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【レティシア5歳】
007.公爵家からのお呼び出し
しおりを挟む「……………なんですって?」
ロアゾンの西方騎士団本部に突然呼び出されたアンドレは、言われたことの意味が分からずに思わず聞き返していた。
「何度も言わせるでない。ノルマンド公爵家からお前に礼状と褒賞品目録が届いておる」
彼が通されたのは、西方騎士団長の執務室に隣接した応接室だ。この部屋で客人を応接するのは騎士団長本人以外にはあり得ない。
そう、今アンドレの目の前に座っているのは西方騎士団長のアルセーヌ・ブレイズ。ここロアゾンを含むブレイズ地域圏を治めるブレイズ侯爵家の当主の弟君で、自らも士爵と伯爵位を賜っている。
アンドレが彼に会うのはこれが三度目、入隊時の新人訓示でお言葉をもらった際と小隊長に任命された時以来のことだ。
「ノ、ノルマンド公爵家、ですか………」
「先日お前がお救い申し上げたのがノルマンド家のご長女レティシア様だ。ノルマンド公はことのほかお喜びになられてな、お前に直々に褒美を取らせて下さるそうだ」
驚くべきことに、あの時助けた幼女さまはノルマンド公爵家の公女だったらしい。
あの場では不敬になるのを恐れて、アンドレは彼女の名を確認しなかった。セー支部から現場にやって来たのは中隊長どころではなく支部長で、彼女の家の侍従と思しき壮年の男性を伴っていたため、これ幸いと寝ている彼女を引き渡し、支部長に後の対応を任せると彼は麾下の小隊を引き連れてそそくさと引き上げていったのだ。
幸い部下たちの誰も行動不能になるほどの大怪我は負っていなかったが、それでも多少の傷と装備の破損は免れなかった。そのためこの日は他の小隊に後を任せてアンドレの小隊は支部に戻り、治療を受けて身体を清めたあと解散としたのだった。
ノルマンド公爵家の現当主と言えば先王ルイ40世陛下の第四王子で、ノルマンド公爵家の唯一の後継者であった公女の王妃を母に持った縁により、ノルマンド家に戻る形で家督を継いだ御方だったはず。つまり現王アンリ41世陛下の弟君であり、ということはその娘であるレティシア公女は王位継承権を持つ王孫ということになる。
やんごとなきご身分の貴人だと思ってはいたが、まさかそこまで雲の上の御方だったとは。
「これがその礼状と、褒賞品の目録になる」
騎士団長に手渡され、内容を確認するよう言われたアンドレは、言われるがままに開いて思わず卒倒しそうになった。
礼状にも目録にも王族印が捺されていて、目録の中身も見たこともないようなお宝が並んでいたからだ。
そう、並んでいたのだ。褒賞品はひとつだけでなく、アンドレが一生目にすることもないはずの高価な宝石や絵画、それに首都でも高名な服飾工房の手になる礼服や騎士服の一式揃え、もちろんこれは最高級特注品だ。さらに新品の騎士鎧と騎士礼装一式に高名なドワーフ職人の手になる業物の騎士剣がふた振り、おまけにノルマンド公爵家の私設勲章まで載っている。
ちなみに衣服と鎧は実物ではなく仕立ての権利書である。つまりそれを持って工房に出向けば、採寸の上で身体に合うように作ってもらえるというわけだ。
そして目録の品はそれだけではなかった。アンドレ本人への男爵位の推薦状と実家のブザンソン子爵家への金銭援助まで書いてある。しかも子爵家が見たこともないような大金だ。
「い、いや待って下さい。こんな品々なんて受け取れませんよ」
「ほう?王族よりの下賜品を拒否すると?」
「うっ………」
王族印が捺されているとはそういう事である。実際に贈るのはノルマンド公爵家だが、それは王族からの下賜品であると王家が認めたからこその王族印なのだ。
つまり、拝領しなければ不敬に当たる。
「まあ気持ちは分からなくもないがな」
ここで初めて騎士団長が表情を崩した。やや同情するような目になったのは、至尊の地位より身に余る褒賞を頂いて恐縮した経験が、彼にもあったのかも知れない。
「だが賜って困るものなどひとつもなかろう?遠慮などせず有り難く拝領しておけ」
「はぁ………」
「ちなみに念のため言っておくが、この褒賞を下賜したからといって王家やノルマンド家が恩を着せてくることはないから安心しろ」
「いやそれはさすがに分かってますけど」
天下のガリオン王家やノルマンド公爵家がそんなみみっちい事をするはずがない。ないのだが、もしかしたらあり得るかも………?と思ってしまうのは貧乏人の性であろうか。
「分かりました。では有り難く頂戴致します」
結局、アンドレはそう言って目録を捧げ持って一礼したあと懐に収めるしかなかった。
「それとな」
そんなアンドレに騎士団長が言葉を続ける。
ちょっとだけニヤリとして見えるのは気のせいだろうか。
「レティシア公女が直々にお前に礼を仰りたいそうだ」
「………え?」
「ということでな、直ちにノルマンド公爵家の首都公邸へ参上せよとのお達しだ」
「は!?」
「すでにあちらから執事のアルドワン伯爵がお見えだ。こちらからは副団長のボードレール卿が随行する。直ちに準備するように」
「え、あ、いや、」
「なおセーを離れておる間は公休扱いと致す。よいな」
「あ………はい………」
というわけで、アンドレは首都ルテティアのノルマンド公爵家首都公邸へと旅立つことになってしまった。
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