役立たずと蔑まれ、食糧難の辺境へ追放された引きこもり令嬢、前世の経営シミュレーション知識で極寒の地を美食の都に変えてしまう

旅する書斎(☆ほしい)

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「落ち着いて、ゲルトさん。詳しく教えていただけますか」
私は、冷静に尋ねました。
内心は、期待でいっぱいでした。

霜降りトロール。
『キングダム・オブ・グルメ』では、序盤に登場する最高のタンパク源です。
その肉はきめ細やかな霜降りで、焼いても煮ても美味しいとされていました。

「はっ、西の麓の村に一頭現れたとのことです。幸い、まだ村に被害は出ていません。畑が、少し荒らされたようです」
「それで、皆さんはどうするおつもりで」
「もちろん、討伐いたします。騎士団を編成し、これより出陣の準備を」
ゲルトさんは、鼻息も荒くそう言いました。
彼の後ろにいる騎士たちも、緊張した面持ちで頷いています。

「お待ちください。その討伐、私も参加させていただきます」
「なっ、何を仰るのですかアニエス様。危険すぎます」
ゲルトさんは、顔色を変えて反対しました。
「大丈夫です。私に、考えがありますから」

「しかし、トロールは凶暴な魔物ですぞ」
「トロールを傷つけずに、捕獲する方法があるのです。その方が、お肉を美味しくいただけると思いませんか」
私の言葉に、ゲルトさんだけではありません。
周りにいた騎士たちも、ぽかんとした顔をしました。
今この状況で、食べる心配をしています。
信じられない、という顔に書いてありました。

「アニエス様、本気であの魔物を食べるおつもりで」
若い騎士が、おそるおそる尋ねてきました。
「ええ、もちろんです。きっと、素晴らしい食材のはずですから」
私がにっこり笑うと、騎士たちはざわざわと囁き合いました。

「おい、聞いたかよ。辺境伯夫人は、あのトロールを食う気だぞ」
「ああ、正気とは思えねえ。俺たちの知ってる貴族令嬢とは、違うな」
その時、食堂の入り口にレオニール様が立っているのが見えました。
彼は、私たちの会話を黙って聞いていたようです。

「レオニール様」
ゲルトさんが、助けを求めるように主人を見ました。
レオニール様は、ゆっくりと私の方へ歩いてきます。
そして、私の目の前で立ち止まりました。
その青い瞳が、じっと私を見つめています。

「お前に、策があるのか」
「はい。書物で読んだ知識ですが、試す価値はあります」
うっかり前世の言葉が出そうになるのを、ぐっとこらえました。
危ない、ところでした。

「いえ、書物で読んだのです。トロールの習性について、少しだけ知識があります」
私は、慌ててごまかします。
レオニール様は特に詳しく聞くこともなく、ただ「そうか」とだけ言いました。
「どのような策だ」

「トロールは、とても甘い香りに弱いのです。特に、発酵した果実の匂いが大好物だと書かれていました」
これも、ゲームで得た知識です。
霜降りトロールを捕獲するイベントでは、必ず『完熟ベリーのジュース』というアイテムが必要でした。

「その匂いでおびき寄せて、大きな落とし穴に落とすのです。そうすれば、誰も怪我をしません。無事に、トロールを捕まえられます」
「落とし穴、だと」
騎士の一人が、馬鹿にしたように鼻で笑いました。
「そんな子供の遊びみたいな罠に、あのトロールがかかるとお思いですか」

「ええ、かかりますとも。彼らは見た目によらず、あまり賢くありませんから」
私の自信満々な態度に、騎士たちは戸惑っているようです。
誰もが、レオニール様の判断を待っていました。
彼はしばらく黙って腕を組んでいましたが、やがて口を開きます。

「分かった。お前の言う通りにしてみよう」
「レオニール様」
ゲルトさんが、驚きの声を上げました。
「よろしいのですか、このような前例のない」

「雪ウサギを、捕らえたではないか。この者の知識は、我々の常識を超えている」
レオニール様はそう言って、私に視線を向けました。
「準備を命じろ。必要なものは、全て揃えさせろ」
「はっ」

ゲルトさんは、まだ納得がいかない様子でした。
しかし、主人の命令には逆らえません。
しぶしぶといった感じで、騎士たちに指示を出し始めました。
やりました、私の作戦が認められました。

私はレオニール様に向かって、深々とお辞儀をします。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。だが、もし失敗すれば、お前は二度と城の外へは出さん」
「はい、承知しております」
その言葉は、彼の優しさの裏返しだと分かっていました。
私の身を、案じてくれているのです。

私は早速、厨房へと向かいました。
トロールをおびき寄せるための、特別な餌を作るためです。
材料は、この辺境領でも手に入るものを使います。
私は、カブを大量に用意させました。
そして、それを細かくすりおろしていきます。

