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【レティシア12歳】

036.デート(7年ぶり二度目)

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 何度でも言うが、セーの街は人口およそ5000程度の小さな田舎街である。飲み屋が軒を連ねる繁華街が1ヶ所しかなければ、市場も大通りも1ヶ所しかない。
 当然、街の広場も中央に1ヶ所あるだけだ。あとは小さな公園が点在する程度。

 その1ヶ所しかない中央広場に面した場所に、数年前にオープンした小さなカフェがある。首都ルテティアから移転してきたという触れ込みで、都会に憧れる街の若い娘たちが先を争うように利用して、店はそこそこ繁盛している。
 その店の軒先、僅かなオープンテラスになっているスペースに一組の男女の姿があった。テラスには複数の席が用意されているが、今いるのはその一組だけだ。店内の方はほぼ満席だが、何故か他の客は誰もテラス席に近寄ろうとしない。というか店内からもガラス越しにビクビクとテラス席の様子を伺っている始末である。

「ここはルテティアから移ってきたカフェなんですって。そういうお店があると聞いて、わたくしずっと来てみたいと思っていましたの!」

 テラス席の客の、女の方が鈴を転がすような愛らしい声で言う。喜びを隠そうともしないその声は、もう聞くからに喜色に満ち溢れていて、本当に楽しみにしていたのだと分かる。

「そうして来てみましたらやっぱり、首都の最新のお菓子パティスリィも取り揃えてあって。わたくしとっても満足ですわ!」

「それはいいのですが…」

 ここで、男の方が口を開いた。

「私はなぜ、貴女とここでお茶をしているのでしょう?」

 雲を衝くような大男は、なるべく目立たないように無駄に身を縮こまらせながら、同席している彼女に問うた。その声音には喜びよりも戸惑いが強く滲んでいる。
 ちなみに男は立ったままだ。だって座ってしまうと重すぎる体重のせいで椅子を壊してしまうから。

「そんなの、わたくしがアンドレさまとご一緒したかったからに決まっていますわ!」

 満面の笑みで彼女、そうレティシアは堂々と宣言した。


 可憐な容姿のレティシアはともかく、アンドレのいかつい巨体はなんともカフェには不似合いで、悪い意味で目を引くことこの上ない。広場を行き交う人も、店内の客も店員も、何事かと恐々と様子を伺っている。
 この小さなセーの街で、アンドレを知らぬ人などいないと言っていい。何しろ彼はもう人生の半分近くをこの街で過ごしてきていたし、彼以上に容姿の目立つ者など在りはしなかった。
 アンドレを直接見知っている人も、話したことのない人も、だいたいみんな一度ならず彼の姿を目にし、そのたびに怯えて逃げた経験を持っている。街の悪ガキどもの間では騎士長屋のアンドレの部屋をノックして、彼が出てくるまで耐えられるかどうかを競うさえ流行っている。ちなみに出てきた彼と言葉を交わせればと称えられチヤホヤされる。

 レティシアはそんな中現れた、アンドレとは真逆の意味で“容姿の目立つ者”である。彼女が越してきてからまだ半月ほどだが、邸の窓から街を見ている姿や、脚竜車でどこかへ出かける姿が頻繁に目撃されていて、ジャックならずとも誰もが「地上に降りた天使がいる」と噂しあっていたのだ。
 そんな両極端なふたりが、街の唯一のカフェで一緒にいるのだ。そんなん目立たないはずがない。

 もちろん彼が騎士で、悪い人間ではないということもきちんと知れ渡っているから、人々は恐々としながらも様子を伺っているだけだ。でなければ、今頃とっくに騎士団セー支部に通報が殺到していることだろう。


「あの、お誘いは嬉しいのですが」

 釣書を断った後ろめたさのあるアンドレとしては、気まずいことこの上ない。レティシアの想いを知っていて断ったのだからなおさらだ。だが当のレティシア本人は、そんなことを気にする風もない。先日街で見つかった時も、わざわざ侍従の先触れを寄越されて呼び出された今日も、彼女はそれに関しては何も言わなかったのだ。

「アンドレさまに喜んで頂けたのなら、わたくしも嬉しいですわ!」

 とまあ、こんな調子である。





 ー ー ー ー ー ー ー ー ー

【お知らせ】

36話のサブタイトル作成にあたり、25話「最後のデート」を「最終日のデート」に変更しました。





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