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終章.嘘つきたちの本音。
14.隣にいるのはひとりだけ〈終〉
しおりを挟む「……うそ、だ」
「もう嘘をつく理由がない」
嘘つきで、裏切り者で。本心を明かすことなく。
わたしたちはそうやって、一方的に好きだの、愛してるだの、繰り返し薄っぺらな言葉にしていた。嘘になる。口に出した端からペラペラに薄い嘘になる。だから、言えた。
「いやなの。わたしは、そういうの、いやなの」
ボロボロ涙が勝手に零れると、どばっと感情が溢れ出し、口が勝手に言葉にする。止められない。
「お母さんは小さい頃からいなくて、お父さんもいつも仕事で、お兄ちゃんも忙しくて。大好きだったの。お兄ちゃんが。お兄ちゃんと結婚したら、ずっと一緒にいられるって……。わたし、好きだったの」
わたしはセキの肩に手を置いて、みっともなく縋ってわあわあ泣いている。セックスの最中なのに、身体と精神のバランスはめちゃくちゃだ。
誰にも言えなかったことを、セキにボロボロ白状する。セキになら、別に知られてもいい。
「……うん」
「あ、ああ、あ────、セキが、奥……いっぱい……ぁあ」
ゆっくりセキが奥へ来てくれる。なかの空洞をいっぱいにしてくれる。ジンジンとした熱が、渦巻いて、またわたしから涙をボロボロ溢れさせる。
「……ぁ、……んん……、せき。せきは。世界中の人がいなくなっても、せきだけは、わたしといて」
セキがこんこんと溢れる涙を拭ってくれるけど、ぜんぜん間に合ってない。
「好きになって、嫌われて、失うくらいなら、好きなんて、いらない。わたしは……セキがいればいい」
わたしは何を言っているのか、きちんとわかっている。これがどんな告白か。わかってる。わたしの都合だけ押し付けた、身勝手な話だ。
「きゆ。……ありがとう。好きになってくれて、それよりも上の感情を俺に持ってくれて。嬉しいよ、きゆ」
「好きじゃないっ、ん、……くひ……ぃっ!」
ぐっと腰を掴まれ下げられ、奥の奥にガツッと雄を当てられ、わたしは一瞬、呼吸を忘れた。
「それを好きって言うの」
セキがわたしの腕をその首を回させる。近くなった嬉しそうな顔。滲んでいて、ちゃんと見れないのだけど。
見ていたいのに、瞼が下りる。
唇にセキの熱を感じて、わたしは彼の柔らかな唇と舌を夢中になって味わう。
「大丈夫、きゆ。俺はずっときゆといるから。好きだって言っても、なにがあっても、きゆの味方だよ。離れたいって言っても、離してあげないくらいに、きゆを愛してるんだよ」
セキがわたしにありったけの熱をよこすように、告白をし、熱を移し、わたしの身体をいっぱいにする。満たしてくれる。
「きゆ、愛してる。だから、言って?」
ガツガツ穿たれて、酸素が足りなくて、わたしは喘ぐ。腕は空を掻きながら、セキの頭を抱き寄せる。
「……あ、も、う、だめ。また……い、く」
「いっぱいイっていいから、俺を好きだって言って?」
それだけは、言わない。言うものか。
絶頂を迎えて恍惚が降り注いでも、わたしは口を割らなかった。
全身をぐったりさせて、セキに寄りかかっていると、ころりとソファの上に転がされた。背中にぴたっと冷ややかな革がくっつく。
「ま……て。ちょ、きゅうけ……い」
「きゆの都合ばかりは聞いてあげない。俺の都合にも合わせてよ」
「……ん、ひ……ぃ、あああっ」
広げられた足がぐっとわたしにくっつく。折り畳まれ、セキは体重をかけながら、最奥をぐりぐりしては、抜けそうになるギリギリまで出ていって、ものすごい勢いで襞をえぐりながら入ってくる。頭の中が、真っ白になる。
「あ────……っ、はぁっ、あ、ああっ!」
