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1984年、中3

負けたけど、得たものは多かった

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翌日から、近所の区営公園内にあるプールに通った。

ホントは隣の区営プールで泳ぎたかったんだが、わざわざチャリで30分もかけて行くのが面倒になっただけで…

このプールには、同級生が何人か来ているのを知って、夕方高校生や大人専用の時間帯を狙って行った…

昼間はベッドで、ドルフィンキックや上体を反らすような事をやって、ドッタンバッタンと泳ぎをシミュレーションしていた。

「うるさーい、何暴れてんの、ったく!」

隣で姉がブーブー文句を言ってたが、僕はバタフライをマスターしなきゃならない!

そして、バカにしたクラスのヤツラに土下座させてやる!

その執念だけで泳いでいたんだから…

公園内で夕方の時間帯になる頃、何人か列になって並んでいた。

その中に同級生が数名いた…

(ヤベー、見つかっちまったか…)

僕も向こうもシカトしていた。

しかも、僕の顔を見てヒソヒソと何やら話をしている。

(テメーら、どうせオレの悪口だろ?2学期になったらひれ伏してやらぁ!)

そんな思いだけで夕方の時間帯、僕はドルフィンキック3回に対して、上体を起こして水をかくのを1回…という感じで泳ぎ始めた。

(おぉ、いけるいける!)

あっという間に25㍍を泳ぎきった…こんな努力したの後にも先にもこれだけだ…

プールサイドでは、同級生のヤツラが僕の泳ぎを見てニヤニヤしていた。

(くそっ、腹立つ!何言ってんだか知らねえが、目障りなんだよ!)

そんな気持ちを払拭するために、ひたすら泳いで泳いで泳ぎまくった。

長いこと水の中にいたせいか、少し身体が柔軟になっていた事に気づいた…

力じゃなく、身体の柔軟さを生かし、ムチのように足をしならせ、ドルフィンキックをする。

上体を反らすには両腕を水でかき、その反動で顔を上げる。

よし、だいぶ良くなってきた。

短い時間帯だったが、25㍍のプールを何往復もした。

ゼイゼイしながら、心臓がバクバクしながらも、必死こいて泳いだ。

もう、これに懸けるしかないってな感じで…

今思えば、かなりの意地っ張りだよね。

もう少し素直になってりゃ、あの連中と一緒に泳げたものを…

翌日も、その翌日も夕方の時間帯に入った。

ヤツラはいつものように、プールサイドでオレの泳ぎを見ていた…
(へったくそだなぁ、アイツセンス無えぜ)

そんな声が聞こえたような気がした…

(んだと?じゃあテメーら、バタフライマスターしたら、全員校庭に連れ出して、土下座させてやらぁ!)

なんつーか、結局は自分が高慢な態度でシカトされてるにも関わらず、力技でひっくり返してやろう。

そんな事出来るはずはないんだけど、その頃はそれだけ!

アホの一念、岩をも通す!

とまではいかないけど、徐々にバタフライは上達した。

25㍍どころか、100㍍だって泳げるようになった…

夏休み終了直前、ようやく自分のものにした!

これで1位になって、あのバカどもに土下座だ!

…結局夏休みはプールに浸かり、カッパのような日々を過ごし、2学期を迎えた。

勿論、宿題には全く手をつけてなかったしね…

まぁ、それはかなり大目玉食らったんだけど…

そして、水泳大会の日が来た!

バタフライを泳ぐのは、全クラス合わせて5人。

その中で1位になるのはオレだ!と。

しかし、他のクラスは全員経験者で、僕だけがバタフライ初心者だった…

(こりゃ、いい恥さらしになりそうだ)

でもこの期間、ずーっと水に浸かりっぱなしな日々でそれなりの自信もついた…

【ヨーイ】

スタート台に立つ。

【スタート!】

勢いよく飛び込んだ!

飛び込みの勢いを利用して、バサロのうつ伏せみたいに、水中でウネウネと動く…いい感じだ!

