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第4章 RONDO-FINALE
op.15 悲しみと涙のうちに生まれ(11)
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その日仕事が終わり部屋に下がると、バルバラが待っていてリチェルに夕食を用意してくれた。
表向きヴィオの紹介ということになっているからか、はたまたイングリットのお付きという立場だからか、リチェルは他の使用人とは初めから扱いが異なっていた。使用人の服装はしているものの、恐らく使用人の中でも身分の高い扱いなのだろう。
部屋はエリーが使用人の寝泊まりする区画の上の階に用意してくれていて、バルバラも隣の部屋で寝泊まりしていた。
だから他の使用人に気付かれないように、バルバラは何くれとリチェルの世話を焼いてくれる。
初日はリチェルの分だけ食事を用意してくれていたのだが、今はバルバラと一緒に食べることも多かった。
多分リチェルが一人の食事を心細く感じていた事に気付いてくれたのだろう。バルバラは内緒ですよ、と笑って、時間が合えば一緒にご飯を食べてくれるようになった。
「奥様は、本当にすごい方なんですね」
その日のイングリットの様子を報告し、食事も粗方食べ終わった頃、リチェルはふと呟いた。
「何か分からない事があると、皆さんすぐに奥様を頼りにされます。お加減も良くないのに、そう言うときの奥様はいつも毅然とされていて、迷う事なく指示をされていらっしゃるんです」
ずっと眠っている様子を見ているから、きっと体調は良くないに違いないとリチェルには分かる。だけどイングリットは仕事のことになると、驚くほどキビキビと指示を出していた。声に迷いがない。
エリーはイングリットがリチェルの存在に気付かないはずがない、と言っていた。だけどイングリットのリチェルへの接し方は初めて会った時から今までずっと、他の使用人と変わる事はない。冷静な人なのだ。
「あ、もちろんお加減は心配なんですけれども……!」
慌ててリチェルがそう口にすると、バルバラが急に声を出して笑った。
「リチェル様は、何と言うかすっごく素直な方ですね!」
「あ、わたし、何かまたおかしなことを言ったでしょうか……!」
頬に熱がのぼるのが分かる。バルバラに色んな事を教われば教わるほど、リチェルは自分の無知を自覚する事が増えた。
きっと世間ではそれをズレているというのだろう。
だけど違う違う、と手を振ってバルバラは笑う。
「だってリチェル様はお嬢様の実の娘なんですよ? 本当なら『孫がこんなに近くにいるのに声もかけないなんて何て冷たい人なんだ!』と怒っても少しもおかしくないんです。リチェル様と同じ年頃のお嬢様ならきっと地団駄踏んでキレ散らかしていますよ」
昔のことを思い出したのか、バルバラがふふっと笑った。
リチェルはと言うと、想像もつかない事にポカンとしてしまった。そういえばドナートの親方もリーゼロッテとリチェルの性格は正反対だと言っていた。物怖じしない元気な人だったと。
はっきりと思った事を口に出来る強さはリチェルにはないもので、少しだけ憧れる。
リーゼロッテの話をするバルバラはいつも楽しそうで、きっと母は周りを元気に出来る人だったのだろう。
「わたしの性格はお父さんに似ているそうなんです」
「まぁ、そうなんですね。確かにリゼル様とお顔はそっくりなのに、リチェル様はお嬢様の血を引いているとは思えないくらい、気性が穏やかでいらっしゃいます」
と、扉の方から『バルバラ』と別の声が割り込んだ。
ちょうど話が聞こえたのだろう。パタンと後ろ手に扉を閉めて部屋の中に滑り込んできたエリーは、心外だと言うように先を続けた。
「その言い方だと、まるで僕や母様が心底捻くれているみたいだよ。母様だって素直な所はあったからね」
「まぁ、坊っちゃま! ノックもなく、女性の部屋にみだりに入るものではありませんよ」
バルバラが立ち上がって、扉の前にいるエリーを叱るとエリーは罰が悪そうに首をすくめる。
