動物園の飼育員さん、神様の手違いで死んだので、代わりに最強の魔物たちを育てることになりました~会話できるので、子育ては楽勝です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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国王陛下とリリアナ姫に案内され、俺たちは王城の裏手へと進んだ。
そこは、「王家の庭園」と呼ばれる場所だった。
高い鉄柵に囲まれた、広大な敷地だ。
中には鬱蒼とした森があり、大きな池もある。
動物園のサファリパーク並みの広さがあるかもしれない。
これだけの環境があれば、大型の肉食獣でもストレスなく暮らせるはずだ。
だが、今の雰囲気は最悪だった。
鉄柵の周りには、完全武装した兵士たちが数十人も張り付いている。
彼らの顔は恐怖で強張り、柵の中を凝視していた。

「ここが、聖獣の住処だ」
「普段は穏やかな場所なのだが、今は誰も中に入れない」

国王陛下が、沈痛な面持ちで言った。
柵の中からは、ズオオオオ……という、地響きのような低い唸り声が聞こえてくる。
空気そのものがビリビリと震えているようだ。
ただならぬ殺気を感じる。

『ユウ、なんかすごくイライラしてる匂いがするよ』
コロが鼻を鳴らして、俺に警告してきた。
『怖い顔してるけど、本当は泣いてるみたい』

「泣いてる? そうか、やっぱり何か理由があるんだな」
コロの言葉は、俺の推測を裏付けるものだった。
動物が凶暴化するには、必ず原因がある。
痛み、恐怖、ストレス、あるいは環境の変化。
それを取り除いてやれば、元の穏やかな姿に戻るはずだ。

「陛下。俺一人で中に入ります」
「みんなはここで待っていてください」

俺がそう言うと、リリアナ姫が慌てて俺の袖を掴んだ。

「ユウ様! 危険ですわ!」
「今のレオ様……あ、聖獣様の名はレオと言うのですが、今は本当に恐ろしいのです!」
「わたくしでさえ、先月、火を吐かれて追い返されましたのよ!」

火を吐くライオンか。
それは確かに危険だ。
でも、飼育員が動物を怖がってはいられない。

「大丈夫です、姫様。俺には秘策がありますから」
「それに、うちの子たちも一緒だと、レオ様を刺激してしまうかもしれません」
「まずは俺が挨拶をして、話を聞いてきます」

俺は笑顔で姫の手を優しく解いた。
そして、ルビたちに向き直った。

「みんな、ここで大人しく待ってるんだぞ」
「もし何かあったら、すぐに助けを呼ぶからな」

『わかった! ユウ、気をつけてね!』
『ごしゅじんさま、ご武運を!』
『(ぷるぷる!)』

みんなに見送られ、俺は鉄柵の入り口に立った。
兵士たちが、信じられないものを見る目で俺を見ている。
鍵が開けられ、重い鉄の扉が軋んだ音を立てて開いた。
俺は深呼吸をして、その中へと足を踏み入れた。

庭園の中は、外とは空気が違っていた。
静まり返っているが、どこからか視線を感じる。
俺は、腰に下げたガンツさん特製の漆黒の包丁を確認した。
もちろん、戦うためではない。
調理するためだ。
そして、リュックの中には、アリストンから持ってきた特製ペーストと、最高級の干し肉が入っている。
これが俺の武器だ。

「レオさーん。こんにちはー」
「ご飯を持ってきましたよー」

俺は、いつものように明るい声で呼びかけながら、森の中を進んだ。
スキル【万物言語理解】を全開にして、周囲の音を拾う。

『……グルルル……』
『……去れ……』
『……人間など……見たくもない……』

声が聞こえた。
太く、重く、そして深い苦しみに満ちた声だ。
俺はその声がする方へと、ゆっくりと歩を進めた。
しばらく行くと、少し開けた場所に出た。
そこには、巨大な岩山があり、その頂上に「彼」はいた。

全長は五メートルを超えているだろうか。
真っ白な体毛は、手入れがされていないのか、少し汚れて絡まっている。
背中には、大きな翼が畳まれていた。
そして、その顔は、ライオンそのものだが、瞳は燃えるような赤色をしていた。
これが、天上の獅子、レオだ。
圧倒的な存在感に、俺は思わず息を飲んだ。
かっこいい。
不謹慎かもしれないが、そう思ってしまった。

レオは俺に気づくと、カッと目を見開き、牙を剥き出しにした。

『グルアアアアアッ!!』
『去れと言っているのが分からぬか! 小僧!』
『貴様も、我を笑いに来たのか! 薬漬けにしに来たのか!』

ものすごい咆哮と共に、熱波が俺を襲った。
普通の人間なら、腰を抜かして逃げ出すレベルだ。
だが、俺は逃げなかった。
むしろ、一歩前に出た。

「笑いに来たんじゃありませんよ」
「俺はユウ。飼育員です」
「あなたが辛そうにしていると聞いて、心配で来たんです」

俺が穏やかに話しかけると、レオはピクリと反応した。

『……なんだと?』
『貴様、我の言葉が分かるのか……?』

「はい、分かりますよ。全部聞こえています」
「薬漬けにするつもりもありません」
「ただ、あなたの悩みを聞きたいだけです」

俺は、リュックから干し肉を取り出した。
アリストンで一番高い肉を、さらに熟成させた特級品だ。
袋を開けると、濃厚な肉の香りが漂った。

「お腹、空いてませんか?」
「これ、すごく美味しいですよ」

レオの鼻が、ヒクヒクと動いた。
喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。
やはり、食欲がないわけではないようだ。
食べたいのに、食べられない。
そんな葛藤が見て取れる。

