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Ⅲ 王都フルムル

10 兄妹王都で寛ぐ3

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ヒューロス国南部方面司令部本部長 ニコノス将軍

南門と北門を閉鎖し、部隊を街中に展開して闇ギルドに突入する。
その場に居た職員全員を拘束し、全ての書類を押収する。

評議会事務所を占拠し、街の評議会議員全員を評議会議場に連行して街に厳戒令を発する。

「ニコノス将軍、明らかな協定違反ですぞ。気でも狂ったのですか」
「私は正気だ。メテオの使い手を差し出せば速やかに撤退する」
「メテオ?何を馬鹿な事を」
「数日前の隕石はメテオだ、沼中央で標的にされたのは、”妖精王”を監視していた私の配下の部隊だ。協定書に規定されているヒューロス国に対する戦闘行為禁止の条項に違反しているおそれが十分にある。私は協定書に書かれた捜査権を行使させて頂いているにしか過ぎん」
「ちょっと待て、今すぐ闇ギルドの長を呼び出すから。彼に説明させよう」
「行方不明じゃないのか」
「そんな訳あるか」

「俺だってそんな話は初耳だ。確かに”妖精王”の運搬を頼んだ事は事実だし、頼んだ奴はその日に沼を渡って戻って来た。だがそいつが本当にメテオの使い手かどうかなんて解る訳ないだろ」
「標的にされた部隊の者の報告によると、沼を一瞬で岩盤に変えてメテオを降らせたのは少年と少女だったそうだ」
「げっ!仕事をさせたのは確かに餓鬼だ」
「何者だ」
「知らん、餓鬼二人で荒野を渡って来た様子だったから、役に立つと思って雇っただけだ」
「今どこに居る、差し出せ、隠すと身の為にならんぞ」
「すまん、王都へのスクロールの配達に向かわせた」
「へっ?・・・・・、げー!何て事を。誕生祝いで要人が王都に集まってるんだぞ。何時、何時この街を出た」
「隕石が降った次の晩でさ、峠経由で。確かミランダ公爵の息子とマーシャル国の姫様も一緒でさ」
「マーシャル国の姫君?」
「へっ?知らなかったで、ミランダの餓鬼がマーシャルの姫様攫って来ったって。俺達の間じゃ常識ですぜ」

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「右手に見えますのが黒竜城、ミランダ家、現公爵の居城です。左手に見えますのが赤竜城、ペトローネ家、現王家の居城です。双子城とも呼ばれ、習慣上この両家の城が我が国の王城と呼ばれています」
「ガイドさん、王家の城だから王城なんじゃないのかね」
「はい、良いご質問です、嬉しいですね。これは我が国の歴史が関係するお話なのです。我が国は本来このヒューロス湖を境に北部をペテローネ家、南部をミランダ家が統治する二つの王国だったのです。当時はヒューロス大河の運航権を巡って激しく対立しあう国同士だったのですが、ミラノス山脈を越えてキャノーラ大国の大軍が攻め入った時に手を組んで同盟を結びました。両国軍の指揮命令系統を効率化するために、全軍の指揮権を交代で両家のよりすぐれた王が握ることにしたそうです。キャノーラ大国との激しい戦いは五百年続いたそうです。国土の半分まで攻め込まれた時に、防御に優れたこの島に砦を築いたのがこの王都の始まりだそうです。キャノーラ大国を退けた時には、人々はこの国をヒューロス湖に因んでヒューロス国と呼び習い、国民や貴族も一つの国で有ることが当然として認識していたそうです。勝利した当時に指揮権を握っていたペテローネ家が代々王家を名乗り、ミランダ家が公爵家を名乗っている、それがこの国の現在の形であり、両方の城が王城と呼ばれている理由です」
「ミランダ家も王家なのかい」
「歴史的にはそうなります」
「ミランダ家は良く黙っているな」
「公爵様は優れた方でいらっしゃいますから、むしろ南部の領主様で不満をお持ちのかたが多いでしょうか」

