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早馬の騎手は、城門をくぐると馬から転がり落ちるようにして地面に膝をつきました。
その顔は、長い旅の疲れと埃で真っ黒です。
しかしその目だけは、興奮でらんらんと輝いていました。
「ご報告、申し上げます!バルトルト副団長より、急ぎのご報告であります!」
辺境伯様と、アニエス様への伝言です。
その、ただならぬ様子に中庭にいた騎士や使用人たちが集まってきました。
何事かと、遠くから様子をうかがっています。
すぐに、レオニール様も城の中から姿を現しました。
私も、彼の隣に駆けつけます。
騎手は、懐から厳重に封をされた一通の羊皮紙を取り出しました。
そして、それを震える手でレオニール様に差し出します。
「それで、王都の様子はどうであったか」
レオニール様が、低く落ち着いた声で尋ねました。
彼は、その場ですぐに封を切って手紙に目を通し始めます。
「はっ!全ては、アニエス様のお考えの通りに進んでおります!
王都は今、我らがヴァインベルクの話題で持ちきりでありますぞ!」
騎手は、誇らしげに胸を張ってそう答えました。
その言葉に、周りで見守っていた人々からどよめきが起こります。
レオニール様は、黙って手紙を読み進めていました。
しかし、その普段は表情の乏しい彼の顔つきが変わっていきます。
読んでいるうちに、みるみるうちに驚きの色に変わっていくのが分かりました。
そして、ほんの少しの困惑の色も浮かんでいます。
「…レオニール様?何が、書かれていたのですか」
私が、心配になって尋ねると彼はふうと大きなため息を一つだけつきます。
そして、まるで信じられないものを見るような目で私の顔をじっと見つめました。
「…アニエス、お前は一体何をしたんだ」
「何、とはどういう意味でしょう」
「この手紙には、こう書かれている。
お前の、あの『誠意の贈り物』が王宮の晩餐会で正式に披露された、と」
「まあ、それは光栄ですわね」
私は、にっこりと微笑みました。
「そしてそれを食べた、王太子殿下とお前の姉君のセレスティーナ様がです。
その、あまりの『伝統的な味わい』にいたく感動されたそうです。
そして、三日三晩寝込んでしまわれた、とのことだ」
「あらあらまあ、それはお可哀想に」
私は、扇で口元を隠し心にもない同情の言葉を口にしました。
周りの騎士たちが、笑いをこらえるのに必死になっているのが分かります。
レオニール様は、そんな私を呆れたような目で見ていました。
それでいて、どこか楽しそうな目でもありました。
「それだけではない、晩餐会に出ていた他の貴族たちもです。
その『辺境の神秘』とも言うべき、強烈な味の虜になったそうです。
そして、王宮のトイレが飽和状態になった、と…」
「まあ、なんてはしたない。
バルトルト殿も、そのようなことまで報告なさらなくてもよろしいのに」
「おかげで、王太子殿下は我がヴァインベルクの名を聞いただけで顔が真っ青になるそうだ。
食料を、これ以上要求してくることはまずあるまい」
「それは、ようございました」
これで、第一段階の目的は見事に達成されたわけです。
あの、子供じみた嫌がらせに対するささやかな仕返しでした。
しかし、とても効果的な仕返しです。
そして、これ以上理不尽な要求をさせないための強烈な釘刺しにもなりました。
「だがなアニエス、問題はそこからだ」
レオニール様の声が、少しだけ真剣な響きになりました。
「お前の、もう一つの贈り物がとんでもない騒ぎを巻き起こしているらしい。
すなわち、あの霜降りトロールの肉が王都で大騒ぎになっている」
「とんでもない、騒ぎ、ですか」
「ああ、バルトルトはお前の指示通りに動いた。
王都で、最も影響力を持つ大商人や美食家の貴族たちに例の肉を届けたそうだ」
「ええ、そのように、お願いしましたわ」
「その結果、どうなったと思う」
彼は、まるでクイズでも出すかのようにそう言いました。
そして、手紙の続きを読み上げます。
「『彼らは、生まれて初めて体験するその肉の味に完全に理性を失いました。
ある者は、皿まで舐め尽くしある者は感動のあまりその場で泣き崩れた、とのことでございます』」
