長い夜、蒼い月

五嶋樒榴

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嘘のツケ

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そんな昔のことを思い出していたら、一夜がじっと栞を見ていた。

「栞ってたまにどこか遠くに行っちゃってるね」

ハッとして栞は俯いた。

「……一夜が、アメリカで付き合ってた人がどんな人かなって。日本に来て別れたのかなって。それともまだアメリカで待ってるのかなって思ったら、自分が別れた時思い出しちゃって」

栞は全て正直に話した。一夜は微笑む。

「想像を覆して悪いんだけど、僕は彼女はいないよ。奥さんがいた時はあったけど」

まさかの告白に栞の頭は真っ白になった。

「け、結婚、してたの?」

びっくりしている栞に一夜は微笑んで頷く。

「一年で離婚したけどね。僕が仕事ばかりだったから、彼女は他に男を作って出て行ったよ」

あっさり言う一夜に栞は返す言葉がない。

「トレーダーって結構過酷な仕事なんだよね。それを彼女は理解できなかった。一緒にいたいからって結婚したはずなのに、結婚した方が彼女にしてみたら僕は遠い存在になったらしい」

「意外だった。結婚していたのが」

「どうして?僕だって家庭に憧れを持っていたさ。僕のおじいさんもお父さんも幸せな結婚生活を今でも送ってるしね。僕に無理だっただけさ。それから特定の彼女は持たないことにした」

最後の言葉が栞にとって一番絶望的だった。
それは栞ともこれ以上先はないと言われた気がした。

「もう、誰とも恋しないの?」

やりきれなくて栞は聞いた。

「先のことは分からないけど、今は一切しないね」

聞かなければ良かったと思った。泣きたかったけど、今は泣けないとぐっと栞は堪えた。

「今日は帰ります。ご馳走様でした」

栞は走るように店を出て行き、一夜は頬杖をつくと栞の姿を目で追った。
一夜の近くにいるのに遠い存在。
今、まさに自分のことだと栞は思った。いくらそばにいても心は遠い。
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