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翌朝、俺は重苦しい圧迫感で目を覚ました。
何かが体の上に乗っている。
それも、とてつもなく重くて温かい何かが。
俺はうめき声を上げながら、重いまぶたを開けた。
目の前には、真っ白でふわふわした毛の塊があった。
そして、ゴロゴロという地響きのような音が、耳元で響いている。
「……ん? なんだこれ……」
俺が寝ぼけ眼で毛の塊をかき分けると、そこには巨大なライオンの顔があった。
昨日、治療してあげた聖獣レオだ。
彼は俺のベッドの上で、俺を抱き枕のようにして熟睡していた。
ベッドからはみ出した巨大な体は、床にどっしりと落ちている。
背中の翼が、部屋の壁を圧迫してミシミシと音を立てていた。
「うわっ! レオさん!?」
「ちょっと、重いです! 起きてください!」
俺が体を揺すると、レオはゆっくりと目を開けた。
燃えるような赤い瞳が、俺を見て優しく細められる。
『……む……。おはよう、ユウ……』
『昨日はよく眠れた……。痛みがないというのは、素晴らしいな……』
「それはよかったですけど、どうしてここにいるんですか?」
「聖獣様の住処は、あの庭園でしょう?」
俺が尋ねると、レオは大きなあくびをした。
鋭い牙が並ぶ口の中は、すっかり腫れが引いてきれいになっている。
『あそこは独りぼっちで寂しいのだ』
『それに、貴様の……いや、ユウの匂いがすると、落ち着く』
『だから、夜中にこっそり抜け出してきた』
「抜け出してきたって……」
「兵士さんたちが大騒ぎしてませんか?」
俺が心配していると、部屋のドアが勢いよく開かれた。
バンッ! という大きな音と共に、リリアナ姫が飛び込んできた。
彼女は豪華なネグリジェの上に、ガウンを羽織っただけの姿だった。
「ユウ様! 大変ですわ!」
「レオ様が庭園から消えて……あら?」
リリアナ姫は、ベッドの上で俺とレオが密着しているのを見て、言葉を失った。
そして、その顔がみるみるうちに輝きだした。
「ま、まあ……! なんて素敵な光景……!」
「朝の光の中で、聖獣様と戯れるユウ様……」
「これぞ、究極のモフモフ空間ですわ!」
「姫様、おはようございます」
「戯れているわけじゃなくて、重くて動けないんです」
俺が助けを求めると、リリアナ姫は興奮した様子で駆け寄ってきた。
そして、迷わずレオの背中にダイブした。
「ああ……! レオ様! 元気になられて本当によかったですわ!」
「この毛並み……! ふわふわですわ……!」
『うむ、リリアナか。おはよう』
『我はもう元気だ。心配をかけたな』
レオは面倒くさそうにしながらも、尻尾でリリアナ姫の頭を撫でてやっている。
なんだかんだ言っても、仲良しなんだな。
しかし、このままでは俺が起きられない。
それに、そろそろみんなの朝ごはんの時間だ。
「レオさん、そろそろどいてくれませんか?」
「みんなのご飯を作らないといけないんです」
『ご飯……!』
『ユウの特製ご飯か! それは楽しみだ!』
レオは「ご飯」という単語に反応して、ガバッと起き上がった。
その拍子に、俺とリリアナ姫はベッドの上で転がった。
部屋の外からは、ドタドタと足音が近づいてくる。
『ユウー! おはよー!』
『お腹すいたー!』
『(ぷるぷる!)』
ルビ、コロ、ぷるんが部屋になだれ込んできた。
さらに、中庭からはドシンドシンという重い足音が響く。
『ごしゅじんさま! 朝食の準備はまだですか!』
『わたし、お腹と背中がくっつきそうです!』
クマ子の大きな声も聞こえてくる。
ツバサも窓から顔を覗かせていた。
『ユウ、おはよう。わたし、お腹すいた』
俺の部屋は、一瞬にして魔物と聖獣と王女様で満員になった。
人口密度ならぬ、魔物密度が凄まじいことになっている。
レオとクマ子が顔を合わせると、互いに火花を散らした。
