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第1部
50話 私と貴方だけの名を
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黄昏時の琥珀の光が庭園を包んでいます。
爽やかな風が、東屋にいる私たちに薔薇の香りを運びました。
その香りに、私はやっと正気に返ります。
「あの……」
「ん?どうしたんだい?ルルティーナ嬢」
甘い甘い眼差しと声。アドリアン様との距離が近くて、くらくらします。
「あの、お、降ろして下さい。アドリアン様」
私がアドリアン様のお膝の上に乗せられてから、どれだけ経ったでしょう?
横抱きの状態で、アドリアン様の左腕が私の背中から腰を抱えています。お互いに騎士服とドレスとはいえ、かなり密着しています。しかも顔に至っては今にも触れそうで……。
涙も止まって落ち着くと、ドキドキして恥ずかしくてたまりません。
先ほどから降りようとしていますが、力の差は歴然。ビクともしません。
「俺の膝は嫌?」
絶対に嫌と言わないとわかってる顔が憎らしい。でも言えません。
「い、嫌ではありませんが、恥ずかしいです……」
「敬語をやめてくれたら降ろしてあげるよ」
「それはちょっと……」
アドリアン様は、悪戯っ子の顔で駄目だと言います。
「さっきは敬語じゃなかったじゃないか。君と更に親密になれた気がして嬉しかった」
「あうう。わ、忘れてくださいぃ」
「やだ。大体、シアンたち侍女や侍従には敬語を話さないのに。なんで俺は駄目なんだ?」
冗談めかしていますが、拗ねているのが声と表情に出ていますね……。
シアンたちに敬語を話さないのは、主従関係をはっきりさせるためだと強く要求されているからです。アドリアン様の場合とは違います。ですが……。
「俺たちは婚約するのに……」
恨めしい声。
ああ、これは本当に下ろしてくれないかも知れません。ちゃんと事情を話しましょう。
「私もアドリアン様と、いずれは敬語なしで話したいです。ですが、さっきのように感情が制御できなくならない限り、まだ難しいのです」
「難しい?何故?」
「その……私にとって敬語は身に染みついたものですし、アドリアン様には自然と敬意を払ってしまうのです。
……少しずつ慣れていくから、今はこれで許して」
勇気を出して、最後だけ敬語を抜いて話しました。アドリアン様は息をのんだ後、蜂蜜みたいな甘い笑顔になります。
「もちろん許すよ!俺の可愛いルルティーナ嬢。……あ」
アドリアン様は、ふと何かに気づいた顔になります。
「ルルティーナ嬢、愛称で呼び合うのはどうだろうか?もちろん、私的な場でだけだ。それだけでかなり変わると思う」
「愛称ですか」
愛称で呼ばれたことがないので、今一つわかりません。
敬語よりはやりやすそうかしら?
「そうですね。私はかまいませんよ」
「よかった。よろしく頼むよ。俺の可愛いルティ」
「!」
甘い囁きで呼ばれて、全身にぞくぞくとしたものが走ります。
まとめられた髪の一筋まで燃え上がるように熱く感じて、ドキドキして何も言えない!
「ルティも俺を呼んで。アディは家族が呼ぶから……君だけの名前をつけて欲しい」
ああ!耳がとろけそうな声!私は必死で頭を働かせます。愛称で呼び合うのはやめるべきだと言わなくちゃ……。
「ね?ルティ。お願いだ」
駄目です!子犬か男の子のようにあどけない青い瞳で見ないで!駄目と言わなくちゃ……。
でも、駄目と言って諦めるかしら?
少しだけ冷静さを取り戻した私。ややあって、覚悟を決めました。
「ドリィ……は、どうですか?」
「っ!良い名だ!もっと呼んで欲しい!」
「そ、そうですか?ドリィ?」
「もっと!」
あら?ドリィの鮮やかな青い瞳がギラギラ輝いて、さらに身体を抱き寄せられています?
