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第2章 ADAGIO
op.06 小さな旦那様、小さな奥様(3)
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倒れていた青年はヴィオとソルヴェーグが二人がかりで運んでくれた。
とはいえ放牧地にもなっている山々は視界が開けている。
木陰になる木がそうある訳でもなく、大きな石もその辺りに転がっていた。一旦草地に移動して寝かせるのがせいぜいではあったが、青年は平和に寝息を立てていた。
水分が足りないまま山登りを続けたせいで身体に熱がこもったのでしょうな、というのがソルヴェーグの見立てだった。
都合よく小川が流れている訳でもないので、飲み水で布を濡らして青年の額に当てた。
リチェルの分は先ほど青年が空にしてしまっていたので、ソルヴェーグが自身の水筒の水を分けてくれた。幸いルフテンフェルトまではもう少しで、村に入れば水も調達できるし心配はないだろう。
頬を撫でる風が心地いい。
風に誘われるように、知らず知らずリチェルの唇から歌い慣れたメロディーがこぼれ落ちる。
その歌声についと目を上げたヴィオとソルヴェーグが微かに笑って目を細めた。リチェルがそれに気付くことはなく、歌声は風にのって運ばれていく。
「────」
その傍らで、眠っていた青年が細い目を微かに開いた。
布で青年の額の汗を拭おうとしたリチェルと目が合って、気付いたリチェルの歌声が途中で途切れる。
「……んし、さま……?」
「え?」
キョトンとしてリチェルは目を瞬かせる。だけどすぐに安心してもらえるように笑うと、目が覚めましたか? と穏やかに尋ねた。
「……って、え? えぇぇぇぇえええ⁉︎」
目を開いた青年が、驚いたようにガバッと上半身を起き上がらせてそのまま後ずさった。その手がずるりと土で滑る。
「あ!」
「うわっ!」
リチェルが止める間も無くもう一度ひっくり返って、青年はしたたかに頭を草地に打ち付けた。
「大丈夫ですか⁉︎」
慌てて起こそうとしたリチェルの後ろから影が差した。近づいてきたヴィオが青年を助け起こそうとしたリチェルの隣にかがみ込む。
「いっつ……!」
頭をさすりながらもう一度頭を上げた青年は、ヴィオの姿に目を瞬かせてリチェルの顔とを交互に見比べて『えっと……』と戸惑ったような声を出した。
「あの、僕……」
「道で倒れていたから起きるまで様子を見ていたんだが、何があったか覚えているか?」
淡々とヴィオに問われて、青年が言葉に詰まる。そしてようやく状況を理解したのか、ヴィオとリチェルを見て申し訳なさそうに眉を下げた。
「……助けて頂いたんですね。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしたようですみません」
道に迷ってしまって、と青年は恥ずかしそうに頭をかく。
「水もないし、でも村の方角も分からないし水辺も……。疲れて座り込んだ所までは覚えているんだけど……本当にすみません」
「そんな謝らないでください。何かある前に見つけられて良かったです。今はご気分はいかがですか?」
リチェルが尋ねると、青年は不自然に黙り込んだ。
目が細いので分かりづらいがどうやら視線が泳いでいるようで、リチェルは首をかしげる。ふっくらとした頬が微かに色づいている。まだ身体が熱いのだろうか?
「やっぱりまだご気分が優れないですか?」
「え、いや! そんな事ないよ! 全然元気! 何だか喉の乾きもマシになってるし!」
「まああれだけ飲めば十分だろうな」
「え?」
ヴィオの言葉に青年が不自然に固まる。
「もしかして、お水を、頂いたりとか……?」
「はい。でもそれで体調が元通りになられたのだったら良かったです。それにもうすぐ村にも着きますから気になさらないでください」
確かに旅の水分は貴重だが、あと一時間くらい歩けば着くのだから特に問題にする事でもない。
それなりに量のあったリチェルの水筒を空にしてしまったのは驚いたが、それだけだ。笑ったリチェルに青年がホッとしたように息をついた。
「旅の方、少しよろしいですかな?」
先程からヴィオ達のやり取りを見守っていたソルヴェーグがいつの間にか近くに歩み寄っていた。
声をかけられて初めて存在に気づいたのか、青年は驚いたようにソルヴェーグの方を見上げる。
「は、はい」
「道に迷われたという事でしたら、一度我々と一緒に村へ向かいませんか? 水もなしにこの山を越えるのは厳しいでしょう。慣れない山道であれば一度町に降りて、案内を付けるのがよろしいのではないかと思いますが」
いかがですか? と問われて、青年は素直に頷いた。
もし皆さんが良いのであれば是非、と申し訳なさそうに続ける。
「えっと……アルフォンソです。アルフォンソ・ニコロージ」
リチェル達の顔を見回して、青年はおずおずと名乗る。小さく息をついて、ヴィオが答えた。
「ヴィオだ。こっちの男性がソルヴェーグで、この子はリチェル」
「ヴィオさんとソルヴェーグさん。それからリチェルさんですね」
