ同時に、セレーナはその場に倒れこんだ。
「セレーナさま!」
セレーナの身体を受け留め、アッシュがそう声を上げた。
その声を最後に、セレーナの意識は途絶えてしまった。
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