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星聖エステレア皇国編

外れた枷

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「見つけたぞ、エイコ」

 聞き覚えのある声に、まさかと思いながら反射的に振り向く。姿のうかがえないローブに身を包み、フードを深く被る三人。その一番手前に立つ一人がフードを脱いだ。現れたのは、目の覚めるような紅焔。

「……な、なんでここが……」
「随分と探したぞ……ようやく見つけた。私の星詠み、さぁ帰るぞーー」

 ローダー皇子。その人の手がわたしへ伸びてくる。
 瞬間的にエレヅ城での事がよみがえり、その手を払った。

「やっ……!」

 ーーしまった!
 感情的に反応してしまったと、思わず彼を見上げる。
 その顔に、ほんのわずか、傷付いたみたいな色が混じっていて。でも……一つ瞬いた後には、激情が湧き上がった。

(おこ、怒らせた!)

 走り去ろうとすると、別の人が鋭い爪みたいな武器をわたしの行く手の壁へぶっ刺した。この爪……知ってる。竜に乗ってウラヌスと戦ってたあの乱暴な人の物だ!

「つれねぇな。お姫サマよぉ」

 不躾に顔がググッと近付いてくる。血の気のない顔がこわくて、後退った。

「ラグマ。あまり近付くんじゃない」
「殿下のおっしゃる通りだ。これ、娘が酷く怯えているではないか」
「ハッ、それがどうした? 傷物にしてるワケでなし。お話してるだけだろォ? ナァ、お姫サン」
「お前は傷付けかねぬから言っているのだ。全く……リビウス、もう少し何とかならないのか?」
「ほっほ。従属性の植え付けに失敗しておりますからな。何、このくらいは可愛いものでございますよ」

 ……わたしを放って話してる。この隙に、と逃げ出そうとすると、反対側を皇子の腕に遮られてしまった。壁と手が強くぶつかった音がわたしを脅す。

「私に逢いに城から出て来たのだろう? 父上もお待ちかねだ」

 違う! 叫びたいのに、震えて言葉が出ない。
 皇子がわたしを足元からなぞるように見て、鼻を鳴らした。

「……お前に青は似合わんな。帰ったら、高貴なる赤を仕立ててやろう」

 絶対に嫌だ。ーーそう思った時、発砲音が響き渡った。

「ガァ!!」

 ラグマの悲鳴。彼の背中から、紫の煌めきが溢れ出ていた。

「これは…星銃か!? 何故このような物が……!!」

 皇子の焦る声。そして樹林の向こうから懐かしい声が飛んでくる。

「エイコ! 今のうちに逃げろ!!」
「ここはお任せを!」

 ーールジー! ノーヴ!

「で、でも!」
「良いから! 後で合流だ!」
「お早く!」

 姿は見えない。でもどこかからわたしを庇ってくれている。わたしが無事に逃げるまで、きっと二人は戦う。
 急かす声に覚悟を決めて走り出した。気付いた皇子がわたしを捕らえようとしたけれど、わたし達の間を薄青の弾丸が遮る。その隙に駆け抜けた。
 素性を隠してる様子だったから、城下街に紛れてしまえば手出しは出来ないはず。そう考え一気にエステレア城下へ降りると、樹林を振り返った。

「はぁ、はぁ……追ってこない……?」

 まだルジー達が足止めをしてくれている?
 街へ視線を向けると、初めて訪れる皇都が広がっていた。エレヅの入り組んだ帝都と違い、道幅を広々と取るここは開放感がある。
 道行く人々はみんな街に相応しい優美さで、汗をかいて息を切らすわたしだけが不釣り合いだ。

「どうしよう。どうしたら良いの。ウ、ウラヌスに報せて! ……だめ、どうやって伝えるの」

 早くしないと二人が危ない。歯痒さにもう一度宮殿の方を振り返れば、例の三人が人混みに紛れてこっちへ来るのが見えた。その後ろからはルジーとノーヴも来ている。

「お嬢さん? どうなさったの」

 ふいに貴族らしきご婦人がわたしへ心配そうな声を掛けてくれる。すると他の人達も次々と案じてくれた。

「どちらのご令嬢かな。お困り事とあれば、お聞きしよう」
「お顔が真っ青ですわ。ご体調が優れなくて? お付きの者はどちらにいらっしゃいますの?」

 ああ、巻き込んでしまう。優しい彼らを、ウラヌスの大切な国民を。
 それは絶対に嫌!
 だからまた走り出そうとした。でも、高らかに響き渡った声にわたしの足は縫い留められる。

