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Ⅲ 王都フルムル
6 商業都市モスロ1
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暴力の痛みに対する恐怖では無く、人と争う事に対する嫌悪に近い恐怖、暴力を好む者、自分が理解できない者に対する本能的な底無しの恐怖。
それらの恐怖が頭の中を駆け巡って、ジョージの心は力を失って俺に身体を明け渡した。
ジョージの心は引き延ばしたガラスの糸の様に脆い、優し過ぎるのだ、闘争心が無さ過ぎるのだ。
多分日々の暮らしの中でも生き難くかったと思う、だから唯一心が無条件で理解でき、また無条件で理解してくれるマリアに強く依存したのかも知れない。
マリアもまた聖女として遇されながらも、ジョージと同じ心の恐怖を抱えながら生きていたのかも知れない、だからマリアもジョージと一緒に殻に籠ることを選択し、心の安寧を得ようとしたのだろう。
この二人にとっては、死や痛みよりも人と争う事自体の方が怖いのだ。
「私は怖い訳じゃないけど死ぬのは嫌よ、それに殴り倒して思い知らさないと解らない奴って必ずいるからね」
良く解っている、小学生の時、マリアは意地の悪い奴を良く殴って母さんが学校に呼び出されていた。
兄妹だから仕方が無いのだが、俺もまあマリアと似た様なものだ、自分が死ぬくらいだったら人をぶっ殺すタイプだ。
「まあ、此奴等の性格だから仕方ないさ。今日は熟睡させて貰おう」
翌朝は久々の爽やかな目覚めだった、俺達が寝ても二人は出て来なかった、マリアはパジャマを着ているし、ニャンニャンした記憶も無い、俺達は久々に万全な体調で元気一杯朝食を摂って出発した。
街道はこの町から先石畳敷きとなり、幅も馬車が三台並べる位広くなった。
これから先は危険性が少ない様で、他の商隊達は護衛の冒険者を半分以上解雇していた。
隼衆がいればこの馬車隊は安泰なので、俺達もミハエルに解雇を申し出たのだが引き留められてしまった。
街道の周囲も森から荒野に変わり、開墾された農地が所々に見られる様になる。
ただ完全に安全と言う訳では無く、盗賊が出没するそうで、今度は人間に襲われる用心が必要になった。
次の宿泊地の宿場町の手前、そろそろ陽が傾き始めた頃合いの見通しの悪い小さな峠、正に典型的なシュチエーションで盗賊団が襲い掛かって来た。
悪い奴にも運の良い奴と悪い奴がいると思う。
俺達を襲って来た連中は運の悪い典型で、先に居場所を知られた上に、弓を持った伏兵を先に倒され、完全に退路を断たれた状態でノコノコ街道に現れた。
「命が、グフッ」
背後から瞬殺だった、隼衆は容赦が無い。
この世界の命の価値は小さく、捕えようという気はまるで無く、無造作に次々と背後から襲われて始末されていた。
野犬との扱いの違いは肉を食用にしない程度で、遺体は裸に剥かれて薪を積んで次々に焼き払われた。
その光景を見ても不思議と嫌悪感を感じない、アカクルカ荒地で野犬を相当殺したので、命を奪う事に対する感覚が変わっているようだ。
数日同じような旅が続き、街道の回りの風景が牧草地に変わって来る、街道沿いに店や民家が増え始め、次第に盗賊の心配も無くなって来る。
ジョージとマリアも俺達が寝込むと出て来る様になり、恐怖を忘れようかとする様に、毎夜激しく身体を重ねている。
何事も無く順調に進み、街道は大河にぶつかり、河沿いに発展した商業都市モスロで終点となる。
ここからは大河を船路で遡って王都に向かう。
対岸が見えない海の様に広い大河から幾筋もの櫛の歯の様に運河が街中に伸びており、その運河をひしめく様に、荷を満載した船が行き交っている。
トルトノスから行動を共にして来た商隊達は、一隊も欠けることなくモスロに無事到着した。
商人達は挨拶に訪れて礼を述べてから街中に散って行った。
「船は手配してございますでしょうか」
「いえ、まだこれから探す積りです」
「それでしたら我々が明朝に乗る貸し切りの高速船に同乗されては如何でしょうか、若様も希望されております。たぶん今からの手配ですと早くとも明後日くらいの出発になると思われますが」
