役立たずと蔑まれ、食糧難の辺境へ追放された引きこもり令嬢、前世の経営シミュレーション知識で極寒の地を美食の都に変えてしまう

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
6 / 30

しおりを挟む
霜降りトロールは、鼻をくんくんと動かしています。
どうやら、カブ酒の甘い香りに気づいたようです。
その巨体に似合わず用心深い足取りで、少しずつ罠に近づいてきました。

「構えろ。だが、合図があるまで動くな」
レオニール様が、低い声で騎士たちに命じます。
騎士たちが、弓に矢をつがえる音がします。
物音一つしない森の中で、小さく響きました。
彼の冷静な判断に、私は心の中で感謝します。
ここで下手に攻撃すれば、トロールを興奮させるだけです。

トロールは、落とし穴の周りをうろうろしています。
カブ酒の香りは、彼にとってたまらない誘惑なのでしょう。
しかし、地面に仕掛けられた罠を本能的に警戒しているようでした。
「だめか。やはり、警戒しているぞ」
ゲルトさんが、悔しそうに呟きました。
私も、少しだけ焦りを感じ始めます。
このままトロールが餌に食いつかなければ、作戦は失敗です。

その時でした。
トロールはふと動きを止めると、落とし穴の中心に置かれた皮袋をじっと見つめました。
そこから、とても強く甘い香りが漂ってきているのでしょう。
彼はしばらくの間、ためらっているようでした。
しかし、食欲という本能には勝てなかったようです。

トロールは意を決したように、隠された落とし穴の地面へと大きな一歩を踏み出しました。
その瞬間。
ばきばき、という音と共に彼の足元の地面が崩れ落ちます。
「グオオオオオッ」
トロールは、驚きの叫び声を上げました。

しかし、時すでに遅しです。
その巨体は、なすすべもなく深い穴の底へと吸い込まれていきます。
ずどおおおん、という地響きのような音が森に響き渡りました。
成功です、作戦は見事に成功しました。

「やった、かかったぞ」
「信じられん、本当に落ちやがった」
茂みに隠れていた騎士たちが、一斉に歓声を上げました。
誰もが、信じられないといった表情で落とし穴を見つめています。
レオニール様も、その青い瞳をわずかに見開いていました。
そして私の顔をちらりと見て、ほんの少しだけ口元を緩めたように見えます。
気のせい、かもしれません。

「よし、これより捕獲作業に入る。だが、油断はするなよ」
ゲルトさんが、力強く号令をかけました。
騎士たちは丈夫な網とロープを手に、慎重に落とし穴へと近づいていきます。
私も、茂みから出てその様子を見守りました。
穴の底を覗き込むと、トロールが仰向けに倒れています。

幸い、怪我はしていないようです。
それどころか彼は、皮袋からこぼれたカブ酒をぺろぺろと舐めていました。
よほど、気に入ったらしいですね。
そのうち、彼の動きがだんだんと鈍くなっていきます。
アルコールが、回ってきたのでしょう。

やがてトロールは、ぐうぐうと大きないびきをかき始めました。
完全に、眠ってしまったようです。
「なんてこった。本当に、眠っちまったぜ」
騎士の一人が、呆れたように言いました。
これなら、捕獲作業も安全に進められます。

騎士たちは眠っているトロールの巨体に手際よく網をかけ、ロープで縛り上げていきました。
そして、十人がかりでゆっくりと穴から引きずり出します。
その作業は、夜が明ける頃まで続きました。
朝日が昇る頃、私たちは巨大なトロールを荷台に乗せました。
そして、意気揚々と城への帰り道につきます。

村人たちはその光景を見て、最初は腰を抜かすほど驚いていました。
しかし、事情を理解するとやがて歓声が上がります。
「ありがとう、辺境伯様」
「ご夫人様、万歳」

彼らは、道の両脇に並んで私たちに手を振ってくれました。
子供たちは、私のことを「魔法使い様」と呼んでいます。
少し、照れくさいですね。
でも、人の役に立てるのはやはり嬉しいものでした。

城に戻ると、レオニール様はすぐさま職人たちを集めました。
そして、霜降りトロールを飼育するための特別な檻を作るように命じます。
「飼うのですか」
私が尋ねると、彼は当然だという顔で頷きました。
「ああ、この『カブ酒』を使えば今後も捕獲できるかもしれん。繁殖させることができれば、この領地は食料に困らなくなるだろう」

なんと、素晴らしい考えでしょう。
彼は、ただ目先の勝利に喜ぶだけではありません。
常に、領地の未来を見据えているのです。
さすがは、ヴァインベルクの領主様です。
私はこの人になら私の知識を全て託してもいいかもしれない、とさえ思いました。

捕獲したトロールは、ひとまず城の頑丈な倉庫に入れられます。
カブ酒がよほど美味しかったのか、彼はまだぐっすりと眠ったままでした。
私は、早速厨房へと向かいました。
トロールを捕獲した際に、少しだけ肉のサンプルを手に入れておいたのです。
いよいよ、初めて見る食材を調理する時が来ました。

厨房に入ると、マルタたちが期待と不安が入り混じったような顔で私を迎えます。
「アニエス様、本当に、あれを」
「ええ、もちろんよ。さあ、史上最高の晩餐会の始まりよ」
私は、腕まくりをして高らかに宣言しました。

