精神の開花

グロッキー

文字の大きさ
2 / 7

2

しおりを挟む
「もう依頼は終わったのか」
「おうよ! 報酬も受け取り済み。荷物の護衛だったんだが、大層急ぎだったらしくて夜の街道を突っ走らされた。久々にスリル溢れる旅路だったね」
 どんな道筋だったかを得意げにグレンは語る。主要街道を通ってきたようだが、それでも昼と夜では危険度は段違いだ。夜に動きが活発になる魔物は多い。
 荷物の護衛程度にグレンほどの冒険者が付いたのだから大層金を積んででも安全に早く送りたいものだったのだろう。
「あ~、変わってないなこの部屋」
 懐かしそうにかつて逗留していた部屋を見回すグレンにレグリスも懐かしくなる。実をいうとあの時よりも更に本が増えた。茶を振る舞い椅子に掛けるよう促す。
「バジリスクの巣の話があるって? よければ買おう」
 長旅を労うのもそこそこにレグリスはまず仕事の話を切り出した。真面目な話はぱっぱと済ませてしまうに限る。
 濃い茶を啜りながらグレンはうんと返した。都に近づけば近づくほど、裕福になり金払いは良くなる。最低依頼料以上の金をほいと投げてくれるものは増えるし、レグリスも比較的金払いは良い方だ。
 仕事の内容はつまらないが、仕事の後の懐の暖かさは段違いだ。それにここに逗留しても殆ど金は取られない。勿論手伝いをしたりはするのでグレンが何も提供しない訳ではなかったが、ここで受けられる待遇を考えると破格だ。
 本当にいい知己を得た、とグレンは己の幸運に喜ぶ。
「有り難いねぇ。いくら?」
「それは内容次第だが……、銀貨一枚からってとこか」
 青年は騎士団が中々出会うことのない辺境モンスターの生態や習性に関する情報を持ってきてくれる存在でもある。
 最初聞いた話が役立ったので個人的に買い取ることにした。
 騎士団とギルドは協力関係ではないので、こうして個人的に買い取らないとなかなか情報が回ってこないのだ。
 ギルドから買わないとまた関係がこじれるという話もあるが、それはそれ。グレンはこちらの冒険者ではないからそういったしがらみにも煩わされずに済んでいる。
 山脈の向こうからやってきたバジリスクの群れ。なんでも見たことのない亜種がいたとか。毒ではなく炎をを吐き、駆け出しの冒険者が何人か犠牲になったほか、周辺の農村も家畜がやられたり牧草が根こそぎ燃えたおかげで路頭に迷う憂き目にあったようだ。
 レグリスの下には西の隣国で内戦がおこっているという情報がある。おそらく、それによって住処を追われたものが流れてきたのだろう。もしかしたら今後も似たような事例が起こるかもしれない。
 点と点が線になる情報の価値は計り知れないものだ。
 脇に置いた革袋を漁り、銀貨を十枚数えてグレンに渡す。グレンは一瞬不服を顔に出した。思ったより少ないと思ったのだろう。
「そんな顔するな。残りの礼はこちらも情報で返す」
 そしてレグリスの持っている情報を提供してやる。辺境に国際情勢の情報などある訳もない。そのままなら今後も起きるであろう流れのモンスターによる被害に頭を悩ませることになるというのは必定だった。
 グレンが情報を持って帰れば多少は対策を立てられる。ギルドからの信頼もより上がるだろう。
「じゃあ、ああいう”余所者”がまた来るかもって事か」
「あぁ。どんな奴が来るかはわからんが。西の隣国には多湿の森林地帯がある。ああいう所にはユニークなモンスターが生息している事が多いらしいからな。その類だろうよ」
 ふぅん、とグレンは鼻を鳴らして銀貨を腰の荷物入れにしまう。戦士として興味はあるのだろうが、拠点を離れるつもりのない彼にとっては向こうから来てくれるのを待つしかない。
「こんな話も金になるとはねぇ。西じゃ酒の肴にしかならないってのに」
「情報こそ金なり、命なりってのは共通のはずなんだがなぁ。なんで街道ひとつ隔てた途端に隠しちまうんだか」
 そう言いながらレグリスはため息をつく。これでは人死にが減る訳もない。
