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第2章 ADAGIO
op.08 おもちゃの交響曲(9)
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次の日、ヴィオからアルが一旦引き取ることを聞かされた双子は大いに驚き、予想通り次には跳ね回って喜んだ。
「やったぁ! 町に行ける!」
「お母さんに会える!」
口々にアレがしたいコレがしたい、とやりたい事を列挙し始める双子にアルも満更でもないようだった。
双子の家の世話はガスパロがしてくれる事になり、収まるところに収まった形だ。あとは双子の荷物の用意が残るのみで、そちらは今からリチェルが手伝うことになっている。
「まさかアルさんが引き受けてくださるなんて。本当によかったわ」
「あぁ。リチェルもこれで心置きなく一緒に行けるな」
「う、うん」
そう言うと、リチェルが少し気まずそうに頬を染めて頷いた。
昨晩アルが引き取ってくれることをリチェルに報告に行った際、ポロリとリチェルが『自分が残るべきかなと考えていた』とこぼしたのだ。
ヴィオが考えてもいなかったその選択肢は、確かに不可能な話ではない。サラから預かったお金もあるし、何よりリチェルはもう自由なのだから。
ただ正直に『リチェルを置いていくつもりはなかったが』とこぼしたら、案の定リチェルはひどく慌てていた。特に責めているつもりはないのだが、勝手に考えてごめんなさいとアワアワしていた。
もちろんフォローはしたが、それを今も引きずっているのだろう。
「ところで、これからどこへ向かうの?」
気を取り直したようにリチェルが問いかける。
「正直少し手詰まりだからな。立ち寄った町でまた手がかりを探そうとは思うんだが」
ここからのルートは選ぶ程も潤沢ではないし、それが分かっただけで僥倖だが、立ち寄りそうな場所を考えてしらみつぶしに探すしかないのが正直なところだ。
「父上の行きそうな場所は絞られているから──」
「ヴィオ君、お父さんを探してるの?」
不意にアルの声が割って入って、ヴィオとリチェルが振り返った。いつの間にか双子の姿が見えなくなっている。
「あ、二人ならソルヴェーグさんがチェロを返しに行くのを見つけて追いかけていったよ」
窓の外に見えて飛び出していったのだろう。
リートとリリコがソルヴェーグを呼び止めている後ろ姿がまだ見えた。子どもの動きは予想がつかない。
リチェルと顔を見合わせる。
言うつもりはなかったが聞かれていたのなら仕方ない、とヴィオは頷く。
「元々人探しで旅をしていたんだ。三~四ヶ月程前にこの村を通ったのは分かったんだが、そこからの足取りが曖昧でな」
まだ行き先をハッキリ決められていない、と言うとアルが不意に眉をひそめた。
「四ヶ月前……」
何かを考え込むように黙って、ポツリと口を開く。
「──ねぇ、ヴィオ君のお父さんってヴィオ君と同じでヴァイオリニストだったりする?」
予想もしていなかった言葉にヴィオは弾かれたようにアルを見た。
「何か知ってるのか?」
思わず強めに問いかけると、アルはオロオロとしてもしかしたらだけど……、と頷く。
「七月の初め、いや終わり頃だったかも。うちの店にオーストリアから来たヴァイオリニストのお客さんが立ち寄って演奏をしてくれた事があって。そう、その演奏がそこらじゃ聴けないくらい上手かったらよく覚えてるんだよ。言われてみればヴィオ君に似ていた気もするかも……。親父と少し話をしてて……、僕はあまり話せてないんだけど」
息を呑んだ。
七月なら辻褄は合う。
アルの店のあるカスタニェーレはルフテンフェルトから南下し、国境を超えてすぐの町だ。
ルフテンフェルト経由で山を越える人間はそこまで多くはないし、もし国外に出たとしたら順当にたどり着く町でもあるだろう。
そしてヴィオの父親は確かにプロのヴァイオリニストなのだ。
「アルフォンソ」
「ん?」
「お前の父親に話を聞かせてもらうことは出来るか?」
「え? それは、もちろん。え、それって──」
一緒に行くってこと? とアルが尋ねた瞬間、玄関で『え⁉︎』と驚きの声が上がった。振り返ると、ソルヴェーグの所から帰って来たのかリートとリリコが玄関から顔を出している。