そして上体を反らし、水をかく。

ドルフィンキックも問題ない…これなら1位になりそうだ!

僕は必死で泳いだ。

周りを見ている余裕なんてない。

とにかく目の前にあるゴール目掛けて泳ぐのみ。

ザッパァーン、ザッパァーンと上体を起こす度に、水をかく音しか聞こえない…



もう少しだ、もう少しでゴールだ!

ラストスパートをかけて、最後はおもいっきり上体を上げ、両手で25㍍の壁をタッチした。

【うぉ~っ!】

何だ、何がどうなったんだ?オレは何位なんだ?

【スゲー、小野っちバタフライマスターしてら!】

…同級生の声が聞こえた。

てことは一位なのか?

しばらくゴール地点でゼイゼイしながら動けなかった。

残念ながら、僅かタッチの差で僕は2位になった…

「クソッ!」

僕は水の中で呆然としていた…あんだけ練習したのに2位なんて…

多分今まで一番悔しい思いをした瞬間だった。

プールサイドから拍手と声援が起こった。

「小野っち、スゲーじゃんかよ!」

「マジでバタフライマスターしたのかよ!」

「惜しかったなぁ!」

同級生は僕の事を讃えてくれていたんだ…あんなに今まで毒づいていた僕を…

僕はプールから上がると、真っ先にスタート地点の後方にあった目を洗う用の蛇口を捻った。

目を洗うというより、涙を洗い流した…

くそっ!何で1位じゃないんだ!

やり場のない悔しさをどこにぶつければいいのか…

その後は、クラス別にプールサイドに陣取った、後ろの金網にもたれかかるようにして、他の競技を眺めていた。

負けた…悔しい…
頭の中はその事だらけだった…

「小野っち、スゲーな、いつの間にバタフライ覚えてたんだよ?」

「もうちょっとだったのにねぇ、でもよく頑張った」

皆が僕に近寄って、労いの言葉を掛けてくれる…

「う、うん…負けたけど」

僕はただ下を向いて、皆の顔を見るのが怖かった…

【あんだけ偉そうな事言って結局二位かよ!ダセー、ヤツだな!】

とか

【一位になれなかったんだから、お前が土下座しろよ!】

何て事を言われると思っていた…

だが、実際は僕が泳いでる間、皆は声援を送ってくれてたみたいだ。

あぁ、僕はホントにバカだった…

この連中を小バカにしていた自分が恥ずかしいのと、一位になれなかった悔しさで、また涙がこぼれ落ちた。

泣いているなんてカッコ悪い姿を見せられないように、僕はただ下を向いていた、泣き顔なんて見られたくないからね

ただ1人だけ、僕が泣いてる姿を目撃した同級生がいた。

それが波多野だ。

肩にバスタオルを掛け、拭いても拭いても流れてくる涙を見て、波多野は僕の事をジッと見つめていた…

プールに背を向け、金網越しに見える校舎をただ顔を上げて見ているだけ…

下を向くとまた涙がこぼれそうだから…

「小野っち、惜しかったねぇ!皆、小野っちの事スゴいって誉めてるよ」

波多野の言葉で僕は救われたような気がした…

バタフライは2位に終ったけど、その後はシカトされず、皆と今まで通り話が出来るようになったんだ…

多分、この辺りから僕は波多野を意識し始めた…と思う。

このまま卒業までシカト食らってたら僕も康司みたいに途中から学校に行かなくなっただろうね…

今までの事を謝ろうとしたけど、皆はそんな事はどうでもよく、その日僕はクラスのヒーロー的な存在で、大会が終わった後も、色んな連中が僕に声を掛けた…

「小野っち、やっぱスゲー」って…

スゴいのは僕じゃない。

今まで散々バカにしてきたヤツラが、僕に声援を送ってくれた方が遥かにスゴい…

これを機に、再び今まで通りの付き合いを始めた…
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