馬車隊のペースに合わせて進んで来たので、明後日では期限ぎりぎりだ、便乗させて貰おう。
「それではお言葉に甘えさせて頂き便乗させて頂きます。ありがとうございます」
宿も船が出発する運河の船着き場に面した宿に同宿させて貰うことになった。
ーーーーー
「兄さん、また酒場に行きましょ」
「えっ!マリアは怖くないの」
「怖いけど、この人達に私達を憐れんで欲しくないの。兄さんも感じてるでしょ」
「それは僕だって感じてるさ、でも大丈夫かな」
「大丈夫よ兄さん、さっ、行きましょ」
再び派手な服に着替えて二人は街中に繰り出した、高級店に入り飲んで歌って踊って騒ぐ。
ほろ酔い加減で宿に帰ろうとした二人は、再び裏路地に連れ込まれて凶悪な顔付の男達に囲まれた。
ーーーーー
ジョージは早々にギブアップして俺と選手交代した。
マリアは健気に踏み止まって恐怖と戦っている。
「マリア、恐怖は押さえなくても良いんだ、怖くて当たり前なんだよ。膝の震えを感じてごらん、恐怖を感じてる自分を外から見詰めている自分が見付けれればそれで良いんだよ」
マリアの肩に手を乗せて語り掛ける。
「お兄ちゃんなの」
「ああ、そうだよ。俺を信じてやってごらん」
「うん、解ったわ。・・・私今膝が凄く震えている。私は今恐怖を感じている」
「彼奴らの足元は見えるかい」
「ええと、うん、大丈夫見える」
「じゃっ、奴らの足元を泥に変えてごらん」
精神的に混乱している状態では魔術は使えないが、落ち着きを取り戻した今なら大丈夫だと思う。
男達の足元が泥沼に変わり、男達が沈み込んで溺れている。
「さあ、術を解いてごらん」
男達は土に全身が埋もれた状態になっている、正確なコントロールは出来ていないが、まあ合格だ。
背後を塞いでいた男達が顔色を変えて逃げ出した。
「さあ、俺達も逃げよう」
手を繋いで走り出す、途中マリアはクスクス笑い始め、緊張の糸が途切れて気絶したのか、宿の前でマリアと入れ替わった。
「兄ちゃん、この子凄く嬉しかったみたいだよ」
「ああ、マリアは良く頑張ったよ」
「でもジョージは根性無さ過ぎじゃない」
「そう言うなよ、心はこれでも頑張ったんだが身体が付いて行かなかったんだよ。ちょっとちびったから風呂に入り直さなきゃならんな」
「それなら公衆浴場が有るみたいよ、行ってみようか」
「ああ、じゃっ、そこの古着屋で普通の服を買ってから行こう」
それらの恐怖が頭の中を駆け巡って、ジョージの心は力を失って俺に身体を明け渡した。
ジョージの心は引き延ばしたガラスの糸の様に脆い、優し過ぎるのだ、闘争心が無さ過ぎるのだ。
多分日々の暮らしの中でも生き難くかったと思う、だから唯一心が無条件で理解でき、また無条件で理解してくれるマリアに強く依存したのかも知れない。
マリアもまた聖女として遇されながらも、ジョージと同じ心の恐怖を抱えながら生きていたのかも知れない、だからマリアもジョージと一緒に殻に籠ることを選択し、心の安寧を得ようとしたのだろう。
この二人にとっては、死や痛みよりも人と争う事自体の方が怖いのだ。
「私は怖い訳じゃないけど死ぬのは嫌よ、それに殴り倒して思い知らさないと解らない奴って必ずいるからね」
良く解っている、小学生の時、マリアは意地の悪い奴を良く殴って母さんが学校に呼び出されていた。
兄妹だから仕方が無いのだが、俺もまあマリアと似た様なものだ、自分が死ぬくらいだったら人をぶっ殺すタイプだ。
「まあ、此奴等の性格だから仕方ないさ。今日は熟睡させて貰おう」
翌朝は久々の爽やかな目覚めだった、俺達が寝ても二人は出て来なかった、マリアはパジャマを着ているし、ニャンニャンした記憶も無い、俺達は久々に万全な体調で元気一杯朝食を摂って出発した。
街道はこの町から先石畳敷きとなり、幅も馬車が三台並べる位広くなった。
これから先は危険性が少ない様で、他の商隊達は護衛の冒険者を半分以上解雇していた。
隼衆がいればこの馬車隊は安泰なので、俺達もミハエルに解雇を申し出たのだが引き留められてしまった。
街道の周囲も森から荒野に変わり、開墾された農地が所々に見られる様になる。
ただ完全に安全と言う訳では無く、盗賊が出没するそうで、今度は人間に襲われる用心が必要になった。