お互いの唇が近づいて……。
「ドリィ……」
「ルティ……」
あと少しで重なる。その時でした。
「屋外で何をしてるんですか。この欲丸出し閣下」
「「!」」
私たちは顔を話し、同時に声の方に顔を向けます。東屋の入り口にシアンがいます。
「お戻りがあまりに遅いのでお迎えに来ました。仲がよろしくて何よりですが、ここは屋外でしかも王城の庭園だとお忘れではありませんか?」
慌ててドリィの膝から降ります。確かに周囲は薄暗い。夜に近い時刻なのでしょう。長居し過ぎました。
おまけに、場所が場所です。恥ずかしくてシアンの目を見れません。
「し、シアン。ごめんなさい。貴女の言う通りだわ……軽率でした」
「いや、ルティのせいじゃない。シアン、全ては俺の責任だ」
「その通りですよ。むっつりスケベ」
「いくらなんでも暴言じゃないか!?」
「いいからさっさと帰りますよ。馬車を待たせているんですから」
アドリアン様と顔を合わせ、シアンの後についていきます。
き、気まずい……。
庭園から出る直前、シアンが身体を反転させました。
ピシリと綺麗な姿勢で、とても優しい柔らかな眼差しで、私とドリィを見つめます。
「閣下、ルルティーナ様、ご婚約おめでとうございます」
「え?」
「ああ、ありがとう」
「あ、ありがとう。あの、シアンはどこから聞いてたの?」
シアンはにっこり笑って答えないのでした。
◆◆◆◆◆
その後、私たちはアメティスト邸に戻りました。
馬車を降りて、ドリィと共に玄関ホールに入ります。お義父様とお義母様が出迎えて下さりますが……。
「イアン殿、リラ殿、お出迎え頂き恐縮です。ただいま戻りました」
「も、戻りました……」
「おお!ルルティーナ、アドリアンやっと帰っ……あぁ?」
「遅いですよ全く……は?」
お二人の顔が驚愕に染まった後、腹立たしげにしかめられます。
それも当然です。
「おいコラ!アドリアン!どういうつもりだ!」
「アドリアン坊ちゃん、うちのルルティーナに何してるのかしら?」
馬車から降りる際ドリィに横抱きに、いわゆるお姫様抱っこされているのです。ポーションがあるのですから、私が怪我や病気をしている訳でないのは一目瞭然です。
しかもドリィったら、私の髪や右手に口付けをしながら入ったのですから!
恥ずかしいい!でもドリィったら、また潤んだ青い瞳でおねだりするんですもの!
シアンが「甘やかすと碌なことになりませんよ」と、囁いていたけど無理なものは無理!
私はドリィが可愛くて仕方ないの!
ドリィは、お義父様とお義母様にすまし顔で返答します。
「何。ですか。こうした方がわかりやすいかと思いまして」
「ああん?まさかお前……!」
「はい。ルティと俺は想いを通じ合わせました」
お二人の目が見開かれます。
「なっなんだと!?とうとうか!」
「あまりのヘタレ……奥手ぶりにもっとかかるかと思ってたわ」
あ、ドリィがちょっと落ち込んでる。可愛い。
「同時に婚約することも決めました。ご家族であるお二人にもご了承を頂きたいので、わかりやすい意思表示をした次第です」
「無茶苦茶な理屈を真顔で言ってる」
「両想いになったからと言って、浮かれ過ぎでしょう……」
「あー。ルルティーナ、コイツで本当にいいのか?」
私はもちろん頷きます。
「はい。ドリィの暴走しがちなところも大好きなので……」
「ルティ!俺を受け入れてくれてありがとう」
「はー。わかった。どっちにせよ、お互いに独立した家門だから俺らの許可はいらないけどな……は?ドリィ?ルティ?さっそく愛称呼び?」
「ええ。俺とルティ、お互いだけの愛称です」
ちゅっと、また右手の甲に口付けが落ちます。
「ドリィったらもう……」
「こっちも浮かれてる!俺たちの可愛い末娘に悪い影響が!」
何故か、お義父様が崩れ落ちてしまいました。とにかく認めていただけたので、私は喜びでいっぱいで……。
「さて、イアン殿とリラ殿へのご挨拶は済んだ。今からブルーエ男爵家にも挨拶に行こう」
「え!?今から!?」
流石に止めようとしましたが、お義母様が怒鳴る方が先でした。
「アドリアン坊ちゃん!いい加減にしなさい!家族とはいえ、先触れも出さないで夜に訪問だなんて非常識な!ルルティーナの恥にもなるのですからね!」
「はっ!確かに……」
流石はお義母様。ドリィはようやく正気にかえりました。
ブルーエ男爵家には翌朝、手紙で知らせることになりました。
翌朝に出した手紙の返事は、その日の昼前に届きます。この思い立ったらすぐ行動に出すところが、流石は家族だなと思いました。
「残りの日程中には会えないが、婚約を祝ってくれている。また秋に改めて挨拶に行こう」
「はい。楽しみですね」
王城に婚約届を提出しましたし、王都でやる事は全て終わりました。
こうして私たちは、ミゼール領への帰路についたのでした。
◆◆◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、最終話です。
爽やかな風が、東屋にいる私たちに薔薇の香りを運びました。
その香りに、私はやっと正気に返ります。
「あの……」
「ん?どうしたんだい?ルルティーナ嬢」
甘い甘い眼差しと声。アドリアン様との距離が近くて、くらくらします。
「あの、お、降ろして下さい。アドリアン様」
私がアドリアン様のお膝の上に乗せられてから、どれだけ経ったでしょう?
