役立たずと蔑まれ、食糧難の辺境へ追放された引きこもり令嬢、前世の経営シミュレーション知識で極寒の地を美食の都に変えてしまう

旅する書斎(☆ほしい)

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グスタフさんは、私の言葉に力強く頷きました。
その目には、少しの戸惑いと大きな期待が混ざっています。
「へい。ですがこんな辺境の地で、俺の腕が役に立ちますかねぇ」
彼は、少しだけ不安そうな声で言いました。
王都では、貴族たちのための豪華な剣や鎧を作っていたのでしょう。
こんな質実剛健な土地では、仕事がないと思ったのかもしれません。
私はそんな彼の心配を吹き飛ばすように、にっこりと笑いました。
「もちろんですともグスタフさん、あなたに作っていただきたいものが山ほどあるのですから」
「ほう、それは一体…」
「まずは、これを見ていただけますか」
私は彼を、先日完成したばかりの工房へと案内しました。
そこには、私が設計した新しい農具の見本が置いてあります。
グスタフさんはその奇妙な形の鋤や馬鍬を、興味深そうに眺めていました。
そして実際に手に取って、その重さや刃の角度を確かめます。
プロの目で、じっくりと品定めをしていました。
「…なるほど、面白い形だ。
これは、土を深く耕すためのものか。
しかしこの刃の材質は、少しばかり柔らかすぎる。
これでは固い岩盤を掘り起こすのは、難しいでしょうな」
彼は、さすが王都一の鍛冶師でした。
一目見ただけで、その農具の長所と短所を的確に見抜いたのです。
「ええ、その通りですわ。
そこでグスタフさんに、お願いがあります。
この土地で採れる特別な鉱石を使って、これをもっと頑丈で使いやすい道具に改良してはいただけませんか」
「特別な、鉱石…?」
私は使用人に持ってこさせていた、一つの黒い石を彼に見せました。
それは、一見するとただの石ころです。
しかしこのヴァインベルクの鉱山で、ごく稀に採れる特別な鉄鉱石でした。
この鉱石には他の土地にはない、特殊な金属がわずかに含まれています。
これも、ゲームの中で得た知識でした。
「この石を高温で熱して鍛え上げると、驚くほど軽くて硬い鋼が生まれるのです。
わたくしたちはそれを、 『ミスリル銀』と呼んでいます」
「みすりる、ぎん…?聞いたこともない名前ですな」
グスタフさんはその鉱石を手に取ると、不思議そうな顔をしました。
そして小さな槌で軽く叩いて、その音を確かめます。
キィン、と高く澄んだ音が工房に響き渡りました。
その瞬間、彼の目の色が変わったのです。
「こ、この音は…!なんてこった、信じられねえ…!この鉱石は、生きている!」
彼はまるで、恋人に囁くかのようにそう言いました。
そして恍惚とした表情で、何度も何度も鉱石を撫でています。
職人だけが、分かる何かがあるのでしょう。
私には、ただの石にしか見えません。
しかし彼にとっては、最高の宝物に見えているようでした。
「奥様、いやアニエス様!どうかこのグスタフに、この素晴らしい鉱石を打たせてはいただけませんか!
俺の鍛冶師人生の全てを懸けて、最高の鋼を打ち上げてご覧にいれます!」
彼は興奮で体をわなわなと震わせながら、私にそうお願いしました。
その姿は、まるで新しいおもちゃを前にした子供のようです。
私は、その情熱をとても嬉しく思いました。
「ええ、もちろんですわ。
この工房も鉱石も、全てあなたのものです。
思う存分、腕を振ってくださいな」
「へい!ありがてえ!」
グスタフさんは、子供のように満面の笑みを浮かべました。
こうしてヴァインベルクに、新しい技術の風が吹き始めたのです。
グスタフさんの一家を、工房の隣にある住居に案内しました。
奥さんとまだ幼い二人の子供たちも、長旅の疲れを見せず元気そうです。
彼らは王都のゴミゴミした路地裏ではなく、広々としたヴァインベルクの自然をとても気に入ってくれたようでした。
「まあ、なんて空気が美味しいんでしょう。
これならこの子たちも、健やかに育ってくれそうですわ」
奥さんは、そう言って嬉しそうに微笑みました。
他の職人たちも、それぞれに新しい住まいと仕事場が与えられます。
彼らも領主であるレオニール様と私が、自ら出迎えてくれたことにいたく感激していました。
そしてこの土地のために働くことを、誇りに思ってくれたようです。
その日の夜は、城の広場で盛大な歓迎の宴が開かれました。
新しく仲間になった職人たちと領民たちが、一緒になって飲んで歌います。
食卓にはもちろん、霜降りトロールの肉を使った豪勢な料理が並びました。
私が腕によりをかけて作った、特製のステーキと煮込み料理です。
初めてその味を知った職人たちは、王都の貴族たちと同じように完全に夢中でした。
「うおおお!なんだこの肉は!こんな美味いものが、この世にあったとは!」
「王都のどんな高級料理も、これには敵わねえ!俺は、この土地に来て本当に良かった!」
彼らの、飾り気のない褒め言葉が夜空に響き渡ります。
子供たちは、私が作ったジャガイモのわらび餅に夢中でした。
宴は、夜遅くまで続きました。
誰もが、身分の違いなど忘れて笑い合っています。