「まあ、それは光栄の至りですわね」
「『噂は、あっという間に王都中を駆け巡りました。
今や、王都の貴族や金持ちたちの間では『ヴァインベルクの奇跡の肉』を知らない者はいないほどです。
彼らは、その肉を一片でも手に入れるためならどんな大金でも払うと息巻いております』」
「…なるほど、予想以上の反響ですわね」
私は、冷静にそう分析しました。
口コミの力は、いつの時代もとても大きいのです。
特に、閉鎖的で見栄っ張りの貴族社会ではその効果は計り知れません。
「『おかげさまで、我がヴァインベルク商館の前には連日長蛇の列ができております。
夜明け前から、貴族たちの豪華な馬車が並んでいるのです。
彼らは、皆バルトルトにこう懇願するのです。「どうか、あの肉を我らにも分けてはいただけまいか」と』」
「ふふ、目に浮かぶようですわ」
きっと、バルトルト殿はそこでわざと困ったような顔をしているのでしょう。
そして、こう答えているはずです。
「いやはや皆様、誠に申し訳ない。
あの肉は、極めて珍しいものでしてそう簡単には手に入りませぬ」と。
焦らし、そして飢餓感をあおるのです。
これは、商売の基本的な戦術です。
「バルトルトは、お前が羊皮紙の隅に書き記しておいたあの魔法の言葉も使っているようだ」
レオニール様は、そう言って私に悪戯っぽくウィンクをしてみせました。
私が、レシピの隅にこっそりと書き加えておいたあの言葉。
それは、『この肉は、媚薬としての効果も期待できます』という一文でした。
もちろん、科学的な根拠は何もありません。
ただ、美味しいものを食べれば人は幸せな気分になります。
そして、元気も出るというそれだけの話です。
しかし、退屈な日常に刺激を求めている王都の貴族たちにとってです。
その、少しいかがわしい響きがたまらなく魅力的に聞こえたのでしょう。
「『王都の、ご婦人方の間では大変な評判になっております。
「あの肉を食べなければ、夜会で話題に乗り遅れる」と、大騒ぎです。
もはや、一種の社会現象でございます』…だとさ」
レオニール様は、手紙を最後まで読み終えるとそれをゆっくりと折り畳みました。
そして、深々と本当に深々とため息をつきます。
「…アニエス、お前は王都にとてつもない爆弾を仕掛けたようだ。
もはや、これはただの食料問題ではない。
王都の経済と、貴族社会そのものを根底から揺るがしかねない大事件だ」
「あら、それは人聞きの悪い。
わたくしは、ただ美味しいものを皆様に味わっていただきたかっただけですのに」
私は、あくまでしらを切ってそう答えました。
周りで、話を聞いていた騎士や使用人たちはもはや笑いをこらえきれません。
腹を抱えて、その場にうずくまっています。
城の中庭は、久しぶりに明るい大爆笑に包まれていました。
レオニール様も、そんな騒がしい雰囲気の中でついに堪えきれなくなったようです。
その口元を、緩めました。
そして、その日初めて声を立てて朗らかに笑いました。
「はっはっは!そうかそうか!ならば、仕方あるまい!
王都の、腹を空かせたハイエナどもに我らがヴァインベルクの本当の力を見せてやろう!」
彼の、その力強い宣言に周りの者たちも「おお!」と鬨の声を上げます。
ヴァインベルク辺境領の、長くて暗い冬の時代が終わりを告げようとしていました。
そして、その中心にはいつも私がいるのです。
これから、もっと忙しくなりそうですわね。
私は、青くどこまでも高く澄み渡った秋の空を見上げました。
そして、これからの新しい日々に胸を躍らせていました。
王都との、本格的な経済戦争の火蓋が今切って落とされたのです。
私は、すぐにボードワンさんと城の主な商人たちを会議室に集めました。
霜降りトロールの肉を、商品として王都へ安定的に供給するためです。
具体的な、計画を練る必要がありました。
「…というわけで皆さん、今この瞬間にも王都では大勢の方々がいらっしゃいます。
私たちの、お肉を喉から手が出るほど欲しがっているのです」
私の説明に、商人たちは皆ごくりと喉を鳴らしました。
彼らの目には、野心と金儲けへの欲望の炎がギラギラと燃えています。
「これは、我々ヴァインベルクにとって千年に一度の好機です!