『……なんだ、この黒い熊は』
『やけにツヤツヤしているな』
『あら、新入りさん?』
『図体ばかり大きくて、毛並みの手入れがなっていませんわね』
『わたくしのように、ごしゅじんさまに磨いていただかないと』
クマ子は、自慢の黒光りする毛皮を見せつけるように胸を張った。
レオはムッとした顔をする。
『なんだと? 我は聖獣だぞ』
『そのような小娘に、馬鹿にされる覚えはない』
『小娘ですって!? 失礼な!』
『わたしはブラックダイヤモンドの化身、クマ子です!』
一触即発の空気だ。
部屋の中で、Bランク上位とSランク相当の魔獣が喧嘩を始めたら、別館が消滅してしまう。
俺は慌てて二人の間に割って入った。
「はいはい、ストップ! 喧嘩はダメだぞ!」
「仲良くできない子は、朝ごはん抜きだ!」
俺がピシャリと言うと、二人はピタリと動きを止めた。
ご飯抜きという言葉は、最強の魔獣たちにも効果絶大だ。
『……ふん。ユウに免じて許してやろう』
『……今回だけは見逃してあげますわ』
二人は渋々といった様子で引き下がった。
やれやれ、手がかかる子たちだ。
リリアナ姫は、そんな様子をキラキラした目で見守っていた。
「素敵……! 夢のようですわ!」
「わたくしも、ここで一緒に暮らしたいですわ!」
「ええっ!? それはさすがに無理ですよ」
「姫様には、お城の立派な部屋があるじゃないですか」
俺が断ろうとすると、リリアナ姫は頬を膨らませた。
「お城の部屋なんて、広すぎて退屈なだけですわ」
「それに、あそこにはモフモフが足りません!」
「ここには、世界の宝が全て集まっていますもの!」
リリアナ姫の決意は固そうだ。
これは、国王陛下に相談しないといけないな。
俺はため息をつきながら、着替えを済ませて台所へと向かった。
今日の朝ごはんは、特大のオムレツと、野菜たっぷりのスープだ。
ガンツさんの鍋と包丁があれば、大量の料理もあっという間に作れる。
レオの分も合わせて、いつもの倍の量を作った。
いい匂いが漂い始めると、みんながお皿を持って並び始めた。
その列の最後尾には、なぜかリリアナ姫も並んでいる。
「姫様? お城で食事の用意がされているのでは?」
「ユウ様の手料理が食べてみたいのです!」
「レオ様があんなに夢中になる味、気になりますわ!」
「はあ……。まあ、毒見役が必要かもしれませんしね」
「どうぞ、召し上がってください」
俺は姫様の分もよそって渡した。
みんなでテーブルを囲んで(レオとクマ子は床だが)、いただきますをする。
レオは、初めて見るオムレツに興味津々だ。
『ほう、これは卵か? ふわふわしておるな』
『では、一口……』
レオがオムレツを口に入れる。
その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。
『う、美味い!!』
『なんだこれは! 口の中で溶けるぞ!』
『昨日の肉も美味かったが、これはまた別格だ!』
レオは夢中になってオムレツを平らげた。
リリアナ姫も、一口食べて感動している。
「おいしいですわ! お城のシェフより上手かもしれません!」
「野菜の甘みが引き立っていて、いくらでも食べられそうです!」
みんなが笑顔で食べてくれると、作った甲斐があるというものだ。
俺も自分の分を食べながら、今日の予定を考えた。
とりあえず、レオの毛並みをきれいにしてやりたい。
昨日の手術で少し汚れてしまったし、クマ子に馬鹿にされて気にしているみたいだし。
「レオさん。食事が終わったら、ブラッシングしましょうか」
「すごく気持ちいいですよ」
『ぶらっしんぐ? なんだそれは』
「毛並みを整えて、きれいにすることです」
「クマ子みたいに、ピカピカになりますよ」
俺がクマ子を指差すと、レオの対抗心に火がついた。
『やる! ぜひやってくれ!』
『あの黒いのに負けたままでは、聖獣の名折れだ!』