『……フン。そのような餌で、我を釣れると思うな』
『我は……我は、もう何も食えぬのだ……』
『食べる資格など、ないのだ……』

レオは、悲痛な声でそう言うと、顔を伏せてしまった。
食べる資格がない?
どういうことだろう。
俺は、さらに観察を続けた。
彼の口元が、わずかに腫れているように見える。
そして、時々、顔をしかめて口の端を前足で触れようとして、止めている。

「もしかして、歯が痛いんですか?」
俺が直球で尋ねると、レオはビクッと体を震わせた。

『……! な、なぜそれを……!』

「飼育員ですから、分かりますよ」
「口元を気にしていますし、食欲はあるのに食べられない」
「典型的な虫歯か、歯肉炎の症状です」

俺が診断を下すと、レオは恥ずかしそうに顔を背けた。

『……違う。ただの虫歯ではない』
『これは……呪いだ』

「呪い?」

『そうだ。一ヶ月前、妙な魔物を噛み殺した時からだ』
『歯の奥が、燃えるように熱く、ズキズキと痛む』
『どんなに水を含んでも、治まらぬ』
『硬いものを噛もうとすると、雷に打たれたような激痛が走る』
『だから、もう何も噛めぬのだ……』

なるほど。
未知の魔物の毒か、あるいは硬い骨が刺さって化膿しているのかもしれない。
どちらにせよ、放置すれば命に関わる。
人間でも歯痛は耐え難いものだ。
それが一ヶ月も続いているなんて、想像を絶するストレスだろう。
凶暴化するのも無理はない。

「分かりました。その『呪い』、俺が解いてみせます」
「ちょっと口の中を見せてもらえませんか?」

俺が近づこうとすると、レオは再び牙を剥いた。

『寄るな!』
『我の口は、炎を吐くぞ! 貴様など一瞬で灰になる!』
『それに……こんな情けない姿、誰にも見られたくない!』
『聖獣たる我が、歯痛で泣いているなどと知れれば……国の恥だ!』

彼は、プライドが高いのだ。
自分の弱みを見せたくない。
王家の守護獣としての誇りが、彼を孤立させていた。

「恥ずかしくなんてありませんよ」
「誰だって病気にはなります。王様だって、風邪を引くでしょう?」
「それに、俺は飼育員です。動物の口の中なんて、見慣れてます」
「カバの口だって、ワニの口だって掃除してきましたから」

俺は、一歩も引かずに語りかけた。

「痛いのを我慢して、一人で苦しんでいる方が、よっぽど辛いでしょう?」
「リリアナ姫も、心配して泣いていましたよ」
「あなたが元気にならないと、あの子も笑顔になれません」

リリアナ姫の名前を出した瞬間、レオの表情が揺らいだ。

『……リリアナが……泣いていたか……』
『あの子に……心配をかけたか……』

レオの目から、殺気が消えた。
残ったのは、深い後悔と、痛みへの恐怖だけだった。

『……本当に、治せるのか?』
『この激痛を……取り除けるのか?』

「約束します。必ず楽にします」
「だから、俺を信じてください」

俺は、ゆっくりと手を差し出した。
レオは、しばらく俺の手をじっと見つめていた。
そして、意を決したように、ゆっくりと巨大な口を開けた。
そこには、鋭い牙が並んでいた。
その奥、右上の奥歯のあたりが、赤黒く腫れ上がっているのが見えた。

「失礼しますね」

俺は、恐れることなく、聖獣の口の中に頭を突っ込んだ。
普通なら自殺行為だ。
噛まれたら即死だ。
だが、俺には確信があった。
彼は、助けを求めている。
そして、俺を信じてくれた。
なら、応えるのがプロの仕事だ。

「……あー、これはひどいな」
「大きな骨の欠片が、歯茎に深く刺さっています」
「その周りが化膿して、パンパンに腫れてますね」
「これじゃあ、痛くて当然です」

原因は特定できた。
あとは、これを取り除き、消毒するだけだ。
だが、この大きさの骨を抜くには、かなりの力と、繊細な技術が必要になる。
そして、抜いた瞬間の痛みで、彼が暴れる可能性もある。

「レオさん。これから、原因の骨を抜きます」
「一瞬だけ、すごく痛いかもしれません」
「でも、それを我慢すれば、嘘みたいに楽になります」
「動かないで、我慢できますか?」

俺が尋ねると、レオは涙目で、わずかに頷いた。

『……頼む……やってくれ……』
『信じる……貴様を、信じる……』

「よし。じゃあ、始めます」

俺はリュックから、ペンチのような道具を取り出した。
ガンツさんに作ってもらった、多目的工具だ。
そして、ぷるんに念話を送った。
『ぷるん、聞こえるか? 今すぐこっちに来てくれ』
『柵を越えて、俺のところまで飛んでこれるか?』

『(ぷるぷる! もちろん!)』

柵の外で待機していたぷるんが、俺の呼びかけに反応した。
彼女なら、液体状になって隙間を抜けられる。
そして、麻酔代わりの痺れ粘液を出せる。
これがあれば、手術はもっと安全に行える。

「さあ、オペの開始だ」

俺は、聖獣レオの口の中で、異世界初の歯科手術に挑むことになった。
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