上 下
44 / 45
終章.嘘つきたちの本音。

14.隣にいるのはひとりだけ〈終〉

しおりを挟む



「……うそ、だ」
「もう嘘をつく理由がない」

 嘘つきで、裏切り者で。本心を明かすことなく。
 わたしたちはそうやって、一方的に好きだの、愛してるだの、繰り返し薄っぺらな言葉にしていた。嘘になる。口に出した端からペラペラに薄い嘘になる。だから、言えた。

「いやなの。わたしは、そういうの、いやなの」

 ボロボロ涙が勝手に零れると、どばっと感情が溢れ出し、口が勝手に言葉にする。止められない。

「お母さんは小さい頃からいなくて、お父さんもいつも仕事で、お兄ちゃんも忙しくて。大好きだったの。お兄ちゃんが。お兄ちゃんと結婚したら、ずっと一緒にいられるって……。わたし、好きだったの」

 わたしはセキの肩に手を置いて、みっともなく縋ってわあわあ泣いている。セックスの最中さいちゅうなのに、身体と精神のバランスはめちゃくちゃだ。
 誰にも言えなかったことを、セキにボロボロ白状する。セキになら、別に知られてもいい。

「……うん」
「あ、ああ、あ────、セキが、奥……いっぱい……ぁあ」

 ゆっくりセキが奥へ来てくれる。なかの空洞をいっぱいにしてくれる。ジンジンとした熱が、渦巻いて、またわたしから涙をボロボロ溢れさせる。

「……ぁ、……んん……、せき。せきは。世界中の人がいなくなっても、せきだけは、わたしといて」

 セキがこんこんと溢れる涙を拭ってくれるけど、ぜんぜん間に合ってない。

「好きになって、嫌われて、失うくらいなら、好きなんて、いらない。わたしは……セキがいればいい」

 わたしは何を言っているのか、きちんとわかっている。これがどんな告白か。わかってる。わたしの都合だけ押し付けた、身勝手な話だ。

「きゆ。……ありがとう。好きになってくれて、それよりも上の感情を俺に持ってくれて。嬉しいよ、きゆ」
「好きじゃないっ、ん、……くひ……ぃっ!」

 ぐっと腰を掴まれ下げられ、奥の奥にガツッと雄を当てられ、わたしは一瞬、呼吸を忘れた。

「それを好きって言うの」

 セキがわたしの腕をその首を回させる。近くなった嬉しそうな顔。滲んでいて、ちゃんと見れないのだけど。
 見ていたいのに、瞼が下りる。
 唇にセキの熱を感じて、わたしは彼の柔らかな唇と舌を夢中になって味わう。

「大丈夫、きゆ。俺はずっときゆといるから。好きだって言っても、なにがあっても、きゆの味方だよ。離れたいって言っても、離してあげないくらいに、きゆを愛してるんだよ」

 セキがわたしにありったけの熱をよこすように、告白をし、熱を移し、わたしの身体をいっぱいにする。満たしてくれる。

「きゆ、愛してる。だから、言って?」

 ガツガツ穿たれて、酸素が足りなくて、わたしは喘ぐ。腕は空を掻きながら、セキの頭を抱き寄せる。

「……あ、も、う、だめ。また……い、く」
「いっぱいイっていいから、俺を好きだって言って?」

 それだけは、言わない。言うものか。
 絶頂を迎えて恍惚が降り注いでも、わたしは口を割らなかった。
 全身をぐったりさせて、セキに寄りかかっていると、ころりとソファの上に転がされた。背中にぴたっと冷ややかな革がくっつく。

「ま……て。ちょ、きゅうけ……い」
「きゆの都合ばかりは聞いてあげない。俺の都合にも合わせてよ」
「……ん、ひ……ぃ、あああっ」

 広げられた足がぐっとわたしにくっつく。折り畳まれ、セキは体重をかけながら、最奥をぐりぐりしては、抜けそうになるギリギリまで出ていって、ものすごい勢いで襞をえぐりながら入ってくる。頭の中が、真っ白になる。

