役立たずと蔑まれ、食糧難の辺境へ追放された引きこもり令嬢、前世の経営シミュレーション知識で極寒の地を美食の都に変えてしまう

旅する書斎(☆ほしい)

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城に戻った私は、早速レオニール様にお願いをしました。

「明日、もう一度峠の崖へ連れて行っていただけませんか。罠を仕掛けてみたいのです」

私の申し出に、彼は何も言わずに頷きます。
呆れているのかも、しれません。
それとも、少しだけ期待してくれているのでしょうか。
彼の心中は、相変わらず読み取れませんでした。
翌日、私は数人の騎士と共に、再び峠の崖へと向かいました。
レオニール様は、城で執務があるとのことで、今回は留守番です。
崖に着くと、私は記憶を頼りにして、ルビーベリーの木を探しました。
ゲームのマップと、現実の地形が、頭の中で少しずつ重なっていきます。

「…あった!」

崖の中腹、日当たりの良い場所に、赤い実をつけた低木が群生しているのを見つけました。
宝石のようにきらきらと輝く、ルビーベリーです。

「本当に、あったとは…」

ゲルトさんが、驚きの声を上げます。
私は早速、罠作りにとりかかりました。
丈夫な蔓と、しなやかな木の枝を使います。
ウサギの通り道に仕掛ける、簡単な輪っかの罠です。
ウサギが実を食べようと夢中になっている隙に、足が引っかかる仕掛けです。
私は騎士たちに手伝ってもらいながら、手際よく罠をいくつか設置しました。

「こんなもので、本当にあの素早い雪ウサギが捕まるのでしょうか」

若い騎士が、疑わしそうに言いました。

「ええ、きっと。ウサギは、食いしん坊ですから」

私はにっこりと笑って答えます。
罠を仕掛け終えると、私たちは少し離れた場所で息を潜め、様子をうかがうことにしました。
どれくらい時間が、経ったでしょうか。
茂みが、がさがさと揺れました。
そこに現れたのは、真っ白な毛皮を持つ、雪ウサギです。
それも、一匹や二匹ではありません。
五匹の群れでした。
ウサギたちは、ルビーベリーの甘い香りに誘われてきたのでしょう。
警戒しながらも、少しずつ罠に近づいてきます。
そして、一匹が油断して、夢中で実を食べ始めました。
その瞬間でした。
ばねのようにしなった木の枝が跳ね上がり、ウサギの足に蔓の輪がしっかりと絡みつきます。

「キュー!」

ウサギは甲高い声を上げて、宙吊りになりました。
突然の出来事に驚いた他のウサギたちは、あっという間に森の奥へと逃げていきます。

「…か、かかった…!」
「本当に、捕まえちまった…!」

騎士たちが、信じられないといった様子で声を上げました。
私は「ほらね」とでも言うように、にっこりと微笑みます。
してやったりと、私は心の中でつぶやきました。
私たちは、捕まえた雪ウサギを意気揚々と城へ持ち帰ります。
私が厨房にウサギを持ち込むと、料理人たちが悲鳴のような声を上げました。

「ひいっ!ゆ、雪ウサギ!?」
「アニエス様、これをどうなさるおつもりで…!」
「もちろん、食べるのよ」

私の言葉に、厨房はしんと静まり返りました。

「しかし、あれは肉が硬くて臭みもひどいと、そう聞いておりますが…」

マルタが、心配そうに言いました。

「大丈夫よ。美味しくしてみせるわ」

私は腕まくりをすると、早速ウサギの解体にとりかかります。
こういう作業は、公爵家では決してさせてもらえませんでした。
でも、本を読んで知識だけはありましたし、前世のゲームでも、狩猟した動物の解体は何度もやっています。
頭の中のイメージは、完璧です。
私は持参したナイフを使い、手際よく皮を剥ぎ、内臓を取り出していきました。
一番重要なのは、血抜きを丁寧に行い、臭みの元になる部分を綺麗に取り除くことです。
料理人たちは、遠巻きに私の作業を見ています。
誰もが、信じられないものを見るような目つきでした。
貴族の令嬢が、血まみれになってウサギを捌いているのです。
その反応も、無理はないでしょう。
下処理を終えた肉を、私はハーブとスパイスを溶かした水に漬け込みました。
これで、残った臭みも完全に消えるはずです。
数時間後、肉を引き上げて、水気を丁寧に拭き取ります。
見た目は、鶏肉によく似た、美しいピンク色をしていました。