この機会を、絶対に逃すわけにはいきません!」
「おお!」「その通りだ!」と、商人たちから威勢の良い声が上がりました。
「そこで、まず決めなければならないのはこの奇跡の肉の『値段』です」
私がそう言うと、会議室は水を打ったように静かになりました。
全ての商人が、固唾をのんで私の次の言葉を待っています。
値段の付け方、一つでこの商売が成功するか失敗するかが決まるのです。
安く、売りすぎては利益が出ません。
しかし、逆に高く売りすぎては買い手がつかないかもしれません。
「皆さんの、ご意見をお聞かせいただけますか」
私がそう促すと、商人たちは待っていましたとばかりに次々と意見を述べ始めました。
「やはり、希少価値を前面に押し出すべきです!
金に糸目をつけぬ、王侯貴族が相手ですから吹っかけられるだけ吹っかけるべきですな!」
「いや、待て。
最初は、少し安めに設定してまずはその味を広く知ってもらうことが先決ではないか。
口コミで、評判が広がれば値段は後からいくらでも上げられる」
「ふむ、それも一理あるな。
しかし、あまり安売りすると商品の価値が下がってしまうという心配もあるぞ」
会議室は、さながら戦場のような熱気に包まれていました。
皆、真剣にこのヴァインベルクの未来を考えてくれています。
私は、その議論を微笑ましくそして頼もしく聞いていました。
様々な意見が、出尽くしたところで私はそっと手を挙げます。
「皆さん、貴重なご意見ありがとうございます。とても、参考になりました」
皆の視線が、再び私に集中しました。
「そこで、私から一つ提案があります。値段は、『時価』とするのはいかがでしょうか」
「じ、時価…でございますか?」
商人たちは、皆きょとんとしています。
「ええ、つまり値段を固定しないのです。
その日の、収穫量や王都での需要と供給のバランスを見て決めます。
それから、お客様の懐具合など様々なことを考えて値段を変動させるのです」
「な、なるほど…!それは、面白い!」
「そうすれば、買い手は常に新鮮な緊張感を持って我々と交渉に臨むことになる。まさに、駆け引きですな!」
「そして、ここが一番重要なのですが」
私は、人差し指を一本立てました。
「お支払いは、金貨や銀貨ではありません。全て、『現物支給』でお願いするのです」
「げ、現物支給、ですと!?」
私の、あまりにも突拍子のない提案がありました。
商人たちは、今度こそ完全に度肝を抜かれたようでした。
彼らは、ただぽかんと口を開けて私を見つめています。
その顔は、長い旅の疲れと埃で真っ黒です。
しかしその目だけは、興奮でらんらんと輝いていました。
「ご報告、申し上げます!バルトルト副団長より、急ぎのご報告であります!」
辺境伯様と、アニエス様への伝言です。
その、ただならぬ様子に中庭にいた騎士や使用人たちが集まってきました。
何事かと、遠くから様子をうかがっています。
すぐに、レオニール様も城の中から姿を現しました。
私も、彼の隣に駆けつけます。
騎手は、懐から厳重に封をされた一通の羊皮紙を取り出しました。
そして、それを震える手でレオニール様に差し出します。
「それで、王都の様子はどうであったか」
レオニール様が、低く落ち着いた声で尋ねました。
彼は、その場ですぐに封を切って手紙に目を通し始めます。
「はっ!全ては、アニエス様のお考えの通りに進んでおります!