次の宿泊地の宿場町の手前、そろそろ陽が傾き始めた頃合いの見通しの悪い小さな峠、正に典型的なシュチエーションで盗賊団が襲い掛かって来た。
悪い奴にも運の良い奴と悪い奴がいると思う。
俺達を襲って来た連中は運の悪い典型で、先に居場所を知られた上に、弓を持った伏兵を先に倒され、完全に退路を断たれた状態でノコノコ街道に現れた。
「命が、グフッ」
背後から瞬殺だった、隼衆は容赦が無い。
この世界の命の価値は小さく、捕えようという気はまるで無く、無造作に次々と背後から襲われて始末されていた。
野犬との扱いの違いは肉を食用にしない程度で、遺体は裸に剥かれて薪を積んで次々に焼き払われた。
その光景を見ても不思議と嫌悪感を感じない、アカクルカ荒地で野犬を相当殺したので、命を奪う事に対する感覚が変わっているようだ。
数日同じような旅が続き、街道の回りの風景が牧草地に変わって来る、街道沿いに店や民家が増え始め、次第に盗賊の心配も無くなって来る。
ジョージとマリアも俺達が寝込むと出て来る様になり、恐怖を忘れようかとする様に、毎夜激しく身体を重ねている。
何事も無く順調に進み、街道は大河にぶつかり、河沿いに発展した商業都市モスロで終点となる。
ここからは大河を船路で遡って王都に向かう。
対岸が見えない海の様に広い大河から幾筋もの櫛の歯の様に運河が街中に伸びており、その運河をひしめく様に、荷を満載した船が行き交っている。
トルトノスから行動を共にして来た商隊達は、一隊も欠けることなくモスロに無事到着した。
商人達は挨拶に訪れて礼を述べてから街中に散って行った。
「船は手配してございますでしょうか」
「いえ、まだこれから探す積りです」
「それでしたら我々が明朝に乗る貸し切りの高速船に同乗されては如何でしょうか、若様も希望されております。たぶん今からの手配ですと早くとも明後日くらいの出発になると思われますが」
馬車隊のペースに合わせて進んで来たので、明後日では期限ぎりぎりだ、便乗させて貰おう。
「それではお言葉に甘えさせて頂き便乗させて頂きます。ありがとうございます」
宿も船が出発する運河の船着き場に面した宿に同宿させて貰うことになった。
ーーーーー
「兄さん、また酒場に行きましょ」
「えっ!マリアは怖くないの」
「怖いけど、この人達に私達を憐れんで欲しくないの。兄さんも感じてるでしょ」
「それは僕だって感じてるさ、でも大丈夫かな」
「大丈夫よ兄さん、さっ、行きましょ」
再び派手な服に着替えて二人は街中に繰り出した、高級店に入り飲んで歌って踊って騒ぐ。
ほろ酔い加減で宿に帰ろうとした二人は、再び裏路地に連れ込まれて凶悪な顔付の男達に囲まれた。
ーーーーー
ジョージは早々にギブアップして俺と選手交代した。
マリアは健気に踏み止まって恐怖と戦っている。
「マリア、恐怖は押さえなくても良いんだ、怖くて当たり前なんだよ。膝の震えを感じてごらん、恐怖を感じてる自分を外から見詰めている自分が見付けれればそれで良いんだよ」
マリアの肩に手を乗せて語り掛ける。
「お兄ちゃんなの」
「ああ、そうだよ。俺を信じてやってごらん」
「うん、解ったわ。・・・私今膝が凄く震えている。私は今恐怖を感じている」
「彼奴らの足元は見えるかい」
「ええと、うん、大丈夫見える」
「じゃっ、奴らの足元を泥に変えてごらん」
精神的に混乱している状態では魔術は使えないが、落ち着きを取り戻した今なら大丈夫だと思う。
男達の足元が泥沼に変わり、男達が沈み込んで溺れている。
「さあ、術を解いてごらん」
男達は土に全身が埋もれた状態になっている、正確なコントロールは出来ていないが、まあ合格だ。
背後を塞いでいた男達が顔色を変えて逃げ出した。
「さあ、俺達も逃げよう」
手を繋いで走り出す、途中マリアはクスクス笑い始め、緊張の糸が途切れて気絶したのか、宿の前でマリアと入れ替わった。
「兄ちゃん、この子凄く嬉しかったみたいだよ」
「ああ、マリアは良く頑張ったよ」
「でもジョージは根性無さ過ぎじゃない」
「そう言うなよ、心はこれでも頑張ったんだが身体が付いて行かなかったんだよ。ちょっとちびったから風呂に入り直さなきゃならんな」
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