「さて、どう調理しようかしら」

一番美味しい食べ方は、やはりシチューでしょう。
この寒い土地には、ぴったりの料理です。
私は大きな鍋に、ウサギの肉と、たっぷりのカブ、ジャガイモを入れました。
水をひたひたに注ぎ、コトコトと弱火で煮込んでいきます。
味付けは、岩塩と、隠し味にルビーベリーを少しだけ加えました。
ベリーの持つ爽やかな酸味が、肉の旨味を引き立ててくれるはずです。
煮込むこと、数時間。
厨房中に、今まで誰も嗅いだことのないような、芳醇な香りが立ち込めていました。
肉は、ほろほりと崩れるくらい柔らかくなっています。
スープは、美しい琥珀色に染まっていました。

「…できたわ」

味見をしてみると、想像以上の出来栄えでした。
雪ウサギの肉は、まったく臭みがなく、濃厚な旨味があります。
脂身も上品で、口の中でとろけるようでした。

「すごい…なんという香りだ…」
「これが、本当にあの雪ウサギなのか…?」

料理人たちが、ごくりと喉を鳴らすのが分かります。
私はお玉でスープをすくい、マルタに味見をさせてあげました。
彼女は、おそるおそるそれを口に運びます。
そして、はっと目を見開きました。

「おい…しい…!なんという事でしょう…!こんなに美味しいもの、わたくし、生まれて初めて食べました…!」

マルタの目には、うっすらと涙が浮かんでいます。
その反応に、私は満足して頷きました。
その日の夕食、城の食堂のテーブルには、雪ウサギのシチューが並びました。
レオニール様も、ゲルトさんも、他の騎士たちも、皆、目の前の料理を信じられないといった様子で見つめています。

「これは…雪ウサギ、なのか?」

レオニール様が、私に尋ねました。

「はい。本日、捕まえてきたものです」
「…そうか」

彼はそれだけ言うと、スプーンを手に取ります。
そして、シチューを一口、口に運びました。
次の瞬間、彼の青い瞳が、これまでで一番大きく見開かれます。
それは、驚きと、感動と、そしてほんの少しの戸惑いが入り混じったような、複雑な色をしていました。
彼は何も言わず、ただ夢中でシチューを食べ進めます。
それは、周りの騎士たちも同じでした。
普段は騒がしい男たちが、今日ばかりは誰一人として言葉を発しません。
食堂に響くのは、スプーンと皿が触れ合う音だけでした。
やがて、大きな鍋に入っていたシチューは、綺麗に空になります。
パンで、皿の最後の一滴まですくって食べる者もいました。
全員が満足した顔で、ほう、と大きなため息をつきます。

「…美味かった」

誰かが、ぽつりと呟きました。
それを皮切りに、あちこちから賞賛の声が上がり始めます。

「ああ、信じられん!これが雪ウサギの肉だとは!」
「俺は、一生分の美味いものを今日食った気がするぜ!」
「アニエス様は、魔法使いか何かですか!?」

騎士たちの興奮した声が、食堂に響き渡りました。
私は、少し照れくさい気持ちで、その声を聞いていました。
そんな中、レオニール様だけは、黙って私を見つめています。
その静かな視線に、私は少し緊張しました。
やがて、彼は静かに口を開きます。
その声は、食堂の隅々まで、凛と響き渡りました。