横抱きの状態で、アドリアン様の左腕が私の背中から腰を抱えています。お互いに騎士服とドレスとはいえ、かなり密着しています。しかも顔に至っては今にも触れそうで……。
涙も止まって落ち着くと、ドキドキして恥ずかしくてたまりません。
先ほどから降りようとしていますが、力の差は歴然。ビクともしません。
「俺の膝は嫌?」
絶対に嫌と言わないとわかってる顔が憎らしい。でも言えません。
「い、嫌ではありませんが、恥ずかしいです……」
「敬語をやめてくれたら降ろしてあげるよ」
「それはちょっと……」
アドリアン様は、悪戯っ子の顔で駄目だと言います。
「さっきは敬語じゃなかったじゃないか。君と更に親密になれた気がして嬉しかった」
「あうう。わ、忘れてくださいぃ」
「やだ。大体、シアンたち侍女や侍従には敬語を話さないのに。なんで俺は駄目なんだ?」
冗談めかしていますが、拗ねているのが声と表情に出ていますね……。
シアンたちに敬語を話さないのは、主従関係をはっきりさせるためだと強く要求されているからです。アドリアン様の場合とは違います。ですが……。
「俺たちは婚約するのに……」
恨めしい声。
ああ、これは本当に下ろしてくれないかも知れません。ちゃんと事情を話しましょう。
「私もアドリアン様と、いずれは敬語なしで話したいです。ですが、さっきのように感情が制御できなくならない限り、まだ難しいのです」
「難しい?何故?」
「その……私にとって敬語は身に染みついたものですし、アドリアン様には自然と敬意を払ってしまうのです。
……少しずつ慣れていくから、今はこれで許して」
勇気を出して、最後だけ敬語を抜いて話しました。アドリアン様は息をのんだ後、蜂蜜みたいな甘い笑顔になります。
「もちろん許すよ!俺の可愛いルルティーナ嬢。……あ」
アドリアン様は、ふと何かに気づいた顔になります。
「ルルティーナ嬢、愛称で呼び合うのはどうだろうか?もちろん、私的な場でだけだ。それだけでかなり変わると思う」
「愛称ですか」
愛称で呼ばれたことがないので、今一つわかりません。
敬語よりはやりやすそうかしら?
「そうですね。私はかまいませんよ」
「よかった。よろしく頼むよ。俺の可愛いルティ」
「!」
甘い囁きで呼ばれて、全身にぞくぞくとしたものが走ります。
まとめられた髪の一筋まで燃え上がるように熱く感じて、ドキドキして何も言えない!
「ルティも俺を呼んで。アディは家族が呼ぶから……君だけの名前をつけて欲しい」
ああ!耳がとろけそうな声!私は必死で頭を働かせます。愛称で呼び合うのはやめるべきだと言わなくちゃ……。
「ね?ルティ。お願いだ」
駄目です!子犬か男の子のようにあどけない青い瞳で見ないで!駄目と言わなくちゃ……。
でも、駄目と言って諦めるかしら?
少しだけ冷静さを取り戻した私。ややあって、覚悟を決めました。
「ドリィ……は、どうですか?」
「っ!良い名だ!もっと呼んで欲しい!」
「そ、そうですか?ドリィ?」
「もっと!」
あら?ドリィの鮮やかな青い瞳がギラギラ輝いて、さらに身体を抱き寄せられています?
