Harmonia ー或る孤独な少女と侯国のヴァイオリン弾きー

雪葉あをい

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第2章 ADAGIO

op.06 小さな旦那様、小さな奥様(5)

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 ヴィオたちが村に着いたのはちょうどお昼を過ぎた頃だった。

 ルフテンフェルトは山越えをしたい旅人が立ち寄るには最適の村ではあるが、元々村の生計を立てられるほど旅人は多くはない。山を行き来するのはもっぱらヤンのような羊飼いが中心だ。国を越える輸送ルートとしては西から山を越えるよりも、南側から入国するほうが道は整備されているのだ。

 その為ルフテンフェルトは特段栄えているわけでもなく、農業や村の特産品である刺繍などで生計を立てているのどかな村だと聞いていたのだが──。

「──何だか賑やかだね」

 アルが呑気にこぼした言葉が村の様子を端的に表していた。

 村に入るとあちこちで何かしら作業をする村人達の声が響いていた。決して人が多いと言うわけではないものの、特別に活気があるのだ。

「何かあるのかしら?」

 リチェルが首を傾げる。

「……とりあえず誰かに聞いてみようか。まずは泊まる場所を確保したい」

 ヴィオの言葉にリチェルも頷く。

 こんな小さな村で宿泊業だけで生計をさせるのは不可能だろうから、宿があるとは元から思っていない。ただ旅人が全くいないという訳ではないだろうから、そう言った話は珍しくはないはずだ。

 近場にいた村人の女性に声をかけると、やはり旅人には慣れているのか特に警戒する様子もなく『それなら村長の家ね』と笑って、ちょうど通りかかった十歳くらいの男の子に声をかけた。

「旅人さん。宿を探してるんですって。村長の家に案内してあげてくれる?」
「いいよ!」

 軽く受け合って、男の子はこっち、とヴィオ達を先導してくれる。

「来週収穫祭があるんだ」

 村長の家に向かいながら男の子が元気に話してくれる。ヴィオ達が違和感を感じた通り、やはり近々祭りがあるらしい。

「年に一度の大きな祭りだからみんな張り切ってて。旅人さん達も見にきてくれたのかな? ゆっくりしていってもらえると良いんだけど」

 大人びた物言いは、客人を相手にすることに随分慣れているようだった。やがて一軒の家の前に来ると、男の子は呼び鈴を鳴らすでもなくそのままさっさと家の中に入っていく。

「ただいまー!」

 思わずヴィオはソルヴェーグと顔を見合わせる。ただいま、と言うことは今案内してくれた男の子は村長の身内なのだろう。

「おじいちゃーん! お客さん!」

 男の子が玄関で大きな声で家の中に向かって叫ぶ。
 すると家の奥からヴィオとそんなに歳の変わらない青年が出てきて、父さんなら裏だよ、と男の子に声をかけた。

「あ、そうなの? じゃあ旅人さん達こっち!」

 そう言って男の子はヴィオ達を裏の方に連れていく。おじいちゃん! と男の子が呼ぶと、はいはい! と裏から答える声がした。

「こらお前、こんな所まで旅人さんを連れてきちゃダメだろう。玄関で待っててもらわなきゃ」
「あ、そっか。ごめんなさい」

 すまないね、と笑って出てきた村長は、人の良さそうな老齢の男性だった。
 ヴィオ達を玄関の方に戻るように丁寧に促してくれる。男の子はじゃあ僕はこれで、と家の中にさっさと戻っていった。

