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酸っぱい水

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「あまりお一人でお出かけになるのは控えてください。必ず俺に声をかけてから」

心配性な運転手兼ボディガードは真幸を心配そうに見る。

「大丈夫だぁ。軽く飲みに行くだけー。店の前もうろつくなよ。お前みたいな人相がうろついたら、俺、出禁になっちゃうー。車で待ってな」

真幸はそう言うと、一人スタスタ歩き重厚なドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

妖しく美しい姿で、この名もないバーのマスターは、真幸に最高の微笑みを向け迎える。バーを見渡すと、この時間に珍しく客がまだいたと真幸は思った。

「お久しぶりですね。お元気そうで良かった」

真幸は自分を中小企業の社長と偽っているが、もうこのマスターに自分の事がバレていると思っている。
それ故に、この店に迷惑をかけたくないのであまり足を運ばない。来ても閉店ギリギリだった。

「本日は、何になさいますか?」

コースターを置いてマスターは尋ねる。

「国産のウイスキー。水割りで。銘柄はマスターに任せるよ」

「じゃあ、一番お高いので」

美しい顔を綻ばせる。真幸はフッと笑う。

「良いよ。一杯10万でも」

ふふふとお互い笑う。

「真幸さんの好みの国産ですか」

マスターはそう言うと、1つ開けて隣に座っている客の前に置かれたウイスキーを真幸の前に置いた。

「こちらでいかがですか?」

真幸は笑顔で頷く。
なかなかレベルの高いウイスキーを向こうの客も好むんだと、さすがこのバーの客のレベルに改めて感心する。
水割りが真幸の前に置かれると、真幸は静かに口をつけた。
しばらく黙ってウイスキーを愉しむ。
ちらっと同じウイスキーを飲んでいる客の顔を見る。
年は自分と変わらないなと思った。
なかなかの紳士的なイケメン。
ここのマスターもかなりの美形だが、その客も見劣りしないほどだった。


まあ、どちらにしても疾風の趣味ではないな。


ふとそんな事を思って笑いそうになった。
昨日は疾風のせいでほぼ一日中体調がおかしかったが、とりあえず今日は復活したので、気分転換に飲みに来たのだった。
襲撃された事務所はまだ使えないので休業中。
疾風は呼び出された仕事が忙しいのか、真幸がアメショと思っている流星の相手が忙しいのか、真幸に全く連絡をしてこなかった。

「あッ!」

真幸と同じウイスキーのイケメンがグラスを倒した。ツーとウイスキーがすべすべの一枚板のカウンターに流れて真幸まで流れてきた。

「すみません!スーツ、汚れませんでしたか?」

「泉水さん、大丈夫ですか?」

マスターの声と、同じウイスキーのイケメン、泉水の声が重なった。
泉水が真幸に寄ると真幸は微笑む。

「大丈夫です。濡れてませんから」

泉水と真幸はお互いなぜか見つめ合った。

「それは良かった」

泉水はホッとした。
カウンターを店のバーテンダーの旬が綺麗に拭いたが、椅子が少し濡れた。

「マスターごめんよ。椅子汚れた」

「フェイクレザーだから大丈夫です」

落ち着いてにっこりマスターは微笑む。

「宜しければこちらに」

旬が椅子を拭いていたので、真幸のすぐ隣に泉水は座った。

「お騒がせして申し訳ない。失礼しました」

泉水は真幸に頭を下げた。

「いえ、気になさらずに。俺は別になんでもなかったし」

真幸は、泉水の口調に育ちの良さを見たが、別にそんな事に関心はなかった。
マスターが新しい水割りを作って泉水の前に置いた。
隣同士になったと言っても、話すこともなく、泉水も真幸も、店のBGMをツマミに水割りを愉しむ。

「こうして良い男が並ぶと、この店も評判になりそうです」

妖しい瞳で泉水と真幸を見て、マスターは楽しそうに言う。

「何言っちゃってるの。マスターには誰も敵わないさ」

真幸がそう言うと、マスターは笑う。

「そう言わせるためです」

マスターの言葉に泉水と真幸は笑った。

またふと目が合った。
泉水が何か言いたげな目で真幸を見る。

「俺の顔に何か?」

「あ、すみません。知り合いに雰囲気が似ていたので」

泉水が照れながら言う。

「なんか、それってナンパの常套句みたいですよ」

真幸に指摘され泉水は笑った。

「面白い方だ。でも今後は気をつけます」

笑顔の素敵な男だと真幸は思った。
なぜか人を惹きつける力がある。
自分が闇夜の月なら光り輝く太陽。
そんな風に真幸は思った。

「真幸さんも泉水さんも、持っている雰囲気が似てますよ。カリスマ性かな」

マスターは楽しそうに言う。

「マスター同じものを、もう一杯」

真幸が空のグラスを差し出す。

「……この店には良く?」

手持ち無沙汰で真幸から泉水に話しかける。

「いえ、たまにですね。今夜は一人でいたくなかったので。最近色々あって、ちょっと心が折れかけてて」

「そーゆー時ありますよね。俺も最近散々な目に合ってますよ。特におとといの夜なんて」

クスリと真幸は笑う。可愛い笑顔だと泉水は思った。

「人の気持ちって難しいと思ったなー。忘れたはずだったのに、忘れられなかった。身を引いたのに、引き切れなかった」

疾風を思って真幸は語る。

「自分の気持ちも難しいですよ。求めてはいけないと思い、しかも愛おしく思う人がいるのに、愛おしく思う人を側に置いても求めてしまう人がいる」

流星とワタルの間で揺れる自分が許せない泉水だった。

「傷つけてしまうのに、どうしても二人ともそばに置いてしまいたくなる」

泉水は言いながら、自分の醜さを晒す。名も知らぬ男にならなんでも言える気がした。

「俺は逆だった。傷つけたくなくて遠ざけた。なのに今はあなたと一緒で、欲しくなってる」

二人は見つめ合うと笑った。
マスターがレモンを絞っているのか、店の中は爽やかなレモンの香りに包まれた。
マスターが真幸の前に新しい水割りを置いた。
真幸はコクンと飲むと、うっとした顔をしてしかめっ面になった。

「ちょっ!マスター!なんだよこれ!」

真幸がグラスをマスターに向ける。

「どうしました?」

尋ねる泉水に真幸は飲むように差し出す。泉水は口をつける。

「なっ!なにこれ、酸っぱい!」

マスターはレモンを持ってニヤリと笑う。これに入れるために絞っていたのかと理解した。

「お二人があまりにも身勝手なので、ちょっとイタズラしちゃいました」

泉水と真幸はマスターのイタズラに、他に客もいなかったので大声で笑った。
エゴイストな自分達に据えられた灸の味は、酸っぱくて切なすぎた。
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