「それはごめん。でも使用人の部屋に大っぴらに出入りする訳にはいかないしさ。入ってもいいタイミングかはちゃんと確認したんだよ?」
素直に謝ると、机のお皿をチラリと見て『良いなぁ、僕も姉様と一緒に食べたい』とエリーが口を尖らせる。
「それはいけませんよ。御曹司がこんな場所でお食事だなんて」
「姉様だってご令嬢だよ」
「今は違いますでしょう。もう、ああ言えばこう言う。坊っちゃまもお嬢様も本当に口が減らないんですから!」
ぴしゃりと言われて、エリーが不服そうに黙った。
言いたいことはあるものの、どうにもエリーはこの使用人に対して頭が上がりきらないようであった。長年リーゼロッテに仕えていたという事は、きっと小さな頃のエリーの面倒も見ていたのだろう。
「もちろんお母様は素直な方でしたよ。良く笑って良く泣いて良く怒って。私もそんなリゼル様が大好きでしたから。それで、坊っちゃまは今日はお仕事は終わったんですか?」
「ううん。ひと段落ついたから、ちょっとマティアスに任せてきた。姉様の顔を見に来たんだ。こっちに来てから、なかなか話せていなかったから」
「それならお茶でも淹れましょうか? それくらいの時間はあります?」
「あぁ、そうだね。じゃあお願い、バルバラ」
にっこり笑ってエリーはバルバラの座っていた椅子にひょい、と腰掛ける。ギョッとして、慌てた様子でバルバラが机のお皿を片付け始めた。
「あ、手伝います!」
とっさに立ち上がったリチェルをバルバラが『ダメダメ!』と手で制した。
「リチェル様は座って坊っちゃまの相手をなさってくださいな! こんな事言って、坊っちゃまは絶対無理矢理抜けてきてるんですから。どうぞ姉弟水入らずで。それよりこんな汚い机の前に御曹司を座らせただなんて! 奥様に知れたら首が飛びますよ!」
そう言われては手伝えず、リチェルは恐る恐る席に座り直す。対して正面に座ったエリーは涼しい顔でお皿をまとめるバルバラにありがとう、と笑う。
「心配しなくてもお祖母様に知れることはないから安心して。僕が良いんだから気にする必要はないよ」
皿を持って出ていったバルバラを見送って、エリーが改めてリチェルに向き直る。
「ごめんなさい、姉様。連れてきたのは僕なのに全然お話が出来なくて。姉様の様子は聞いているんですけど、思った以上に時間が取れず」
そういえばリチェルがハーゼンクレーヴァー家に来てから、エリーとまともに話をするのは初めてだった。イングリットの仕事を出来るだけ引き継ぐと言った言葉通り、エリーは随分と多忙のようだったし、屋敷で顔を合わせると主人と使用人の関係性だから迂闊に声はかけられないのはリチェルにも良くわかる。
「ううん。気にしないでエリー。私の方はバルバラさんが丁寧に色々と教えてくださるし、奥様も普通に接してくださるから全然大丈夫。それよりエリーはきちんと休めてる?」
エリーは溌剌とした子だったのに、心なしか疲れているような気もする。無理をしているのではないだろうか。
ヴィオも何かやる事がある時は自分の睡眠時間や食事なんかを気にしない傾向があったが、エリーもそうではないかとリチェルは思い始めていた。ヴィオにソルヴェーグがいたように、エリーにもマティアスがいるのは分かっているが心配になる。
リチェルの言葉に、エリーは嬉しそうに笑った。
「はい、大丈夫です。こう見えて僕とっても丈夫ですから!」
そう言って胸を張ると、それより姉様は? とエリーが尋ねてくる。
「姉様は少しは慣れましたか? 慣れないことばかりだと思いますし、お祖母様の近くは緊張するでしょう? ごめんなさい、せめて部屋くらいはもっと良い部屋を用意したかったんですけど」
エリーの言葉にキョトンとする。リチェルからするとエリーが用意してくれた部屋は上等だった。確かに使用人の寝泊まりする棟は日当たりはあまり良くないのかもしれないけれど、リチェルは二階の部屋を頂いているし少しも不便はない。バルバラが隣で安心するくらいだ。正直にそう伝える。
「それに奥様はとてもしっかりされている方だし、お役に立てているのか心配になってしまうくらい……。お加減もまだ良くないと思うから、少しでも何か気が休まるような事が出来たら良いのだけど──」
