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第1部 第1章

従者の今 3

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 その様子を見たセラフィンさまは、僕のほうに近づいてこられる。

 そして、僕の手を流れるような仕草で取った。

「……ルドルフ、大丈夫か?」

 セラフィンさまが、心配の感情を宿した声で、そう問いかけてくださる。

 彼の視線は、僕の指に注がれている。少し赤くなった皮膚を、セラフィンさまが指で撫でた。

「だ、大丈夫です。これくらい、いつものことなので……」

 そう。情けないことに。

 僕がけがをすることは本当に多い。ぼうっと歩いていたら、壁に顔面をぶつけたとか。扉を開けたつもりが開いていなくて、これまた顔面をぶつけたとか。置いてあるものに足の小指をぶつけたとか、浴室で足を滑らせて転んだとか……。

 まぁ、とにかく。一々気にしていては、生きていけないほどだった。

 それほどまでに、僕は要領が悪い……というか、この場合は不器用なのだろう。

「その、あと、少し零してしまったので、新しいのを用意してきますね……!」

 セラフィンさまの心配を孕んだ視線がむず痒くて、僕は誤魔化すようにそう言った。

 けど、セラフィンさまは僕の手を離してくださらない。……ワゴンが、押せない。

「別に、お茶なんてどうでもいい。……ルドルフのほうが、心配だ」
「そ、そんな、僕、なんて……」

 たかが火傷だ。それも、ちょっとしたもの。別に放っておいて死ぬわけでもないし、セラフィンさまが気に病まれることではない。

 ぶんぶんと首を横に振ってそう言おうとすれば、セラフィンさまは僕の指の赤くなった部分を撫でられる。

「この綺麗な指に痕が残ったら、大変だからな」

 ……彼はさも当然のようにそうおっしゃるけれど、僕の指はそこまできれいじゃない。

 従者としての仕事に失敗したりするたびに傷が増える。あと、爪だって割れているし……。

「き、きれいじゃ、ない、です……」

 俯いてそう返せば、セラフィンさまの指は、するりと僕の指を撫でる。

「いや、きれいだよ。……俺のために、ここまでしてくれている。尽くしてくれている。そう思うと、本当に愛おしい」

 セラフィンさまが今、どんな表情をされているのか。それは、俯いている僕にはわからない。

 ただ、なんだか無性に頬が熱い。もしかしたら、今の僕はゆでだこのように真っ赤なのかも――と思っていると。

 ふと、ぬるりとした感触が指に伝わってきた。

 驚いて、慌てて顔を上げる。そうすれば、セラフィンさまが僕の指に、舌を這わせられていて。

「あ、あのっ! ちょ、汚い、です!」

 僕は上ずった声でそう言うのが、精一杯だった。

(セラフィンさまは、高貴な身分のお方なのに! こんな、僕みたいな人間の指を舐めるなんて……!)

 いろいろな意味で、マズイ。

 そう思う僕が手を引こうとするものの、セラフィンさまの手ががっちりと掴んでいることもあって、逃げられない。

 その間にも、セラフィンさまの舌が僕の指を舐める。指の腹も、爪の先も。綺麗に舐められる。まるで、消毒されているみたいだった。

「んっ」

 自然と息を呑んでしまう。舌先の温かさと、唾液の感触が、僕の気持ちを変な方向に動かそうとする。

 ……違う、違う。セラフィンさまは、親切心でこうされているだけなのに……!

(僕が、こんな気持ちになるのは、ダメなのに……!)

 頬に熱が溜まって、頭から湯気が出てしまいそうになる。僕の口からは驚くほどに艶っぽい息が零れて、身体がぶるりと震えた。

「ルドルフ。……こういうの、どう?」

 セラフィンさまが、そうおっしゃった……かと思えば、僕の指をさらに口に入れられる。

 今度は指と指の合間を舌先でつつかれて、身体がびくんと大きく跳ねてしまう。

「ぅ、ぁ、セラフィン、さま……やめて……くだ、さっ!」

 最後まで言うよりも先に、セラフィンさまが僕の指に吸い付いた。

 その所為で、言葉を呑み込んでしまう。じゅっと音を立てて吸われると、もうなんだかおかしくなりそうだった。

「ぁ、あっ」

 視界が歪む。これは、なんの涙なのだろうか。

 セラフィンさまに指を舐められているという、申し訳なさからの涙なのか。恥ずかしさからの涙なのか。

 もしくは――僕の身体を襲っている快感が原因の涙なのか。

 それさえもわからなくて、僕は俯くことしか出来ない。

「……あぁ、可愛いな」

 少し高い位置から降ってきたそのお言葉の意味なんて、生憎僕にわかるわけもない。

 俯いて、震えて。羞恥心とか申し訳なさとか。そういうものに耐え続ける僕には、そこまでことを考える余裕なんて、なかった。
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