【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
38 / 107
第1部

37話 夏星の大宴 お喋りと誓い

しおりを挟む
 アドリアン様は、明るい笑顔で私をエスコートして下さります。

「ルルティーナ嬢、こっちだ。俺は夜会は好かないが、出される料理は別だ。特に宮廷舞踏会の料理は別格なんだ」

「わあ!美味しそうですね!」

 アドリアン様は、お料理のテーブルの前でややはしゃいだご様子です。よっぽど、お料理が楽しみだったのでしょう。
 確かに、素晴らしいお料理の数々が並んでいます。
 ほのぼのしていると、美しいお料理を次々にお皿に入れて下さります。

「この三色は魚介と野菜のテリーヌだ。これは生ハムと桃のカクテルで、これはチーズと夏だけに摂れる茸のキッシュ、それから羊肉のパイ包み焼きと……」

「アドリアン様?立ったままで、こんなには食べれないですよ?」

「あそこで座って食べればいいさ」

 アドリアン様が指差す方向には、テーブルとソファや椅子が置かれたコーナーがあります。テーブルごとに、カーテンや衝立があり、数人づつ別れて座るようになっています。

「君とダンスを踊った後、こうやって食事するのが楽しみだったんだ」

「っ!わかりました。頂きましょう」

 私たちは、浮き浮きした足取りで席につき、ゆっくりとお料理を味わいます。

「このテリーヌ、おすすめなだけあって美味しいです!」

「口にあって良かったよ」

 給仕の方がシャンパンと果実水を持ってきて下さります。アドリアン様はシャンパン、私は果実水を頂きます。
 果実水は桃とベリーの味がします。甘さがひかえめで、微かに発泡していてお酒のようです。

「夢のような一時ですね……」

「ああ。色々なことが終わった。後は、国王陛下にお任せしておけばいい。俺たち辺境騎士団の扱いも変わっていくだろう」

「ええ。先程から、アドリアン様に話しかけたそうにされている方が沢山いらっしゃいますし」

「半分は君目当てだよ。……渡さないけどね」

 アドリアン様は、意味深に笑います。またドキドキしてしまいました。

「私だって……渡したくないです」

「っ!ルルティーナ嬢……」

 見つめあう内に、とろんと甘い気持ちになっていきます。
 私はこの人のことが……。【お茶会のお兄様】かどうかより先に、想いを伝えたい。

「アドリアン様、私……私は貴方のことが……」

 長く節くれだった指が、私の唇を押さえました。切なげな青い瞳と目が合います。

「……遮ってすまない。先に、俺から君に伝えたいことがある。やっと覚悟が決まった」

 指が、名残惜しげに唇を撫でて離れます。唇から全身に、ゾクゾクとした未知の感覚が広がって、私は何も言えなくなりました。

「両陛下とのお茶会後、君だけに告げるよ。待たせてしまうけど、許してもらえるだろうか?」

「……ずるい。そんな風に言われたら、許すしか無いじゃない……あっ」

 敬語が抜けてしまいました。アドリアン様は目を丸くした後、気恥ずかしそうに笑います。
 まるで、少年のような笑みです。

「うん。ごめん。俺は君に甘えてるね」

「もういいわ……いいです。私も貴方に甘えてますから」

「もっと甘えて欲しい。前から思ってたけど、敬語もいらないよ」

「立場上、そうもいかないでしょう」

「全くだ」

「本当ね」

 ハッと、アドリアン様と一緒に声の方を向くと、呆れた顔のお義父様とお義母様がいらっしゃいました。
 どこからかわかりませんが、気恥ずかしい……。アドリアン様も気まずそうです。
 お義母様は、そんな私たちを鼻で笑いました。

「ベルダール辺境伯閣下、閉会までルルティーナを囲い込むおつもりですか?」

「そうだそうだ。お義父さんだって、ルルティーナと話したかったし踊りたい。お前の義姉さんと義兄さんも、お前を探していたぞ」

「ご、ごめんなさい。お義父様、お義母様」

「ルルティーナが踊ってくれたら許すよ」

「その後で構いませんからご挨拶回りをなさいませ。ベルダール辺境伯閣下もご一緒に。お二人とも、ミゼール領辺境騎士団の代表でもあるのですから、はしゃぐ前に最低限の社交をなさいませ」

「「はい。仰る通りです……」」

 その後、私はお義父様とお義兄様とダンスを踊りました。お二人とも、とてもお上手でお話も楽しかったです。
 お義兄様とのダンスが終わると、周りの方々から誘われます。丁寧に断ろうとする前に、アドリアン様が顔の迫力だけで蹴散らしてしまいました。
 アドリアン様、凄いです!

