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第4章 いざ、ソランスターへ
48話 いざ、ソランスターへ⑷
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一夜明けて、再び水平線に夕陽が沈み、夜の帳が下りて星々が瞬き始めた頃。船旅は順調に進み、船員がまもなく到着予定だと知らせに来た。エドガーと共に甲板に出たレインリットは、眼前に見えるシェーリンク港の煌めきに目を奪われる。
「さすがは直轄領の港だ……攻め入るのは難しい、か」
「攻め入る?」
エドガーの不穏な言葉に、レインリットはギョッとする。しかしエドガーはまるで天候の話をするかのように続けた。
「私は戦争に出ていたからね。ついそんな目で見てしまうんだ。西側の沿岸部にいい高さの丘がある。あそこの砦からは、敵の艦隊や小舟すらもよく見えるのだろうね」
「まさか、シャナス公国がどこかの国と戦争になるのですか?!」
「その時はソルダニア帝国が黙ってはいないさ。これから私たちが相手にするのは、腐っても陸軍の連隊長だった男だ。見張りを立てるのであればどこだろう、と考えているんだよ」
クロナン・ヒギンズと名乗っている男が、ウィリアム・キーブルというソルダニア帝国の元軍人であるという話は本当だったようだ。厳しい顔つきになったエドガーが小さく溜息をつく。
「エドガー様、どうなされたのですか?」
「いや……君たち一家を陥れた者がソルダニア人だったことに、お詫びのしようがないと思ってね」
「それは、エドガー様のせいではありません。悪人は、どこにでも潜んでいるものです」
「片がついたら、ソルダニア帝国陸軍から正式な謝罪と補償がなされることになっている。必要なだけ、いやそれ以上に請求してくれ」
力なく笑ったエドガーに、レインリットはその手を取って額を寄せる。
「エドガー様。未熟な私にはその手の交渉ごとは難しいと思います……だからその時は是非、私に助言してください」
「私でいいのかい?」
「エドガー様がいいのです」
二人はしばし見つめ合ったが、接岸準備のため船員たちが甲板に出てきたので、邪魔にならないように船室へ戻る。もう何も言わなくても、目が合えば自然とキスを受け入れられるようになってしまった。
触れるだけのキスが、段々と深く激しく、甘いものになっていく。なんだか話が有耶無耶になってしまったが、レインリットはこれでよかったのだ、と思うことにした。雰囲気にのまれて喉から出かかった気持ちを話してしまわなくてよかった、と。
§
無事接岸した蒸気船から降り立ったレインリットたちは、シェーリンク港の入国管理所へと向かった。シャナス公国直轄領ということもあり、外国船の乗客はここで書類を見せなければならないからだ。
「エドガー・ハーティとその妻メアリ・ハーティ、妹のエファ・ハーティ……ようこそシャナス公国へ。それで、どこに行くんだね?」
役所の職員が、横柄な態度で三人をじろじろと見る。
レインリットはエドガーと夫婦を装い、エファはエドガーの妹という設定になっていた。妹の婿探しという建前で、故郷のソランスター地方へと帰る途中という筋書きだ。
「ソランスターはフィゲンズだよ。四年ぶりだから昔馴染みに会うのが楽しみなんだ」
「ソランスターか……あそこは最近、代替わりをしてからどうもね。あんた何か聞いているか?」
職員の顔がわずかに曇る。ソランスターの話は有名なのようで、レインリットはエドガーの背後に身を隠した。
「俺がエーレグランツに働きに出た時は奥方様だったよな。親父からの手紙で前の領主様がお亡くなりになったと聞いたばかりだよ。まあ、次の領主様がいい人であれば、どんな人でも俺たちには関係ないね」
「あんたら下々のもんはそうだろうさ……ほらよ、気をつけて行きな」
巧みなシャナス訛りで職員と会話するエドガーに、レインリットは驚いた。中流階級を装ってはいるが、シャナス公国の訛りまで会得しているとは思わなかった。
今夜はシェーリンクに一泊して、明日の朝にソランスターへと移動する予定になっている。会話もなく入国管理所を後にした一向は、宿場通りへと向かった。
「メアリ、君は写真を撮ったことがあるか?」
「写真ですか? 幼い頃なら何度か。最近はありません」
「肖像画は?」
「昔のものなら。どうしてですか?」
質問の意味がよくわからず、レインリットは少し早歩きになったエドガーの後を遅れまいとついて行く。
「ソランスターの話は思ったより広まっているようだ。噂話がどこまで尾ひれをつけて広まったいるのかわからない以上、君の顔が割れていないとも限らない」