「あ────……っ、はぁっ、あ、ああっ!」

 わたしはすっかり虜になって、ガツガツ揺すぶられながら、悦びに染まった声をあげる。
 冬なのに、セキの汗がパタパタと落ちてくる。腕を広げると、セキがぎゅっと抱きしめてくれる。

「きゆ。好き。好きだよ」

 ────あったかくて、ここちいい。

「……ん。すき、すきだよ、……せきぃ」

 無意識的に言葉を繰り返す。つながる熱に煽られて。
 認めるとか、認めたくないとか、どこかの彼方だ。セキからの快感と愛が気持ちよくて、たまらない。
 降り注ぐ恍惚の中、わたしは身体のもっとも奥で、セキの熱情を痺れながら受け取った。


 ☽・:*


 リビングからセキの部屋に移ってからも、わたしたちは身体を重ねた。パーソナルスペースはゼロ。信頼とか安心とか恋情とか、セキとのあいだには、必要ない。
 初めから、そんなどうでもいいもの、わたしたちにはなかった。
 細やかなときめきも、指が触れるだけで感情が昂るのも、離れた切なさも、恋という不確かでかたちがない情は必要ない。

「きゆ。好きだよ」

 にこにこ顔のセキがわたしを抱き枕にして、戯言を抜かす。
 だから、そういうのいらないんだってば。

「……返事くれないとおじさんは寂しくて死んじゃう」
「勝手に死ね」

 わたしはホイホイ好きだの愛だのを抜かす日本人ではないのだ。

「離して」
「離さないって言ったばかりだよ」
「おトイレくらいひとりで行かせてよ」
「上手にできるところ、ちゃんと見ててあげるよ」
「これでも羞恥心は人並みにあるんだ」
「じゃあ、次はお風呂でおしっこさせてあげる」

 ああ、もう。頭がおかしくなりそうだ。
 わたしは腕を突っぱねてセキから離れて、ベッドを抜け出した。毛布を身体に巻いて、ぺたぺた歩いてドアを出る時に、振り返る。

「……待ってて」
「……? 待ってるよ?」
「ならヨシッ」

 自室に向かったわたしは。大切なものを取り、にんまり笑う。
 万年筆とインクが入った箱を落とさぬように大切に抱える。これから、想像が実現するのだ。

 ごく一般的な他人から見て、人生において不必要なものがわたしには多い。だけど、必要じゃないものに囲まれているほうが、はるかに豊な人生を送れる──持論。



 誕生日をお祝いしてあげたいくらいには、わたしにとって、セキは不可欠。
 彼の人生において、万年筆とインクは不必要かもしれない。それでも、わたしが知る豊かさで祝ってやるのだ。

 はるか遠い空……きっとたなびく曇が多い空。グラストンベリーの風にセキの柔らかな髪がなびくであろう、そんなに遠くない未来。
 わたしの隣にはいつだって、ひとり。────だけ、いればいい。
 いてくれるだけで、いい。
 あの日に見た、朝焼けの時みたいに。真夜中を背負わないで朝を背負ったセキがいるといい。


 誕生日プレゼントは、予想を超えて、セキを喜ばせた。いつもとは違う直情的なキスがわたしを喜ばせたのち、31歳のアラサーは少年のようにはにかんだ。

 その日はもうセックスすることはなく、わたしたちは抱き合って眠りについた。こうやって他人と抱き合って寝るのは、初めてかもしれない。
 眠りの神が満足げにわたしの瞼を重たくさせる、まどろみの中。

「誕生日プレゼント、きゆはなにがほしい? 婚姻届を持ってこようか? そうしたら俺の全部がきゆの物になるね」

 おまえの人生がほしいなどと決して言ったつもりはないし、言ってない。わたしにとってセキは必要不可欠なだけであって、セキの人生はセキのものだ。

「……それも……悪くないかもね?」

 睡眠欲に囚われたわたしは、そんな返事をしたような、してないような。

 朝が来たら、知らない顔をしよう。





 〈了〉




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:688pt お気に入り:358

現実へのカウントダウン

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:9

離縁するので構いません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:46,188pt お気に入り:520

短編作品集(*異世界恋愛もの*)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:154

推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:443

処理中です...