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第9章 蒼太、決意の時

第158話 ラブレター(3)

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 げっ!?
 まさか感付かれたか!?

 健介って時々、妙に勘が鋭いんだよな。
 俺の優香への気持ちに気付いたりもするし。

 優香を好きとか最近気になるとか、そういうことは1回も言ったことなんてないのにさ。
 なのに俺の秘めた想いに気付くとか、お前は現代によみがえったシャーロック・ホームズかよ?

 時おり勘の鋭いこともある健介に、ラブレターの存在を気付かれたのではと、俺は内心ビクビクしていた。

「蒼太、机の中に手を出し入れしてなにしてんだ? 新しい遊びか?」
「え、いやその……」

「なんだよ?」
「だからその……ローマの休日ごっこ、とか?」

『ローマの休日』とはアカデミー賞も取ったことがある、ローマを舞台にした古い恋愛映画で、真実の口に手を入れて引き抜くシーンが特に有名だ。

「だはは! 学校の机でローマの休日ごっことか、その発想はねーよ! 蒼太って普段はいたって普通なのに、時々、発想が斜め上に突き抜けるよな。それでこそ俺が見込んだ男だぜ!」

「そうなんだよ、あははは……」
 別に健介に見込んでもらった覚えはこれっぽっちもないが、今はまぁそういうことにしておいてやろう。

「まったく、俺を笑い死にさせる気かよ。ほんと蒼太といると飽きねーなぁ」
「うっせ」

 健介は大声でひとしきり笑うと、自分の席に歩いて行った。

 ふぅ、やれやれ。
 気付いた様子は全くなかった。

 どうやら今日の健介はシャーロック・ホームズモードではなかったらしい。
 あいかわらず声はでかいけどな。

 しかし、である。

(ラブレターだと? よりにもよって、なんでこのタイミングなんだ……困るな。すごく困る)

 俺はおおいに困っていた。
 なにせ俺はついさっき、ラブレターを優香の机に入れてきたばかりなのだ。

 ということは、だ。
 もしラブレターの指定する時間と場所が被ったら、「俺」「優香」「新たなラブレターの送り主」が不運にも鉢合わせることになってしまう。

 俺が優香を呼び出したのは、今日の放課後の体育館裏。
 この学校で一番の告白スポットだ。

 新たなラブレターの送り主が指定していても不思議ではない。

 放課後の体育館裏で鉢合わせる可能性は、決して低くはなかった。

(万が一そんなことになったら、とても告白するような雰囲気じゃなくなるぞ。完全に修羅場だ。でも今から優香にラインして時間と場所を変えてもらったら、俺もう完全にピエロだろ。告白とかそういう空気じゃなくなってしまう)

 いいや、まだあれはラブレターとは確定していない。
 ただの事務的な連絡かもしれない。
 例えばほら、えっと、その……おしゃれな進路希望調査票とか?

 若者に進路への興味をって貰うために、学校があの手この手を尽くしているとか。

 限りなくあり得ないが、ラブレターは開けてみるまでラブレターとは確定しないのだ。
 シュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーのラブレターである。

 もちろんすぐにでも中身を確認したいところだが、なにせもうすぐ5時間目が始まってしまう。

 一度も授業をブッチしたことがない俺が授業をサボったら、それこそ目立つ。
 健介がシャーロック・ホームズになってしまうかもしれない。

 次の休み時間にどこか人気のないところに行って確認しよう。

 俺は気もそぞろに5時間目の古文の授業を受けてから、授業が終わると速攻で校舎の一階の隅にある用具置き場の小スペースへと向かった。

 はやる気持ちでピンク色の封筒を開封する。
 すると――。

『紺野蒼太くん

 伝えたいことがあります。
 今日の放課後に体育館裏に来てください。』

 と、丁寧かつ綺麗な文字でしたためてあった。

「ラブレターだった……マジかよ。こんなことってありかよ? ダブルブッキングってやつだろ?」

 神様の存在を強く信じているわけじゃないし、いたらいいなとは思ってはいるが、もし恋愛の神様がいたとしたら、そいつはきっとものすごく性格が悪いに違いない。

 告白しようとしたその日に俺宛てのラブレターが入っていたりとか。
 付き合って1周年の記念デートに期待に胸を高鳴らせていたら、彼女がラブホから出てきたりとか。

 偶然というにはあまりにピンポイントすぎるトラブルばかり用意する性悪な神様に、俺は心の中で文句をつけずにはいられなかった。

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