「それって」
「それって」
リートとリリコがパアッと顔を輝かせる。
「「ふたりとまだ一緒にいられるってこと⁉︎」」
ほとんどリートとリリコの言葉がかぶった。
そういえばリートとリリコはアルがしばらく預かるのだから、結果的にそう言うことになるだろう。
「……まぁ、そう言うことになるな」
そう頷くと、二人がわぁっと歓声を上げる。
「やったぁ!」
「一緒だぁ!」
「きゃっ」
喜び余って、リチェルに飛びついた双子をよろめきながらリチェルが受け止める。
「お別れじゃなかったね!」
「まだ一緒だったね!」
「……そうね」
リチェルは驚いた顔をしていたものの、やがてふわりと笑うと、双子の前に屈む。
「これからしばらくよろしくね、二人とも」
アルさんも、とリチェルが笑うとアルも嬉しそうに笑う。
わいわいと騒ぐ双子を見ながら、流石に大所帯になるな……とヴィオは頭をかく。
(だけど──)
元々ひとりで始めた旅だった。
ソルヴェーグにすら相談していない。現在屋敷の執事をしているフォルトナーにだけ相談して決めた。
ただ自分が動かなければいけないと思って。
一人が辛いと思ったことは一度もなかった。
だけど旅をしながら何かが擦り減っていくことはずっと感じていて、いつしかそんな事にも気づかなくっていた。目的が目的だったら人と会話をする事は多かったけれど、名前を知った他人と関わることはほとんどなくなっていた。
変わったのはリチェルを連れ出してからだ。
彼女の持つ空気は柔らかく、次々と人との繋がりを連れてくる。それは忘れていた温かさを思い出させるようで、助けたのは自分だったはずなのに気付けばもっと多くの何かをもらっている気がした。
リチェルはまるで春を呼び込むように、暖かな風を連れてくる。
今も、そうだ。
はしゃぐ双子とアル、リチェルを見て苦笑する。
信じられない程賑やかで、騒がしい。
だけどそれが嫌じゃない。
それにソルヴェーグがいれば、これくらいの人数は問題なく采配してくれるだろう。
だからたまにはこんなのも──。
「……まぁ、悪くはないか」
苦笑と共に小さく呟いた言葉は、誰にともなく空気に溶けた。
「やったぁ! 町に行ける!」
「お母さんに会える!」
口々にアレがしたいコレがしたい、とやりたい事を列挙し始める双子にアルも満更でもないようだった。
双子の家の世話はガスパロがしてくれる事になり、収まるところに収まった形だ。あとは双子の荷物の用意が残るのみで、そちらは今からリチェルが手伝うことになっている。
「まさかアルさんが引き受けてくださるなんて。本当によかったわ」
「あぁ。リチェルもこれで心置きなく一緒に行けるな」
「う、うん」
そう言うと、リチェルが少し気まずそうに頬を染めて頷いた。
昨晩アルが引き取ってくれることをリチェルに報告に行った際、ポロリとリチェルが『自分が残るべきかなと考えていた』とこぼしたのだ。
ヴィオが考えてもいなかったその選択肢は、確かに不可能な話ではない。サラから預かったお金もあるし、何よりリチェルはもう自由なのだから。
ただ正直に『リチェルを置いていくつもりはなかったが』とこぼしたら、案の定リチェルはひどく慌てていた。特に責めているつもりはないのだが、勝手に考えてごめんなさいとアワアワしていた。
もちろんフォローはしたが、それを今も引きずっているのだろう。
「ところで、これからどこへ向かうの?」
気を取り直したようにリチェルが問いかける。
「正直少し手詰まりだからな。立ち寄った町でまた手がかりを探そうとは思うんだが」
ここからのルートは選ぶ程も潤沢ではないし、それが分かっただけで僥倖だが、立ち寄りそうな場所を考えてしらみつぶしに探すしかないのが正直なところだ。
「父上の行きそうな場所は絞られているから──」
「ヴィオ君、お父さんを探してるの?」
不意にアルの声が割って入って、ヴィオとリチェルが振り返った。いつの間にか双子の姿が見えなくなっている。
「あ、二人ならソルヴェーグさんがチェロを返しに行くのを見つけて追いかけていったよ」
窓の外に見えて飛び出していったのだろう。