何か出来る事はないだろうか、とは考えるのだけど、リチェルはイングリットのことをほとんど知らないのだ。
エリーはそんなリチェルの言葉を黙って聞いて、目を伏せると『良いんです』と小さく呟いた。
「良いんです、姉様。今のままで。ありがとうございます、お祖母様についていてくださって」
エリーが頭を下げるのを慌てて止める。
「良いのエリー。だってわたしその為に来たのだもの」
「はい。それでも、嬉しいんです」
そっと目を伏せてそう口にすると、不意にエリーが言い辛そうに『あの……』と口を開いた。
「さっき、姉様が言っていた、姉様の性格がねえさ……」
と、扉がカチャリと開いた。お待たせしました、とお茶を持ってバルバラが入ってくる。流石に屋敷の人間に出す茶器を持ち出すわけにはいかなかったのだろう、バルバラが手にしているカップとポットは、恐らくバルバラの私物だ。
「お茶っ葉は私の持ち物ですから味に期待はなさらないで下さいね。流石に坊っちゃまの飲む器をお持ちする訳にはいきませんから」
そう言ってバルバラがエリーとリチェルの前にカップを用意してくれる。
「ありがとう、バルバラ」
にっこりと笑ってエリーがお礼を言う。バルバラは『いえいえ』と言いながら、部屋を出ていくことはしなかった。
恐らくエリーがここにいるのはお忍びで、リチェルとバルバラがお茶を飲んでいる事になるから、迂闊に部屋に戻る事も出来ないのだろう。それを察してかエリーが『バルバラも一緒にどう?』と声をかける。
「そんな坊っちゃまと同じテーブルに座るなんてとんでもない。私は人が来ないか耳を澄ませておりますので、ご姉弟でお楽しみください」
「分かったよ、ありがとう」
恐らくエリーにとってバルバラの言葉は予想していたものなのだろう。特に気にせずにリチェルに向き直ると、改めて近況を尋ねる。
リチェルも少しでもイングリットの事が聞けたらとエリーに聞くと、エリーは喜んで祖母のことや母のことを話してくれた。時たまバルバラが昔のことを挟んでくれた。
エリーが帰った後、そういえばバルバラが帰ってくる前にエリーが言いかけた事は何だったのだろうか、とリチェルは首を傾げた。結局最後まで、エリーが質問の続きを口にする事はなかったのだ。
表向きヴィオの紹介ということになっているからか、はたまたイングリットのお付きという立場だからか、リチェルは他の使用人とは初めから扱いが異なっていた。使用人の服装はしているものの、恐らく使用人の中でも身分の高い扱いなのだろう。
部屋はエリーが使用人の寝泊まりする区画の上の階に用意してくれていて、バルバラも隣の部屋で寝泊まりしていた。
だから他の使用人に気付かれないように、バルバラは何くれとリチェルの世話を焼いてくれる。
初日はリチェルの分だけ食事を用意してくれていたのだが、今はバルバラと一緒に食べることも多かった。
多分リチェルが一人の食事を心細く感じていた事に気付いてくれたのだろう。バルバラは内緒ですよ、と笑って、時間が合えば一緒にご飯を食べてくれるようになった。
「奥様は、本当にすごい方なんですね」
その日のイングリットの様子を報告し、食事も粗方食べ終わった頃、リチェルはふと呟いた。
「何か分からない事があると、皆さんすぐに奥様を頼りにされます。お加減も良くないのに、そう言うときの奥様はいつも毅然とされていて、迷う事なく指示をされていらっしゃるんです」
ずっと眠っている様子を見ているから、きっと体調は良くないに違いないとリチェルには分かる。だけどイングリットは仕事のことになると、驚くほどキビキビと指示を出していた。声に迷いがない。
エリーはイングリットがリチェルの存在に気付かないはずがない、と言っていた。だけどイングリットのリチェルへの接し方は初めて会った時から今までずっと、他の使用人と変わる事はない。冷静な人なのだ。
「あ、もちろんお加減は心配なんですけれども……!」
慌ててリチェルがそう口にすると、バルバラが急に声を出して笑った。
「リチェル様は、何と言うかすっごく素直な方ですね!」
