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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。
60.やればできる人
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駅の北口広場でガードレールをを背に立つ、スーツ姿の精悍な美男を見つけた時七海は思った。
信が初めて七海との約束を守って、会社まで足を延ばさずに駅で待っていてくれたのだ。
思わず気まずさも忘れて七海は感激した。
「信さん……!」
駆け寄って来る七海の笑顔に笑顔で返した信に向かって、七海は容赦なく言い放った。
「やれば出来るんじゃないですか……!それなのにどうして今まで会社まで来ちゃったんですか―――!」
信は笑顔のまま一瞬固まったが、七海の顔をジッと見下ろし首を傾げた。
「―――言ったでしょ?『七海ちゃんに一刻も早く会いたくて、気が付いたらもう会社の前にいるんだ』って」
「そっ……」
七海は自分が掘らなくても良い墓穴を掘った事に気が付いて、真っ赤になった。
信が流暢に操る気障な台詞にすぐさま返り討ちに遭い、頭が煮えたぎってしまう。
「ほ、ホントに……信さんは口が上手過ぎます……」
恥ずかしくなった七海が俯くと、信はフフッと笑ってその頭の上にポン、と手を置いた。
掌の温もりが伝わって来る。
信のこの仕草が―――いつも七海の心に平安をもたらす。
安心感が胸に拡がり、自分だけ怒ったり焦ったりしている事がバカバカしくなってしまうのだ。
何だかんだとうやむやにされてしまう。信にとっては七海のような単純な娘の扱いは造作も無い事なのだろう……と彼女は何だか悔しい気持ちになった。
するとポツリと頭の上から小さな呟きが降って来た。
「……こんなこと、七海ちゃんにしか言わないけどね」
その声の響きが意外に真剣で。
七海はつい顔を上げてしまった。
見上げる先にある―――切なそうに細められた精悍な瞳と、パチリとかち合う。
七海は魅入られたように、その顔から目が離せなくなった。
すっかり日が落ちた北口広場で、周囲の人々は待ち合わせる人を探すため駅の出入口に注目し、あるいはスマホをフリックしている。他人の行動を気にする者はそれほどいない。
背の高い信を見上げる七海の瞳が、駅から洩れる灯を受けて戸惑うように揺れている。
信はフッと口元を綻ばせたかと思うと屈み込み、その茫然とした顔にゆっくりと顔を近づけて行った。
ゆっくりと……頭に置かれた大きな手が彼女の輪郭をなぞるように、頬へ降りる。滲み出る色香に絡み取られたような気がして、何故か振り払う事ができない。
もう一方の掌が伸ばされ、反対の頬も包み込まれてしまう。
心臓がドクンと痛いほど血液を大量に送り出すのを感じて、七海は思わずギュッと目を瞑る。咄嗟に避けようとして―――意外と力強く頭を固定されている事に気付く。
「やっ……」
と声が漏れた時、コツンと額に何かがぶつかった。
おそるおそる片目を開けると、信の顔が物凄く近い所にあって七海は息を呑む。
額と額をくっ付けるようにして……じっと味わうように信が深く息を吐いている。
突き飛ばす事もできたかもしれない。
しかしそのまま数秒。ジッと身じろぎもせず、七海はそのまま抗わずにいた。
何故だろうか?
信に懇願されているような気がしたのだ。
いつも余裕の表情と態度、ずっと七海より大人の……包容力のある優しい男の人。
信は彼女にとってそんな、近いけれども遠い存在だった。
その彼が少し心細そうに七海に縋っている……そんな気がしたのだ。
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