Harmonia ー或る孤独な少女と侯国のヴァイオリン弾きー

雪葉あをい

文字の大きさ
62 / 161
第2章 ADAGIO

op.08 おもちゃの交響曲(4)

しおりを挟む
 いよいよ収穫祭当日になった。

 村は活気に溢れていて、村の外からもちらほら人が来ているようだった。
 村の女性は伝統工芸である色とりどりの刺繍をあしらった衣装を身につけていたし、男性も刺繍のあしらった小物を身につけている。

 リートとリリコの分も、あらかじめアガタが用意していたのだろう。
 朝食を終えると、きちんと衣装の場所を聞いていたリリコが、お揃いの刺繍をあしらった衣装を二人分引っ張り出してきた。

「どう? 似合う? リチェルお姉ちゃん」
 
 クルリとその場で回ると赤い生地のスカートがフワリと広がった。繊細な刺繍が施された衣装は緻密で、リチェルは『とっても綺麗!』と手放しで褒めた。
 リートの方はベストに同じ刺繍をあしらっている。普段着ている服よりも、刺繍の模様は繊細だった。

 今日のためにみんな一年かけて少しずつ作ってるのよ、とリリコが教えてくれる。

「あたしとリートのはね、お母さんが作ってくれたの!」
「うん。すっごく似合ってるわ、リリコちゃんもリート君も」
「さいきんは村の外の人もたくさん呼んでるんだって。そうやって『かいつけ』の数を増やすんだって、村長さんが言ってた」

 キリッとしてリートが口にした言葉に、リチェルは『そ、そうなの』と感心の声をこぼす。

「リート君は商売に興味があるの?」
「うん」

 興味本位で尋ねてみると、リートは事もなげに頷いた。

「うちはお父さんがいないし、ガスパロのじいちゃんとこみたいに畑もないし、貯金が出来るほど楽じゃないでしょ。ガスパロのじいちゃんの畑の手伝いがなかったら、ご飯がないこともあるもん。ぼくが稼げるようになったら、もっとお母さんに楽させてあげれると思うんだ。お母さんの刺繍は綺麗だから、町に行けばもっと高く買ってくれるお店があるかもしれないし」

 六歳とは思えない台詞を、リートが当然のように口にする。

「あたしも大きくなったら町に出たい! 村の中の仕事なんて針仕事か畑だし、もっとキラキラした事がしてみたいの! そうしたら可愛い服たくさん着れるし、お母さんにも買ってあげられるでしょ?」

 リチェルお姉ちゃんみたいに歌手でもいいけど! とリリコが胸を張った。
 こんな小さいのにそんな先のことまで考えているのか、と感心してしまう。

「……リチェルお姉ちゃん、無理だと思ってる?」
「ううん。全然! そんなことないの。二人ともすごいな、って思ったのよ」

 リチェルの沈黙を呆れていると受け取ったのか唇を尖らせたリリコに、リチェルは素直に口にする。

 リチェルが六歳の時は孤児院にいて、毎日礼拝をして、決められた規律通りの生活をしていた。
 将来のことなんて考えられなくて、十二、三歳になったらいつか他の子達と同じように外へ仕事に行くのだと漠然と考えていた。

 だけど、リートやリリコは、リチェルよりもずっと先の事を考えて生きているのだ。
 そうする事が当然のように、未来のことを考えているのだ。

「わたしは二人みたいに先のことを考えて生きては来なかったから、二人はわたしよりずっと大人なのねって」

 リチェルの言葉にリートとリリコが顔を見合わせて、次には嬉しそうに笑う。でしょう? と得意げにリリコが笑う。

「リチェルお姉ちゃんがどうしても、って言うなら、リリコがやりたいことたくさん教えてあげる! 今日のお歌が終わったら聞いて!」
「あ、ぼくも!」
「うん。ぜひ聞かせてちょうだい」

 リートとリリコに両手を引っ張られながら、外に出る。ヴィオお兄ちゃんのところに行かなくっちゃ、とリリコが張り切った声を上げた。

(この先──)

