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Ⅵ クシュナ古代遺跡

5 兄妹迷宮に挑む2

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鎧職人 タユト

ナナが連れて来た客人はまだ年若い二人連れだった。
客の女の子から示された意匠図は、俺がまだ見た事も無い斬新な意匠だった。
細かい飾り部位が多く、多少外見を重視した物であったが、主構成部位は動き易さと防御耐性を重視した堅実で理に叶った造りだった。

獣革から鎧を構成する部位を切り出し、麻布の裏地材に重ね合わせて行く。
仕上げに薄く引き延ばした色ガラス銀の板を表面に張って艶を出す。
まあ、こんな段取りとなるだろう。
彩色した硝子と銀の練り合わせが落ち着くまで一日として、まあ、二日有れば大丈夫だろう。

主構成部位の獣革には少し強度が欲しいところだが、持ち込み材料を見て調整するしかないだろう。

「それじゃ材料を見せてくれないか」

客の少年が無造作にマジックボックスから鱗や獣革を取り出した。
その厚みの有る鱗や革を見て俺は驚愕した。
知らない材料ばかりなのだ、しかも普段俺が手掛けている素材とレベルが数段違う素材であることは一目瞭然だった。

「爺ちゃん!ちょっと来てくれ。こりゃ俺じゃ無理だ」
 
爺ちゃんはこの町一番の鎧職人だ。
若い頃は弟子を二百人くらい抱えていたそうなのだが、今は一線を退いて趣味的に鎧を作っている。
弟子は、俺も含めて十人程度しか抱えていない。

「なんじゃ、タユト」
「鎧の制作依頼なんだけど、材料がこれなんだ」
「ほう、面白い形の鎧じゃのう。どれどれ、むっ!」

爺ちゃんが難しい顔をして、並べてある材料を念入りに確認している。

「ナナちゃん」
「はい、タルトさん」
「他の防具の依頼先は決まっておるのかな」
「いえ、まだこれからなんですが」
「それじゃすまんが、ヘッケルとムルスとジンガとデイを呼んで来て貰えんじゃろうか。儂が呼んでいると言ってくれ」
「はい」

ナナが顔を引き攣らせて出て行った。
全員が爺ちゃんの友人、この町を代表する防具職人の親方達だ。

「それじゃタユト、採寸を手伝ってくれ」
「うん」

採寸が終わり、注文者の二人が工房を出て行った後、入れ替わる様にナナが親方達を連れてきた。

「なんじゃタルト。儂はお前と違って忙しいんだぞ」
「まあ、これを見てくれ」

並べられた材料を手に取ると、不機嫌だった親方達の顔に驚愕が走る。

「水龍の革と鱗、茹で殺した大海蛇の革と鱗。最高級品じゃないか。メイレンに入荷したことは噂話で聞いとったたが、良く仕入れられたのう。物凄く高かっただろに」
「これも見ろ」
「げっ、地竜の鱗と革じゃないか」
「どれ、儂にも見せろ。げっ、まだ新しい奴じゃないか」

「客が材料として持ち込んだ。これだけ入手の難しい難易度の高い魔物の材料が揃ってるということは、おそらく自前で狩った戦利品だろうよ」
「成程な、それで俺達を呼んだか」
「ああ、まだ年若い、見た目は普通に見える連中なんじゃが、かなり高レベルな冒険者と考えて良いじゃろう。そんな相手に半端な物は渡せないからな。俺達の町の沽券に係わる。しかも必要な材料の倍の量を無造作に置いていった。余った分は我らで処理して良いそうじゃ。どうじゃ」
「勿論やるに決まっておる。魔材はまだ余分に持っておる様子じゃったか」
「地竜の鱗は面倒臭いんで数すら数えておらんそうじゃ」
「欲しいのー」
「交渉は俺達が誠意と腕を見せてからじゃろう」
「うむ、こりゃ総動員じゃな」
「ああ、勿論じゃ」

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親方の説明では、制作に半月程時間が掛かるとのことだった。
まあ浅い階層はマリアの投石で十分だろうし、急ぐ旅でもない。
それに俺達のスタイルだと殴り合いになる心配はないので、まあ、鎧や甲はファッションみたいな物だ。

待合の店に戻ってナナさんを待つ。
紫エールの二杯目に口を付けた時にナナさんが戻って来た。

「ジョージさん、マリアさん。私防具造りは門外漢なので良く解んないんですが、材料を眺めて親方達が気勢を挙げて大騒ぎしてましたよ。何を渡したんですか」
「竜の鱗と革とか蛇の革なんだけど」
「へー、竜って北大陸には多いんですか」
「余り多くは無いけど、俺達は二頭倒してる」
「へー、お二人は狩が御上手なんですね。それじゃ皆さん宿にご案内します」

町の外周近くの真新しい宿へ案内された。

「ここは先月完成したばかりの面白い宿なんです。オーナーさんが現役引退した有名な考古学者さんで、研究資料として長年収集して来た迷宮からの出土品を使って、客室内にクシュナ古代文明の住居形式を再現したそうです。まだ、あまり知られていませんが、絶対にこの町の名物宿になると思っている私のお薦め宿です」

