上 下
18 / 89
Ⅰ 王都へ

17 蜘蛛1

しおりを挟む
翔・・・主人公、高1十五歳
彩音・・主人公の妹、中1十三歳
ニケノス・・・カルナの荷車の御者
メル(メルトス)・・・翔達の荷車の同乗者、小学生に見える少年。
ファラ(ファラデーナ)・・・メルの連れ合い、こちらも小学生に見える少女
カルメナ・・・翔達の荷車の同乗者、一番大人びた少女。
ユーナ・・・翔達の荷車の同乗者、カルメラと同郷の少女
カーナ・・・翔達の荷車の同乗者、カルメラと同郷の少女
カルロ・・・翔達の荷車の同乗者、カルメラと同郷の少年

マッフル・・・カルナの荷車隊の護衛隊長
ガロン・・・・カルナの荷車隊の護衛副長
グルコス・・・翔達の荷車の護衛
アケミ・・・荷車隊の護衛の一人
ケスラ・・・荷車隊の治療師、彩音の治療魔法の師匠
キャル(キャロライン)・・・スノートの王族に近い貴族の娘、金髪の妖精の様な超絶美少女
アミ(アルミナス)・・・スノートの王族に近い貴族の娘、銀髪でキャルと同じく妖精の様な超絶美少女。二人はスノートの少女達のリーダー的存在で、キャルよりやや思慮深い。
マーニャ・・・スノートの貴族の娘、武官の家系で普段から兵士達との交流が有り、口調が荒い。

カルナ・・・王命による地方から送られる少年少女の半強制移住者の呼び名、疫病の影響で減ってしまった都市部の少年少女を補充し、文化や技術を継承することを目的にしている。
ユニコ・・・眉間に輝く角を持つポニーくらいの馬。
メメ草・・・石鹸や消毒薬替わりの便利な草
グルノ草・・・傷薬になる薬草

タト・・・白金貨の単位
チト・・・金貨の単位
ツト・・・大銀貨の単位
テト・・・小銀貨の単位
トト・・・銅貨の単位

1タト=10チト=100ツト=1000テト=10000トト
1トトは日本円で100円位

ーーーーーーーーーー

崖を流れ落ちる巨大な滝や崖から浸み出して来る湧水により崖の直下は湿地になっていた。
広葉樹の巨木に一抱えは有りそうな太い蔦が複雑に絡みあって、幾重もの棚を織り成す蔦林の密林となって空を覆っている。

蔦林のトンネルの中に作られた木道の上を荷車隊が進む。
細く伸びた隊列は間延びして危険な状態だったが、幸いなことに、崖の上に比べて野犬も蜥蜴も小振りに変わり、対処は比較的楽だった。
だが、昆虫が大型化している。

鷲くらいの大きさの虻や蠅、烏くらいの大きさの蚊なんて見ていると大声で笑いたくなった。
全長が三メートルの蜻蛉なんて戦闘機かと思ったくらいだ。

「ギャー」

がまが潰れた様な女の護衛の声に慌てて駆けつけると、腰を抜かして震えている女の護衛とその女性を触覚で一生懸命調べているダイニングテーブルくらいの大きさの黒々とした立派なゴキブリいた。
走り寄ると羽を広げて飛んできた。

「うわー」

必死で俺は木刀を振り下ろした。
飛ばれるとなんか物凄く怖い。

”ぐしゃり”

鈍い音がして、ゴキブリはしばらく足を動かしていたがやがて動かなくなった。
獲物なので一応荷車に放り込んでみる。

「ぎゃー」
「きゃー」
「ヒー」

荷車の上は大騒ぎなってしまった。
どこでも女性の天敵の立ち位置にはブレが無いらしい。

やがて荷車隊は密林を抜けて赤茶けた地面と背の低い灌木が広がる荒野に出た。
隊列が二列縦隊に変わり、俺達も息を抜く。
見通しの利かない密林の中は緊張の連続だった。
やっと荷車の上を眺める余裕が出来る。

湿気も減り、崖から離れるに連れて気温も下がり始め、多少過ごし易くなった様な気がする。
それでもキャル達スノートの出身者は暑さに弱いらしく、荷車の上で胡座をかいてだらしなくだらけている。

「キャル、見えてるぞ」
「うるさい、馬鹿野郎」

それでも恥ずかしかった様で膝を組み直している。

荒野でも昆虫が大きいのは一緒だった。
中型犬ぐらいの大きさのバッタの群れが荷車隊を跳び越えて行った。

ーーーーー

突然、翔は首筋に悪寒が走るのを感じた。
この数日で本能が危機に敏感になっている。
荒野の中に目を走らせる。
そして目の前の丘が突然動き出したと思った。

「蜘蛛だー、逃げろ」

マッフルの切迫した声が響き渡った。
翔の感覚ではゲジゲジだった。
無数の足を持つ、長さ百メートルくらいの巨大ゲジゲジだ。
本能的な嫌悪感が足先から脳天に駆け上がる、これは怖い。