レインリットは帽子を目深に被ると、エドガーの腕をギュッと握りしめる。そして、最初の頃は追っ手が来ると考えて怯えていたことを思い出した。
「さすがは直轄領の港だ……攻め入るのは難しい、か」
「攻め入る?」
エドガーの不穏な言葉に、レインリットはギョッとする。しかしエドガーはまるで天候の話をするかのように続けた。
「私は戦争に出ていたからね。ついそんな目で見てしまうんだ。西側の沿岸部にいい高さの丘がある。あそこの砦からは、敵の艦隊や小舟すらもよく見えるのだろうね」
「まさか、シャナス公国がどこかの国と戦争になるのですか?!」
「その時はソルダニア帝国が黙ってはいないさ。これから私たちが相手にするのは、腐っても陸軍の連隊長だった男だ。見張りを立てるのであればどこだろう、と考えているんだよ」
クロナン・ヒギンズと名乗っている男が、ウィリアム・キーブルというソルダニア帝国の元軍人であるという話は本当だったようだ。厳しい顔つきになったエドガーが小さく溜息をつく。
「エドガー様、どうなされたのですか?」
「いや……君たち一家を陥れた者がソルダニア人だったことに、お詫びのしようがないと思ってね」
「それは、エドガー様のせいではありません。悪人は、どこにでも潜んでいるものです」
「片がついたら、ソルダニア帝国陸軍から正式な謝罪と補償がなされることになっている。必要なだけ、いやそれ以上に請求してくれ」
力なく笑ったエドガーに、レインリットはその手を取って額を寄せる。
「エドガー様。未熟な私にはその手の交渉ごとは難しいと思います……だからその時は是非、私に助言してください」
「私でいいのかい?」
「エドガー様がいいのです」
二人はしばし見つめ合ったが、接岸準備のため船員たちが甲板に出てきたので、邪魔にならないように船室へ戻る。もう何も言わなくても、目が合えば自然とキスを受け入れられるようになってしまった。
触れるだけのキスが、段々と深く激しく、甘いものになっていく。なんだか話が有耶無耶になってしまったが、レインリットはこれでよかったのだ、と思うことにした。雰囲気にのまれて喉から出かかった気持ちを話してしまわなくてよかった、と。
§
無事接岸した蒸気船から降り立ったレインリットたちは、シェーリンク港の入国管理所へと向かった。シャナス公国直轄領ということもあり、外国船の乗客はここで書類を見せなければならないからだ。
「エドガー・ハーティとその妻メアリ・ハーティ、妹のエファ・ハーティ……ようこそシャナス公国へ。それで、どこに行くんだね?」
役所の職員が、横柄な態度で三人をじろじろと見る。
レインリットはエドガーと夫婦を装い、エファはエドガーの妹という設定になっていた。妹の婿探しという建前で、故郷のソランスター地方へと帰る途中という筋書きだ。
「ソランスターはフィゲンズだよ。四年ぶりだから昔馴染みに会うのが楽しみなんだ」
「ソランスターか……あそこは最近、代替わりをしてからどうもね。あんた何か聞いているか?」
職員の顔がわずかに曇る。ソランスターの話は有名なのようで、レインリットはエドガーの背後に身を隠した。
「俺がエーレグランツに働きに出た時は奥方様だったよな。親父からの手紙で前の領主様がお亡くなりになったと聞いたばかりだよ。まあ、次の領主様がいい人であれば、どんな人でも俺たちには関係ないね」
「あんたら下々のもんはそうだろうさ……ほらよ、気をつけて行きな」
巧みなシャナス訛りで職員と会話するエドガーに、レインリットは驚いた。中流階級を装ってはいるが、シャナス公国の訛りまで会得しているとは思わなかった。
今夜はシェーリンクに一泊して、明日の朝にソランスターへと移動する予定になっている。会話もなく入国管理所を後にした一向は、宿場通りへと向かった。
「メアリ、君は写真を撮ったことがあるか?」
「写真ですか? 幼い頃なら何度か。最近はありません」
「肖像画は?」
「昔のものなら。どうしてですか?」
質問の意味がよくわからず、レインリットは少し早歩きになったエドガーの後を遅れまいとついて行く。
「ソランスターの話は思ったより広まっているようだ。噂話がどこまで尾ひれをつけて広まったいるのかわからない以上、君の顔が割れていないとも限らない」
レインリットは帽子を目深に被ると、エドガーの腕をギュッと握りしめる。そして、最初の頃は追っ手が来ると考えて怯えていたことを思い出した。
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