「アニエス」
「は、はい」
「お前は、一体何者だ?」

その問いに、私はどう答えるべきか、一瞬迷いました。
私は、ただの料理好きな、引きこもり令嬢。
だけど、それだけでは、この状況は説明できないでしょう。
私は少し考えて、そして、にっこりと微笑んで答えました。

「私は、このヴァインベルク辺境領を世界一の美食の都に変える者、ただそれだけです」

私の突拍子もない宣言に、食堂にいた全員が、ぽかんとした顔で固まります。
レオニール様も、例外ではありません。
私は彼の驚いた顔を見て、これからの日々に思いをはせました。

### 第5話(修正版)

まずは、保存食の量産体制を整える必要があります。
私はレオニール様に、燻製小屋と食品を貯蔵するための大きな倉庫の建設を提案しました。
彼は私の話を聞くと、二つ返事で許可をくれます。
以前とは違う、彼の私に対する信頼が、少し上がったのを感じました。
早速、城の職人たちが集められ、私の指示のもとで建設が始まります。
私はゲームで培った知識を元に、効率的な作業の流れを考えた設計図を引きました。
煙の流れを計算した燻製小屋、温度と湿度を一定に保つための地下貯蔵庫。
職人たちは、私の専門的な知識に舌を巻いていました。

「お嬢様は、建築にもお詳しいのですな」

棟梁である、白髪の老人が感心したように言います。

「ええ、少しだけ。趣味ですので」

私はいつものように、そう答えておきました。
建設は、驚くほど順調に進みました。
職人たちは私の指示を的確に理解し、時には、より良い方法を提案してくれることもありました。
彼らの働きぶりを見ているだけで、胸が熱くなります。
数日後、城の裏手に、立派な施設が完成しました。
いよいよ、本格的な生産開始です。
まずは、先日捕まえた雪ウサギの残りの肉で、ベーコンとソーセージを作りました。
たっぷりの岩塩とハーブをすり込み、肉の旨味をじっくりと引き出します。
それを、桜の木を燃やした煙で、時間をかけて燻していきます。
厨房は、一日中、食欲をそそる香りに包まれていました。
燻製小屋から漏れる匂いに誘われて、多くの騎士や使用人が集まってきます。
出来上がった試作品を、彼らに食べさせてみると、案の定、大変な騒ぎになりました。

「なんだこれは!肉の塊が、まるで宝石のようだ!」
「この塩気と香り…酒が、酒がいくらあっても足りんぞ!」

彼らの反応を見て、私はこの事業の成功を確信します。
カブとジャガイモを使った保存食も、順調に生産が進んでいました。
カブは薄切りにして、甘酢漬けにします。
ジャガイモは乾燥させて、保存のきくポテトチップスのようなものにしました。
これらは、厳しい冬の間の貴重なビタミン源になるでしょう。
完成した保存食は、まず城の兵士たちに配給されました。
日々の訓練で疲れた体に、塩気のきいたベーコンや酸っぱいカブの漬物は、最高の食事だったようです。
その後、領民たちにも、少しずつ分け与えることにします。
城の広場で、炊き出しのような形で振る舞うことにしました。
最初は、見慣れない食べ物を警戒していた彼らも、一度口にすると、その美味しさの虜になったようでした。
特に、子供たちの喜びようは、見ていて微笑ましいです。
今までカブとジャガイモのスープしか知らなかった子供たちが、目を輝かせてソーセージにかぶりついています。
その姿を見て、私は自分のやっていることが間違いではなかったと、改めて思いました。
城下へ行くと、子供たちが駆け寄ってくるようになりました。
私の作る干しジャガイモを、誰もが楽しみにしていたのです。
私の周りには、いつの間にか、たくさんの笑顔が集まるようになっています。
人々は私のことを、敬意と親しみを込めて「美食の奥様」と呼ぶようになりました。
そんなある日、ゲルトさんが慌てた様子で私の元へやってきます。
彼の顔は真っ青で、ただ事ではないとすぐに分かりました。

「アニエス様、大変です!霜降りトロールが、村の近くに出没しました!」
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