私はその光景を、レオニール様と一緒に少し離れた場所から眺めていました。
「すごいな。まるで、一つの大きな家族のようだ」
彼が、ぽつりと呟きます。
「ええ。皆、このヴァインベルクを愛する大切な家族ですわ」
私の言葉に、彼は優しく頷きました。
そして、私の肩をそっと抱き寄せます。
彼の不器用だけど温かい優しさが、私の心にじんわりと染み渡りました。
私たちはしばらくの間寄り添って、賑やかな宴の様子を眺めていたのです。
翌日から、ヴァインベルクは新しい段階へと入りました。
グスタフさんは早速工房にこもって、新しい鋼の開発を始めます。
昼も夜もなく、槌を振るう音が城下町に響き渡っていました。
革職人のヨハンさんは、霜降りトロールの皮をなめす作業に取り掛かります。
トロールの皮は、とても分厚くて丈夫です。
しかし、そのままでは硬すぎて使い物になりませんでした。
ヨハンさんはこの土地の川の水質や、自生する植物を調べ始めます。
そして、独自のなめし液を開発していきました。
数週間後、彼が生み出した革は驚くほどしなやかで美しい光沢を放っていたのです。
「これなら、王都のどんな高級品にも負けませんぜ。
軽くて丈夫で、しかも暖かい。
最高の防寒着が作れます」
彼は、自信満々にそう言いました。
南の国からやってきた果樹職人の老人は、畑の一角に新しい果樹園を作り始めます。
彼はこの土地の気候や土壌を、丹念に調べました。
そして持ってきた苗木の中から、この土地に最も適したものを選び出します。
「リンゴとサクランボは、うまく育つでしょう。
数年後には、甘くて美味しい実がなるはずです。
それからこのブドウの苗は、寒さに特に強い品種です。
もしかしたら、これで酒が造れるかもしれませんな」
彼の言葉に、私の胸は高鳴りました。
ワイン、ですわね。
それがあれば、私の料理の幅はさらに広がるでしょう。
王都から、もたらされた新しい知識も大きな力となりました。
建築に関する書物を元に、私は新しい建物の設計図を引きます。
より効率的に暖房が効く、領民のための集合住宅です。
医学書は、城の小さな診療所を充実させてくれました。
今まで薬草頼りだった治療法が、大きく進歩したのです。
ヴァインベルクは、日を追うごとに豊かになっていきました。
そして、活気に満ちあふれていきます。
王都との交易も、順調に進んでいました。
霜降りトロールの肉は、もはや王都の食文化に欠かせないものとなっています。
その代金として、私たちは次々と新しい技術や人材を手に入れていきました。
それは、まさしく良い循環です。
全てが、私の計画通りに進んでいました。
しかしそんな順調な日々の中で、私には一つだけ気になっていることがありました。
それは、あの『太陽の涙』の伝説です。
聖なる白銀樹は、一体どこにあるのでしょうか。
そして三十年前に起きたという、悲劇とは何だったのでしょう。
レオニール様からは、深入りするなと忠告されています。
でも私の好奇心は、抑えきれませんでした。
この土地の、最後の謎を解き明かしたいのです。
きっとそこにはこのヴァインベルクが、さらに飛躍するための大きな秘密が隠されているはずです。
私は誰にも内緒で、一人で調査を始めることにしました。
手掛かりは、先代の辺境伯が残したあの日誌だけです。
『…本日、山の神より『涙』を授かる…』
山の神というからには、やはりあの雪深い山脈のどこかにあるのでしょう。
私は城の書庫から、ヴァインベルク周辺の最も精密な地図を借り出しました。
そして日誌に書かれている天候の記録などと、照らし合わせ始めます。
先代が、山に入った日を特定するためです。
それはまるで巨大なパズルを解くような、地道な作業でした。
数日後、私はついにいくつかの候補地を絞り込むことに成功します。
それはいずれも、領地の北部に位置する険しい山岳地帯でした。
冬になれば雪に閉ざされて、誰も足を踏み入れることができない秘境です。
「…ここね」
私は、地図の一点を指で示しました。
そこは「狼の喉笛」と呼ばれる、切り立った谷の奥です。
古くから魔獣の巣窟として、人々が恐れてきた場所でした。
しかし日誌の記述と照らし合わせると、ここが最も可能性が高いです。
よし、決めたわ。
近いうちに一度、この目で確かめに行ってみましょう。
もちろん、レオニール様には内緒です。
ただの、薬草摘みに行くとでも言っておけば良いでしょう。
私は、一人でほくそ笑みました。
新しい冒険が、また始まろうとしています。
私は、早速旅の準備を始めました。
丈夫な革のブーツと、暖かいフランネルのマントを用意します。
それから、数日分の保存食と水も忘れてはいけません。
万が一のために、護身用の小さなナイフも懐に忍ばせました。
準備は、万端です。
あとは、出発の機会をうかがうだけでした。
そんなある日、グスタフさんが興奮した様子で私の元へ駆け込んできました。
その手には、出来立てであろう一振りの剣が握られています。
「アニエス様!ついに、完成いたしましたぞ!我が人生の、最高傑作でございます!」
彼はその剣を、誇らしげに私に差し出しました。
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