そのゲジゲジが物凄い勢いで迫ってくる。
逃げる暇なんて全然無い。
キャラバンの上を走り抜け、荷車から放り出されて逃げ惑う人間達を足先に付いた触手で拾い集めている。
そして突然動きを止めると、曳綱を振り解こうと暴れ回ってるユニコの上に覆い被さり食べ始めた。

捕まっているのは全員女性だった。
丸太の様な足から生えている長い触手で足に縛り付けられている。

女性達を助けようと、動きを止めたゲジゲジに護衛の男達が山刀や斧で一斉に切り掛かる。
だが足はおろか、女性達を捕えている剛毛に覆われた触手にすらまるで刃が立たない。
翔も目の前の足に捕まっているキャルを助けようと、落ちていた山刀で触手切り掛かっている。
何故か彩音とファラは無事だった。
遙か彼方へすたこらと逃げ去っている。
翔もこのゲジゲジ、蜘蛛が怖いので逃げたかったが、キャルと目が合ってしまい成り行きで逃げられないでいた。

翔の山刀に刃こぼれが始まる、水撒きホース程度の太さの黒くて細い触手なのだが、太いワイヤーの様に固くて刃が立たない。
蜘蛛は二匹目のユニコに取り付いたらしく、食い残した頭が脇に転がって来た。
必死で触手を振り解こうと暴れていたキャルが動きを止めた。
着ていた物は脱げ落ちて全裸である。
黒い柱に黒い縄で縛り付けられている美少女の白い裸体。
絶望が瞳に宿り、わなわなと身体を震わせてから脱力し、そしてキャルは失禁した。
無毛の股間から流れ落ちる尿を浴びながらも、翔は必死で山刀を振るう、悔しくて、歯がゆくて、己の無力に気が狂いそうだった。

蜘蛛が三匹目のユニコに足を伸ばす、曳綱と一緒に荷車が引き摺られて来た。
乗っていた木箱が転げ落ち、箱の中身が翔の足下に散乱した。
護衛達の荷車だったようで、崖を下った時の道具である。
翔はその道具を見つめてから蜘蛛の足を見上げる。
ロープを両手で広げた長さで切ると、楔とハンマーの入った袋を肩から下げ、山刀を褌の紐に通す。
しくしくと鳴き始めたキャルの頭を撫でる。

「キャル、助けてやるからな」

ロープを使って丸太のようなゲジゲジの足を登る。
小学生時代、テレビで短い紐を木に回してすたすた登る樵の枝打ち作業を見て、友達と一緒に公園の木で練習した。
その遊びがこんな場所で生きた。
外に堅い殻を持つ堅い生物でも、可動部の節、付け根のふしに弱点が有ると翔は考えたのだ。

足の付け根に辿り着く。
足の付け根の節と足の殻は、山刀の刃も入らない程密着していた。
だが、その微かな隙間に祈るような気持ちで翔は楔を打ち込む。
根気良く打ち込むと徐々に楔が食い込んで行き、微かな隙間が出来てきた。
もう一本を少し離れた場所に楔を打ち込む。
楔の間が山刀の刃が入るほどに浮いた。
覗き込むと赤い筋組織が奥に見える。
山刀の刃をその隙間に突っ込み、根本に向かって押し入れる。

”バツン”

引き延ばされたゴムのベルトが切れる様な音がして、足の殻が少し下がった。
楔で殻を更に押し下げると、合わせ目に赤い筋組織が見えて来た。
今度は山刀に角度を付けて奥に深く押入して筋全体を切断する。

”バン”

今度は弾ける様な音がして、見えていた足の筋組織が殻の中に一瞬で吸い込まれた。
蜘蛛の足から力が抜け、キャルに絡んでいた触手が解ける。
キャルは一瞬ゲジゲジの足の付け根を見上げるたが、慌てて脱兎の様に逃げ出した。

翔は下に降りて隣の足で奮戦している護衛にロープと楔とハンマーを渡す。

「足の付け根のふしを抉じ開けろ、そこが弱点だ」

隣の足に捕らわれていたのはアミだった、号泣している。
頭を撫でて励ましてからロープで蜘蛛の足を上って、節の境目に楔を打ち込んで行く。
多少こつが掴めた様で、最初より簡単に楔が入って行った。