王都は今、我らがヴァインベルクの話題で持ちきりでありますぞ!」
騎手は、誇らしげに胸を張ってそう答えました。
その言葉に、周りで見守っていた人々からどよめきが起こります。
レオニール様は、黙って手紙を読み進めていました。
しかし、その普段は表情の乏しい彼の顔つきが変わっていきます。
読んでいるうちに、みるみるうちに驚きの色に変わっていくのが分かりました。
そして、ほんの少しの困惑の色も浮かんでいます。
「…レオニール様?何が、書かれていたのですか」
私が、心配になって尋ねると彼はふうと大きなため息を一つだけつきます。
そして、まるで信じられないものを見るような目で私の顔をじっと見つめました。
「…アニエス、お前は一体何をしたんだ」
「何、とはどういう意味でしょう」
「この手紙には、こう書かれている。
お前の、あの『誠意の贈り物』が王宮の晩餐会で正式に披露された、と」
「まあ、それは光栄ですわね」
私は、にっこりと微笑みました。
「そしてそれを食べた、王太子殿下とお前の姉君のセレスティーナ様がです。
その、あまりの『伝統的な味わい』にいたく感動されたそうです。
そして、三日三晩寝込んでしまわれた、とのことだ」
「あらあらまあ、それはお可哀想に」
私は、扇で口元を隠し心にもない同情の言葉を口にしました。
周りの騎士たちが、笑いをこらえるのに必死になっているのが分かります。
レオニール様は、そんな私を呆れたような目で見ていました。
それでいて、どこか楽しそうな目でもありました。
「それだけではない、晩餐会に出ていた他の貴族たちもです。
その『辺境の神秘』とも言うべき、強烈な味の虜になったそうです。
そして、王宮のトイレが飽和状態になった、と…」
「まあ、なんてはしたない。
バルトルト殿も、そのようなことまで報告なさらなくてもよろしいのに」
「おかげで、王太子殿下は我がヴァインベルクの名を聞いただけで顔が真っ青になるそうだ。
食料を、これ以上要求してくることはまずあるまい」
「それは、ようございました」
これで、第一段階の目的は見事に達成されたわけです。
あの、子供じみた嫌がらせに対するささやかな仕返しでした。
しかし、とても効果的な仕返しです。
そして、これ以上理不尽な要求をさせないための強烈な釘刺しにもなりました。
「だがなアニエス、問題はそこからだ」
レオニール様の声が、少しだけ真剣な響きになりました。
「お前の、もう一つの贈り物がとんでもない騒ぎを巻き起こしているらしい。
すなわち、あの霜降りトロールの肉が王都で大騒ぎになっている」
「とんでもない、騒ぎ、ですか」
「ああ、バルトルトはお前の指示通りに動いた。
王都で、最も影響力を持つ大商人や美食家の貴族たちに例の肉を届けたそうだ」
「ええ、そのように、お願いしましたわ」
「その結果、どうなったと思う」
彼は、まるでクイズでも出すかのようにそう言いました。
そして、手紙の続きを読み上げます。
「『彼らは、生まれて初めて体験するその肉の味に完全に理性を失いました。
ある者は、皿まで舐め尽くしある者は感動のあまりその場で泣き崩れた、とのことでございます』」
「まあ、それは光栄の至りですわね」
「『噂は、あっという間に王都中を駆け巡りました。
今や、王都の貴族や金持ちたちの間では『ヴァインベルクの奇跡の肉』を知らない者はいないほどです。
彼らは、その肉を一片でも手に入れるためならどんな大金でも払うと息巻いております』」
「…なるほど、予想以上の反響ですわね」
私は、冷静にそう分析しました。
口コミの力は、いつの時代もとても大きいのです。
特に、閉鎖的で見栄っ張りの貴族社会ではその効果は計り知れません。
「『おかげさまで、我がヴァインベルク商館の前には連日長蛇の列ができております。
夜明け前から、貴族たちの豪華な馬車が並んでいるのです。
彼らは、皆バルトルトにこう懇願するのです。「どうか、あの肉を我らにも分けてはいただけまいか」と』」
「ふふ、目に浮かぶようですわ」
きっと、バルトルト殿はそこでわざと困ったような顔をしているのでしょう。
そして、こう答えているはずです。
「いやはや皆様、誠に申し訳ない。
あの肉は、極めて珍しいものでしてそう簡単には手に入りませぬ」と。
焦らし、そして飢餓感をあおるのです。
これは、商売の基本的な戦術です。
「バルトルトは、お前が羊皮紙の隅に書き記しておいたあの魔法の言葉も使っているようだ」
レオニール様は、そう言って私に悪戯っぽくウィンクをしてみせました。
私が、レシピの隅にこっそりと書き加えておいたあの言葉。
それは、『この肉は、媚薬としての効果も期待できます』という一文でした。
もちろん、科学的な根拠は何もありません。
ただ、美味しいものを食べれば人は幸せな気分になります。
そして、元気も出るというそれだけの話です。
しかし、退屈な日常に刺激を求めている王都の貴族たちにとってです。
その、少しいかがわしい響きがたまらなく魅力的に聞こえたのでしょう。
「『王都の、ご婦人方の間では大変な評判になっております。
「あの肉を食べなければ、夜会で話題に乗り遅れる」と、大騒ぎです。
もはや、一種の社会現象でございます』…だとさ」
レオニール様は、手紙を最後まで読み終えるとそれをゆっくりと折り畳みました。
そして、深々と本当に深々とため息をつきます。
「…アニエス、お前は王都にとてつもない爆弾を仕掛けたようだ。
もはや、これはただの食料問題ではない。
王都の経済と、貴族社会そのものを根底から揺るがしかねない大事件だ」
「あら、それは人聞きの悪い。
わたくしは、ただ美味しいものを皆様に味わっていただきたかっただけですのに」
私は、あくまでしらを切ってそう答えました。
周りで、話を聞いていた騎士や使用人たちはもはや笑いをこらえきれません。
腹を抱えて、その場にうずくまっています。
城の中庭は、久しぶりに明るい大爆笑に包まれていました。
レオニール様も、そんな騒がしい雰囲気の中でついに堪えきれなくなったようです。
その口元を、緩めました。
そして、その日初めて声を立てて朗らかに笑いました。
「はっはっは!そうかそうか!ならば、仕方あるまい!
