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第三章

第十一話 ナイスネイチャ対策

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 弥生賞のコースである中山競馬場の対策が終わると、次に明らかになっている対戦相手の名馬の対策を始めた。

「中山競馬場の対策は一応できた。次はナイスネイチャの対策だな」

「そうだね。ナイスネイチャはブロンズコレクターと呼ばれる馬の中では、一番有名な馬だけど、帝王はあの時の事故で記憶の一部を失っているから、おさらいしておこうか」

 ナイスネイチャのことに付いて復習をするとクロが言うと、彼女はスマホを操作する。すると、空中ディスプレイが現れ、ナイスネイチャの画像が浮かび上がった。

 俺は勘当された際に、義父の愛馬に蹴飛ばされ、大怪我をした。そのショックで記憶の一部が欠如している。だからナイスネイチャのことも、名前以外のことは分からない。

「ナイスネイチャは、ナイスダンサーとウラカワミユキとの間に生まれたサラブレットだよ。ナイスネイチャの戦績は41戦6勝の馬だね。G I0勝、G II2勝、G III1勝、その他3勝をしている。そして2着は6回、そしてブロンズコレクターの代名詞である3着は8回の馬だよ」

「G Iは1回も優勝していないのか」

「そうだね、でも、油断はできない。ナイスネイチャはある意味凄い記録を持っている馬なんだ」

 凄い記録を持っていると言う言葉を聞き、俺は生唾を飲み込む。どんな記録と言っても、記録を持っている馬は強力だ。負け馬のハルウララの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースが、芝をダートに変える力を持っているように、常識を覆すような力を持っている可能性がある。

 クロの口から続きが言われるのを待っていると、彼女は再び口を開く。

「ナイスネイチャの持っている記録、それは、年末に行われる有馬記念で、3年連続3着を取ったと言うものなの。有馬記念は、その年を代表する馬たちが競うレース。つまり強豪たちが集まるレースで、彼は常に3着に入る力を持っていることを証明したのよ。3年連続で同じ着順でゴールするのは、レースで優勝することよりも難しいわ。このレースがきっかけで、3連続で3着と言う快挙を成し遂げたナイスネイチャは、ブロンズコレクターの称号を持つ馬の中で最も有名になったわ」

「強豪たちがいる中で、3着の力を発揮できる馬か」

「恐らく、ナイスネイチャのバッドステータスはG Iに関連することだと思うけれど、今回の弥生賞はG IIだから、発動するかもしれないと言う期待はしない方が良いと思う。そしてナイスネイチャの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースは恐らく――」

「どんなに逆境に立たされても、3位に食い込んで来るような能力の可能性が高いな」

 俺の言葉に、クロは無言で頷く。

「ナイスネイチャは、前半は中段に控えて、最後の直線で追い抜く『差し』の脚質を得意とするから、このタイミングで3位になる力を発動されれば、そのまま勢いに乗って、1位を取るかもしれないね。とにかく、自分よりも順位が下でも、油断できないよ」

 どんな逆境にも乗り越えて3位に食い込む力。確かにそれは油断できない。大袈裟に言えば、最後尾を走っていたとしても、その能力を使えば、一気に3位まで上り詰めることができる。猛スピードで迫る馬の気迫に押されれば、いくらトウカイテイオーであっても、尻込みしてしまうかもしれない。

「ナイスネイチャと言えばぁ、レースとは関係ないですがぁ、こんな伝説もあるのですよぉ」

 今まで何も口出ししていなかった明日屯麻茶无アストンマーチャンが、タブレットを操作する。すると、ナイスネイチャの画像の隣に新たな空中ディスプレイが現れ、とある記事が表示される。

『ナイスネイチャに熱愛発覚! お相手は29歳年下の牝馬!』

「はぁ?」

 空中ディスプレイに表示されている記事を読んだ俺は、思わず間抜けな言葉を漏らす。

 どこかの週刊誌にでも出てきそうな記事だった。

『競馬界のブロンズコレクター、ナイスネイチャ35歳は、29歳年下の牝馬、つばめちゃんの愛称で人気を馳せたニットウィンロンデル6歳の牝馬ひんばと熱愛中とのこと、人間に例えると、100歳近いおじいちゃんが、成人したばかりの女性と交際中と言うことだ。なんとも羨ましい。そんなプレイボーイは若い牝馬を侍らせたり、ニンジンを盗んだりと、やんちゃな余生を過ごしています。まだまだ若い子には負けない! 年老いてなお盛んと言う言葉は、この牡馬ぼばのためにある言葉でしょう』

「本当に凄いですよねぇ、ナイスネイチャはご高齢になってもぉ、若い子を侍らすのですからぁ、しかも寂しがり屋で、執着深いところもあるのでぇ、視界から消えただけでも不機嫌になっていたとかぁ。束縛の強い馬だった傾向のある馬なので、彼に魅入られた牝馬は大変だったかもしれませんねぇ」

 コメントに困っていると、明日屯麻茶无アストンマーチャンが言葉を連ねる。

 正直、だからどうした? そんなこと、レースとは関係ないじゃないか。そう思ってしまった。

「今回はトウカイテイオーでの出走だから良いのですが、もし、魅了的な能力をナイスネイチャが持っていた場合、ハルウララなどの牝馬ひんばでは、勝率が一気に下がってしまうかもしれませんねぇ」

 続けて言った言葉に、俺はようやく、どうしてこんな熱愛報道の記事を出したのか、彼女の意図を理解することができた。

 なるほど、そのことを言いたかったのか。確かに29歳差を成立させるプレイボーイの能力を持っていた場合、愛馬が魅了されてしまえば勝てるレースも勝てなくなるかもしれない。

 ナイスネイチャ、色々な意味で侮れない名馬だな。

 時間を確認すると、そろそろ出走時刻が近付いてきた。

「クロ、明日屯麻茶无アストンマーチャン、サンキュー。お陰で自分なりの対策を立てることができた」

 彼女たちに礼を言い、俺はレース会場へと急ぐ。
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