わたしはすっかり虜になって、ガツガツ揺すぶられながら、悦びに染まった声をあげる。
冬なのに、セキの汗がパタパタと落ちてくる。腕を広げると、セキがぎゅっと抱きしめてくれる。
「きゆ。好き。好きだよ」
────あったかくて、ここちいい。
「……ん。すき、すきだよ、……せきぃ」
無意識的に言葉を繰り返す。つながる熱に煽られて。
認めるとか、認めたくないとか、どこかの彼方だ。セキからの快感と愛が気持ちよくて、たまらない。
降り注ぐ恍惚の中、わたしは身体のもっとも奥で、セキの熱情を痺れながら受け取った。
☽・:*
リビングからセキの部屋に移ってからも、わたしたちは身体を重ねた。パーソナルスペースはゼロ。信頼とか安心とか恋情とか、セキとのあいだには、必要ない。
初めから、そんなどうでもいいもの、わたしたちにはなかった。
細やかなときめきも、指が触れるだけで感情が昂るのも、離れた切なさも、恋という不確かでかたちがない情は必要ない。
「きゆ。好きだよ」
にこにこ顔のセキがわたしを抱き枕にして、戯言を抜かす。
だから、そういうのいらないんだってば。
「……返事くれないとおじさんは寂しくて死んじゃう」
「勝手に死ね」
わたしはホイホイ好きだの愛だのを抜かす日本人ではないのだ。
「離して」
「離さないって言ったばかりだよ」
「おトイレくらいひとりで行かせてよ」
「上手にできるところ、ちゃんと見ててあげるよ」
「これでも羞恥心は人並みにあるんだ」
「じゃあ、次はお風呂でおしっこさせてあげる」
ああ、もう。頭がおかしくなりそうだ。
わたしは腕を突っぱねてセキから離れて、ベッドを抜け出した。毛布を身体に巻いて、ぺたぺた歩いてドアを出る時に、振り返る。
「……待ってて」
「……? 待ってるよ?」
「ならヨシッ」
自室に向かったわたしは。大切なものを取り、にんまり笑う。
万年筆とインクが入った箱を落とさぬように大切に抱える。これから、想像が実現するのだ。
ごく一般的な他人から見て、人生において不必要なものがわたしには多い。だけど、必要じゃないものに囲まれているほうが、はるかに豊な人生を送れる──持論。
誕生日をお祝いしてあげたいくらいには、わたしにとって、セキは不可欠。
彼の人生において、万年筆とインクは不必要かもしれない。それでも、わたしが知る豊かさで祝ってやるのだ。
はるか遠い空……きっとたなびく曇が多い空。グラストンベリーの風にセキの柔らかな髪がなびくであろう、そんなに遠くない未来。
わたしの隣にはいつだって、ひとり。────だけ、いればいい。
いてくれるだけで、いい。
あの日に見た、朝焼けの時みたいに。真夜中を背負わないで朝を背負ったセキがいるといい。
誕生日プレゼントは、予想を超えて、セキを喜ばせた。いつもとは違う直情的なキスがわたしを喜ばせたのち、31歳のアラサーは少年のようにはにかんだ。
その日はもうセックスすることはなく、わたしたちは抱き合って眠りについた。こうやって他人と抱き合って寝るのは、初めてかもしれない。
眠りの神が満足げにわたしの瞼を重たくさせる、まどろみの中。
「誕生日プレゼント、きゆはなにがほしい? 婚姻届を持ってこようか? そうしたら俺の全部がきゆの物になるね」
おまえの人生がほしいなどと決して言ったつもりはないし、言ってない。わたしにとってセキは必要不可欠なだけであって、セキの人生はセキのものだ。
「……それも……悪くないかもね?」
睡眠欲に囚われたわたしは、そんな返事をしたような、してないような。
朝が来たら、知らない顔をしよう。
〈了〉
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