役立たずと蔑まれ、食糧難の辺境へ追放された引きこもり令嬢、前世の経営シミュレーション知識で極寒の地を美食の都に変えてしまう

旅する書斎(☆ほしい)

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翌日から、私の新しい挑戦が始まりました。
それはこのヴァインベルク辺境領に住む人々の、衣類を良くすることでした。
冬の厳しい寒さは、食料と同じくらい人々の体力を奪っていきます。
暖炉を新しくしたので、お城の中はだいぶ暖かくなりました。
しかし一歩外に出ると、そこはやはり凍えるような世界なのです。

農家の人たちも職人たちも、そしてお城を守る騎士たちでさえもです。
薄くて硬い麻の服を、何枚も重ねて寒さをしのいでいました。
これではとても動きにくいですし、体の芯から温めることはできません。
私はまず、お城に仕える侍女たちを一つの部屋に集めました。
彼女たちは、お城の衣類の洗濯や修繕を、一手に引き受けてくれています。
突然呼び出されたので、みんな何事かと緊張した顔で私を見ていました。

「皆さんこんにちは、いつもお仕事お疲れ様です」
私がにこやかに挨拶をすると、彼女たちは少しだけ表情を緩めました。
「今日は皆さんに、新しい布の作り方を教えたいと思います」
私がそう言うと、侍女たちは少し不思議そうな顔をしました。
「新しい、布でございますか…?」
侍女頭のヒルダが、皆を代表して質問しました。
彼女は四十代くらいの、穏やかで賢そうな女性です。
「ええ、この土地で簡単に手に入る材料を使います。
今よりもずっと暖かくて、肌触りの良い布を作ることができるのです」

私の言葉に、侍女たちはみんなきょとんとしています。
それも無理はありません。
この土地には、麻以外の織物の材料になる植物は育たないのですから。
「アニエス様、そのような都合の良い材料がこの土地にあるのでしょうか」
「はい、ありますわ。それも、たくさんありすぎるほどにね」
私は使用人に持ってこさせていた、大きな麻袋をみんなの前に置きました。
袋の口を開けると、中からふわふわした真っ白な塊が溢れ出します。

「こ、これは…!羊の毛では、ございませんか!」
ヒルダが、とても驚いた声を上げました。
そうなのです。
このヴァインベルクには、数は少ないですが寒さに強い種類の羊がいます。
そのお肉は、とても貴重な食料になります。
しかしその毛は、硬くて油が多いために糸にするのには向いていませんでした。
そのため、ほとんどが捨てられていたのです。
「でもアニエス様、この羊の毛はごわごわしています。とても、衣類には使えないかと…」

「大丈夫よヒルダ、ほんの少し手間をかけるだけです。
このやっかい者の羊毛が、最高の宝物に生まれ変わるのですから」
私は早速、その「手間」を彼女たちにやって見せることにしました。
まず、大きな桶にぬるま湯を用意します。
そこに、厨房から分けてもらった灰汁を少しだけ溶かしました。
「これが、最初の魔法ですよ。
この灰汁水で、羊毛を優しく洗ってあげるのです」
私は汚れた羊毛を、灰汁水に浸してゆっくりと押し洗いをしました。

すると驚いたことに、今まで羊毛についていた頑固な油汚れが落ちていきます。
土埃も、するすると面白いように取れていくのです。
「まあ…!ただの灰汁に、こんな力があったなんて…!」
「お水が、どんどん黒くなっていきますわ!」
侍女たちから、次々に驚きの声が上がりました。
綺麗になった羊毛を、真水で丁寧になんどもすすぎます。
そしてそれを、清潔な布の上に広げて水気をしっかりと吸い取りました。

「次に、この羊毛を乾かすのですが、ここにも少しだけコツがあります」
私は洗い終えた羊毛を、大きな網の上に薄く均一に広げました。
「決して、まっすぐな日光に当ててはいけません。
風通しの良い日陰で、ゆっくりと時間をかけて乾かすのです。
そうすることで、毛が縮んで硬くなるのを防ぐことができます」
私の専門的な知識に、侍女たちはただただ感心するばかりでした。
数日後、完全に乾いた羊毛はまるで雲のようです。
ふわふわとしていて、驚くほど白く輝いていました。

以前のごわごした、汚い塊とは全くの別物でした。
「なんて、綺麗なんでしょう…!これが、本当にあの羊の毛なのですか?」
ヒルダが、うっとりした表情でその感触を確かめています。
「さあ、ここからがいよいよ本番よ」
私はカーダーと呼ばれる、針がたくさんついた二枚の板を用意しました。
これも、お城の職人に私の設計図を元に作らせておいた特別な道具です。
「この道具で、羊毛の繊維の向きを綺麗に整えます。
こうすることで、切れにくくて滑らかな糸を紡げるようになります」

私は乾いた羊毛を、少しずつカーダーにかけていきました。
最初は、難しそうに見ていた侍女たちもすぐにコツを掴んだようです。
みんな、黙々と楽しそうに作業に集中していました。
繊維の向きが綺麗に整えられた羊毛は、まるで銀色の絹糸の束のようです。
美しく、きらきらと輝いて見えました。
最後の作業は、これを糸車を使って一本の長い糸に紡いでいくことです。
これも、この土地に昔から伝わる道具を私が少しだけ改良したものでした。