こうして、朝食後はレオのブラッシング大会が行われることになった。
俺はガンツさん特製のブラシ「熊殺し」を用意した。
リリアナ姫も、「わたくしも手伝います!」と張り切っている。
中庭に出ると、素晴らしい天気だった。
絶好の洗濯、いや、ブラッシング日和だ。
「よし、レオさん。そこに伏せてください」
『うむ。頼むぞ』
レオが大人しく地面に寝そべる。
その巨体は、中庭の半分を埋め尽くすほどだ。
俺はブラシを構え、レオの背中に当てた。
白い毛は長くて量が多い。
まずは絡まっている部分を、丁寧にほぐしていく。
「痛くないですか?」
『む……。少し引っ張られるが、悪くない』
『むしろ、痒いところに手が届くようだ』
俺は慎重にブラシを動かしていく。
「熊殺し」の性能は抜群だ。
硬い毛も柔らかい毛も、スムーズに整えていく。
絡まっていた汚れや抜け毛が取れて、本来の白い輝きが見えてきた。
「姫様は、尻尾の方をお願いできますか?」
「優しく梳かしてあげてください」
「はい! お任せくださいまし!」
リリアナ姫は、予備のブラシを持ってレオの尻尾に取り掛かった。
彼女は本当に動物が好きなようで、手つきがとても優しい。
レオも気持ちよさそうに目を細めている。
『……ふぅ……。これは……極楽だ……』
『歯の痛みもなく、腹も満たされ、体もきれいになる……』
『我は今、生きていて一番幸せかもしれん……』
レオの喉から、ゴロゴロという音が響き渡る。
それはまるで、巨大なエンジンのアイドリング音のようだった。
ルビやコロも、周りでその様子を眺めている。
『レオおじちゃん、気持ちよさそう』
『真っ白でかっこいいね!』
子供たちに褒められて、レオはさらにご満悦だ。
一時間ほどかけて全身をブラッシングすると、レオは見違えるほど美しくなった。
太陽の光を浴びて、神々しいまでに輝いている。
まさに「天上の獅子」という名にふさわしい姿だ。
『おお……! これが我か!』
『体が軽い! 風が肌を抜けていくようだ!』
レオは立ち上がり、自分の体をまじまじと見つめた。
そして、嬉しさのあまり中庭を駆け回り始めた。
そのスピードと躍動感は、昨日の弱っていた姿からは想像もつかない。
『ごしゅじんさま、なかなかやりますね』
『ですが、ツヤと黒光り具合では、まだわたしの方が上ですわ』
クマ子が、対抗心を燃やして俺にすり寄ってきた。
どうやら、自分の手入れもして欲しいらしい。
可愛い嫉妬だ。
「はいはい、クマ子も後でやってやるからな」
俺たちの賑やかな朝は、こうして過ぎていった。
しかし、そんな平和な時間は長くは続かなかった。
別館の入り口に、慌てた様子の兵士が駆け込んできたのだ。
「ゆ、ユウ殿! 大変です!」
「国王陛下がお呼びです!」
「至急、聖獣様を連れて謁見の間へ!」
兵士の顔色は真っ青だ。
ただ事ではない雰囲気を感じる。
俺とリリアナ姫は顔を見合わせた。
「お父様が? 一体何事かしら」
「分かりました。すぐに行きます」
俺はレオを呼び止めた。
「レオさん、出番みたいですよ」
「王様が呼んでいます」
『む? せっかく気持ちよく走っていたのに』
『まあよい。今の美しい我を、見せつけてやろう』
レオは自信満々で頷いた。
俺たちは兵士に案内され、再び王城へと向かった。
今度は、ルビたち全員も一緒だ。
「お留守番は嫌だ」とみんなが主張したからだ。
ぞろぞろと大所帯で廊下を歩く俺たちは、城内で注目の的だった。
特に、ピカピカになったレオとクマ子の二大巨獣が並んで歩く姿は、圧巻の一言に尽きる。
すれ違う貴族たちが、腰を抜かしてへたり込んでいた。
謁見の間に入ると、そこには国王だけでなく、多くの大臣や将軍たちが集まっていた。
何やら深刻な会議をしていたようだ。
俺たちが入ると、全員の視線が一斉にこちらに向いた。
そして、その視線はすぐに驚愕へと変わった。