ふーん、勉強になった、ミハエルは案外偉かったのか、まあ、俺には関係ない話だが。

「はい、それでは次に神殿区に行きますから船に移動して下さい。お酒を飲み過ぎると神殿区に入れて貰えませんから気を付けて下さいね」

「兄ちゃん、そこの露店のジュースとお好み焼きみたいなのが食べたい」
「ガイドさん、露店で買い物して良いかい」
「構いませんよ、皆さんまだ土産物を物色されてますから」
「さっ、マリア行こう」
「うん、兄ちゃん」

俺達は手を繋いで走り出した。

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ヒューロス国南部方面司令部本部長 ニコノス将軍

全軍に撤退命令を出し、南部の主だった領主に隼便で情報を伝える。
ちょうど上手い具合に、闇ギルドで禁制品の流通情報も手に入った、これは何人かの貴族との交渉材料に使えるかもしれない。

ミハエル様がマーシャル国の第一王女を伴われて王都に向かわれた、しかも偶然かも知れないがメテオの使い手も同行している。
何時も我々南部諸侯の意見を聞き流されている捕え処の無いミハエル様だが、密かに王権移譲に向けて決心されたのかも知れない。

北部方面司令部のデミ将軍の動きには注意をしよう。
もしデミ将軍の王都への動きを察知したら、ミランダ家を御護りする為にこちらも動かなければならない。

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神殿区は面白かった、たぶん全部を見て回ったら十日くらい掛かるだろう。
一番大きいのが規則とモラルを司るノーラ神殿、その次に大きいのが豊作と繁栄を司るケーラ神殿。
ノーラ神はペテローネ家の守護神で、ケーラ神はミランダ家の守護神だそうで、ノーラ神殿は大きな石造り、ケーラ神殿は太い丸太の校倉造りだった。
ノーラ神は怖そうな顔の美人の女神様で、睨まれた気がしたので銀貨一枚を供えて拝んでおいた。
ケーラ神は福与かな優しそうな女神様で、こちらにも銀貨一枚を供えて拝んでおいた。
土術の神や熱術の神、鍛冶の神や酒の神、バーバリアンの神様までいた。

バーバリアンの神様は力の神様も兼ねており、参拝者は筋骨隆々とした人達が多かった。
力試の岩と呼ばれる岩が並べられており、力自慢の人々が顔を真っ赤にして挑戦していた。

「重いのかな」
「あんなムキムキの人達が苦労してるんだから相当重たいんだろ」

ここでも銀貨一枚を供えて拝んでおいた。
神殿を出ようとしたらマリアが見当たらない。
周囲を見回したら大岩の前に立っている、大岩に手を伸ばして鷲掴みして振っている。

「兄ちゃんこれ軽いよ」

回りの人達が凍り付いているので、慌てて神殿から走り出た。
土術や熱術、火術や水術、いろいろな神様の銀貨をお供えして回ったのだが、ノルンの爺さんの神殿が見当たらない。

「ガイドさん、ノルン神の神殿はどこですか」
「ああ、祖神様ですか、ほらあそこです」

ガイドさんの指差す先を見ると崖の中腹に祠がある。

「ご一緒しましょうか、あそこは眺めが良いんですよ。祖神様は他の神様達の父様やお祖父様ですから他の神様を良く視える場所に祀るんですよ。だから山の民の方々で信仰されて方が多いんです。でも全然ご加護は下さらないんですけどね」

長い階段を登ると岩壁に掘られた神殿が有った、眺めが良く、神殿区どころか都中が一望できる。
そろそろ陽が傾いており、都を囲む高い岩陰の影が街中に長く伸びている。
金貨一枚を供えてお参りしたら、巫女衣装の黒髪の神官さんが感激して御祓いをしてくれた。

「昼のお魚じゃ少し物足りなかったでしょ、夜は北部料理の平原牛の人気店ですから期待して下さいね」

ガイドさんが嬉しそうに階段を下りながら説明する、運河を走る船の帆がオレンジ色に染まり始めていた。
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