「アニエス様、これで何をお作りになるのですか」
マルタが、不思議そうに尋ねてきました。
「トロールのための、特別なお酒よ」
「お酒、ですか。カブでですか」

「ええ、美味しくなるわよ」
すりおろしたカブを、大きな樽の中に詰め込みます。
そこに岩塩をひとつまみと、隠し味にルビーベリーを数粒加えました。
そして清潔な布で蓋をして、暖かい暖炉のそばに置いておきます。
「これで、数日待ちます。そうすればカブが発酵して、甘いお酒になるはずよ」

「カブが、お酒に。そんなこと、聞いたこともありませんわ」
料理人たちは、誰もが信じられないといった顔をしています。
この世界では、まだ発酵という技術がほとんど知られていないのです。
これも、私の知識が役立つ場面でした。

作戦の準備は、順調に進んでいきました。
騎士たちは、村の近くの森に巨大な落とし穴を掘ります。
深さは、トロールが這い上がれないくらい深くしました。
底には、衝撃を和らげるための藁をたくさん敷き詰めています。
私はその様子を報告で聞きながら、樽の中のカブが発酵するのを待ちます。

三日後。
樽の蓋を開けると、甘酸っぱくて豊かな香りがふわりと広がりました。
カブのでんぷんが糖に変わり、そしてアルコールへと変化したのです。
どろりとした、白い液体でした。
見た目は、あまり良くありません。
でもその香りはどんな果実酒にも負けないくらい甘く、そして濃いものでした。

「成功ね」
私は、その出来栄えに満足して微笑みます。
味見をしてみると、口の中にカブの優しい甘みが広がりました。
アルコール度数も、ちょうどいいくらいです。
これなら、トロールも喜んで飲んでくれるでしょう。
そして、ぐっすりと眠ってしまうはずです。

私は、完成した『カブ酒』を丈夫な皮袋に詰めました。
いよいよ、作戦決行の時です。
私はレオニール様やゲルトさんと共に、騎士団を率いて村へと向かいました。
馬に揺られながら、私の心は高鳴ります。
初めて見る、霜降りトロールです。
どんな味が、するのでしょうか。
考えただけで、よだれが出てきそうでした。

村に着くと、村長が出迎えてくれます。
彼はレオニール様の姿を見ると、深々と頭を下げました。
そして私の姿を見て、少しだけ驚いた顔をします。
「辺境伯様、こちらの御夫人は」

「俺の妻だ。今回の討伐の、指揮官でもある」
レオニール様の言葉に、村長は目を丸くしました。
無理も、ありません。
どう見ても私は、戦いとは無縁のひ弱な令嬢にしか見えないでしょうから。

私は、村長ににっこりと微笑みかけました。
「ご安心ください。必ず、村に平和を取り戻してみせますから」
私の言葉に村長は戸惑いながらも、こくりと頷きます。
私たちは、村人からトロールの目撃情報を詳しく聞きました。
どうやら、森の奥にある洞窟を寝ぐらにしているようです。
そして夜な夜な村に下りてきては、畑を荒らしていくとのこと。

「よし、作戦通り罠を仕掛けるぞ」
レオニール様の号令で、騎士たちが動き始めました。
私は、用意したカブ酒を落とし穴の周りに少しずつ撒いていきます。
トロールを罠まで誘導するための、香り付けです。
そして、落とし穴の中心に皮袋に入ったカブ酒を置きました。
これが、本命の餌です。

全ての準備が、整いました。
私たちは風上の茂みに身を隠し、息を殺してトロールを待ちます。
夜の森は、物音一つしません。
聞こえるのは風で木々の葉が擦れる音と、自分の心臓の音だけでした。
どれくらいの時間が、過ぎたでしょうか。

遠くで、地面が揺れるような重い足音が聞こえ始めました。
ずしん、ずしん、という音が少しずつこちらに近づいてきます。
騎士たちが、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえました。
誰もが、固い表情で森の闇を見つめています。

やがて、木々の間から巨大な影が姿を現しました。
月明かりに照らし出されたその姿に、私は思わず息を飲みます。
あれが、霜降りトロールです。
身長は、三メートル以上あるでしょうか。
岩のようにごつごつとした体に、豚のような鼻です。
手には、巨大なこん棒を握っています。

しかし私が注目したのは、その筋肉質な体でした。
ところどころに、見える白い筋がありました。
あれが、噂の『霜降り』に違いありません。
なんと、美しいサシの入り方でしょう。
最高級の、牛肉のようです。

私は、ごくりと喉を鳴らしました。
早く、あの肉を食べてみたい。
その思いが、恐怖心よりもずっとずっと勝っていました。
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