「本当は隊で金を出してくれるのが良いんだが。効果は大きいが役に立つ機会が多いわけじゃないからな」
 こういった情報があれば遠征での新兵の死亡率は目に見えて下がるだろう。最近は大きな戦がなく遠出が少ないせいで情報が金の卵だということに気付いてくれない上役も多い。
 団長ならわかってくれるだろうが、彼もあくまで率いているだけで財務にまで好きにできる訳ではない。
 そこでもの言いたげな目でグレンがこちらを見ているのに気づいた。
「真面目な話はこれで終わり?」
「あぁ、では改めてようこそ、グレン。くつろいでくれ」
 途端にグレンは伸びをしてソファにごろりと転がる。
「あ゛~~終わったぁ。や、ほんと疲れたから」
「まあそうだろうな」
 熱い茶を継ぎ足してやりながら答える。荷馬車を守りながらの夜通しの行軍はさぞや疲れただろう。
「でもまぁ、そこを堪えて話に付き合ってくれないか」
 茶のポットの隣に砂糖を置くと、あからさまにグレンの目が輝く。甘い茶も大都市にしかない美味だ。あまりがぶがぶ飲むなよと釘を刺して、けれど追加の茶を沸かしておくのは忘れない。
 グレンを調理場に招き、それぞれの暮らす街の話、武具の話、祭りの話、互いの近況に花を咲かせながらレグリスは夕食の支度をした。グレンはといえばほとんど調理を見てもいなかったが、酒を飲みつつ時々味見をさせてやると大層喜んだ。
「お前意外と料理うまいよなー。都の人間はみんなそれなりに料理できんのか」
 羊の骨付き肉にかぶりつくグレンの口周りは肉汁で汚れている。食文化の最大の違いと言っていいだろう。男らしくはあるが、上流階級の淑女が見れば顔を顰めるだろう。
 二人の共通の知り合いに騎士志望である財務官の娘がいるのだが、行儀が悪いですよ、と指を立てる彼女の姿が脳裏に浮かぶようだった。
「冒険者だって外に出るなら調理くらいはできるんじゃないのか」
 冒険者の食糧事情をレグリスはよく知らない。騎士団の野営ならば皆で食料を狩ってきたりして、保存食と合わせた鍋を囲むものだが。
「他の奴は知らないけど、俺は仕事中は最低限でいいし。ウサギとか鳥とか狩って、焼く。あと保存食」
 調理などするものか、とグレンは鼻で笑った。パーティーならまだしも、ソロで活動していれば家事的なことに労力を払うのは無駄だ。払うのは金である。
 仕事中は身の回りのことは最低限で済ませる。依頼を済ませ、金を稼ぎ、その金で装備を買い、直す。食糧を買い、まともな食事をとりに酒場に行く。寝床だって冒険者向けの宿に泊まる。
 要は外注して自身は金を稼ぐことに集中するわけである。自分で全てやっていたら体がいくつあっても足りぬというものだ。
 そのあたりは集団行動が前提の騎士団とは事情が違う。軍は食糧事情悪いと士気が下がるためにある程度調理には工夫を凝らすという事情をグレンは知らない。
 軍や騎士団はやたらと大勢で動き、行く先々から必要以上に物資を調達しているように見えている。
(だけどそのおかげで今こうしてうまい飯にありつけてるわけだし、これはこれでアリだな)
 肉の脇に添えられた見慣れない野菜の炒めをつつく。赤い。鼻を突くような香りが立ち上っている。うまそうではあるが危険な香りだ。
「これなに。……ぐわッ、辛ッ!!」
 突如舌に突き刺さった痛みにグレンは飛び上がる。水を飲んでみても、和らぎはするがすぐには消えそうにない。
 同じものを黙々と口に運んでいたレグリスに異変を訴えるが、彼は事も無げといった様子だ。
「南方の香辛料だ。苦手だったか?」
「こうしん……臭み取りに使ってるやつ?」
「そういうのもあるがな。これは殺菌と体を温める効果がある」
「んあぁ……たしかに汗出てきたけど暖かいっていうか、痛いんだが」
「味付けだ。そうばくばくと食べるもんじゃないぞ」
「うえっぇ早く言えよ!」
 涙目で水を飲み干す。下ろされた阿吽の呼吸でレグリスが水を注いだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

処理中です...