平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎

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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

61.察しの良い人

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「キスでもされるかと思った?」

 フフッと笑ってのぶが額を離した。
 パッと頬から温もりが消えて、ホールドアップされたかのように両手を上げて七海から距離を取る。

「―――!!」

 七海はパクパクと口を開け閉めしたが、言葉にならなかった。
 信に捕まった時、心臓が一度止まったような錯覚を覚え、解放され再びドキドキと体中に血液が駆け巡るのを感じた。

「本当は会社まで迎えに行きたかったんだよ?我慢して駅で待っていたご褒美が欲しくてさ」

 打って変わって、信は明るい調子で笑いながらこう言った。
 狐につままれたような気分でポカンと七海は固まって、それから諦めたように肩を落とした。
 その様子を信は満足気に眺め、そして彼女の肩をポンと叩いた。

「じゃ、行こうか」




 信が七海を連れて来たのは、中野駅から五分ほど歩いた中華料理店だった。
 狭い裏通りを歩いてマンションの一階にある赤い扉を開ける。ちょっと見、飲食店があるようには見えない入口から入りカウンターに座ると、目の前に鉄板があってその場で調理をしてくれるらしい事がわかった。

 取り敢えず生ビールを頼み、いくつか注文を伝えて二人はジョッキを合わせた。

「この間はスイマセン……ドタキャンになっちゃって」

 七海は改めて頭を下げた。

「大丈夫。今日来てくれたからね」

 信は微笑んで首を振る。
 そしてちょっと黙ってから、ポツリと寂しそうに言った。

「―――火曜日は避けられたのかと思ったから、七海ちゃんが駆け寄って来てくれた時すごくホッとしたよ」
「……そんなこと……」

 少し図星だったので、七海はそれ以上続ける事ができなかった。
 きっかけは立川との約束を果たすためだったが、信と顔を合わせ辛かったから七海にとって立川の誘いは渡りに船だった。

「あ!これじゃ恨み言みたいだね、俺余裕ないな……!」

 そういっておどけたように笑ってくれるので、七海もやっとクスリと笑う事が出来た。
 タイミングよくそこへ『四川風水餃子』がやって来る。

「さ、熱いうちに食べようか」
「はい」

 これまでは卓球やダーツができる居酒屋、スポーツバーなどの遊べる場所や、信の友人が出入りするテリトリーに顔を出す事が多かった。けれども前回と引き続き……今回も何となく『デート』を思わせるシチュエーションに変わったように思える。
 意識しないように……と心の中で唱えてはいるが、やはりいつもより七海の口数は少なくなってしまう。

「美味しいですねー」
「うん、美味しいね。ところで火曜日は、どんな飲み会だったの?」
「うちの課の先輩と営業部の平会みたいなものです」
「じゃあ、若い人ばかりだったんだ?営業部って―――以前言っていた七海ちゃんを誘った相手もいたの?」
「えっと……はい」

 組んだ手の上に顎を乗せて穏やかに笑っている信の笑顔は柔らかなのに、何となく後ろめたくて、返事に力が入らない。必要も無いのについ言い訳めいた事を付け足してしまった。

「岬さんって私に突っかかって来た先輩を、その人の同僚が気に入っていて取り持つために飲み会をやろうって言われていたんです。……二人きりの食事を断った代わりに」
「……ふーん。それって単に―――そいつが七海ちゃんと飲むために二人きりって言うハードルを下げたってだけなんじゃないの?」



 信は変わらず笑顔だ。
 だけどそこはかとなく不穏な音色がその声音に混ざっているような気がして―――七海はゴクリと今齧り付いたばかりの水餃子を、丸のまま飲み込んだのだった。

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