「な、なんだあの輝きは!?」
「あそこにいるのは、聖獣様か!?」
「まるで光の化身のようだ……!」
「隣にいる黒い熊も、宝石のように輝いているぞ!」
みんな、レオとクマ子の美しさに度肝を抜かれているようだ。
国王陛下も、玉座から身を乗り出して目を丸くしている。
「お、おお……! レオよ! 見違えたぞ!」
「昨日のボロボロだった姿が嘘のようだ!」
「ユウよ、そなたは一体何をしたのだ!?」
「朝ごはんを食べさせて、ブラッシングをしただけですよ」
「毛並みが良くなると、健康にもいいですからね」
俺が平然と答えると、広間中がどよめいた。
「ブラッシング……? たかがクシを通しただけで、あそこまでなるか?」
「やはり、あの男は神の使いに違いない……」
「伝説の『神の手』を持つ飼育員か……」
勝手な噂がさらに加速している気がする。
国王は咳払いをして、場を静めた。
「静粛に! さて、ユウよ」
「そなたを呼んだのは、レオの回復を祝して、あることを頼みたいからだ」
「頼み、ですか?」
「うむ。レオが元気になったことを、国民に広く知らしめたい」
「そこで明後日、王都の大通りを使って『聖獣復活パレード』を行いたいのだ」
「そなたには、レオの手綱を握り、共にパレードに参加してほしい」
パレード。
それは、動物園でも人気のイベントだ。
動物たちの魅力を、多くの人に知ってもらう良い機会になる。
俺は飼育員として、少しワクワクした。
「分かりました。俺でよければ、協力します」
「レオさんも、いいですよね?」
『フン。見世物になるのは好かんが……』
『ユウと一緒なら、悪くない』
『それに、この美しい姿を民草に見せてやるのも、聖獣の慈悲というものだ』
レオは満更でもなさそうだ。
こうして、俺たちは王都を挙げての大パレードに参加することになった。
だが、それがただのパレードで終わるはずがなかった。
最強の魔物たちが集まれば、何かが起こるに決まっているのだ。
何かが体の上に乗っている。
それも、とてつもなく重くて温かい何かが。
俺はうめき声を上げながら、重いまぶたを開けた。
目の前には、真っ白でふわふわした毛の塊があった。
そして、ゴロゴロという地響きのような音が、耳元で響いている。
「……ん? なんだこれ……」
俺が寝ぼけ眼で毛の塊をかき分けると、そこには巨大なライオンの顔があった。
昨日、治療してあげた聖獣レオだ。
彼は俺のベッドの上で、俺を抱き枕のようにして熟睡していた。
ベッドからはみ出した巨大な体は、床にどっしりと落ちている。
背中の翼が、部屋の壁を圧迫してミシミシと音を立てていた。
「うわっ! レオさん!?」
「ちょっと、重いです! 起きてください!」
俺が体を揺すると、レオはゆっくりと目を開けた。
燃えるような赤い瞳が、俺を見て優しく細められる。
『……む……。おはよう、ユウ……』
『昨日はよく眠れた……。痛みがないというのは、素晴らしいな……』
「それはよかったですけど、どうしてここにいるんですか?」
「聖獣様の住処は、あの庭園でしょう?」
俺が尋ねると、レオは大きなあくびをした。
鋭い牙が並ぶ口の中は、すっかり腫れが引いてきれいになっている。
『あそこは独りぼっちで寂しいのだ』
『それに、貴様の……いや、ユウの匂いがすると、落ち着く』
『だから、夜中にこっそり抜け出してきた』
「抜け出してきたって……」
「兵士さんたちが大騒ぎしてませんか?」
俺が心配していると、部屋のドアが勢いよく開かれた。
バンッ! という大きな音と共に、リリアナ姫が飛び込んできた。
彼女は豪華なネグリジェの上に、ガウンを羽織っただけの姿だった。
「ユウ様! 大変ですわ!」
「レオ様が庭園から消えて……あら?」
リリアナ姫は、ベッドの上で俺とレオが密着しているのを見て、言葉を失った。
そして、その顔がみるみるうちに輝きだした。