アルフォンソは名前を繰り返して、柔和な顔で笑う。
「よろしくお願いします。僕のことは気軽にアルと呼んでください」
とはいえ放牧地にもなっている山々は視界が開けている。
木陰になる木がそうある訳でもなく、大きな石もその辺りに転がっていた。一旦草地に移動して寝かせるのがせいぜいではあったが、青年は平和に寝息を立てていた。
水分が足りないまま山登りを続けたせいで身体に熱がこもったのでしょうな、というのがソルヴェーグの見立てだった。
都合よく小川が流れている訳でもないので、飲み水で布を濡らして青年の額に当てた。
リチェルの分は先ほど青年が空にしてしまっていたので、ソルヴェーグが自身の水筒の水を分けてくれた。幸いルフテンフェルトまではもう少しで、村に入れば水も調達できるし心配はないだろう。
頬を撫でる風が心地いい。
風に誘われるように、知らず知らずリチェルの唇から歌い慣れたメロディーがこぼれ落ちる。
その歌声についと目を上げたヴィオとソルヴェーグが微かに笑って目を細めた。リチェルがそれに気付くことはなく、歌声は風にのって運ばれていく。
「────」
その傍らで、眠っていた青年が細い目を微かに開いた。
布で青年の額の汗を拭おうとしたリチェルと目が合って、気付いたリチェルの歌声が途中で途切れる。
「……んし、さま……?」
「え?」
キョトンとしてリチェルは目を瞬かせる。だけどすぐに安心してもらえるように笑うと、目が覚めましたか? と穏やかに尋ねた。
「……って、え? えぇぇぇぇえええ⁉︎」
目を開いた青年が、驚いたようにガバッと上半身を起き上がらせてそのまま後ずさった。その手がずるりと土で滑る。
「あ!」
「うわっ!」
リチェルが止める間も無くもう一度ひっくり返って、青年はしたたかに頭を草地に打ち付けた。
「大丈夫ですか⁉︎」
慌てて起こそうとしたリチェルの後ろから影が差した。近づいてきたヴィオが青年を助け起こそうとしたリチェルの隣にかがみ込む。
「いっつ……!」
頭をさすりながらもう一度頭を上げた青年は、ヴィオの姿に目を瞬かせてリチェルの顔とを交互に見比べて『えっと……』と戸惑ったような声を出した。
「あの、僕……」
「道で倒れていたから起きるまで様子を見ていたんだが、何があったか覚えているか?」
淡々とヴィオに問われて、青年が言葉に詰まる。そしてようやく状況を理解したのか、ヴィオとリチェルを見て申し訳なさそうに眉を下げた。
「……助けて頂いたんですね。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしたようですみません」
道に迷ってしまって、と青年は恥ずかしそうに頭をかく。
「水もないし、でも村の方角も分からないし水辺も……。疲れて座り込んだ所までは覚えているんだけど……本当にすみません」
「そんな謝らないでください。何かある前に見つけられて良かったです。今はご気分はいかがですか?」
リチェルが尋ねると、青年は不自然に黙り込んだ。
目が細いので分かりづらいがどうやら視線が泳いでいるようで、リチェルは首をかしげる。ふっくらとした頬が微かに色づいている。まだ身体が熱いのだろうか?
「やっぱりまだご気分が優れないですか?」
「え、いや! そんな事ないよ! 全然元気! 何だか喉の乾きもマシになってるし!」
「まああれだけ飲めば十分だろうな」
「え?」
ヴィオの言葉に青年が不自然に固まる。
「もしかして、お水を、頂いたりとか……?」
「はい。でもそれで体調が元通りになられたのだったら良かったです。それにもうすぐ村にも着きますから気になさらないでください」
確かに旅の水分は貴重だが、あと一時間くらい歩けば着くのだから特に問題にする事でもない。
それなりに量のあったリチェルの水筒を空にしてしまったのは驚いたが、それだけだ。笑ったリチェルに青年がホッとしたように息をついた。
「旅の方、少しよろしいですかな?」
先程からヴィオ達のやり取りを見守っていたソルヴェーグがいつの間にか近くに歩み寄っていた。
声をかけられて初めて存在に気づいたのか、青年は驚いたようにソルヴェーグの方を見上げる。
「は、はい」
「道に迷われたという事でしたら、一度我々と一緒に村へ向かいませんか? 水もなしにこの山を越えるのは厳しいでしょう。慣れない山道であれば一度町に降りて、案内を付けるのがよろしいのではないかと思いますが」
いかがですか? と問われて、青年は素直に頷いた。
もし皆さんが良いのであれば是非、と申し訳なさそうに続ける。
「えっと……アルフォンソです。アルフォンソ・ニコロージ」
リチェル達の顔を見回して、青年はおずおずと名乗る。小さく息をついて、ヴィオが答えた。
「ヴィオだ。こっちの男性がソルヴェーグで、この子はリチェル」
「ヴィオさんとソルヴェーグさん。それからリチェルさんですね」
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「よろしくお願いします。僕のことは気軽にアルと呼んでください」
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