「あ、わたし、何かまたおかしなことを言ったでしょうか……!」
頬に熱がのぼるのが分かる。バルバラに色んな事を教われば教わるほど、リチェルは自分の無知を自覚する事が増えた。
きっと世間ではそれをズレているというのだろう。
だけど違う違う、と手を振ってバルバラは笑う。
「だってリチェル様はお嬢様の実の娘なんですよ? 本当なら『孫がこんなに近くにいるのに声もかけないなんて何て冷たい人なんだ!』と怒っても少しもおかしくないんです。リチェル様と同じ年頃のお嬢様ならきっと地団駄踏んでキレ散らかしていますよ」
昔のことを思い出したのか、バルバラがふふっと笑った。
リチェルはと言うと、想像もつかない事にポカンとしてしまった。そういえばドナートの親方もリーゼロッテとリチェルの性格は正反対だと言っていた。物怖じしない元気な人だったと。
はっきりと思った事を口に出来る強さはリチェルにはないもので、少しだけ憧れる。
リーゼロッテの話をするバルバラはいつも楽しそうで、きっと母は周りを元気に出来る人だったのだろう。
「わたしの性格はお父さんに似ているそうなんです」
「まぁ、そうなんですね。確かにリゼル様とお顔はそっくりなのに、リチェル様はお嬢様の血を引いているとは思えないくらい、気性が穏やかでいらっしゃいます」
と、扉の方から『バルバラ』と別の声が割り込んだ。
ちょうど話が聞こえたのだろう。パタンと後ろ手に扉を閉めて部屋の中に滑り込んできたエリーは、心外だと言うように先を続けた。
「その言い方だと、まるで僕や母様が心底捻くれているみたいだよ。母様だって素直な所はあったからね」
「まぁ、坊っちゃま! ノックもなく、女性の部屋にみだりに入るものではありませんよ」
バルバラが立ち上がって、扉の前にいるエリーを叱るとエリーは罰が悪そうに首をすくめる。
「それはごめん。でも使用人の部屋に大っぴらに出入りする訳にはいかないしさ。入ってもいいタイミングかはちゃんと確認したんだよ?」
素直に謝ると、机のお皿をチラリと見て『良いなぁ、僕も姉様と一緒に食べたい』とエリーが口を尖らせる。
「それはいけませんよ。御曹司がこんな場所でお食事だなんて」
「姉様だってご令嬢だよ」
「今は違いますでしょう。もう、ああ言えばこう言う。坊っちゃまもお嬢様も本当に口が減らないんですから!」
ぴしゃりと言われて、エリーが不服そうに黙った。
言いたいことはあるものの、どうにもエリーはこの使用人に対して頭が上がりきらないようであった。長年リーゼロッテに仕えていたという事は、きっと小さな頃のエリーの面倒も見ていたのだろう。
「もちろんお母様は素直な方でしたよ。良く笑って良く泣いて良く怒って。私もそんなリゼル様が大好きでしたから。それで、坊っちゃまは今日はお仕事は終わったんですか?」
「ううん。ひと段落ついたから、ちょっとマティアスに任せてきた。姉様の顔を見に来たんだ。こっちに来てから、なかなか話せていなかったから」
「それならお茶でも淹れましょうか? それくらいの時間はあります?」
「あぁ、そうだね。じゃあお願い、バルバラ」
にっこり笑ってエリーはバルバラの座っていた椅子にひょい、と腰掛ける。ギョッとして、慌てた様子でバルバラが机のお皿を片付け始めた。
「あ、手伝います!」
とっさに立ち上がったリチェルをバルバラが『ダメダメ!』と手で制した。
「リチェル様は座って坊っちゃまの相手をなさってくださいな! こんな事言って、坊っちゃまは絶対無理矢理抜けてきてるんですから。どうぞ姉弟水入らずで。それよりこんな汚い机の前に御曹司を座らせただなんて! 奥様に知れたら首が飛びますよ!」
そう言われては手伝えず、リチェルは恐る恐る席に座り直す。対して正面に座ったエリーは涼しい顔でお皿をまとめるバルバラにありがとう、と笑う。
「心配しなくてもお祖母様に知れることはないから安心して。僕が良いんだから気にする必要はないよ」
皿を持って出ていったバルバラを見送って、エリーが改めてリチェルに向き直る。
