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12.裁判(2)
しおりを挟む「他に申し開きがなければ、このまま量刑の選択に移るとしよう。
引き続いて、メルカド男爵家令嬢ベリンダ・デ・エレロ=サステレによる不貞罪、及び風紀擾乱罪の審理を執り行う」
「まっ、待って下さい!」
裁判長が宣言を終えるやいなや、まだ被告人席にも着席していないベリンダが叫んだ。
「静粛に。申し開きがあるならまずは着席を」
だが裁判長に静かに制され、刑吏の役人に促されるままベリンダは被告人席へと座る。その目はすでに涙で潤み、肩が小刻みに震えている。
「して、被告人には異議がありそうですな?」
裁判長にそう声をかけられ、バッと顔を上げたベリンダは勢いよく立ち上がった。
「わ、私はその、不貞なんて犯していません!イグナシオ様には『側にいてほしい』と言われただけで、やましい事は何も!他のご令息の皆様だって、私と話すのが楽しい、一緒にいたいと仰って下さって、それで⸺」
「ベリンダ。ああ、可愛い我が娘」
勢い良く喋り続けるベリンダを、隣に座る父が立ち上がって抱き締めた。
「貴族社会の、特に上位貴族に対する細かいマナーをきちんと教えてやれなくてすまなんだ。許しておくれベリンダ」
「お、お父様………?」
「婚約者のある男性に、婚約者以外の女性が理由もなく近付いてはならないのだよ。婚約者のいない女性なら尚更、独身男性とふたりきりで会ったりしてはいけないんだ」
抱き締めた腕を緩め、ベリンダの細い肩に手を添えつつ、諭すようにメルカド男爵バルガスは言う。
男爵家に戻ってからの約1年という短い期間で、ベリンダに教えられたのは読み書き計算と一般的な基礎教養、社会常識、それに下位貴族の令嬢としての作法までで、上位貴族に対する作法や貴族社会の複雑怪奇な暗黙のルールなどは教えられなかったのだ。そして学院に入学してからも寮に入ってしまい、王都から遠く離れた男爵領まで娘が戻ってきたのは数えるほどしかなく、その後も教育が足りないままなのをずっとバルガスは悔いていたのだ。
もっと時間があれば。きちんと教え込めてさえいれば、この子はこんな過ちを犯すはずがなかったのに。
「だから、お前がサンルーカル子爵とふたりきりで過ごしていた、それだけで不貞に問われるんだ」
「そ、そんな………」
「裁判長」
バルガスは娘から顔を逸して裁判長を見る。
「メルカド男爵、申し開きを」
「娘はこの通り、作法もろくに身につかぬ粗忽者。おまけに周りは高位貴族ばかりで、強く望まれれば我が娘には断りようがなかったことでしょう。ゆえにどうか、情状酌量を願います」
「異議あり」
「発言を、モンテローサ伯爵」
「それなるベリンダという娘は、我が娘セリアの度重なる忠告を全て無視したと聞く。ならば不貞はその者の意思であろう。酌量の余地などない」
「わ、私が!」
堪らずといった様子で口を開いたのはイグナシオだ。
「サンルーカル子爵、発言は許可を取ってから⸺」
「私が側にいてくれと言ったのだ!ベリンダが悪いわけでは断じてない!不貞というならそれは私の罪だ!」
「愚か者め、余計な罪を増やすな!」
「しかし父上!私はこれだけはどうしても!」
ガン ガン
裁判長が徐に木槌を持ち上げ、打撃板を大きく二度、叩いた。その音にハッとしたように場が静まり返る。
セベリアノは着席し、イグナシオも項垂れたように座り込む。バルガスもベリンダも大人しく着席するしかない。
「一同、静粛に。陛下の御前であることお忘れめさるな」
静まり返った小法廷を見渡し、最後に国王を見て、その頷きを確認してから裁判長は続ける。
「ベリンダ嬢に対する嫌疑はサンルーカル子爵に対してのものではなく、他の多くの貴族子息を誑かし不貞を働かせたことによる」
風紀擾乱、つまり貴族社会のルールを多くの者に破らせて不要な諍いと混乱を引き起こしたこと、それが彼女の罪なのだと裁判長は言う。
そう言われればベリンダには返す言葉がない。さすがに彼女も、自分と仲良くしたせいで破談になった婚約がいくつもあるのを、この3ヶ月で嫌でも知らされていたのだから。
「罪を……………認めます…………」
震える声で、そうベリンダは言った。
それを聞いて裁判長も頷く。
それ以外、もはや誰も口を開こうとしなかった。
「ではこれにて、当法廷での全ての審理を終える。本日中に結審し、量刑は後日知らせることとする。
それでは陛下、僭越ながら御言葉を賜りたく」
裁判長が纏めるようにそう言って、国王フェルディナンド8世に目を向ける。
「この法廷でなされた証言、全て真実に基づき偽証などなかったこと、王の名において認めよう。沙汰あるまで、被告人は身を律して待つように。ゆめ、逃亡などするでないぞ」
そう言って王は立ち上がり、王后とともに侍従や護衛たちを引き連れて小法廷を退出した。それを受けて大顕位家門の当主たちが退席していき、被告人であるイグナシオ、セリア、ベリンダも刑吏に連れられ出ていった。
最後に裁判長、裁判官たちと陪審員たちが法定の天井に描かれた審判神の御姿絵に深々と礼をしてから、小法廷の扉は閉められた。
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