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Ⅱ 王都にて

3 治療院

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翔・・・主人公、高1十五歳
彩音・・主人公の妹、中1十三歳
ニケノス・・・カルナの荷車の御者
メル(メルトス)・・・翔達の荷車の同乗者、小学生に見える少年。
ファラ(ファラデーナ)・・・メルの連れ合い、こちらも小学生に見える少女
カルメナ・・・翔達の荷車の同乗者、一番大人びた少女。
ユーナ・・・翔達の荷車の同乗者、カルメラと同郷の少女
カーナ・・・翔達の荷車の同乗者、カルメラと同郷の少女
カルロ・・・翔達の荷車の同乗者、カルメラと同郷の少年
カヤン・・・翔達の荷車の同乗者、カルメラと同郷の少年

マッフル・・・カルナの荷車隊の護衛隊長
ガロン・・・・カルナの荷車隊の護衛副長
グルコス・・・翔達の荷車の護衛
アケミ・・・荷車隊の護衛の一人
リット・・・荷車隊の護衛の一人
カエデ・・・荷車隊の護衛の一人
ゲント・・・荒野で合流した他の荷車の護衛
ケスラ・・・荷車隊の治療師、彩音の治療魔法の師匠、王都で治療院を経営している
キャル(キャロライン)・・・スノートの王族に近い貴族の娘、金髪の妖精の様な超絶美少女
アミ(アルミナス)・・・スノートの王族に近い貴族の娘、銀髪でキャルと同じく妖精の様な超絶美少女。二人はスノートの少女達のリーダー的存在で、キャルよりやや思慮深い。
マーニャ・・・スノートの貴族の娘、武官の家系で普段から兵士達との交流が有り、口調が荒い。
グリス・・・クムの町の守備隊の小隊長

カミーラ・・・盗賊団の頭
カルラ・・・盗賊団の一人
ミリサ・・・カミーラの妹
ゲネシとコロ・・・クムの町のチンピラ

メイヤ・・・契約の神殿の神官長

ケナ・・・ケスナの治療院の治療師
ラシェ・・・ケスナの治療院の治療師見習い
ミント・・・ケスナの治療院の治療師見習い

カルナ・・・王命による地方から送られる少年少女の半強制移住者の呼び名、疫病の影響で減ってしまった都市部の少年少女を補充し、文化や技術を継承することを目的にしている。
ユニコ・・・眉間に輝く角を持つポニーくらいの馬。
メメ草・・・石鹸や消毒薬替わりの便利な草
グルノ草・・・傷薬になる薬草
グラシオ・・・小型のギター

タト・・・白金貨の単位
チト・・・金貨の単位
ツト・・・大銀貨の単位
テト・・・小銀貨の単位
トト・・・銅貨の単位

1タト=10チト=100ツト=1000テト=10000トト
1トトは日本円で100円位

ーーーーーーーーーー

「アヤ、あれ!」
「はい」
「これ!」
「はい」
「それ!」
「はい」

二週間以上一緒に過ごしてきたから判るけど、ちゃんと理解可能な言葉にして欲しいよね。
私は患者の傷口をメメ草で洗ってからグルノの絞り汁で治療し、”それ”のイントネーションを聞き取って、厚手の布を巻いて傷口を固定した。
先生はもう次の患者さんを治療している。

「ケナ、あれ!」
「はい」

”がつん”

「違うだろ馬鹿者、水じゃなくてクルル汁だ」

治療師のケナさんが先生の指示を間違えて殴られている、可愛そうに涙目になって包帯を巻いている。
見習服を着た子達がその様子を見て怯えている。

「アヤ、あれ!」
「はい」

ひー、気を抜いている暇が無い。
今の”あれ”はコロコロ虫の煎薬だ。
患者さんに熱が有って、咳がでるのだろう。
お年寄りだから半匙分だ。

可笑しい、今日は一日お兄ちゃんとラブラブで過ごす予定だったのに、なんで先生の脇で四十三人目の患者さんを治療してるのだろうか。

「ラシェ、駄目、下から強く擦って、それじゃ消毒が奥に入らないよ。傷口が化膿しちゃうの」
「はい、先生」

何時私に見習いが二人も付いたんだろ、なんで先生って呼ばれてるんだろ。

最初、突然先生が引っ張っぱり込んだ平服の私に周囲の人達は戸惑っていた。
それに、先生も多少遠慮していた。
でも五人目くらいの患者さんからだったと思う。
痺れを切らした様に突然先生から私に指示が飛び始めた。

「アヤ、これ!」
「はい」

私は薬棚からミリリの塗り薬を取り出す、傷の大きさから見て大匙一杯だ。
息が荒いからこれは虫傷だ、熱冷ましと毒消しも処方しておこう。
拳固混じりで先生から教わったので身体に教わったことが染み着いている。

