6 / 7
本編
06.最後
しおりを挟む
それから、少しの月日が流れて。
俺の二十歳の誕生日が、あと一ヶ月後に迫っていた。
この時期は寒暖差がひどく、元々強くない俺の身体には多大なる負担がかかっていた。その所為で、寝台から起き上がれない日が度々出てきた。
(去年までは、ここまでじゃなかったんだけどな……)
きっと、身体が悲鳴を上げているのだろう。
正直なところ。長時間立っているのも苦しい状態だった。でも、この日は。この日ばかりは。
――俺は、表舞台に出なきゃならない。
「……ラザファムさま」
俺の着替えを手伝っていたライノアが、声をかけてくる。
その声には確かな心配が宿っていて、今から俺がすることを咎めているみたいだった。
「本当に……」
「いいんだよ」
ライノアの言葉を遮る。立ち上がると、ふらっとした。
ふらつく俺の身体を、ライノアが素早く支える。
「これは、絶対にしなくちゃいけないことだ。……エルを、安全に解放するためにも」
「ですが……」
「もうそろそろ、あいつも一人立ちするときだよ」
にっこりと笑ってそう告げれば、ライノアが俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。……なんだこいつ。心配性が過ぎる。
「正直なところ、私は今、縛り付けてでもあなたを寝台に横にしておきたい」
「なに? 襲うっていう意思表示?」
「そう受け取られても、構いませんよ」
ちょっと茶化した。けど、ライノアが返してくる言葉は何処までも真面目で、真剣で。その空気に、俺も呑まれてしまいそうになる。
「けど、残念。……俺、最近ご無沙汰だから。あんまり、上手く出来ない」
かといって。呑まれるわけにはいかない。その一心で、俺はそう言う。それに、言葉は間違いない。
俺は最近、エルと身体を重ねていない。その理由は二つ。一つは、俺の調子が悪いから。もう一つは――エルを、俺から解放するための下準備だ。
「じゃあ、ライノア。……行くぞ」
「……はい」
これ以上なにを言っても無駄だと悟ったらしい。ライノアは、俺の言葉に頷いてくれた。
そのまますたすたと歩いて、俺はパーティーが開かれているクラインハインツ公爵邸の大広間へと、向かった。
◇
煌びやかな大広間。正直、その灯りだけでもふらっと来てしまう。が、必死に意識を保って、俺は堂々と歩く。
そうすれば、あっという間に人に囲まれた。
「ラザファムさま、よろしければこちらでお話でも……」
俺よりも少し年上の男たちが、そう声をかけてくる。彼らはクラインハインツ公爵家の遠縁の親戚で、それぞれ家督を継ぐ立場だ。同じように家督を継ぐ立場……とされている俺に、度々声をかけてくる。
そりゃそうだ。クラインハインツ公爵家の跡継ぎと懇意にしていたら、自分に有利だから。
「あぁ、どうも。……けど、先約があるんだ。その後でも、いいか?」
にっこりと笑ってそう言えば、彼らは一瞬だけ顔を見合わせるもののすぐに頷いてくれた。
なので、俺は視線を動かす。すると、その人物はあっさりと見つかった。
煌びやかな衣装に身を包んだ男。身に着けている装飾品が、明かりに照らされてきらきらとしている。
そちらに大股で近づいて行けば、その人物は俺を見た。
「やぁ、ラザファム。……最近、調子はどうだい?」
にこやかな笑みを浮かべて、俺に声をかけてくるその男。俺は、笑みを返す。
「そうですね。まぁ、寒暖差に身体がやられています」
「まぁ、そうだろうね。私の回りにもそういう人が多いからね」
その青色の目をにっこりと細めるその男。彼は俺に対してグラスを差し出してくる。
「キミはまだ十九歳だし、ジュースでいいかい?」
「……相変わらず、子供扱いですね、ヨストおじさん」
グラスを受け取りつつ、曖昧に笑う。
(なんていうか、尻尾は出さないな)
笑顔の下でそんなことを考えつつ、俺は男――ヨストおじさんの表情を窺う。
ヨスト・マッテオ・ヴェンダース。それが、この人の名前。俺の父の弟であるこの人は、ヴェンダース伯爵家に婿入りし、現在は伯爵の地位を得ている。
大人の男という雰囲気と、柔らかな態度。周囲からの評判はすこぶるいい。
甥や姪にも優しくて、まさに理想の男――というのが、表の顔。
(実際は、浪費癖が激しくて、借金で首が回っていない人だけど)
伯爵家の財産を食いつぶした。今はなんとか周囲を欺いているが、いつそのハリボテが取れるかはわからない。
その不安におびえ続けたこの男は――ある計画を練った。それこそ、実家であるクラインハインツ公爵家を乗っ取ることだ。
そして、その計画を成功させるためには、いろいろな障害が立ちはだかる。それは俺の父であり、父の子供である俺たち。が、さすがは悪知恵の働く男と言うべきか。俺たちに親切にすることで、自らを信頼のおける人物のカテゴリーに入れようとした。
ただ、誤算だったのは。……俺が、この人物をいつまで経ってもそのカテゴリーに入れようとしなかったことだろうか。
(だから、俺を殺そうとしたんだよな。……エルを使って)
俺を亡き者にすれば、家督を継ぐ立場は次男に移る。次男はこの男のことを信頼しきっているので、傀儡にするにはもってこいだった。
……これが、六年前。俺が殺されそうになった真相だ。
(しかしまぁ、あくどいというか。全く尻尾を出さないから、困ってたんだけど)
でも、もううかうかしていられない。尻尾を出さないのならば、こっちから引きずり出してやる。
それが、今日の俺の目的。この男の善人という仮面を引っ剥がし、エルを自由にする。
俺の寿命が尽きる前に、しなくちゃならないことだった。
俺の二十歳の誕生日が、あと一ヶ月後に迫っていた。