私が取り出したのは、手のひらほどの大きさの霜降りの肉塊です。
美しいピンク色の赤身に、乳白色の脂が網の目のように細かく入っていました。
見ているだけで、うっとりしてしまいます。
これを、どう調理しましょうか。
初めての食材は、まずシンプルに焼いてみるのが一番です。
素材そのものの味を、確かめなければなりません。

私は、厚手の鉄板をじっくりと熱しました。
そして、薄くスライスしたトロールの肉をそっと乗せます。
じゅううううううっ、という食欲をそそる音が厨房中に響き渡りました。
同時に今まで嗅いだことのないような甘く、そして香ばしい匂いが立ち上ります。
それは、高級な牛肉を焼いた時の香りにとてもよく似ていました。
厨房にいた料理人たちがごくり、と一斉に喉を鳴らします。

肉の表面に、こんがりとした焼き色がつきました。
中は、まだ少し赤みが残る絶妙な焼き加減です。
私は、それを皿に乗せ岩塩を少しだけ振りかけました。
余計な味付けは、必要ありません。
「できたわ」

私は、焼き上がった肉をナイフで小さく切り分けました。
そして、まずは自分の口に運びます。
その瞬間。
私の口の中に、最高の味が口いっぱいに広がりました。

なんだ、これは。
噛む必要がないくらい、柔らかいのです。
舌の上で、肉がとろけていくようです。
そしてその後に広がるのは、濃厚な肉の旨味と上品な脂の甘みです。
飲み込んだ後も、口の中には豊かな香りの余韻が残っていました。

雪ウサギのシチューも美味しかったですが、これはその比ではありません。
まさに、王様の食べる料理です。
いや、神々の食べる料理とでも言うべき味でした。
「おい、しい」
私の口から、思わず感心したため息が漏れます。

私は、切り分けた肉をマルタたちにも振る舞いました。
彼女たちも、おそるおそるそれを口に運びます。
次の瞬間、厨房のあちこちで小さな悲鳴が上がりました。
「な、なんですの、これは」
「口の中で、お肉が溶けました」
「天国が、見えましたわ」

誰もが生まれて初めて体験する味に感動し、体を震わせています。
マルタの目からは、また大粒の涙がこぼれ落ちていました。
この反応を見て、私は確信します。
この霜降りトロールの肉は、この領地の食文化を変えるでしょう。
いえ、この国の食文化を、根底から覆すほどの可能性を秘めているのです。

私は、残りの肉を丁寧に皿に盛り付けました。
そして、レオニール様の待つ食堂へと運びます。
彼は、執務の合間に一人で遅い昼食をとっていました。
テーブルの上には、いつもと同じ固いパンと干し肉のスープが置いてあります。

「レオニール様。少し、よろしいでしょうか」
私が声をかけると、彼はスープから顔を上げました。
「なんだ」
「新作料理の、試食をお願いしたいのです」
私は、彼の前に霜降りトロールのステーキが乗った皿をそっと置きました。

彼は、その肉を不思議そうな目で見ています。
「これは、あの魔物の肉か」
「はい。少しだけ、いただいてきました」
「そうか」
彼は、あまり乗り気ではないようでした。
魔物を食べるということに、まだ抵抗があるのかもしれません。

しかし彼は、私の顔を一度見ると諦めたようにナイフとフォークを手に取りました。
そして、肉を一切れゆっくりと口に運びます。
その瞬間、彼の動きが完全に停止しました。
まるで、時が止まったかのようです。

その青い瞳は、これまでに見たことがないくらい大きかったです。
そして、大きく見開かれていました。
それは、驚きという言葉だけではとても表現できないような色をしています。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

裁判を無効にせよ! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!

サイコちゃん
恋愛
十二歳の少女が男を殴って犯した……その裁判が、平民用の裁判所で始まった。被告はハリオット伯爵家の女中クララ。幼い彼女は、自分がハリオット伯爵に陥れられたことを知らない。裁判は被告に証言が許されないまま進み、クララは絞首刑を言い渡される。彼女が恐怖のあまり泣き出したその時、裁判所に美しき紳士と美少年が飛び込んできた。 「裁判を無効にせよ! 被告クララは八年前に失踪した私の娘だ! 真の名前はクラリッサ・エーメナー・ユクル! クラリッサは紛れもないユクル公爵家の嫡女であり、王家の血を引く者である! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!」 飛び込んできたのは、クラリッサの父であるユクル公爵と婚約者である第二王子サイラスであった。王家と公爵家を敵に回したハリオット伯爵家は、やがて破滅へ向かう―― ※作中の裁判・法律・刑罰などは、歴史を参考にした架空のもの及び完全に架空のものです。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

 怒らせてはいけない人々 ~雉も鳴かずば撃たれまいに~

美袋和仁
恋愛
 ある夜、一人の少女が婚約を解消された。根も葉もない噂による冤罪だが、事を荒立てたくない彼女は従容として婚約解消される。  しかしその背後で爆音が轟き、一人の男性が姿を見せた。彼は少女の父親。  怒らせてはならない人々に繋がる少女の婚約解消が、思わぬ展開を導きだす。  なんとなくの一気書き。御笑覧下さると幸いです。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

処理中です...