「ラシェ、ミント、ケベロ粉末とクーラの干草を二日分用意して」
「えっ、先生。この人は怪我人ですよ」
「虫傷だから毒で今夜発熱するの」
「はい」

夕暮れになって患者が減り始め、通りに灯が点り始めるとやっと閉院になった。

「アヤが来てくれて助かったよ」
「あの先生」
「明日からも頼むよ、人手が足りないんだ」
「・・・はい、先生」

えーん、お兄ちゃんとラブラブする予定が。

「それとこの服を渡しておくよ」

ーーーーー

治療師の先生方が院長先生を呼びに行かれたのは知っていた。
院長先生が御不在だったこの二月で、院の治療が滞っていたから正直嬉しかった。
たぶん後半月で破綻をきたしていたと思う。

それに私達見習いにとって、院長の治療を見せて頂ける機会は貴重だ。
母様にこの治療院での見習い修行を命じられた時は、王立治療魔法学院出の私としては正直物凄く不満だった。
でも初めて院長先生の治療に触れた時には驚いた。

院長先生の魔法力が強い事は、母様が王宮治療師級と言っていたので知っていた。
でも知識の厚みが圧倒的に違っていた。
紙上の知識は勿論、その知識を一旦消化して実践に生かし、一つ上のレベルから俯瞰出来る知識、網の様に全体を掬い上げる知識、能力が違っていたのだ。

だからこの二月、副長先生達のレベルの高い治療技術に触れながらも何かが物足りなかった。
それは、治療師の先生の皆様自身が感じていた様で、院長先生が都に戻られたとの第一報が入った途端、副長先生自らが院長先生の身柄確保のために、ご自宅前での待ち伏せに向かわれたくらいだ。

でも院に戻られて打ち合わせを聞かれている院長先生は不機嫌だった。
噂だとご自宅前で一悶着有ったらしい。
せめて旦那に会いたいとの院長先生と、会わせると長くなるから駄目との副長先生の間で口論となり、結局、副長先生が数的優位を生かして強制的に連行して来たと聞いている。

打ち合わせが終わって治療室に向かう途中、入口前の待合室で院長先生が急に歩く方向を変えられた。
向かう先を見ると、仲むつまじ気にべとべとしているこちらに背を向けた幼いカップルが立っていた。先生はその二人に向かっている。
一人身の私としては少々羨ましかったし、子供の癖に生意気と思った。
だが院長先生がその片割れ、少女の方を引き剥した時には驚いた。

「アヤ、手伝いな」

少女の名前はアヤさんだった。
山の民に見える、私よりも五歳以上は確実に若い女の子だった。
物凄く手馴れた動作で院長先生を手伝い始めた。

院長先生の意図をたがえない。
治療師の先生すら怒られる事が多いのにこの子は全然間違えない。
それどころか、意図を先読みして、院長先生に質問すら投げかけている。

マナの供給力が物凄い、しかも底無しなのだ。
私は自分の治癒魔法力には自信を持っている。
それでも治療後にはマナの回復を待たなければならない。
しかしこの少女は物凄い量のマナを使ってる筈なのにこの休みのインターバルが無いのだ。

自然、院長先生がアヤさんに指示を出す回数が多くなる。
そして気が付いたら後処置まで任されている。
後処置は治療師の先生の仕事だ。
院長先生はアヤさんを治療師として認めていることになる。

押し出される様に、ミントと私がアヤさんの助手の役回りになってしまった。
ミントも王立治療魔法学院出だ。
年下の、初等部くらいの子供の下に着くのは大いに抵抗が有ったのだが、この魔法力に着いて行けるのは我々くらいとの認識もあった。

だがいざ下に着いてみると、院長先生より指示が丁寧で判り易い。
理由を説明して貰えるのが物凄く有難かった。
気が付いたら”先生”の言葉がスムーズに口から出ていた。

閉院して夜勤への引継ぎが始まる直前、院長先生とアヤさんが揉めていた。
院長先生と揉められるのは、副長先生ぐらいだからアヤさんは良い根性を持っている。

「アヤ、今晩はお前が我慢しろ」
「だって先生、私今日結婚したんですよ」
「何を今更、ずっとカケルといちゃいちゃしてただろうが」
「でも今日は特別ですよ」
「私なんか二月だぞ、二月も愛しい旦那と別れてたんだぞ。だから今晩は私の番だ。今日は二月分やって、やって、やりまくる。だから今晩は何が有っても私に呼び出しかけるなよ」
「えー、先生だけ狡い」

アヤさんの前に院長服が置いてある。
夜勤者にこの服を預けるなんて、院長先生としては珍しい。
余程アヤさんへの信頼が厚いのだろう。
何を嫌がっているのだろうか、あの服は私の憧れなのに。
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