「ルルティーナ嬢。もう一度、俺とダンスを……」

「はい、ぜひお願……」

「ベルダール辺境伯閣下、ルルティーナ、早くご挨拶回りに行きなさい」

「「……はい」」

 お義母様には勝てない私たちは、閉会までご挨拶周りに専念しました。
 たくさんの方々と色々なお話をしました。
 アドリアン様のご生家であるブルーエ男爵家の皆様、その寄親であるサフィリス公爵家の皆様、私と血縁であるコルナリン侯爵家の皆様、アメティスト子爵家のご親戚、薬事局の関係者様方、ミゼール領辺境騎士団団員のお身内の皆様……。

 中でも印象深かったのが、アガット辺境伯とのお話でした。



◆◆◆◆◆




「おいコラ。ベルダールよう。人前でデレデレしすぎだぞ」

「ずいぶんなお言葉ですね。アガット辺境伯」

 アガット辺境伯テオドール・アガット様は、呆れた口調で話しかけて下さりました。
 間近で見ると、アドリアン様よりも大きな身体は迫力があり、オレンジ色の髪と相まって正に緋獅子といったお姿です。
 ですが、表情と雰囲気は気さくです。威圧感を与えぬよう配慮してくださっているのでしょう。
 きちんとご挨拶しようとしましたが、「堅苦しい挨拶はいらない」と、止められてしまいます。

「あのベルダールが幸せそうな顔をしてるからな。気になって話しかけちまった。まあ、大事な子がいれば、流石の惨殺伯爵もそうなるか!」

 豪快に笑いながらアドリアン様の肩を叩くアガット様。アドリアン様も、あの渾名で呼ばれているのに嫌ではなさそうです。むしろ、気を許していらっしゃるご様子です。
 私はと言うと『アドリアン様の大事な子』と言われたようで照れてしまいました。誤魔化す為に話題を変えます。

「お二人は長いお付き合いなのですか?」

「おう!コイツがひよっこの頃からな!昔話聞きたいか?」

「ぜひ!」

「アガット辺境伯、ご自分の昔話もされるお覚悟あっての事でしょうね?もちろんプランティエ伯爵だけでなく、あちらでご歓談中の奥方様にも」

「そりゃねえだろ!卑怯だぞベルダール!」

「どっちがですか」

 その後も楽しく歓談していましたが、ふと、アガット辺境伯様は真剣な顔になりました。

「プランティエ伯爵、ベルダール辺境伯。ジュリアーノの馬鹿が世話になった。親戚の一人として礼を言う」

「ジュリアーノ……もしかしてジュリアーノ・ナルシス様ですか?」

「ああ、あいつは甥の一人なんだ。王都でやらかした挙句、ミゼール領辺境騎士団で狼藉を働いたと聞いた。叩っ斬ってやろうかと思ったが……。プランティエ伯爵、ベルダール。二人のおかげで、奴も改心出来たらしい。やっとまともな手紙を寄越すようになった」

「お気になさらず。再び道を誤るような事があれば、また魔獣の囮にするだけですから」

「アド……ベルダール団長!なんて事を仰るのですか!」

「いいや。プランティエ伯爵、温情ある処罰だ。問答無用で切り捨てるのではなく、名誉の戦死になるのだから」

「ええ、全くです。俺も最期はそうありたいものです」

 当たり前のように仰るお二人に、私の中で何かが切れました。

「お言葉ですが、せっかく立ち直られたナルシス様を信じなくてどうしますか。戦死などと、不吉な事を仰らないで下さい」

「……それは、まあ、そうだな」

「……る、ルルティーナ嬢?怒っているのか?」

 怒っている?当然です。

「アドリアン様、最期は戦死したいだなんて言わないで下さい。そうならないよう、私たちはポーションを作っているのですよ」

 少し涙がにじみました。泣かないようこらえながらアドリアン様をにらみます。
 アドリアン様の顔から血の気が引いていき、床に頭をめり込ます勢いで謝りました。

「君の言う通りだ!すまなかった!もう二度と言わない!私はどんな過酷な戦場に往ったとしても、必ず君のもとに帰る!」

「……約束ですよ」

 アドリアン様は跪き、私の手を取りました。

「ああ、君に誓う」

 よかった。この方はきっと誓いを破らない。何故か確信があります。
 私はほっとして、力が抜けました。

「……お前ら、お熱いのはいいけどな。人前で大胆すぎるぞ」

「「あっ」」

 この後、しばらく様々な方にからかわれたり、お義母様からやんわり叱られたりしました。

 けれど、アドリアン様の誓いを聞けてよかった。お話できてよかった。
 そう思います。


◆◆◆◆◆


 だからきっと、アドリアン様からのお話も悪い事にはならないと、そう信じれたのです。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...