「長男の息子でね。こんな裏に案内して申し訳ない。まだまだ礼儀は勉強中でね」

 言葉とは裏腹に家族への愛情が滲み出る温かな口調で村長は言うと、いらっしゃい、と改めて口にする。

「収穫祭のお客さんではなくて旅人さんなんだね」

 にこにこと笑うと、人の良さが余計に顔に出る。初めて会ったのにそう感じさせない気安さで、長い道のりをご苦労様、とヴィオ達をねぎらってくれる。

「おや、もしかして演奏家の方かい?」

 ヴィオの背中にあるケースを目に留めたのが村長の疑問に、ヴィオは頷いた。

「俺も彼もプロと言うわけではないのですが」

 ヴィオに目線で指されて、アルも少し照れたように笑って頷く。村長は相好を崩してそうか、と笑った。

「予定が合うなら是非収穫祭で演奏を頼みたいくらいだよ。今年は楽団の数がいつもより少なくてね」
「お言葉は有難いのですが、長く滞在する予定ではなくて……」

 ヴィオが山を越えてきた旨とこの村で一晩泊めてほしい旨を改めて伝えると、そうかぁ、と村長は困ったように頬をかいた。

「是非うちに泊まってください、と言いたいのは山々なんだけどねぇ。見ての通り収穫祭を控えていてね。今日から手伝いに来てくれるお客人の宿泊が決まっていて、貸せる部屋がないんだよ」

 本当にすまないねぇ、と村長が口にする。

「どこか別に紹介ができたら良いんだけど、皆さん一緒にというのは難しいかもしれないな。四人か……」

 顎に手を当てて考え込む村長に『お忙しい時期にすみません』とソルヴェーグが頭を下げる。一人でも難しいかを重ねてヴィオが尋ねると村長はそうなんですよ、と困った様子で頷く。

(せめてアルフォンソだけでもと思ったんだがな……)

 だからといって途中で拾ったアルをこのまま放り出すのも流石に気が引ける。仕方がない、と心中で嘆息して『では』と村長に重ねて尋ねる。

「実はこの村に知人がいるのですが、ガスパロさんという男性の家を教えてもらえないでしょうか?」
「あぁ、彼の知り合いなのか。確かに彼の家は空き部屋があるね。奥さんもお子さんも早くに亡くなられたもんで部屋が余っちまって。気難しい人だからあんまり人を泊めたりしないんだけど、知り合いだって言うなら大丈夫だろう」

 ホッとしたのか柔和な笑みを浮かべて、村長はガスパロの家までの道を教えてくれる。

「ここを出て右にね、真っ直ぐ丘の方へ上がって行ったら二軒家がある手前の方だよ」

 こっちでも泊めてくれる家を当たってみるから難しかったら戻ってきなさい、という村長の言葉にヴィオは礼を返して村長の家を辞した。
 自然ついてきたアルに『どうする?』と声をかけると、アルが目を瞬かせる。

「山越えをするならきちんと準備はした方がいいし、そもそも誰か案内役を頼んだ方がいい。もうすぐ収穫祭だというから祭りが終わるまでは難しいかもしれないが、それ以後なら頼めるかもしれない。ただその間宿は確保する必要があるだろ?」

 アルが準備不足な事には出会った時から気付いていた。そもそもきちんと準備をしているならあんな所で水を切らしたりしない。ヴィオはこの村で長くとどまるつもりはないし、それ以後のことはアル自身が何とかする必要があるだろう。

 予想通りその辺りをきちんと考えていなかったのか、えっと、とアルが言い淀む。

「……うん。確かにヴィオ君の言う通りだね。きちんと考えてなかったよ。村長さんの家は難しいし、可能だったらヴィオ君のお知り合いの家に一緒にいさせてもらうことは出来ないかな?」

 見積もりが甘かった自覚はあるのだろう。おずおずとしたアルの申し出にヴィオはソルヴェーグと目を合わせる。ヴィオ自身も父の知人であるガスパロには会ったことがなく、頼める相手なのかは分からない。ソルヴェーグも同様なのか首を横に振った。

「……一応頼んではみるが。俺も初対面だから、泊めてもらえるかどうかは確証がない。それに収穫祭が終わるまでこの村にいる気はないから頼めても一晩だけだ。それ以降は自分で探してくれ」
「うん。もちろんそれで十分だよ。ありがとう。後で村長さんの家に伺ってお願いしてみるよ」

 パッとアルの表情が明るくなる。それを見て後ろを歩いていたリチェルがホッとしたのが分かった。
 多分リチェルのことだから口出しはしないものの、アルの心配をせずにはいられなかったのだろう。

 良かったですね、と小声でかけられた声にアルは照れたように頬をかいて笑っていた。
 

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