王都の、腹を空かせたハイエナどもに我らがヴァインベルクの本当の力を見せてやろう!」
彼の、その力強い宣言に周りの者たちも「おお!」と鬨の声を上げます。
ヴァインベルク辺境領の、長くて暗い冬の時代が終わりを告げようとしていました。
そして、その中心にはいつも私がいるのです。
これから、もっと忙しくなりそうですわね。
私は、青くどこまでも高く澄み渡った秋の空を見上げました。
そして、これからの新しい日々に胸を躍らせていました。
王都との、本格的な経済戦争の火蓋が今切って落とされたのです。
私は、すぐにボードワンさんと城の主な商人たちを会議室に集めました。
霜降りトロールの肉を、商品として王都へ安定的に供給するためです。
具体的な、計画を練る必要がありました。
「…というわけで皆さん、今この瞬間にも王都では大勢の方々がいらっしゃいます。
私たちの、お肉を喉から手が出るほど欲しがっているのです」
私の説明に、商人たちは皆ごくりと喉を鳴らしました。
彼らの目には、野心と金儲けへの欲望の炎がギラギラと燃えています。
「これは、我々ヴァインベルクにとって千年に一度の好機です!
この機会を、絶対に逃すわけにはいきません!」
「おお!」「その通りだ!」と、商人たちから威勢の良い声が上がりました。
「そこで、まず決めなければならないのはこの奇跡の肉の『値段』です」
私がそう言うと、会議室は水を打ったように静かになりました。
全ての商人が、固唾をのんで私の次の言葉を待っています。
値段の付け方、一つでこの商売が成功するか失敗するかが決まるのです。
安く、売りすぎては利益が出ません。
しかし、逆に高く売りすぎては買い手がつかないかもしれません。
「皆さんの、ご意見をお聞かせいただけますか」
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「やはり、希少価値を前面に押し出すべきです!
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「いや、待て。
最初は、少し安めに設定してまずはその味を広く知ってもらうことが先決ではないか。
口コミで、評判が広がれば値段は後からいくらでも上げられる」
「ふむ、それも一理あるな。
しかし、あまり安売りすると商品の価値が下がってしまうという心配もあるぞ」
会議室は、さながら戦場のような熱気に包まれていました。
皆、真剣にこのヴァインベルクの未来を考えてくれています。
私は、その議論を微笑ましくそして頼もしく聞いていました。
様々な意見が、出尽くしたところで私はそっと手を挙げます。
「皆さん、貴重なご意見ありがとうございます。とても、参考になりました」
皆の視線が、再び私に集中しました。
「そこで、私から一つ提案があります。値段は、『時価』とするのはいかがでしょうか」
「じ、時価…でございますか?」
商人たちは、皆きょとんとしています。
「ええ、つまり値段を固定しないのです。
その日の、収穫量や王都での需要と供給のバランスを見て決めます。
それから、お客様の懐具合など様々なことを考えて値段を変動させるのです」
「な、なるほど…!それは、面白い!」
「そうすれば、買い手は常に新鮮な緊張感を持って我々と交渉に臨むことになる。まさに、駆け引きですな!」
「そして、ここが一番重要なのですが」
私は、人差し指を一本立てました。
「お支払いは、金貨や銀貨ではありません。全て、『現物支給』でお願いするのです」
「げ、現物支給、ですと!?」
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ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
怒らせてはいけない人々 ~雉も鳴かずば撃たれまいに~
美袋和仁
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