滑車の数を増やしたので、回転の効率が上がっています。
以前よりも、ずっと速く均一な太さの糸を紡ぐことができるのです。
侍女たちは、もともと手先が器用な人ばかりでした。
最初は、慣れない手つきでした。
しかし半日もする頃には、みんな見事な腕前で毛糸を紡ぎ出していきます。
部屋には、糸車の回る心地よい音だけが響いていました。
それは、まるで穏やかな子守唄のようにも聞こえます。
数日かけて、私たちは大量の真っ白な毛糸を作り上げることに成功しました。

「アニエス様、見てください!こんなに、たくさんの毛糸ができましたわ!」
ヒルダが、嬉しそうに毛糸の玉が詰まった籠を見せてくれます。
「素晴らしいわヒルダ、みんな本当に良く頑張ってくれましたね」
私は、その努力を心から褒め称えました。
「それでアニエス様、この素晴らしい毛糸で一体何をお作りになるのですか」
「ふふ、もちろんこの毛糸で布を織るのよ。
今までの麻布とは、比べ物にならないくらい暖かくて柔らかい最高の布をね」
私はすぐに、お城で機織りの仕事をしている職人たちを呼び寄せました。
そして、彼らにこの新しい毛糸を使って布を織るように指示します。
彼らも最初は、麻とは全く違うそのふわふわした感触に戸惑っていました。
しかし、そこは熟練の職人です。
すぐに、毛糸の性質を理解して見事な手つきで布を織り始めました。
トントン、という規則正しい機織りの音が城の一室に響き渡ります。

それは、新しい文化がこの土地に根付いていく産声のようにも聞こえました。
数日後、最初の毛織物がついに完成します。
それは、生成りの素朴な色合いでした。
しかし驚くほど、目が詰まっていて厚みがありました。
そしてその手触りは、まるで高級なビロードのように滑らかで柔らかかったのです。
「こ、これは…!布というよりは、まるで獣の毛皮のようですな…!」
職人の一人が、感動したように声を上げました。

「ええ、これを私たちはフランネルと呼ぶことにしましょう」
「ふらんねる…?異国の言葉ですかな?」
「ええ、まあ、そんなところですわ」
私は、少しだけ誤魔化すように笑いました。
このフランネルという布地が、このヴァインベルクの厳しい冬に革命をもたらすのです。
私は、そのことを確信していました。
私は早速、この完成したばかりの布を使って何着かの試作品を作ることにしました。
まずは、レオニール様のための新しい上着です。

彼の体を、冷たい風から守ってくれるように裏地もつけました。
とても、丁寧な仕立てにしました。
それから、ゲルトさんや騎士たちのためのマントも作ります。
夜の警備は、特に冷えますからね。
そして厨房で働くマルタや、侍女たちのための暖かい靴下も忘れずに作ります。
手袋も、もちろん用意します。
私の周りで、私を支えてくれる大切な人たちがいます。
少しでも、快適に冬を過ごせるように、その一心で私は針を動かし続けました。
数日後、全ての試作品が完成します。
私は、それを一人一人に手渡していきました。

「これは、俺にか…?アニエス様が、自ら作ってくださったと…?」
レオニール様は私が差し出した、フランネルの上着を信じられない目で見つめていました。
「はい、採寸はこっそり侍女に頼んでおきましたの。
一度、袖を通してみていただけますか」
彼は、おそるおそるその上着に腕を通します。
そのがっしりした体に、あつらえたようにぴったりと合っていました。
「…暖かい、それに驚くほど軽いな」
彼は、その着心地に心から驚いているようでした。
「今まで着ていた、革の上着とは比べ物にならん。
これなら、真冬の遠征でも凍えることはないだろう」
その、飾り気のないまっすぐな感想が私には何よりの褒め言葉でした。
ゲルトさんや、他の騎士たちも新しいマントの暖かさに感動しています。
その驚くべき軽さに、ただただ驚いているようでした。
「アニエス様は、我々騎士団の女神様に違いありません!」
「このご恩は、必ずや戦場での働きでお返しいたしますぞ!」
彼らは、大げさなくらいにそう言って私に感謝の言葉を述べました。

マルタや侍女たちも、初めて手にする毛糸の靴下に少女のようにはしゃいでいます。
その、ふわふわした感触がとても嬉しいようでした。
「まあ、なんて暖かいんでしょう…!これなら、冬の朝一番の水仕事も辛くありませんわ!」
お城の中が、また一つ温かい笑顔で満たされていきました。
私はその光景を、心から嬉しく思うと同時に次の計画へと頭を切り替えます。
このフランネルという、素晴らしい布地を城の中だけのものにしておくのはもったいないです。
この土地で暮らす、全ての領民にこの暖かさを届けたいのです。

そのためには、羊毛の生産量をもっと増やす必要があります。
羊の数を増やし、毛を刈り取って糸を紡ぎ布を織るのです。
その、一連の流れを一つの産業としてこの土地に根付かせます。
それは、霜降りトロールの飼育と並ぶこのヴァインベルクの新しい柱となるでしょう。
とても、大きな産業の柱となる可能性を秘めていました。
私は早速、レオニール様に羊の牧場を大規模に拡大するための計画書を出します。
彼は、私の次から次へと湧き出てくる新しい考えにもはや驚きません。
ただ、感心したようにため息をつきました。
「…分かった、すぐに土地と羊飼いの手配をしよう。お前のやりたいように、やってみるといい」
彼の、全面的な信頼が私に大きな勇気を与えてくれました。
そんな、穏やかで着実な変化の日々が続いていたある日の午後のことです。
遠く、王都の方角から一頭の早馬が土煙を上げてお城へと駆け込んできました。
胸が、ざわざわと騒ぎます。
それは、王都へ向かったバルトルト殿からの待望の知らせでした。
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