唖然として見上げていた護衛が我に返り、足下に転がっているロープと楔とハンマーを抱えて、叫びながら走り出した。

「足の付け根の境目が弱点だ。そこに楔を打ち込め」

死骸に集る蟻のように、護衛達が一斉にゲジゲジの足を登り始めた。

”バン”
 
再び翔の手元でゲジゲジの足の筋が切れる音がする。
だがゲジゲジは足の痛覚が鈍いようで、まだ平然とユニコを一生懸命食らっている。
アミは触手から解放されると、よたよたと数歩走り、そこで座り込んで動けなくなっている。
驚いた様に足から降りてくる翔を見詰めている。
勿論アミも全裸だ。
アミを抱き上げて少し離れた場所に連れて行く。
手に心地良いアミの素肌の感触が伝わって来る。

そのまま暫くその柔肌を堪能したかった翔であったが、悲しい事にそんな状況ではない。
欲望を振り切り、後ろ髪を引かれる思いで立ち去った。
まだまだ忙しい。
翔はロープと楔とハンマーを拾い集めて、手薄な反対側に走った。

反対側では健気に同乗の少女達を救おうと奮闘している少年達が多く残っていた。
皆、手の皮が剥けているようで、腕に血が滴たらせながら、山刀で触手を必死に断ち切ろうとしている。

「畜生、畜生」

歯が立たぬ触手に、歯を食い縛り、悔し涙を流し、先ほどの翔と同じく自分の無力さを呪っている。

「足の付け根の節に楔を打ち込め。そこが弱点だ」

翔の声に、少年達が驚いた様に振り向く、手本を見せつつ道具を配って回ると、少年達の目に力が宿った。
足を登って行く少年達の姿を見上げて、囚われている少女達の瞳にも希望の光が宿って来る。
カルメナ、ユーナ、カーナの三人も並んで捕まっていた。
カルロ達、同乗の少年達が健気に奮闘していた。

「弱点は付け根の節だ。手伝え」

翔が手本を示すと、少年らしい身軽さで直ぐにカルロ達も登って楔を打ち込み始めた。

“バン”
“バン”
“バン”

筋の切れる音が響き、少女達が触手から解放される。
降りて来た少年達が上着を貸し与えると少女達が泣きながら少年達に抱き付き、六人が団子になって喜び合っている。

「カケル、助けとくれ」

感動に浸っていたら、脇の足から声が聞こえた。
見ると彩音の先生、ケスラさんだった。
急いで助ける。

「ありがとね、カケル。御婆ちゃんだけどまだまだ研究したいことが有るからね」

足から解放されると乱れた着衣を直している。
幸い先生は暴れずに直ぐに諦めたようで、乱れてはいたが、ちゃんと服を着ていた。
三十半ばくらいだろうか、肌の艶も十分で良く見ると理知的な美形である。
翔はそれなりに乱れた姿を楽しめた。
ケスラは足元からバックを拾い上げると、手の皮を剥いた少年達の治療に走って行った。

「先生、みんなに蜘蛛から少し離れる様に伝えて下さい」
「あいよ」

捕まっていた女性達が次々に解放されて行く。
そして遂に蜘蛛を支える足がほとんど無くなった。
蜘蛛がバランスを崩してドサリと傾いた。
物凄い音と土煙が上がる。
ようやく異変に気が付いた蜘蛛は食いかけのユニコを放り出して逃げようとする。
だが、その時には肝心の足が無くなっており、空しく足掻くだけで動けない。

護衛全員が動けなくなった蜘蛛の胴体の上によじ登る。
擬態なのか背中に草が生えており、翔は長さ百メートル、幅二十メートルの丘の上に立っている気分だった。
胴体は十六の節に別れている。
全員で蜘蛛の息の根を止めにかかる。

殻は岩のように固いが、崖を下るのに使った先端の尖った楔ならば打ち込める。
頭部に何本も楔を打ち込み、その楔の根元の鎖に結んだロープを少年少女達に引かせる。
蜘蛛は大きな尖った顎を打ち鳴らして怒っているが、動けない。

頭部と胴体の間に僅かな隙間が生じる。
護衛達はその隙間に楔を打ち込んで行く。

ミシリと音を立てて隙間が広がる。
その隙間に山刀を差し入れると、ブツブツとベルトが引き千切られていく様な音がして隙間が一気に広がって行く。
耕す様に護衛達が山刀を振るい、徐々に傷口が広がって行く。
護衛達の全身から蜘蛛の紫色の体液が滴り落ち始めた時、ついに頭部と胴体が離れた。
夕暮れの崖の影が迫った荒野に全員が上げるときの声が走り抜けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,181pt お気に入り:453

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:3,669

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,786pt お気に入り:16

白狼 白起伝

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

国王陛下、私を飼ってください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:941

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:2,193pt お気に入り:2,625

処理中です...