この時期は寒暖差がひどく、元々強くない俺の身体には多大なる負担がかかっていた。その所為で、寝台から起き上がれない日が度々出てきた。
(去年までは、ここまでじゃなかったんだけどな……)
きっと、身体が悲鳴を上げているのだろう。
正直なところ。長時間立っているのも苦しい状態だった。でも、この日は。この日ばかりは。
――俺は、表舞台に出なきゃならない。
「……ラザファムさま」
俺の着替えを手伝っていたライノアが、声をかけてくる。
その声には確かな心配が宿っていて、今から俺がすることを咎めているみたいだった。
「本当に……」
「いいんだよ」
ライノアの言葉を遮る。立ち上がると、ふらっとした。
ふらつく俺の身体を、ライノアが素早く支える。
「これは、絶対にしなくちゃいけないことだ。……エルを、安全に解放するためにも」
「ですが……」
「もうそろそろ、あいつも一人立ちするときだよ」
にっこりと笑ってそう告げれば、ライノアが俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。……なんだこいつ。心配性が過ぎる。
「正直なところ、私は今、縛り付けてでもあなたを寝台に横にしておきたい」
「なに? 襲うっていう意思表示?」
「そう受け取られても、構いませんよ」
ちょっと茶化した。けど、ライノアが返してくる言葉は何処までも真面目で、真剣で。その空気に、俺も呑まれてしまいそうになる。
「けど、残念。……俺、最近ご無沙汰だから。あんまり、上手く出来ない」
かといって。呑まれるわけにはいかない。その一心で、俺はそう言う。それに、言葉は間違いない。
俺は最近、エルと身体を重ねていない。その理由は二つ。一つは、俺の調子が悪いから。もう一つは――エルを、俺から解放するための下準備だ。
「じゃあ、ライノア。……行くぞ」
「……はい」
これ以上なにを言っても無駄だと悟ったらしい。ライノアは、俺の言葉に頷いてくれた。
そのまますたすたと歩いて、俺はパーティーが開かれているクラインハインツ公爵邸の大広間へと、向かった。
◇
煌びやかな大広間。正直、その灯りだけでもふらっと来てしまう。が、必死に意識を保って、俺は堂々と歩く。
そうすれば、あっという間に人に囲まれた。
「ラザファムさま、よろしければこちらでお話でも……」
俺よりも少し年上の男たちが、そう声をかけてくる。彼らはクラインハインツ公爵家の遠縁の親戚で、それぞれ家督を継ぐ立場だ。同じように家督を継ぐ立場……とされている俺に、度々声をかけてくる。
そりゃそうだ。クラインハインツ公爵家の跡継ぎと懇意にしていたら、自分に有利だから。
「あぁ、どうも。……けど、先約があるんだ。その後でも、いいか?」
にっこりと笑ってそう言えば、彼らは一瞬だけ顔を見合わせるもののすぐに頷いてくれた。
なので、俺は視線を動かす。すると、その人物はあっさりと見つかった。
煌びやかな衣装に身を包んだ男。身に着けている装飾品が、明かりに照らされてきらきらとしている。
そちらに大股で近づいて行けば、その人物は俺を見た。
「やぁ、ラザファム。……最近、調子はどうだい?」
にこやかな笑みを浮かべて、俺に声をかけてくるその男。俺は、笑みを返す。
「そうですね。まぁ、寒暖差に身体がやられています」
「まぁ、そうだろうね。私の回りにもそういう人が多いからね」
その青色の目をにっこりと細めるその男。彼は俺に対してグラスを差し出してくる。
「キミはまだ十九歳だし、ジュースでいいかい?」
「……相変わらず、子供扱いですね、ヨストおじさん」
グラスを受け取りつつ、曖昧に笑う。
(なんていうか、尻尾は出さないな)
笑顔の下でそんなことを考えつつ、俺は男――ヨストおじさんの表情を窺う。
ヨスト・マッテオ・ヴェンダース。それが、この人の名前。俺の父の弟であるこの人は、ヴェンダース伯爵家に婿入りし、現在は伯爵の地位を得ている。
大人の男という雰囲気と、柔らかな態度。周囲からの評判はすこぶるいい。
甥や姪にも優しくて、まさに理想の男――というのが、表の顔。
(実際は、浪費癖が激しくて、借金で首が回っていない人だけど)
伯爵家の財産を食いつぶした。今はなんとか周囲を欺いているが、いつそのハリボテが取れるかはわからない。
その不安におびえ続けたこの男は――ある計画を練った。それこそ、実家であるクラインハインツ公爵家を乗っ取ることだ。
そして、その計画を成功させるためには、いろいろな障害が立ちはだかる。それは俺の父であり、父の子供である俺たち。が、さすがは悪知恵の働く男と言うべきか。俺たちに親切にすることで、自らを信頼のおける人物のカテゴリーに入れようとした。
ただ、誤算だったのは。……俺が、この人物をいつまで経ってもそのカテゴリーに入れようとしなかったことだろうか。
(だから、俺を殺そうとしたんだよな。……エルを使って)
俺を亡き者にすれば、家督を継ぐ立場は次男に移る。次男はこの男のことを信頼しきっているので、傀儡にするにはもってこいだった。
……これが、六年前。俺が殺されそうになった真相だ。
(しかしまぁ、あくどいというか。全く尻尾を出さないから、困ってたんだけど)
でも、もううかうかしていられない。尻尾を出さないのならば、こっちから引きずり出してやる。
それが、今日の俺の目的。この男の善人という仮面を引っ剥がし、エルを自由にする。
俺の寿命が尽きる前に、しなくちゃならないことだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
204
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる