【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

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第1部

36話 夏星の大宴 貴方とダンスを

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 その後、改めてシャンティリアン王太子殿下と、イザベル様の婚約が発表されました。
 もちろん、大広間はお祝いの言葉と拍手で包まれます。
 お二人はもちろん、国王陛下と王妃陛下もお幸せそうです。

「改めて、今宵は大いに楽しんで欲しい!」

 国王陛下のお言葉と共に、楽隊が音楽を鳴らします。壇上にいた者は大広間に降り、大広間の中央から人が引いていきます。
 ダンスを踊る為に場所をあけたのです。

 楽隊が華麗な調べを流し、まずはシャンティリアン王太子殿下とイザベル様がファーストダンスを踊ります。

 伝統的でゆったりとした曲に合わせて踊るお二人のお姿は、正に黄金の八重の向日葵と、黄緑色に輝くダリア。
 軽やかで優美なお姿に歓声が上がり、いずれ来るお二人の治世の明るさを予感させました。

 うっとりと眺めていると、視線を感じます。目を向けると、アドリアン様の熱っぽい眼差しがありました。
 思わずドキリとします。

「アドリアン様?どうされましたか?」

「はっ!……すまない。君があまりにも魅力的で……」

「はい?えっと……?」

「先程の凛々しく忽然とした姿は戦乙女のよう、普段のはにかむような笑顔はプリムローズのよう、ダンスに見惚れる様子は女神のようだ。ルルティーナ嬢、君は魅力的で美しい」

「はいっ!?」

 甘い甘い言葉に全身が熱くなります。熱っぽく語りながら両手を握られ、顔を上げてられなくてうつむいてしまいます。

「君は次から次へと新しい魅力を魅せてくれる。素敵な人だ」

「アドリアン様、恥ずかしいです……」

「恥ずかしがってる君も素敵だ」

「……」

 何も言えなくて固まっている間に、シャンティリアン王太子殿下とイザベル様のダンスが終わりました。恐らく、三曲踊っていらしたのに、アドリアン様のせいで一曲分しか見れなかったようです。
 ともかく、ここから先は全ての招待客が踊れます。踊る方々は中央へ。踊らない方々は壁沿いに移動し始めています。
 私たちもどうするか決めなければなりません。出来れば、踊りたいですが。

「ルルティーナ嬢、どうか俺と踊ってくれないか?」

 まるで私の気持ちを読んだかのよう。嬉しいですが、アドリアン様の余裕ぶりには少し思うところがあります。

「……いいですけど、あまり褒めないで下さいね?恥ずかしくて顔が上げられないので……」

 人前では隙を見せてはいけないというのに、アドリアン様と違って制御できない自分が情け無い。少し落ち込みました。

「……かわいい」

「アドリアン様?」

「いや、その……ぜ、善処する……」

 ……確約はいただけないのですね。また、可愛いだなんて言ってますし。

「もう!仕方がないですね。恥ずかしくて慌ててステップを間違えたらフォローして下さいよ?」

「それは任せてくれ!完璧にリードしてみせる!」

 アドリアン様は鮮やかな青い瞳をキラキラさせて宣言し、跪いて手を差し出しました。

「美しい方、俺と踊って頂けますか?」

 私も笑顔で、その手を取ります。

「ええ、もちろんです。素敵な騎士様」




 ◆◆◆◆◆




 丁度、軽快な調べが流れていました。聞いているだけで心が弾み、ワクワクする曲です。
 私とアドリアン様ははしゃぐようにステップを踏みながら、踊りの輪の中に加わります。

「ルルティーナ嬢、今日は君にとっても祝うべき日だ。思い切り踊ろう」

「ええ。アドリアン様とミゼール領辺境騎士団にとっても、祝うべき日ですから」

「フッ。そうだな」

「はい。楽しく踊りましょう!」

 シャンデリアの光を受けながら、私たちは夢中で踊りました。
 軽快な調べに身を任せて時に早く、時にゆったりと。身体を密着させたり離したりする、動きの多いダンスを踊ります。
 そして、私がくるくると回るようにステップを踏むたび、私の白い髪と青いドレスもまた空を舞うのです。
 ああ!シャンデリアの光を受けて輝く白い髪!ひるがえって円を描くドレスの美しさ!私を磨いてくれたシアンたちにも見て欲しかった!

「ずいぶん早いステップも踏めるようになったね」

「アドリアン様も、前よりリードがお上手です」

「君相手だからさ」

「っ!」

 腰に回った手に力を入れながら囁かれて、ステップを踏み外しかけました。アドリアン様がしっかり支えて下さるので、少しも支障はありませんでしたが……。

「……アドリアン様の意地悪」

 恥ずかしいやら悔しいやらで、少し睨んで見上げました。

「っ!」

 今度は、なぜかアドリアン様のステップが乱れます。
 私は乱れに合わせて身体を動かし、やり過ごしました。

「アドリアン様?」

 見上げたお顔は、一目でわかるほど真っ赤でした。

「済まない。刺激が強すぎただけだ。問題ない」

 キリッとした表情でペースを取り戻すアドリアン様。ですが、顔は赤いままで……。

「ふふっ。アドリアン様、お可愛らしいです」

「なっ!可愛らしいのは君だ!」

 思わず本音をこぼしながら、私は楽しく踊ったのでした。


 ◆◆◆◆◆


 一曲踊った後は、アドリアン様と共に踊りの輪を抜けます。
 連続で二曲以上踊るのは、婚約者同士か夫婦だけだからです。少し残念ですが、仕方ありません。

「ルルティーナさん!ベルダール辺境伯!素敵だったわ!」

 イザベル様とシャンティリアン王太子殿下がお声がけ下さりました。カーテシーをしようとしましたが、王太子殿下はそのままでいいと手で制して下さります。

「イザベル様、ありがとうございます。イザベル様とシャンティリアン王太子殿下のダンスも素晴らしかったです。改めて、ご婚約おめでとうございます。」

「シャンティリアン王太子殿下、スフェーヌ侯爵令嬢、ご婚約おめでとうございます」

「お友達にお祝いしてもらえて嬉しいわ。ありがとう!」

「プランティエ伯爵、ベルダール辺境伯、ありがとう。嬉しいよ」

 パッと光があふれるような笑顔になるイザベル様、それを微笑ましげに見つめる王太子殿下。ま、眩しい光景です。
 その後、王太子殿下は優しい笑顔をアドリアン様に向けます。アドリアン様も柔らかな表情です。

「ベルダール辺境伯。卿らは、王都にはあとどれくらい滞在するのだろうか?」

「明日から五日ほどを予定しております」

「ふむ。短いな。いや、卿とプランティエ伯爵の職務を思えば当然だが。
プランティエ伯爵も交えて茶会がしたいと両陛下が仰せなのだ。もちろん私も参加したい。後で候補の日時を伝えるので、考えてはもらえないだろうか?」

「プランティエ伯爵もですか?それは……」

 アドリアン様は考え込むご様子。私はある事を確信していたので、急いで口を挟みました。

「ベルダール辺境伯さえよろしければ、私に否やはございません」

「ルル……プランティエ伯爵」

 何かを察したのか、鮮やかな青い瞳が心配そうにこちらを見ます。私は安心していただくため、笑顔を浮かべました。

「……日時に支障がなければ、お伺いします」

「ああ、もちろん構わないよ。
ベルダール辺境伯、プランティエ伯爵、それではまた会おう!」

「ルルティーナさん、私ともまたお話してくださいね。あと、私のことはイザベルでいいし、敬語もいらないわ」

「はい。イザベルさん、お手紙を送ります……送るわ」

「ふふ。……耳を貸して」

 イザベル様が、さっと耳打ちされます。

「ベルダール辺境伯と、とってもお似合いね。正式に婚約したらすぐ教えてね。お祝いするわ」

「!……そうなれるよう、頑張る……つもり」

「応援してるわ。では、ご機嫌よう」

 王太子殿下とイザベル様は、とても嬉しそうに去っていかれました。

「……ルルティーナ嬢、スフェーヌ侯爵令嬢と何を話したんだ?」

 何故か、アドリアン様はとても不機嫌なご様子です。話しかけようとした方が「ひっ!」と、叫んで逃げるほどに。
 内緒話がお嫌いなのでしょうか?ですが、内容をお話しする訳にはいきません。こういう時は確か、シアンに教えてもらった言葉を使う時です。

「アドリアン様は、乙女の秘密を暴かれるおつもりですか?」

「うっ……!乙女……秘密……!い、いや、そのようなつもりは……」

 まあ!シアンの言った通り、たじろいでいらっしゃいます!
 次はじっと目を見つめて……。

「乙女の秘密は殿方にお話しできません。お許しくださいね」

 にっこり笑えばいい。と、聞いたけど……。あ、頷かれました。これで正解だったようです。

「そ、それはともかく。先程の茶会の件だが、本当にいいのか?謁見の時もずいぶん緊張して疲れていたようだったが……」

「いいに決まってます。アドリアン様はためらってはいましたが、お茶会に参加したかったのでしょう?私は、その背中を押したかったんです」

「っ!?……どうしてそう思った?」

「どうして……どうしてでしょう?なんとなくです。アドリアン様のことをずっと見ていたら、わかるようになりま……アドリアン様?」

 アドリアン様は頭を抱え、何やら唸っています。しかしすぐに顔を上げて、真面目な顔になりました。

「俺以外の男にそういう事を言わないでくれ」

「そういう事?ですか?」

「ずっと見ていた。なんて言われたら、男はすぐ誤解する」

「はあ、わかりました」

 言われなくとも、アドリアン様以外をこんなに見たりしないのですが。不安そうなので頷きました。

 いっそ、今この場でアドリアン様への想いを告げてしまった方が、安心して頂けるでしょうか?
 いえ、いくら【夏星の大宴】で『私たちがすべき事が済んだら告げよう』と、思っていたとはいえ、急すぎるでしょう。
 帰りも同じ馬車なのに、アドリアン様の想いが私と違っていたらきまずいどころではありません。

 私は悩んでいる間に、アドリアン様は気持ちを切り替えたようです。

「せっかくだ。今は、引き続き夜会を楽しもう」

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