上 下
24 / 82
第2章 惹かれ合う二人

24話 伯爵は自覚する⑴

しおりを挟む
 エドガーは悩んでいた。

 ここ数日、何をするにも身が入らない状態が続いている。昨日はとうとう、夜会の招待状に断りの返事を出すよう指示してしまった。
 原因はわかっている。一週間前に助けたメアリのことだ。エドガーは、彼女の抱えている謎を八割方解明することができた。残るは、彼女の出自と厄介な提案に対する返事である。出自については、いずれ判明することなので無理に聞き出すことをやめていた。問題は、残る一つ。

 スケィル・クラブの一室で、エドガーは日頃は吸わない葉巻をくゆらせる。ゆらゆらと揺れる紫煙を眺めながら、もう二時間くらいこうしてぼんやりしていた。

「難しい顔だね、エドガー」

「マックスか。いつものことだ、放っておいてくれ」

 煩い男に見つけられた、とエドガーの気分は急降下する。マクシミリアン・グリーブスは、人当たりがよく会話が上手で、退屈な社交シーズンを一緒に過ごすにはもってこいの男だ。しかし今の彼は、退屈でもなければ賑やかに喋りたいわけでもない。

「君がいつもの部屋にいなかったから探したよ。メイブリックトン侯爵夫人の夜会以降、招待を断っているみたいじゃないか」

 マックスの青い目は、興味津々とばかりに煌めいている。ほら来た、とエドガーはうんざりして適当な返事を返した。この男、ソルダニア帝国海軍の将校で、エドガーと似たり寄ったりな立場にいるいわゆる同志なのだ。

「毎晩興味もない女たちとくるくる回っていられるか」

 しかめっ面を晒したエドガーに、マックスはにやりと笑みを浮かべる。

「ダンスより馬だったっけ? それともいよいよ仕事に本腰を入れるのかな?」

 その時、カード台の周りから歓声と落胆の声が響いた。カード台では賭け事に興じる会員の他に、何やら議論をしている会員もいる。エドガーはマックスを体良く追い払おうとして考え直した。鬱積した愚痴を聞いてもらうのもいいかもしれない。

「マックス、場所を移そう……少し付き合ってくれ」

「へぇ、珍しい。それじゃあ、空いてる面会室にでも行こうか」

 二人はカード部屋から出ると並んで歩き出す。

 スケィル・クラブは軍人貴族のための秘密クラブだ。ここの会員は表向き、帝国評議会に議席を持たない軍人たちの溜まり場となっているが、実はエドガーやマックスのように、諜報員の仕事をしている者たちの情報交換の場であった。
 秘密を抱えて生きていかなければならない者たちの鬱憤を晴らす場所にもなっているので、賭け事や格闘技が盛んに行われている。また、ここで浴びるほど酒を飲んだとしても、酔いが覚めるまで泊まっていくことができた。酔っ払ってうっかり秘密を漏らしてしまう心配もないというわけだ。

「飲むかい?」

 マックスがグラスをあおる仕草をしたが、エドガーはそれを断る。もし飲んでしまえば、酔わない自信はない。酔ってしまえば街屋敷に帰られなくなるのでそれは避けたかった。

 こじんまりとした部屋に入り、カーテンを閉めたマックスは、窓辺に置いてあった肘掛けのない椅子をエドガーの側まで持ってくる。そして逆向きにまたがると、背もたれに腕と顎を乗せて目を細めた。

「さて、僕に何を聞きたい? ついに結婚を考えるようになった? 何人か仕事の邪魔にならない女性を知ってるよ」

「いや、もう見つけたからそれは間に合っている」

「ふーん、そうなんだ」

 部屋に沈黙が落ちる。しばらくして何かがおかしいと気づいたマックスが、驚きのあまり椅子からずり落ちた。

「ちょっと待ってくれ。エドガー、君、君は、本当に結婚するのか?!」

 ずり落ちたその姿勢のままズリ寄ってくるマックスを、エドガーは気味の悪いものを見たかのような目で見る。

「落ち着けマックス」

「落ち着いていられるか! 一体誰と? まさか夜会を断っているのはそのせいなのか? メイブリックトン侯爵夫人の夜会以降ということは、その時にダンスをした令嬢の誰かだな?」

 マックスがいつになく興奮し、エドガーの手を掴んで上下に振り動かす。しかし彼にはマックスが何故そんなにも興奮し、喜びを表すのか理解できなかった。この男とは寄宿学校時代からの付き合いだが、未だにわからないことが多すぎる。

は、結婚、するのだろうか」

「は? それは僕が聞きたいよ」

「結婚すればいいとは言ったが、もう少し時間がかかる……かもしれない。いや、そもそも結婚してくれるかどうかも怪しい」

「ごめん、エドガー。君の言っていることがさっぱり理解できない」

 要領を得ないエドガーに、マックスが首を傾げた。そんなことを言われても、自分ですらよく理解できていないのだから説明のしようがない。エドガーは首から飾りタイを外すと、それをもて遊び始めた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】君は強いひとだから

恋愛 / 完結 24h.ポイント:646pt お気に入り:3,924

転生司祭は逃げだしたい!!

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:118

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:136,279pt お気に入り:2,018

年下にもほどがある!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:31

隠れんぼは終わりにしよう

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:698

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:167

処理中です...