「ーー止まれ! そこの娘、顔を見せよ!」

 ウラヌスの、声だった。

(うそ……)

 茫然と振り返る先、人が割れて次々とこうべを垂れていった。その向こうから現れたのは、物々しく騎士団を引き連れる、ウラヌスその人。
 彼はわたしを射抜くような鋭さで見つめて、向けられたことのない厳しさが鼓膜を、心を震わせる。

「よくぞ無事であった。異界の星詠みよ。そなたの身柄はこの第一皇子ウラヌスが保護する」

 民衆のどよめく声が聞こえた。お披露目をしたからって、あの場に全ての貴族がいたわけじゃない。ここには平民の人達もいる。たくさんの人目がある。
 そんな場所で彼がわたしを異界の星詠みだと断定して、きっとローダー皇子達は動けなくなったはず。

「我がエステレアの救国の乙女を狙う輩が、この皇都に紛れ込んだとの情報が入っている。エステレアの剣よ、信仰なき獣を炙り出せ!!」

 その命に騎士団が一斉に動き出した。ローダー皇子一行が逃亡しようと反応する。でもラグマだけは騎士団の前に出て応戦しようとした。

「馬鹿者! 今は退け!」
「全部殺しゃあいいンだろ」
「処分されたくなければ従え!!」
「……チッ!」

 皇子の有無を言わさない物言いにラグマはしばし黙り込むと、しぶしぶ従った。
 良かった。さすがの彼らも皇都で堂々と外交問題を起こすわけはないと分かってても、少し不安だった。
 去っていく姿を追って、胸を撫で下ろす。

「エイコ」

 ーー心臓が止まるかと思った。
 いつの間にか、すぐ目の前に来ていたウラヌスが薄っすらと笑んでいる。目元は和らいでいるのに、目の奥は全然笑ってるようには見えなかった。

「ウラヌス……」

 無言でスッと差し出された手を取る。また出て行ったと勘違いされたかもしれない。そんな不安が過った直後、彼から青紫の光が溢れてーーわたしに流れ込んだ。

「……?」

 今……何かされた。でも、何も変なところ、ない。
 不思議に思って自分の身体をじろじろと観察していたら、ウラヌスの満足げに息を溢す音が聞こえた。

「おれの力を少し、君に注いだのさ。これで君が何処にいても見つけてやれる。地の底でも、天の先でも、異なる世界であろうとも。おれ達は必ず呼び合う」
「は…」
「また試してみるかい? その可愛い足で、おれから何処まで逃げられるか」
「…ち……ちがう! 逃げたんじゃないの、あのね! あの……」

 言って良いの? 悪口を吹き込むみたいな、こんな。
 
「……我が未来の花嫁殿は、おれを揺さぶるのが上手だな」
「!」
「いくら前科があろうとも、多少の自由は必要かと思っていたが……逆効果だったか。すまないな。おれは君の扱い方を間違えてばかりだ。もう今度こそ、心得たよ」
「ウ、ウラヌス……ごめんなさい、まって」
「これよりは、ずっと君を感じていよう。そしてまた君を失いそうになったら、すぐにこの腕の中へ囲いにいこう」
「ウラヌス! ほんとに誤解なの! わたし、逃げたんじゃないの。ごめ、ごめんなさい…!」

 言い縋るわたしにウラヌスはフッと微笑って、わたしを子供みたいに抱き上げてしまった。

「瞳におれの力が溶けたな。綺麗だ」
「ウラヌス……」
「……可愛いな。そうも懸命に呼ばれると、心地が良いものだ」
「……おこらないで……」
「この腕から抜け出す度に男を引き連れて、君は罪作りな花嫁殿だな。だが仕方あるまい。こんなに可憐では自然と目を惹いてしまう。……露払いも夫の務めだろう」

 話が通じてない気がする。とにかく落ち着いて欲しくて彼の頬を両手で包み込み、ちゃんと視線を合わせようとした。だけど合ってる気がしなかった。
 柔らかに、でもどこか仄暗さを醸してウラヌスは一方的に言葉を重ねる。

「では帰ろうか。おれの愛しい乙女よ」

 あの日の出逢いの先ーーこんな日が来るなんて。
 あの時のわたしに、想像出来る?
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