リートとリリコがソルヴェーグを呼び止めている後ろ姿がまだ見えた。子どもの動きは予想がつかない。
リチェルと顔を見合わせる。
言うつもりはなかったが聞かれていたのなら仕方ない、とヴィオは頷く。
「元々人探しで旅をしていたんだ。三~四ヶ月程前にこの村を通ったのは分かったんだが、そこからの足取りが曖昧でな」
まだ行き先をハッキリ決められていない、と言うとアルが不意に眉をひそめた。
「四ヶ月前……」
何かを考え込むように黙って、ポツリと口を開く。
「──ねぇ、ヴィオ君のお父さんってヴィオ君と同じでヴァイオリニストだったりする?」
予想もしていなかった言葉にヴィオは弾かれたようにアルを見た。
「何か知ってるのか?」
思わず強めに問いかけると、アルはオロオロとしてもしかしたらだけど……、と頷く。
「七月の初め、いや終わり頃だったかも。うちの店にオーストリアから来たヴァイオリニストのお客さんが立ち寄って演奏をしてくれた事があって。そう、その演奏がそこらじゃ聴けないくらい上手かったらよく覚えてるんだよ。言われてみればヴィオ君に似ていた気もするかも……。親父と少し話をしてて……、僕はあまり話せてないんだけど」
息を呑んだ。
七月なら辻褄は合う。
アルの店のあるカスタニェーレはルフテンフェルトから南下し、国境を超えてすぐの町だ。
ルフテンフェルト経由で山を越える人間はそこまで多くはないし、もし国外に出たとしたら順当にたどり着く町でもあるだろう。
そしてヴィオの父親は確かにプロのヴァイオリニストなのだ。
「アルフォンソ」
「ん?」
「お前の父親に話を聞かせてもらうことは出来るか?」
「え? それは、もちろん。え、それって──」
一緒に行くってこと? とアルが尋ねた瞬間、玄関で『え⁉︎』と驚きの声が上がった。振り返ると、ソルヴェーグの所から帰って来たのかリートとリリコが玄関から顔を出している。
「それって」
「それって」
リートとリリコがパアッと顔を輝かせる。
「「ふたりとまだ一緒にいられるってこと⁉︎」」
ほとんどリートとリリコの言葉がかぶった。
そういえばリートとリリコはアルがしばらく預かるのだから、結果的にそう言うことになるだろう。
「……まぁ、そう言うことになるな」
そう頷くと、二人がわぁっと歓声を上げる。
「やったぁ!」
「一緒だぁ!」
「きゃっ」
喜び余って、リチェルに飛びついた双子をよろめきながらリチェルが受け止める。
「お別れじゃなかったね!」
「まだ一緒だったね!」
「……そうね」
リチェルは驚いた顔をしていたものの、やがてふわりと笑うと、双子の前に屈む。
「これからしばらくよろしくね、二人とも」
アルさんも、とリチェルが笑うとアルも嬉しそうに笑う。
わいわいと騒ぐ双子を見ながら、流石に大所帯になるな……とヴィオは頭をかく。
(だけど──)
元々ひとりで始めた旅だった。
ソルヴェーグにすら相談していない。現在屋敷の執事をしているフォルトナーにだけ相談して決めた。
ただ自分が動かなければいけないと思って。
一人が辛いと思ったことは一度もなかった。
だけど旅をしながら何かが擦り減っていくことはずっと感じていて、いつしかそんな事にも気づかなくっていた。目的が目的だったら人と会話をする事は多かったけれど、名前を知った他人と関わることはほとんどなくなっていた。
変わったのはリチェルを連れ出してからだ。
彼女の持つ空気は柔らかく、次々と人との繋がりを連れてくる。それは忘れていた温かさを思い出させるようで、助けたのは自分だったはずなのに気付けばもっと多くの何かをもらっている気がした。
リチェルはまるで春を呼び込むように、暖かな風を連れてくる。
今も、そうだ。
はしゃぐ双子とアル、リチェルを見て苦笑する。
信じられない程賑やかで、騒がしい。
だけどそれが嫌じゃない。
それにソルヴェーグがいれば、これくらいの人数は問題なく采配してくれるだろう。
だからたまにはこんなのも──。
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苦笑と共に小さく呟いた言葉は、誰にともなく空気に溶けた。
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