「ごめんなさい、姉様。連れてきたのは僕なのに全然お話が出来なくて。姉様の様子は聞いているんですけど、思った以上に時間が取れず」
そういえばリチェルがハーゼンクレーヴァー家に来てから、エリーとまともに話をするのは初めてだった。イングリットの仕事を出来るだけ引き継ぐと言った言葉通り、エリーは随分と多忙のようだったし、屋敷で顔を合わせると主人と使用人の関係性だから迂闊に声はかけられないのはリチェルにも良くわかる。
「ううん。気にしないでエリー。私の方はバルバラさんが丁寧に色々と教えてくださるし、奥様も普通に接してくださるから全然大丈夫。それよりエリーはきちんと休めてる?」
エリーは溌剌とした子だったのに、心なしか疲れているような気もする。無理をしているのではないだろうか。
ヴィオも何かやる事がある時は自分の睡眠時間や食事なんかを気にしない傾向があったが、エリーもそうではないかとリチェルは思い始めていた。ヴィオにソルヴェーグがいたように、エリーにもマティアスがいるのは分かっているが心配になる。
リチェルの言葉に、エリーは嬉しそうに笑った。
「はい、大丈夫です。こう見えて僕とっても丈夫ですから!」
そう言って胸を張ると、それより姉様は? とエリーが尋ねてくる。
「姉様は少しは慣れましたか? 慣れないことばかりだと思いますし、お祖母様の近くは緊張するでしょう? ごめんなさい、せめて部屋くらいはもっと良い部屋を用意したかったんですけど」
エリーの言葉にキョトンとする。リチェルからするとエリーが用意してくれた部屋は上等だった。確かに使用人の寝泊まりする棟は日当たりはあまり良くないのかもしれないけれど、リチェルは二階の部屋を頂いているし少しも不便はない。バルバラが隣で安心するくらいだ。正直にそう伝える。
「それに奥様はとてもしっかりされている方だし、お役に立てているのか心配になってしまうくらい……。お加減もまだ良くないと思うから、少しでも何か気が休まるような事が出来たら良いのだけど──」
何か出来る事はないだろうか、とは考えるのだけど、リチェルはイングリットのことをほとんど知らないのだ。
エリーはそんなリチェルの言葉を黙って聞いて、目を伏せると『良いんです』と小さく呟いた。
「良いんです、姉様。今のままで。ありがとうございます、お祖母様についていてくださって」
エリーが頭を下げるのを慌てて止める。
「良いのエリー。だってわたしその為に来たのだもの」
「はい。それでも、嬉しいんです」
そっと目を伏せてそう口にすると、不意にエリーが言い辛そうに『あの……』と口を開いた。
「さっき、姉様が言っていた、姉様の性格がねえさ……」
と、扉がカチャリと開いた。お待たせしました、とお茶を持ってバルバラが入ってくる。流石に屋敷の人間に出す茶器を持ち出すわけにはいかなかったのだろう、バルバラが手にしているカップとポットは、恐らくバルバラの私物だ。
「お茶っ葉は私の持ち物ですから味に期待はなさらないで下さいね。流石に坊っちゃまの飲む器をお持ちする訳にはいきませんから」
そう言ってバルバラがエリーとリチェルの前にカップを用意してくれる。
「ありがとう、バルバラ」
にっこりと笑ってエリーがお礼を言う。バルバラは『いえいえ』と言いながら、部屋を出ていくことはしなかった。
恐らくエリーがここにいるのはお忍びで、リチェルとバルバラがお茶を飲んでいる事になるから、迂闊に部屋に戻る事も出来ないのだろう。それを察してかエリーが『バルバラも一緒にどう?』と声をかける。
「そんな坊っちゃまと同じテーブルに座るなんてとんでもない。私は人が来ないか耳を澄ませておりますので、ご姉弟でお楽しみください」
「分かったよ、ありがとう」
恐らくエリーにとってバルバラの言葉は予想していたものなのだろう。特に気にせずにリチェルに向き直ると、改めて近況を尋ねる。
リチェルも少しでもイングリットの事が聞けたらとエリーに聞くと、エリーは喜んで祖母のことや母のことを話してくれた。時たまバルバラが昔のことを挟んでくれた。
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