「ま、まあ……! なんて素敵な光景……!」
「朝の光の中で、聖獣様と戯れるユウ様……」
「これぞ、究極のモフモフ空間ですわ!」
「姫様、おはようございます」
「戯れているわけじゃなくて、重くて動けないんです」
俺が助けを求めると、リリアナ姫は興奮した様子で駆け寄ってきた。
そして、迷わずレオの背中にダイブした。
「ああ……! レオ様! 元気になられて本当によかったですわ!」
「この毛並み……! ふわふわですわ……!」
『うむ、リリアナか。おはよう』
『我はもう元気だ。心配をかけたな』
レオは面倒くさそうにしながらも、尻尾でリリアナ姫の頭を撫でてやっている。
なんだかんだ言っても、仲良しなんだな。
しかし、このままでは俺が起きられない。
それに、そろそろみんなの朝ごはんの時間だ。
「レオさん、そろそろどいてくれませんか?」
「みんなのご飯を作らないといけないんです」
『ご飯……!』
『ユウの特製ご飯か! それは楽しみだ!』
レオは「ご飯」という単語に反応して、ガバッと起き上がった。
その拍子に、俺とリリアナ姫はベッドの上で転がった。
部屋の外からは、ドタドタと足音が近づいてくる。
『ユウー! おはよー!』
『お腹すいたー!』
『(ぷるぷる!)』
ルビ、コロ、ぷるんが部屋になだれ込んできた。
さらに、中庭からはドシンドシンという重い足音が響く。
『ごしゅじんさま! 朝食の準備はまだですか!』
『わたし、お腹と背中がくっつきそうです!』
クマ子の大きな声も聞こえてくる。
ツバサも窓から顔を覗かせていた。
『ユウ、おはよう。わたし、お腹すいた』
俺の部屋は、一瞬にして魔物と聖獣と王女様で満員になった。
人口密度ならぬ、魔物密度が凄まじいことになっている。
レオとクマ子が顔を合わせると、互いに火花を散らした。
『……なんだ、この黒い熊は』
『やけにツヤツヤしているな』
『あら、新入りさん?』
『図体ばかり大きくて、毛並みの手入れがなっていませんわね』
『わたくしのように、ごしゅじんさまに磨いていただかないと』
クマ子は、自慢の黒光りする毛皮を見せつけるように胸を張った。
レオはムッとした顔をする。
『なんだと? 我は聖獣だぞ』
『そのような小娘に、馬鹿にされる覚えはない』
『小娘ですって!? 失礼な!』
『わたしはブラックダイヤモンドの化身、クマ子です!』
一触即発の空気だ。
部屋の中で、Bランク上位とSランク相当の魔獣が喧嘩を始めたら、別館が消滅してしまう。
俺は慌てて二人の間に割って入った。
「はいはい、ストップ! 喧嘩はダメだぞ!」
「仲良くできない子は、朝ごはん抜きだ!」
俺がピシャリと言うと、二人はピタリと動きを止めた。
ご飯抜きという言葉は、最強の魔獣たちにも効果絶大だ。
『……ふん。ユウに免じて許してやろう』
『……今回だけは見逃してあげますわ』
二人は渋々といった様子で引き下がった。
やれやれ、手がかかる子たちだ。
リリアナ姫は、そんな様子をキラキラした目で見守っていた。
「素敵……! 夢のようですわ!」
「わたくしも、ここで一緒に暮らしたいですわ!」
「ええっ!? それはさすがに無理ですよ」
「姫様には、お城の立派な部屋があるじゃないですか」
俺が断ろうとすると、リリアナ姫は頬を膨らませた。
「お城の部屋なんて、広すぎて退屈なだけですわ」
「それに、あそこにはモフモフが足りません!」
「ここには、世界の宝が全て集まっていますもの!」
リリアナ姫の決意は固そうだ。
これは、国王陛下に相談しないといけないな。
俺はため息をつきながら、着替えを済ませて台所へと向かった。
今日の朝ごはんは、特大のオムレツと、野菜たっぷりのスープだ。
ガンツさんの鍋と包丁があれば、大量の料理もあっという間に作れる。
レオの分も合わせて、いつもの倍の量を作った。
いい匂いが漂い始めると、みんながお皿を持って並び始めた。