宿の帳場とロビーは普通だった。
だが帳場でカードを渡され、案内された先は虹色に輝く空間に入る扉だった。

「この扉は明日入る迷宮の入口と同じ装置なんだそうです。この扉を潜ると宿泊階に転送されるんです。それと、この建物は外から見ると三階建てなんですが、中は二十階建てになってるんです。面白いでしょ」

空間に入るとふわっと風に運ばれる様な感覚が有って、金属光沢のある廊下に立っていた。
目の前では、今日広場で見た光景と同様に、光の粒が一瞬でレンさんを足元から織り上げた。

「下に降りる扉はこの廊下の突き当たりの左右にあります。それでは皆さん、カードに書かれた番号の部屋で寛いで下さい」

古代文明を再現した部屋、文様が刻まれた石壁や大理石のベットや椅子を想像していたのだが、全く逆だった。
むしろ俺達には馴染みのある近代的な家具が揃った部屋だったのだ。
迷宮から出土した研究資料なのだろうが、壁には大型ディスプレイらしき物がはめ込まれ、キーボードも置いてある。

部屋の隅に置かれている縦長の箱は、マジックボックスと同じ機能の様で、荷物をいくらでも入れられるようだった。
厨房らしきカウンターには水の魔道具と火の魔道具が並べられ、簡単な料理なら自前で出来そうだった。
厨房の奥に四角い縦長の箱が台に乗せてあり、箱の奥は虹色の空間になっていた。
台の手前のお菓子やケーキが描かれた絵触ると、台の上に光の粒が現れてお菓子やケーキを織り上げる仕組みだった。

ベットは普通、でも魔石の挿入部位が有るのでたぶん魔道具だと思う。

壁や天井に銀色の小さな円盤や黒い小さなカードが飾られている。
たぶん、これは記録媒体だと思うのだが、本来の機能はここの人達には理解出来なかったのだろう。

浴室には広い湯船が用意されていた。
見慣れたお湯の出る魔道具の脇に、排水ポンプらしきものが置いてある。
浴槽に魔道具共通の魔石の挿入部位が有ったので、手持ちの魔石を入れてみたが反応しなかった。
数万年前の品物だ、まあ、動かなくて当然だろう。

それでも未練がましく操作盤らしき場所を触っていたら、指先に小さな違和感を感じた。
確認してみると、それは周囲と殆ど見分けが付かない、土の詰まった小さな穴だった。

針でその穴の中の土をほじくり出してみる。
すると底の方に、小さな赤いボタンが見えて来た。

「兄ちゃん、これってリセットボタンじゃない」
「爆発すると不味いから少し離れてろ」

”プチ”

”ウィーン”

起動音がして、挿入部位に入れて有った魔石が飲み込まれて行く。
浴槽の内面が虹色に輝き、中を走査する様に五センチくらいの光の帯が縦方向に走ってから動きを止めた。

面白そうなので、服を脱いで浴槽に横たわって見る。

”ウィーン”

光りの帯が通過した部分が物凄くリフレッシュされている様な感じがする。
寝不足で溜まっていた疲れが解消され、凄くすっきりしている。
なぜか、マリアに咬まれた傷も消えている。

「兄ちゃん、何か恥ずかしいから外で待ってて」

今更と思うのだが、大人しく浴室から出た。

「兄ちゃん、肌が凄く艶々になってるし、疲れも取れてる!」

濡れて無い筈なのに、タオルを一枚巻いてマリアが浴室から出て来た。

壁に嵌め込まれた畳三畳分くらい有りそうなディスプレイも無反応だったので、少し引き出してリセットスイッチを捜す。

”プチッ”
”ウィーン、カパ”

何も無い様に見えた前面下部が開き、CDやSDの差し込み口の様な物が見える。

壁にぶら下がっているCDらしき物をその差し込み口に入れてみる。
画面一杯に草原の様な場所が映し出され、その中を若い男女が歩いている。
言葉が違うので、何を喋っているか解らない。
笑いながら女性が走り出し、男性がそれを追いかける。

そして抱き合って草原に倒れ込み、男女の営みが始まった。
古代文明のアダルト物だった。
一応何かの規制はあったらしくモザイクが掛かっている。

片っ端から壁や天井のCDを剥して見てみるが、その殆どがアダルト物だった。

SDらしき物も差し込んでみる。
十枚程はデータが壊れているようだったが、十一枚で映像が映し出された。

この部屋と同じ様な部屋の中央に女性が立っている
画面に見えない男性の声が聞こえ、画面の女性が服を脱ぎ始めた。
CDの女性より胸は小さかったが、こちらは無修正だった。

たぶん古代人が個人的に楽しむ為に録った映像なのだろう。
数万年後の人間にまさか見られるとは思っていなかっただろう、少々気の毒だ。
だが臨場感のある生の興奮が画面から伝わって来る。

『ねっ、「お」兄ちゃん』

潤んだ目でマリアが俺を見つめている。
ハモっていることに気が付いていないのだろう。

勿論俺は浴槽でリフレッシュしたばっかりなので元気一杯だ。
マリアをベットに押し倒した。
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