お互いの唇が近づいて……。
「ドリィ……」
「ルティ……」
あと少しで重なる。その時でした。
「屋外で何をしてるんですか。この欲丸出し閣下」
「「!」」
私たちは顔を話し、同時に声の方に顔を向けます。東屋の入り口にシアンがいます。
「お戻りがあまりに遅いのでお迎えに来ました。仲がよろしくて何よりですが、ここは屋外でしかも王城の庭園だとお忘れではありませんか?」
慌ててドリィの膝から降ります。確かに周囲は薄暗い。夜に近い時刻なのでしょう。長居し過ぎました。
おまけに、場所が場所です。恥ずかしくてシアンの目を見れません。
「し、シアン。ごめんなさい。貴女の言う通りだわ……軽率でした」
「いや、ルティのせいじゃない。シアン、全ては俺の責任だ」
「その通りですよ。むっつりスケベ」
「いくらなんでも暴言じゃないか!?」
「いいからさっさと帰りますよ。馬車を待たせているんですから」
アドリアン様と顔を合わせ、シアンの後についていきます。
き、気まずい……。
庭園から出る直前、シアンが身体を反転させました。
ピシリと綺麗な姿勢で、とても優しい柔らかな眼差しで、私とドリィを見つめます。
「閣下、ルルティーナ様、ご婚約おめでとうございます」
「え?」
「ああ、ありがとう」
「あ、ありがとう。あの、シアンはどこから聞いてたの?」
シアンはにっこり笑って答えないのでした。
◆◆◆◆◆
その後、私たちはアメティスト邸に戻りました。
馬車を降りて、ドリィと共に玄関ホールに入ります。お義父様とお義母様が出迎えて下さりますが……。
「イアン殿、リラ殿、お出迎え頂き恐縮です。ただいま戻りました」
「も、戻りました……」
「おお!ルルティーナ、アドリアンやっと帰っ……あぁ?」
「遅いですよ全く……は?」
お二人の顔が驚愕に染まった後、腹立たしげにしかめられます。
それも当然です。
「おいコラ!アドリアン!どういうつもりだ!」
「アドリアン坊ちゃん、うちのルルティーナに何してるのかしら?」
馬車から降りる際ドリィに横抱きに、いわゆるお姫様抱っこされているのです。ポーションがあるのですから、私が怪我や病気をしている訳でないのは一目瞭然です。
しかもドリィったら、私の髪や右手に口付けをしながら入ったのですから!
恥ずかしいい!でもドリィったら、また潤んだ青い瞳でおねだりするんですもの!
シアンが「甘やかすと碌なことになりませんよ」と、囁いていたけど無理なものは無理!
私はドリィが可愛くて仕方ないの!
ドリィは、お義父様とお義母様にすまし顔で返答します。
「何。ですか。こうした方がわかりやすいかと思いまして」
「ああん?まさかお前……!」
「はい。ルティと俺は想いを通じ合わせました」
お二人の目が見開かれます。
「なっなんだと!?とうとうか!」
「あまりのヘタレ……奥手ぶりにもっとかかるかと思ってたわ」
あ、ドリィがちょっと落ち込んでる。可愛い。
「同時に婚約することも決めました。ご家族であるお二人にもご了承を頂きたいので、わかりやすい意思表示をした次第です」
「無茶苦茶な理屈を真顔で言ってる」
「両想いになったからと言って、浮かれ過ぎでしょう……」
「あー。ルルティーナ、コイツで本当にいいのか?」
私はもちろん頷きます。
「はい。ドリィの暴走しがちなところも大好きなので……」
「ルティ!俺を受け入れてくれてありがとう」
「はー。わかった。どっちにせよ、お互いに独立した家門だから俺らの許可はいらないけどな……は?ドリィ?ルティ?さっそく愛称呼び?」
「ええ。俺とルティ、お互いだけの愛称です」
ちゅっと、また右手の甲に口付けが落ちます。
「ドリィったらもう……」
「こっちも浮かれてる!俺たちの可愛い末娘に悪い影響が!」
何故か、お義父様が崩れ落ちてしまいました。とにかく認めていただけたので、私は喜びでいっぱいで……。
「さて、イアン殿とリラ殿へのご挨拶は済んだ。今からブルーエ男爵家にも挨拶に行こう」
「え!?今から!?」
流石に止めようとしましたが、お義母様が怒鳴る方が先でした。
「アドリアン坊ちゃん!いい加減にしなさい!家族とはいえ、先触れも出さないで夜に訪問だなんて非常識な!ルルティーナの恥にもなるのですからね!」
「はっ!確かに……」
流石はお義母様。ドリィはようやく正気にかえりました。
ブルーエ男爵家には翌朝、手紙で知らせることになりました。
翌朝に出した手紙の返事は、その日の昼前に届きます。この思い立ったらすぐ行動に出すところが、流石は家族だなと思いました。
「残りの日程中には会えないが、婚約を祝ってくれている。また秋に改めて挨拶に行こう」
「はい。楽しみですね」
王城に婚約届を提出しましたし、王都でやる事は全て終わりました。
こうして私たちは、ミゼール領への帰路についたのでした。
◆◆◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、最終話です。
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