その列の最後尾には、なぜかリリアナ姫も並んでいる。
「姫様? お城で食事の用意がされているのでは?」
「ユウ様の手料理が食べてみたいのです!」
「レオ様があんなに夢中になる味、気になりますわ!」
「はあ……。まあ、毒見役が必要かもしれませんしね」
「どうぞ、召し上がってください」
俺は姫様の分もよそって渡した。
みんなでテーブルを囲んで(レオとクマ子は床だが)、いただきますをする。
レオは、初めて見るオムレツに興味津々だ。
『ほう、これは卵か? ふわふわしておるな』
『では、一口……』
レオがオムレツを口に入れる。
その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。
『う、美味い!!』
『なんだこれは! 口の中で溶けるぞ!』
『昨日の肉も美味かったが、これはまた別格だ!』
レオは夢中になってオムレツを平らげた。
リリアナ姫も、一口食べて感動している。
「おいしいですわ! お城のシェフより上手かもしれません!」
「野菜の甘みが引き立っていて、いくらでも食べられそうです!」
みんなが笑顔で食べてくれると、作った甲斐があるというものだ。
俺も自分の分を食べながら、今日の予定を考えた。
とりあえず、レオの毛並みをきれいにしてやりたい。
昨日の手術で少し汚れてしまったし、クマ子に馬鹿にされて気にしているみたいだし。
「レオさん。食事が終わったら、ブラッシングしましょうか」
「すごく気持ちいいですよ」
『ぶらっしんぐ? なんだそれは』
「毛並みを整えて、きれいにすることです」
「クマ子みたいに、ピカピカになりますよ」
俺がクマ子を指差すと、レオの対抗心に火がついた。
『やる! ぜひやってくれ!』
『あの黒いのに負けたままでは、聖獣の名折れだ!』
こうして、朝食後はレオのブラッシング大会が行われることになった。
俺はガンツさん特製のブラシ「熊殺し」を用意した。
リリアナ姫も、「わたくしも手伝います!」と張り切っている。
中庭に出ると、素晴らしい天気だった。
絶好の洗濯、いや、ブラッシング日和だ。
「よし、レオさん。そこに伏せてください」
『うむ。頼むぞ』
レオが大人しく地面に寝そべる。
その巨体は、中庭の半分を埋め尽くすほどだ。
俺はブラシを構え、レオの背中に当てた。
白い毛は長くて量が多い。
まずは絡まっている部分を、丁寧にほぐしていく。
「痛くないですか?」
『む……。少し引っ張られるが、悪くない』
『むしろ、痒いところに手が届くようだ』
俺は慎重にブラシを動かしていく。
「熊殺し」の性能は抜群だ。
硬い毛も柔らかい毛も、スムーズに整えていく。
絡まっていた汚れや抜け毛が取れて、本来の白い輝きが見えてきた。
「姫様は、尻尾の方をお願いできますか?」
「優しく梳かしてあげてください」
「はい! お任せくださいまし!」
リリアナ姫は、予備のブラシを持ってレオの尻尾に取り掛かった。
彼女は本当に動物が好きなようで、手つきがとても優しい。
レオも気持ちよさそうに目を細めている。
『……ふぅ……。これは……極楽だ……』
『歯の痛みもなく、腹も満たされ、体もきれいになる……』
『我は今、生きていて一番幸せかもしれん……』
レオの喉から、ゴロゴロという音が響き渡る。
それはまるで、巨大なエンジンのアイドリング音のようだった。
ルビやコロも、周りでその様子を眺めている。
『レオおじちゃん、気持ちよさそう』
『真っ白でかっこいいね!』
子供たちに褒められて、レオはさらにご満悦だ。
一時間ほどかけて全身をブラッシングすると、レオは見違えるほど美しくなった。
太陽の光を浴びて、神々しいまでに輝いている。
まさに「天上の獅子」という名にふさわしい姿だ。
『おお……! これが我か!』
『体が軽い! 風が肌を抜けていくようだ!』
レオは立ち上がり、自分の体をまじまじと見つめた。