 あまり考えた事がなかった。

 今はヴィオについて旅をしていて、リチェルは自分が生活をしていた孤児院を目指している。そこで母親について、たとえば何か分かったのだとしたら、その先は──。

(ううん。それだって今から一ヶ月かそれくらいの話だわ)

 それこそ、いつかヴィオとも別れなきゃいけない。そうしたら──。
 自分は一体どんなふうに生きていくのだろう。そう、生まれて初めて、リチェルは思った。





 リチェルたちの出番は昼からで、朝少し練習した後はリートとリリコに連れ出されてみんなで少し収穫祭の様子を見て回った。

 ルフテンフェルトは刺繍による伝統工芸もあるが、村の人たちの主体は農業だ。今日は祭りで、お金を払わなくても、あちこちで料理を振舞ってくれた。少し浮世離れした賑やかな雰囲気も、衣装に身を包んだ村人の姿もリチェルには物珍しくて仕方がない。

「ハムもあるからパンにのせて食べてごらん。美味しいよ」
「わぁ、ありがとう!」
「いっただきまーす!」

 通りで差し出されたパンをリートとリリコが喜んでもらうと、かぶりつく。どうぞみなさんも、とパンを差し出され、リチェル達も礼を言って受け取った。

「わ、美味しいなぁ。すごく味がしっかりしてる」
「春の終わりから長いこと熟成してるんだよ。今日に合わせて出してきたんだ」
「へぇ~。ちょっと炙っても美味しそうだな……パスタが欲しい……」

 アルが興味津々と言うようにハムを口にして唸っている。ヴィオが『美味しい』と呟くのを聞いて、リチェルも口に運んだ。ハムは少し独特な香ばしい匂いがする。

「旅人さん達には珍しいかもね。美味しいだろう?」

 食事を振る舞っている女性がふっくらとした身体を揺らして快活に笑う。

「もう少し南へ下るとりんごや葡萄なんかも作ってるんだけど、うちの村はもっぱら麦だからねぇ。もうすぐ今年の刈り手が最後の麦を収穫するんじゃないかな」
「刈り手というのは?」

 ヴィオが尋ねるとそうそう、と女性が説明してくれる。

「祭りのメインでね。残しておいた麦を毎年村で成人する子が刈り手となって収穫して、今年の恵みに感謝を捧げて来年も豊作である事を祈るんだ。その年に成人する子がいなければ村長が選ぶんだけど、今年はちょうど村長の三男が成人するからね」
「三男? 村長のお子さんは二人だと聞いているんですが、もう一人いらっしゃるんですか?」

 一瞬女性がマズいという表情を浮かべた。

 リチェルもキョトンとする。村長の家の子どもは長男とテオの二人だと認識していた。成人というなら多分テオがそうなのだろう。長男は見かけたことがあるだけだが、テオの方は練習の度に応対してくれたので顔馴染みだ。

「ごめんごめん、言い間違えた。次男だよ」
「そうですか」

 ヴィオも特に深くは聞く気がないようだったので、リチェルも気にしないことにした。『見に行くか?』とヴィオが声をかけてくれたので、せっかくだからとリチェルはこくりと頷いた。

「まだ時間はあるか?」
「私たちの出番はもう少し後ですからな。十分見る時間はあるでしょう」

 ソルヴェーグの言葉にそれならいいか、とヴィオがこぼす。リチェルは必要ないが、ヴィオやソルヴェーグは事前に調律の確認もするから、少し時間に余裕を持ちたいのだろう。

 それからしばらくはみんなで祭を見て回った。

 リートとリリコは自分達が案内できるのが楽しくて仕方ないようで、張り切ってヴィオ達を連れ回してくれた。
 刈り入れの儀式には、儀礼用の衣装を身につけたテオが参加していて、目が合うと少し恥ずかしそうに手を振ってくれた。

 そうして儀式が終わると、いよいよリチェル達の出番が近づいてきた。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...