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【レティシア5歳】

005.灰熊討伐

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 アランは小隊でアンドレに次ぐ剣の腕があり、コランタンは体格が良くて小隊で唯一槍斧ハルバードを操る。この三名が普段は小隊の前衛を務める。ブリス、ドナルド、リュカは身のこなしが素早く目も耳もよいため、周囲の哨戒や新手への牽制、弓矢を用いての遠隔支援などを担当する。マチューは今年配属されたばかりの見習いアプレンティで、まだ戦わせるには技量が足らない。
 小隊の中ではリュカが唯一伯爵家の出だ。脚竜車の乗員がもし高位貴族だった場合、相手をするのはリュカ以外には無理だろう。それでアンドレは彼にマチューを付けて車内の確認に回したわけだ。


 最初の一撃をお見舞いしたのはコランタンだ。彼は愛用の槍斧でひと突きして灰熊の気を引いたあと、無理せずにすぐに離脱した。それを追いかけようとした灰熊の後背から愛剣で斬りつけたのはアラン。彼もやはり無理せずに即座に離脱する。
 ふたりを追って灰熊が脚竜車と脚竜から離れた隙を見計らって、騎竜イグノドンから飛び降りたアンドレが灰熊と脚竜車の間に割り込む。こうして三方から灰熊を取り囲んで、上手いことひとりに攻撃を集中させないようにしながら、彼らは狙い通りにじわじわと灰熊を車体から引き離す。
 さすがに統率の取れた正規騎士の小隊である。灰熊に優位を与えないまま、彼らはじわじわと手傷を負わせてゆく。

 その隙にリュカが脚竜車に取り付いた。運のいいことに箱型の小型脚竜車は入口扉を上にして横転していたので、彼はよじ登ってその扉を開けた。

「デボラ!しっかりして、デボラ!」

 横倒しの車内には、血まみれで動かなくなっている年配の侍女に取り縋って泣き叫ぶ幼女の姿があった。飾り気の少ない、だがそれでいて見るからに上質な普段着用のドレスを身にまとっていて、よく手入れされた金糸雀カナリア色の髪と抜けるような白い肌は日頃から丁寧にケアされていることがひと目で分かる。
 だが何より特徴的だったのはその瞳。他に類を見ないほどキラキラと光り輝く大きな金色の瞳は、まるでそれ自体が光を発するかのように揺らめいていて、その瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれてゆく。

「失礼、お姫様。助けに参りました。お怪我はありませんか?」

 自身も高位貴族の出であるリュカにはすぐに分かった。この幼女はやんごとないご身分、だと。

「たすけて!デボラが死んじゃうの!」

 上方から無礼にも見下ろす形で声をかけてきたリュカに対し、それを咎めるでもなく幼女は泣いて懇願した。自分のことより身分卑しい侍女を案ずるその姿に少々驚きつつも、リュカは何食わぬ顔をして「今お助けしますから」と断って器用に室内に降りていく。
 リュカは室内に降りる際、脚竜車の側で戦況を注視しているマチューに、“通信鏡”で支部に増援を要請させるのも忘れなかった。

「失礼、御身をお抱き上げしても?」
「わたくしのことはいいからデボラをたすけて!」
「もちろんお助け致しますとも。ですがおふたり一度に外にお連れすることはできませんので、まずは姫様からでございます」

 丁寧に断りを入れてからリュカは幼女を抱き上げた。彼はまだ入隊2年目の17歳だが、基礎訓練は終えていてしっかりとした騎士の身体ができている。幼女ひとり抱えても壁を登って器用に脱出するのは造作もなかった。
 外に顔を出し、灰熊が充分離れていることを確認してリュカは地上に降り立つ。そして幼女をそっと下ろして立たせた。

「あ、あのような……」

 青褪めた顔で幼女が呟く。

「あのような大きなけものにわたくしたちはおそわれたのですか!?」

 幼女の目線の先には、すっかり傷だらけで怒り狂った灰熊の姿がある。その時彼女の目に、自分に背を向けて恐ろしい獣に立ち向かう大男の騎士の姿が映ったかどうか。

「あれは灰熊と言いまして、この辺りには滅多に出ませんがとても凶暴な獣です。危険ですから充分に距離をお取りなさいませ」

 リュカはそう言いつつ、灰熊だけでなく死んでいる脚竜や馭者からも離れた場所に幼女を誘導した。マチューと、周囲の安全を確認して戻ってきたブリスに彼女の護衛を任せ、リュカはドナルドとともに再び車内に入って、ふたりがかりで脚竜車の屋根を打ち壊して侍女デボラを外に出した。
 残念なことに、侍女はもう息をしていなかった。





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