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本編

06.最後

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 それから、少しの月日が流れて。

 俺の二十歳の誕生日が、あと一ヶ月後に迫っていた。

 この時期は寒暖差がひどく、元々強くない俺の身体には多大なる負担がかかっていた。その所為で、寝台から起き上がれない日が度々出てきた。

(去年までは、ここまでじゃなかったんだけどな……)

 きっと、身体が悲鳴を上げているのだろう。

 正直なところ。長時間立っているのも苦しい状態だった。でも、この日は。この日ばかりは。

 ――俺は、表舞台に出なきゃならない。

「……ラザファムさま」

 俺の着替えを手伝っていたライノアが、声をかけてくる。

 その声には確かな心配が宿っていて、今から俺がすることを咎めているみたいだった。

「本当に……」
「いいんだよ」

 ライノアの言葉を遮る。立ち上がると、ふらっとした。

 ふらつく俺の身体を、ライノアが素早く支える。

「これは、絶対にしなくちゃいけないことだ。……エルを、安全に解放するためにも」
「ですが……」
「もうそろそろ、あいつも一人立ちするときだよ」

 にっこりと笑ってそう告げれば、ライノアが俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。……なんだこいつ。心配性が過ぎる。

「正直なところ、私は今、縛り付けてでもあなたを寝台に横にしておきたい」
「なに? 襲うっていう意思表示?」
「そう受け取られても、構いませんよ」

 ちょっと茶化した。けど、ライノアが返してくる言葉は何処までも真面目で、真剣で。その空気に、俺も呑まれてしまいそうになる。

「けど、残念。……俺、最近ご無沙汰だから。あんまり、上手く出来ない」

 かといって。呑まれるわけにはいかない。その一心で、俺はそう言う。それに、言葉は間違いない。

 俺は最近、エルと身体を重ねていない。その理由は二つ。一つは、俺の調子が悪いから。もう一つは――エルを、俺から解放するための下準備だ。

「じゃあ、ライノア。……行くぞ」
「……はい」

 これ以上なにを言っても無駄だと悟ったらしい。ライノアは、俺の言葉に頷いてくれた。

 そのまますたすたと歩いて、俺はパーティーが開かれているクラインハインツ公爵邸の大広間へと、向かった。

 ◇

 煌びやかな大広間。正直、その灯りだけでもふらっと来てしまう。が、必死に意識を保って、俺は堂々と歩く。

 そうすれば、あっという間に人に囲まれた。

「ラザファムさま、よろしければこちらでお話でも……」

 俺よりも少し年上の男たちが、そう声をかけてくる。彼らはクラインハインツ公爵家の遠縁の親戚で、それぞれ家督を継ぐ立場だ。同じように家督を継ぐ立場……とされている俺に、度々声をかけてくる。

 そりゃそうだ。クラインハインツ公爵家の跡継ぎと懇意にしていたら、自分に有利だから。

「あぁ、どうも。……けど、先約があるんだ。その後でも、いいか?」

 にっこりと笑ってそう言えば、彼らは一瞬だけ顔を見合わせるもののすぐに頷いてくれた。

 なので、俺は視線を動かす。すると、その人物はあっさりと見つかった。

 煌びやかな衣装に身を包んだ男。身に着けている装飾品が、明かりに照らされてきらきらとしている。

 そちらに大股で近づいて行けば、その人物は俺を見た。

「やぁ、ラザファム。……最近、調子はどうだい?」

 にこやかな笑みを浮かべて、俺に声をかけてくるその男。俺は、笑みを返す。

「そうですね。まぁ、寒暖差に身体がやられています」
「まぁ、そうだろうね。私の回りにもそういう人が多いからね」

 その青色の目をにっこりと細めるその男。彼は俺に対してグラスを差し出してくる。

「キミはまだ十九歳だし、ジュースでいいかい?」
「……相変わらず、子供扱いですね、ヨストおじさん」

 グラスを受け取りつつ、曖昧に笑う。

(なんていうか、尻尾は出さないな)

 笑顔の下でそんなことを考えつつ、俺は男――ヨストおじさんの表情を窺う。

 ヨスト・マッテオ・ヴェンダース。それが、この人の名前。俺の父の弟であるこの人は、ヴェンダース伯爵家に婿入りし、現在は伯爵の地位を得ている。

 大人の男という雰囲気と、柔らかな態度。周囲からの評判はすこぶるいい。

 甥や姪にも優しくて、まさに理想の男――というのが、表の顔。

(実際は、浪費癖が激しくて、借金で首が回っていない人だけど)

 伯爵家の財産を食いつぶした。今はなんとか周囲を欺いているが、いつそのハリボテが取れるかはわからない。

 その不安におびえ続けたこの男は――ある計画を練った。それこそ、実家であるクラインハインツ公爵家を乗っ取ることだ。

 そして、その計画を成功させるためには、いろいろな障害が立ちはだかる。それは俺の父であり、父の子供である俺たち。が、さすがは悪知恵の働く男と言うべきか。俺たちに親切にすることで、自らを信頼のおける人物のカテゴリーに入れようとした。

 ただ、誤算だったのは。……俺が、この人物をいつまで経ってもそのカテゴリーに入れようとしなかったことだろうか。

(だから、俺を殺そうとしたんだよな。……エルを使って)

 俺を亡き者にすれば、家督を継ぐ立場は次男に移る。次男はこの男のことを信頼しきっているので、傀儡にするにはもってこいだった。
 ……これが、六年前。俺が殺されそうになった真相だ。

(しかしまぁ、あくどいというか。全く尻尾を出さないから、困ってたんだけど)

 でも、もううかうかしていられない。尻尾を出さないのならば、こっちから引きずり出してやる。

 それが、今日の俺の目的。この男の善人という仮面を引っ剥がし、エルを自由にする。

 俺の寿命が尽きる前に、しなくちゃならないことだった。
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