そして、嬉しさのあまり中庭を駆け回り始めた。
そのスピードと躍動感は、昨日の弱っていた姿からは想像もつかない。
『ごしゅじんさま、なかなかやりますね』
『ですが、ツヤと黒光り具合では、まだわたしの方が上ですわ』
クマ子が、対抗心を燃やして俺にすり寄ってきた。
どうやら、自分の手入れもして欲しいらしい。
可愛い嫉妬だ。
「はいはい、クマ子も後でやってやるからな」
俺たちの賑やかな朝は、こうして過ぎていった。
しかし、そんな平和な時間は長くは続かなかった。
別館の入り口に、慌てた様子の兵士が駆け込んできたのだ。
「ゆ、ユウ殿! 大変です!」
「国王陛下がお呼びです!」
「至急、聖獣様を連れて謁見の間へ!」
兵士の顔色は真っ青だ。
ただ事ではない雰囲気を感じる。
俺とリリアナ姫は顔を見合わせた。
「お父様が? 一体何事かしら」
「分かりました。すぐに行きます」
俺はレオを呼び止めた。
「レオさん、出番みたいですよ」
「王様が呼んでいます」
『む? せっかく気持ちよく走っていたのに』
『まあよい。今の美しい我を、見せつけてやろう』
レオは自信満々で頷いた。
俺たちは兵士に案内され、再び王城へと向かった。
今度は、ルビたち全員も一緒だ。
「お留守番は嫌だ」とみんなが主張したからだ。
ぞろぞろと大所帯で廊下を歩く俺たちは、城内で注目の的だった。
特に、ピカピカになったレオとクマ子の二大巨獣が並んで歩く姿は、圧巻の一言に尽きる。
すれ違う貴族たちが、腰を抜かしてへたり込んでいた。
謁見の間に入ると、そこには国王だけでなく、多くの大臣や将軍たちが集まっていた。
何やら深刻な会議をしていたようだ。
俺たちが入ると、全員の視線が一斉にこちらに向いた。
そして、その視線はすぐに驚愕へと変わった。
「な、なんだあの輝きは!?」
「あそこにいるのは、聖獣様か!?」
「まるで光の化身のようだ……!」
「隣にいる黒い熊も、宝石のように輝いているぞ!」
みんな、レオとクマ子の美しさに度肝を抜かれているようだ。
国王陛下も、玉座から身を乗り出して目を丸くしている。
「お、おお……! レオよ! 見違えたぞ!」
「昨日のボロボロだった姿が嘘のようだ!」
「ユウよ、そなたは一体何をしたのだ!?」
「朝ごはんを食べさせて、ブラッシングをしただけですよ」
「毛並みが良くなると、健康にもいいですからね」
俺が平然と答えると、広間中がどよめいた。
「ブラッシング……? たかがクシを通しただけで、あそこまでなるか?」
「やはり、あの男は神の使いに違いない……」
「伝説の『神の手』を持つ飼育員か……」
勝手な噂がさらに加速している気がする。
国王は咳払いをして、場を静めた。
「静粛に! さて、ユウよ」
「そなたを呼んだのは、レオの回復を祝して、あることを頼みたいからだ」
「頼み、ですか?」
「うむ。レオが元気になったことを、国民に広く知らしめたい」
「そこで明後日、王都の大通りを使って『聖獣復活パレード』を行いたいのだ」
「そなたには、レオの手綱を握り、共にパレードに参加してほしい」
パレード。
それは、動物園でも人気のイベントだ。
動物たちの魅力を、多くの人に知ってもらう良い機会になる。
俺は飼育員として、少しワクワクした。
「分かりました。俺でよければ、協力します」
「レオさんも、いいですよね?」
『フン。見世物になるのは好かんが……』
『ユウと一緒なら、悪くない』
『それに、この美しい姿を民草に見せてやるのも、聖獣の慈悲というものだ』
レオは満更でもなさそうだ。
こうして、俺たちは王都を挙げての大パレードに参加することになった。
だが、それがただのパレードで終わるはずがなかった。
最強の魔物たちが集まれば、何かが起こるに決まっているのだ。
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