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Ⅴ 中央大陸

13 兄妹試験を受ける 1

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入場資格試験は最上階に造られた、疑似ダンジョンで行われる。
そこは古代遺跡から研究用に持ち出されたダンジョン構成コアシステムを、今回の試験制度の実施に合わせて他の施設からこの建物の最上階に移設したもので、解析済で制御可能な区画構成部位を試験用、システムの未解明な部位や制御が難しい部位は従前通り研究用として活用しているらしい。

レンさんが事情通から聞いた話では、このダンジョン構成コアシステムは元々魔術師区画にある魔術研究所にあったらしいのだが、数年前にシステムが暴走してボスキャラが脱走し、周囲に相当な被害がが発生して閉鎖されていたらしいのだ。
今回のダンジョン入場許可システムの見直しは、本質的にはこのシステムを再稼働させるためのもので、移設先も平民区画の端なので、万が一暴走が発生しても被害者は平民ということで、すんなり魔術師会議の承認は下りたらしい。

昼前になって、やっと所長が呼びに来た、熱術で足の血行をなんとか維持していたので、俺は無事立ち上がることが出来た。

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王宮魔術院魔術研修所所長 マリン

隼便の返事が来る前に本人達が大挙して現れた。
院長などの魔術組織の幹部のみならず、異例な事に、五大魔術師家の当主と令嬢、それに王女達も連れ立ってやって来た。
たぶんここで魔術師会議が行われても、議員はほぼ揃っているだろう。

迷宮管理事務所の所長がパニクっていたので、私が生徒と所員を総動員して指揮を執った。
幸いな事にダンジョン構成コアシステムの移設場所が魔術大会を開催していたスタジアム跡だったので、見学者席も整備されており、大きな混乱は無かった。

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試験会場は魔術大会のスタジアム跡地で、その試合場スペースに疑似ダンジョンを出現して試験が行われると聞いていた。
だが、跡地の筈なのに何故か観客席に人が大勢座っている、貴賓席らしき場所も有り、美人の若い女性が大勢座っている。
困った事に、ここからだとスカートの中が見えそうで気が散りそうだ。

「それでは試験を開始します」

空中から声が聞こえ、周囲の光景がが変わった、観客席が見えなくなったので少し残念な気がする。
最初はごく普通の広い草原ステージ、野犬や猪豚が徘徊しているだけだ、二キロ程先に祠が見えるのでそこを目差せば良いらしい。

”ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ”

俺の頬の脇を何かが掠めた、視界に入っていた野犬や猪豚が次々消えて行く、マリアの投石だ。
たぶん方向から考えて俺の頬の直ぐ脇を通り過ぎる必要は無いのだが、小石は正確に俺の頬ぎりぎりの同じ場所を通り過ぎて行く。
俺の視線の先に気が付いたのだろうか、マリアが怒っている。

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クルシュ家令嬢 アンプローズ

私の名前はクルシュ・アクア・アンプローズ、父は水術の大家と言われているクルシュ家の当主です。
父さまが急に私を伴って辺境の樹に向かうと言い出された時は正直驚きましたが、魔力が千二百を越える勇者がその樹に現れたと明かされ、納得しました。
父さまから今私に持ち込まれている縁談はすべて保留にすると言われましたが、当然です、私の魔力は七百五十六、悲願だった王家の八百を上回る魔力が得られるのは目前なのですから。
急ぎの隠密行動なので執事長とメイド二人を伴って父さまと一緒に我が家の籠乗り場に向かいました。

「アンも狩り出されたんだ」
「ナナ、彼方もなの」
「私だけじゃないよ、ほら、皆集まってるよ」

二千十三樹の停籠場で降りたら、ナナだけでは無く、クシュ、ハル、マリーも立ち話をしています。
五大魔術家の直系の女子が、舞踏会場以外のこんな場所で、しかも普段着で立っていると不思議な気がします。

「ふっ、ふっ、ふっ、秘密事項だったのにこれで最大魔力保持者がばればれね」
「本当ね、皆猫被ってたのねー、警戒する相手を間違えていたわ」
「でも珍しく父様達も余裕が無かったみたいね。こうなる事が判っていらっしゃら無かったのかしら」
「皆さん抜け駆けできると思われたんでしょうね。何時も冷静沈着な父さま方がこんな失態を犯すなんてなんか嬉しくなっちゃいますわ」
「それは王様も同じみたいね、ほら、王家の籠が来たわ」

たぶん平民には解らない王家の隠し籠、強い結界が見えなければ普通の魔術師籠に見えるでしょう。

「わー、意外。ルクとナツが王家の最大魔力保持者だったんだ。しかも普段着、この光景って貴重よね」
「まー、私達も一緒だけどねー。おーい、ルク、ナツ」

二人は一瞬ぎょっとしてから、溜息混りでこちらに歩いてきました、後ろにはメイドが二人いるだけです。

「父さんに言われて私達来たんだけど、父さんも抜かったわよねー」
「ええ、本当に父さんらしくないよね。これじゃ看板ぶら提げてるのと一緒だしね」
「ねえ、あんた達、王家は王家以外の血は入れないんじゃないの」
「原則はね、王家を越える魔力を持ってる人っていなかったから」
「そうなの、だって千二百越えでしょ。父さん魔力に劣等感持ってるから動揺してたなー」
「先代の王様が特別でしたものねー、九百三でしたっけ」
「そうなの、私達、もう少し年上だったら御爺様の赤ちゃん生めたのにって良く話してたのよ。父さんの血じゃ魅力無いしね」
「それに兄さん達も五十歩百歩だしね」

王室執務官がこの場いたら卒倒しそうです、機密事項が平然と立ち話されています。

魔術院の職員が私達を試験会場に案内してくれました、スタジアムだったので、普段通りお茶を楽しみながら観戦できます。

試合場に人が入って来ました、逞しいけれど魔力のオーラが少ない男性が二人、多少のオーラは持って居る女性が三人、そして最後に物凄い桁違いのオーラを纏った年若い二人が入ってきました、賢者と勇者でしょう。

賢者を見て、全員が腰を浮かせて拳を握り込んだのが判りました、そう、私も同様です、勝った、楽勝だと思いました。
賢者は単なる小娘でした、これなら勇者の血が独占される心配はいらないでしょう、喜びで踊り出しそうになりました。

「父さん、勇者様と会える段取りを早く付けて頂戴」
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